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2話:交換要求

 その後の朝食はまた一時的に長閑な空気へと戻っていった。

 満腹になったクイシャは騎士団の訓練へ向かい、ミヤは昼と夜の仕込みをはじめる事にした。


(本当はこの時間、座学だったんだけどね)


 ロッゾの慌ただしさを見るに、今日は中止だろう。

 一応今日使う予定だった資料を傍らに置きつつ、ミヤは厨房から分けてもらった鶏ガラを熱湯にくぐらせた。


(ついつい手間のかかる事をしたくなるなぁ……)


 不安を紛らわすためには何かに没頭する事が一番。自分の幸せに直結するものならなお良し。

 という思考から、ミヤは鶏出汁を取っていた。


(どうしようかなぁ、スープに麺料理、煮物でもいいよね)

 

 刻んでおいた生姜とニンニクを鶏肉と合わせ、大量の水で煮込みながら、ミヤは笑みをこぼした。

 どんな料理であれ、一段階香り高くなる優れもの。

 ティーガに振舞うのならガッツリとしたメニューが良いだろうかと、楽しい思案が広がっていく中、異世界厨房のドアがノックされた。

 

「ミヤ様、ティーガ王がお呼びです」


 現れたのはロッゾだった。眉間に深い皺を刻んで、疲れ切っている。

 きっと先程の件だろうと、ミヤはリンカに火の番を頼み、ロッゾの後に続いた。

 普段用事がないため赴かない区画への長い廊下。しかし、ミヤは何故だか見覚えがあった。


(あっ、ここ、最初連れてかれた部屋の――)

 

 贄として連行され、ティーガに剣を向けられたあの空き部屋だ。

 思い出が蘇って来てちょっと背筋が凍るが、ロッゾは待ってくれない。すぐさま扉を開け、中で待つティーガにミヤの到着を告げる。


「……来たか」

 

 そこにいたのは、あの禍々しい鎧を着こんだティーガだ。

 あの時と違って頭は露出させているが、それでも恐ろしい。ミヤにとっては未だに恐怖の象徴だった。

 

「とんでもねぇもん送って来たぞデザリア」


 ティーガの奥に、誰かが転がされている事にミヤは気付いた。

 頭にはズタ袋。加えて手足どころか全身の身動きを取れなくするように縄が巻かれ、芋虫のように藻掻く事しかできなくなっている。


(あれ、この服……)


 縄の隙間から、ミヤも良く知る白い法衣が見えた。

 不安が更に深まる。

 まさか、そんな事ないよねとミヤが自分に言い聞かせていた所で、ロッゾは頭のズタ袋を取った。


「うわぁぁ……」


 送られて来たものの正体は、オルハだった。

 目が合ってしまい、ミヤは何とも言えない悲鳴を零してしまった。

 怒りの表情を浮かべ息を荒げるも、猿轡を噛ませられており、今すぐ暴言で噛みついて来る事はなさそうだ。


(嫌な予感……当たるなぁ……)


 ミヤがこの先一番会いたくないと思っていた人物。

 自分がグロシュリウスに贄として送られ、死にかけた諸悪の根源。


(結果オーライではあったけどね……)


 それでも許しがたい理不尽を押し付けて来たという嫌悪感は拭い切れない。

 人柄や能力を鑑みても、この国にトラブルしか生まない気がすると、ミヤはロッゾと同じく眉間に深い皺を刻んだ。


「……で、オルハさんが一体どうして贄に?」


 デザリアや神竜教に想定外だった自分のグロシュリウスへの贄送りの件も、貴族子女のオルハには何のお咎めもないだろうとミヤは思っていたが、どうやら違うらしい。


「余罪は沢山あるそうですが、主な原因は、竜宝祭での失態にあるようです」

「今年の結界が失敗したのは舞手を勤めていたこいつのせいだって、デザリアでは認識されてるんだと」


 本当はミヤがいなかったから失敗したというだけの話だが、そのあたりの絡繰りはデザリア市民に広まっていない。

 極一部デザリアの有権者や神官を除けば、ティーガなど竜力に関して独自に研究して行きついた者しか知らない。


「最悪な事に、こいつにはまだ【貴族の子女】っていう利用価値がある」


 唯一オルハに残った価値と言ってもいい。

 フルール家はデザリア王家に近い高位の貴族であり、大陸全土を見ても極めて潤沢な財を持つ。

 

「だから、こいつを贄として、妃候補としてグロシュリウスへよこす代わりに、ミヤを返還してほしいとさ」

「え、絶対嫌です」


 熟考してから答えを出そうとしていたはずだったが、嫌悪感が勝った。ミヤの口から本音がぼろっと零れる。

 ピンチを何度も乗り越え、やっと手に入れた穏やかな日常に自分の理解者。それらを捨てて、軟禁生活に戻るなんて絶対に嫌だ。

 しかも、グロシュリウスは贄の要求を止めたというのに、様々な失敗の罰としてオルハはグロシュリウスへ贄として送られて来た。

 オルハが貴族子女ゆえにデザリアで処理しきれず、グロシュリウスに沙汰を任せたようにも見える。

 その上でミヤとの交換要求まで載せて来たのだ。

 

「……厚かましいです」

「ハハッまぁそうだよなぁ! 良く言った」

 

 ティーガは堪え切れず吹き出してしまっていた。ロッゾも釣られて微笑んでいた。


「……国としてもこんな勝手な要求飲むわけがない。

 って事で、どうする?」


 冷酷な悪食王の顔を作り直し、ティーガはオルハへ剣を向ける。

 切っ先が鼻を掠ったらしいオルハは、みっともなく怯えて、身動きが取れなくなってしまっていた。


「英華を誇るフルール家も、デザリアが滅べば共に潰れる。

 こいつに大した竜力はねぇし、素材にしたところでほぼ効果は出ないだろう。

 更に泣きわめく事しか能がない上、性格は最悪と言ってもいい。

 未来でこいつの利用価値は無に等しい」


 事実とはいえ、そこまで言わなくても良いのではと思いつつも、口が挟めなかった。

 ティーガが言い切ったところで、ようやくミヤは小さく手を上げた。


「……その、それでも、命だけは取らないであげてください」

「言うと思った」

「目覚めが悪いので、普通にデザリアへ送り返すだけでお願いします」


 ミヤは最後にオルハを一瞥した。

 剣を収められ、段々と怒りが戻ってきているようだったが、何か抗議の声を上げる事はなかった。


(これでいいんだよね……?)


 オルハの事は憎い。ただし、酷い目に合うのを見たくはない。

 自分に彼女を裁く度胸もなければ、ティーガに手を汚させたくもない。

 騎士たちに担がれ地下牢へ連行されていくオルハを見送りつつ、ミヤは深いため息をついた。

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