3話:お鍋とご褒美の約束
嫌な予感は拭えない。
今日飛んでしまった座学の範囲を自主的に読み込んでみたり、立ち振る舞いやマナーのおさらいをしてみたりと、様々やってみたが、頭のどこかで先程のオルハの目がちらつく。
彼女の目はまだ、怒っていた。絶対に恨みを晴らしてやるという気概に満ちていた。
(そんなガッツがあるのなら、他に使って欲しいよ……)
まじめに修行や奉仕活動に励むだとか、貴族子女として改めてノブレスオブリージュを意識してみるだとか。哀しきかなそれができなかったため、現在に至るのだろうと、ミヤはため息を付いた。
他に没頭できそうな事といえば料理だが、仕込は既に完了している。お米も既に炊飯器のスイッチを入れている。
鍋には食欲誘う香りを漂わせ、油膜も美しく思えるほど綺麗な出汁が既にあった。
(流石リンカさん……)
火の番を任せたリンカが、気を利かせてやっておいてくれたのだ。流石王城の料理番といった綺麗な出汁を取り、片付けまで済ませていた。
心の中で深く感謝しつつ、少し早いが具材の準備に取り掛かろうと、ミヤは野菜を作業台に置いた。
「お、いい匂いだな」
「お疲れ様です」
ティーガも早めに仕事を終えて、異世界厨房へやって来た。
禍々しい鎧は脱ぎ、いつもの黒い軽装へ戻っている。アレは尋問や脅迫で抜群に効果的だが疲れると、ティーガは少し気怠そうに肩を回していた。
「今日は思い切ってお鍋にしますよ!」
「なべ?」
「野菜とお肉のごった煮みたいなものです!
……今後の事もあるのでがっつり英気を養いたいなと」
「そうだなぁ」
今後の事を考えると気が重くなる一方だが、逃げられない。
それならば、万全の準備を整えるしかない。
ミヤが気合を入れている様子を見て、ティーガは微笑んだ。
(最近ダスクさんから買った土鍋の出番だ……)
ずっしり大きいファミリーサイズの土鍋だ。空から落ちてきたというのに、少しも割れていない奇跡の美品。
最近はぽかぽか陽気が続くが、折角鶏出汁を取ったのだからと使用する。
(具は鶏肉、にんじん、キャベツ、キノコ、白身魚……)
まず人参は大きく薄切り。キャベツとキノコはざっくりと千切る。
鶏肉と白身魚はゴロゴロめに切って、ボウルに移しておく。
仕込んでおいた鶏出汁を土鍋に流し込み、野菜類を並べ、カセットコンロに火をつけた。
今回はいつか旅行で食べた鶏の水炊きを思い返しながら作ったが、鍋の種類も様々だ。
スープや麺に使うのも良いが、また別の具材を入れて、ロッゾやクイシャたちがいる時出しても良さそうだと、ミヤは楽しい気持ちを膨らませた。
並行作業で炊き上がったお米をかき混ぜ、蒸らしておきつつ、トマトなどの副菜を準備する。
(……よし、野菜がくたくたになったから、お肉とお魚!)
土鍋から細長い湯気が上がった。ミトンをつけて蓋を開けた後、ボウルの鶏肉と白身魚を投入した。
煮すぎて硬くなるのも良くないからと、蓋を閉めて数分測って火の通り具合を確認していく。
(おぉぷりぷりだぁ)
どちらもしっかり火は通っていた。瑞々しい弾力はそのまま、出汁に浸かって艶やかに輝いている。
「完成です! どうぞお召し上がりください!」
「おおー!」
食卓へ運び、取り皿とお玉も合わせて用意した。
「美味い……野営で作るごった煮とはわけが違う」
早速ティーガは山盛り取ってがっついていた。熱さも気にせずぺろりと平らげ、すぐにお代わりを盛って行く。
そして、ミヤが向かいに座ったのを見計らい、ミヤの分も取り分けた。
「あ、ありがとうございます!」
「これくらいはな」
ミヤは、王に取り分けてもらうなんて贅沢だなぁと未だ思ってしまう。
一応妃になる事を了承したものの、庶民気質が抜けてない。
少し照れているところで、ティーガが口を開いた。
「交換要請は当たり前だが破談にした。
デザリアには返答済。オルハは近日中に返還する」
一応会議を開いたが皆「ここにいても火種にしかならない」という意見で一致していたと言う。
「良かった……」
「返還までの数日は牢屋で暮らしてもらうがな」
下手に城内の部屋のどこかで軟禁などしたら、恐らく使用人たちのストレスが大変な事になりそうだと、ミヤは思った。
(……それでも何かやらかしそうな不安が拭えないのは怖いけど)
最後に見た怒りの目もそうだが、一応オルハも竜力を持っている。万が一があるかもしれないと、一応気に留めておく事にした。
「ミヤが与えた最後の機会は奪わねぇ。
だが、今後の態度次第では即刻処刑って場合もありうる。
それだけは覚悟しておいてくれ」
明日から王国騎士団主導で尋問が行われるらしい。
グロシュリウスとしてはオルハがどうなろうと特に問題は無く、デザリアが彼女の処遇に怒り戦争を仕掛けて来たとしても渡り船といった様子だ。
「で、まだキスはだめか?」
「この流れで⁉︎」
話の切り替えが早い。ミヤはまだオルハの処遇について呑み込んでいる最中だったが、ティーガは鍋をかき込みながら、ミヤへ熱の籠った視線を送っている。
「俺は待っているんだが」
「……歯止めが効かなくなりそうで」
「そりゃそうだ?」
「いえ、ティーガ様ではなく……
いや、ティーガ様はすごい勢いで来るので歯止め何とか効かせて欲しいのですが!」
好意はとてもありがたい。とても嬉しいが、勢いが凄まじい。
キスの許可が出れば、その先も歯止めが効かないだろうとティーガは当たり前のように言う。
「私の方が……だから、オルハさんの件がひと段落したときのご褒美に、取っておいても良いですか?」
それはミヤとしても同じだが、だからこそ今はその時ではないと思っていた。
ご褒美として取っておいた方が、万が一大変な事があっても乗り越える糧になる。だから、オルハを送還した後が望ましいとミヤは一生懸命伝えた。
「……あーわかった」
一理あると、ティーガは了承する。
しかし、殺気じみた熱の籠る視線が、ミヤをまっすぐ射貫く。
「覚悟しておけ」
その時が来たらもう止まらない。止まってと言う声も聞かない。
ティーガの色気と言葉の圧に、ミヤは震えつつも顔を真っ赤にして俯く事しかできなかった。




