表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/36

3話:おにぎりと歴史

 ティーガは促されるままおにぎりを手に取り、少しだけ香りを楽しんだ後、がぶりと齧りついた。

 見ていて心地良い大口で、もぐもぐと咀嚼した後、喉がごくりと動く。

 

(だ、大丈夫かな……)

 

 良い炊き上がりだが、肝心のティーガが拒否してしまえば終わりだ。

 元の世界でも香りや食感が苦手という意見も聞いたことがあったと思い出され、不安が増していく。


(どうか、大丈夫でありますように……!)

 

 固唾を飲んでティーガを見守っていれば、険しかった顔がふわりと和らいだ。

 

「美味い」


 そう呟いて、そのままおにぎりを3口で平らげてしまった。

 

「腹が、暖かいな……」

 

 余韻に浸り、ティーガは幸せそうに目を細める。

 不思議と満たされた気持ちになったミヤだったが、ハッとする。


「おかわりはいかがですか?」

「ありったけ頼む」

「で、では、次はこちらも使ってみましょう。

 これはサケという川魚の身をほぐして、塩辛く味付けしたものです」


 ミヤは先ほど自分の影に隠しておいた鮭フレークの瓶を取り出した。

 新しいラップを敷き、米を載せ、その中央部に1匙分サケフレークを置く。

 中央部が崩れないよう米でコーティングするよう、ふんわりと握った。

 出来上がった鮭おにぎりは、海苔を持って待機していたティーガにすぐ渡る。

 

「んっ! 美味いなぁ……この黒い奴の香りとサケの味が合ってる」

「黒いのは海苔といって、海藻を乾かして作ったものです。

 これも私の祖国ではよく使われます」


 サケおにぎりもすぐに平らげ、ティーガは視線だけで次を急かしてきた。

 握って食べて、握って食べて、その繰り返しを何度かして、窯が空になるのはあっという間だった。

 

(3合が、瞬殺……)

 

「はー美味かった。さて……」


 それでもまだ余裕がありそうなティーガは、先程の剣に手を伸ばそうとしていた。


 ――あっおにぎりでダメなら、いよいよダメだ。


 炊飯器の他には交渉材料になりそうなものも、時間稼ぎに使えそうなものもなかった。


(もうおしまいだぁ……)

 

 ミヤは項垂れ、ぎゅっと目を瞑る。


「ん? 収まった?」

「……えっ」


 だが、一向に殺気も、剣の気配も感じられない。

 目を開いてみれば、きょとんとした顔のティーガがいた。

 

「あぁ、そうか、お前の飯のせいか……くくっ……あっはははは!」


 ティーガはラップの上に残る米粒を見て、ひとり笑い転げはじめた。

 お気に召す事があったか、何かやらかしてしまったか、どちらかもわからない。

 ミヤは冷や汗を垂らしながら見守る事しかできなかった。


「はー……まいった。こりゃお前を生かしておいた方が特だな」

「こ、殺さないでくださる……?」

「あぁ」


 その言葉で、ミヤの緊張の糸が一気に切れた。

 自分は見事にピンチを切り抜けた。まだ、生きる事を許されたのだ。


「う、ううう……」

「あー泣くなって、良かったなぁ?」

「だ、誰のせいだと……!」

「俺だなぁ、あっははは」


 先程の殺気はどこへやら、ティーガは泣きじゃくるミヤの肩をぽんぽん叩いて雑に慰める。

 一発殴ってたい気分になったが、絶体絶命に逆戻りになるからと、拳を引っ込めた。


「……はぁ、お前のおかげで何もかも上手くいきそうだ。

 もう贄を取る必要なくなったし、感謝してるぜ?」

「そ、それは、どういう?」

 

 ティーガは米粒を摘み、口に運びながらにやりと笑う。

 

「お前の竜力が宿った飯があれば俺や、他の奴らの()を抑えられる。

 定期的に広場で炊き出しでもやってもらえりゃ……」

「え……あ、病?」

「本当に、何も知らないんだな」


 神竜教の総本山、大聖堂にいたくせに。暗にそう言われている。

 保身に走り、知っておくべき歴史や文化も余計な情報としてシャットアウトしていたツケだ。

 

「まぁいいさ。ともあれ、これでデザリアを心置きなく滅ぼせる。

 実に良い気分だ」


 ティーガは、本心から言っている。

 笑顔は希望に満ち、瞳はミヤを通して覇道の終着点を映している。

 

「デザリアを、滅ぼすのですか?」

「あぁ。この国の連中は皆願ってる。悲願と言ってもいい」

「……それは、その。

 少しだけでも、考え直して頂けないでしょうか」


 ミヤの願いは、本人も意図せず口から零れ落ちていた。

 願いはティーガの笑みを陰らせ、再び殺気を漂わせる。

 

「お前それ、本気で言ってんのか?」

「……」

「臆病者なのか、命知らずなのか、ハッキリしねぇ奴」


 今にも剣を取り、切りかかってきそうな迫力の中で、ミヤは正面から対峙する。

 足どころか、全身が恐怖に震える。結局また絶体絶命の状況に戻ってしまったが、ミヤにも譲れない意見があった。


「……滅んでほしくないものが、デザリアにも」

「お前を散々利用して、贄にまで差し出した腐れデザリアにか?」


 凄みを聞かせた琥珀色の瞳が、ミヤの灰色の瞳を覗き込む。

 

「俺たちがデザリアに何されたか、知らないだろ?」

 

 ある程度だが、ミヤは知っていた。

 10年程前の事、民族間紛争が続く属国グロシュリウスを止めるべく、デザリアが介入。

 その際神竜教を布教し、土着の信仰から唯一宗教に鞍替えさせる事により、紛争の緩和に成功した。

 

(……これは多分、デザリアの歴史だから、多分ティーガ王の認識とは全く違う)

 

 とてもふんわりとした記述だった事は覚えている。

 だが、あっさりと書かれた宗教の鞍替えという記述に、少しぎょっとした覚えもある。

 長らく信じていた物を無かった事にされるような、文化の否定は確かにあったのだろう。

 ミヤは口を閉じ、ティーガの言葉を待った。

 詳細な内容は、かつての敗者、グロシュリウスの歴史を聞かなければわからない。

 

「戦いに負けた俺たちを、竜力の実験台にしたんだ」


 怒りに歪んだティーガの顔は、涙無く泣いているようにも見えた。


「後天的に竜力を発言させる実験。

 それだけ聞きゃ何ともねぇと思うがな……何せ竜力だ。

 万能だがその分、何が起こるかわからない。

 先天的にしか発現しないものを無理やり発現させようとして、どうなったと思う?」


 ティーガの少し硬い髪がミヤの首筋に触れ、続いて牙が突き立てられる。


「うっ……!」

 

 つぷりと血が零れ、鈍い痛みが走る。両肩にはティーガの手が置かれており、身をよじろうとしても逃げられない。

 

「皆、おかしくなった。

 欲が抑えきれなくなって、狂い死ぬんだ」

 

 肉まで食いちぎられるかと思いきや、ティーガは牙を抜き、血だらけの口でミヤの耳元に囁く。

 

「例えば俺は、()()が狂ってる。餓虎王の異名通りな。

 噛みちぎれそうな物を見ると、見境なく腹が減るんだ。

 人間なんて不味いってわかってるのに、喰いたくなんかねぇのに、腹が減る。

 今も空腹こそ収まったが、いくらでもお前を喰える。

 美味そうだと思って、すぐ腹が……」


 吐息はどこか苦し気で、熱を孕んでいた。きっと湧き上がる食欲を堪えているのだろう。


「理性を無くして仲間たちを喰らう様を、見世物にされていた事だってある。

 監視役の竜の使いを喰らったところで、ようやくほんの少しの正気を取り戻せたんだ」


 その時偶然、微弱でも竜力が接種できれば、ある程度の理性を保つ事ができると気付けた。


(あぁ……贄は、そんな病に苦しむ人々のためだったんだ……)

 

 贄は、グロシュリウスの人々が人として生きるために必要なものだった。

 血肉を薬として精製し、病に苦しむ人々へ配給していたのだろう。

 生き残った極僅かの民が、部族の垣根を超え復讐のために手を取り立ち上がった国が、今のグロシュリウスの正体。

 その憎悪と苦しみは、ミヤが想像していたものよりずっと深く、強い。


「それでも、俺たちにやめろって言えるのか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ