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2話:命乞いと元の世界からの落とし物

 もしかしたら、助かる糸口になるかもしれない。

 ミヤは一縷の希望に縋る事にした。


「……1カ月前、私は神竜教の戒律を破りました。

 それを、他の竜の使いに見られてしまい、見逃す代わりに贄になれと」


 戒律を破れば、基本的には立場を剥奪された上で国外追放。または死罪だ。

 国外追放だとしても、他国をほとんど知らない上、身寄りのない自分にとっては死罪に等しい。


「どうにも戒律を破るような奴に見えないがな」

「……大怪我を負った猫を、竜力で治療しました」

「は? それだけ?」


 ミヤは頷く。

 

「竜と信者以外に【竜力】を使う事は禁じられているので」

 

 それがどうして戒律違反になるのか、ミヤには理解できなかった。

 緊張は解けないが、ティーガの反応に少しだけ心が救われた。

 

「元の世界にいる時から動物が好きで……特に猫は、愛着があったのです。

 傷だらけのあの子が大聖堂に迷い込んできた時、ともかく助けなければと」


 幼少期から成人まで猫を飼っていた事もあり、ミヤとしては人間よりも猫相手の方が気を許せる程だ。

 酷く閉鎖的な大聖堂生活の中、突如現れた猫。やっと出会えた好きなもの。

 それが、目の前で今にも息絶えそうになっている。

 本来白くふわふわな毛並みであろう猫が、自慢の毛並みを真っ赤に汚し、寒さに震えていた。

 確かにミヤを見て、弱弱しく助けを求めて鳴いた。

 気付けばミヤは、無我夢中で猫を治療した。


「……なるほど、嵌められた可能性もあるな」

「そ、そうですね、戒律違反を指摘してきた方は、デザリアでも特に位の高いフルール侯爵家のご令嬢オルハ様です。

 大聖堂でも幅を利かせていました」

「フルール家ねぇ。金に意地汚ぇってグロシュリウスでも有名だぞ。

 ……猿山の大将に目を付けられたか」

「つつましい生活を送っていただけなんですけどね……」

「何がキッカケになるかはわからんさ。特に腐った貴族はよくわからん」


 デザリアと神竜教は、一言で言えば腐っている。

 デザリアが資金面や政治面で神竜教を援助し、神竜教は竜力の結界をもってデザリアを守護する。

 相互で助け合うような関係だったが、それが行き過ぎたものになってしまったのだ。

 デザリアの貴族たちは、後継者以外で竜力を持つ子息子女たちを、多額の寄付金と共に神竜教大聖堂へ送り出す。

 神竜教は貴族たちの子息子女を良いポストにつかせ、権威と更なる金を得る。

 その影響により大聖堂内では、より多額の寄付金をした家の者が隠れて高い権力を得ていた。

 面倒くさい仕事を低い身分の者に押し付け、自分達は気ままに遊び惚ける。大聖堂を運営する神官や司祭たちには良い顔をして、低い身分の者たちが片付けた仕事の功績を、自分たちのものにする。


「贄は立候補がなければクジで選定されるのですが、彼女にとって不都合ある人物が選ばれると、他の誰かを説得して代役にしたてていたようです」


 特にオルハは自分が特別である事に固執し、取り巻きを守りつつ、気に入らない者を贄の選定にかこつけて排除していた。

 説得とは言ったが、ほぼ脅迫だ。フルール家や戒律違反による死をちらつかせ無理やり条件を飲ましてくる。

 ミヤは結局条件を呑んだが、猫を大聖堂外に逃がした後、どうすれば生き延びられるかを必死で考えた。

 ボランティアで外に出てそのまま逃げだす事も考えたが、オルハたちによって意図的にボランティア業務が回されず、大聖堂内で軟禁状態が続く。

 一度司祭に助けを求めようとしたが、戒律違反がバレてしまう恐れがあり、無理だった。

 そうこうしている内に贄へ出される当日となり、本来の贄と入れ替わって現在に至る。

 

「アホすぎる。腐敗もここまで来ると流石に敵ながら笑えねぇ。

 お前も大概アホだがな。何で自分は落とし子だって喚かなかった?

 多少の戒律違反くらい許すだろきっと」

「いやそれが、落とし子である事は黙っているようにと……オルハさんにも何されるかわかりませんし」


 腐敗はもう取り返しのつかないところまで来ている。

 落とし子は強大な竜力を持つ特別な存在だ。それこそ、他の竜の使いたちの立場が揺らぐほどに。

 大聖堂側は金払いの良い貴族たちの顔を立たせるため、ミヤが落とし子である事を隠した。


「あー……救いようがねぇ。災難だったな」

(もしかして、これは……助かる……?)


 ミヤが安堵しかけたのもつかの間。


「だが、こっちにとっちゃ好都合だ。

 落とし子の竜力を貰えんだからな」


 ティーガは傍らに立てかけてあった剣を引き抜き、ミヤに向けた。


「丁度腹減って来たし、お前は喰う。

 痩せてるが肉質は良さそうだし……肉は喰って血と骨は研究所に回す」

「喰……そ、そんな」


 気さくな態度は崩さないが、ティーガの目は鋭く細められる。

 本当に殺す気だ。言葉通り、身体の全てを残さず利用し尽くすだろう。


(どうする……なんとかしてこの場を……!)


 剣から目を逸らし、部屋の情報を集めるべく集中する。

 ここは倉庫のようだが、よく見ると床や壁に黒ずんだ血の跡が見える。


「塩ふって焼こうか。それともスープに……あぁ腹減った」

(人を見ながら献立考えないで……!)


 焦りは加速するばかりだが、積み上げられた荷物の方にも視線を移す。

 デザリアから鹵獲したであろう武具、物資。大きな宝箱に、酒樽。

 そして、それらの影に隠れる見慣れた円形の機械。

 

「す、炊飯器!?」

「何だ!? ……あぁ、アレ、お前の世界のか。

 使い方わかんのか?」

「あ、わ、わか、わかります!」

「ふーん」


 突き付けられた剣が、少しだけ離れていく。

 異世界人が落ちて来るのなら、異世界の物も当然落ちて来る。

 平原に落ちてるそれらを、コレクション品として売りさばく商人がいるとは知っていたが、まさか炊飯器をお目にかかれるとは思わなかった。


「コレはお米を炊くための機械です!

 わ、私、使えます。

 よければ作らせて頂けませんか……故郷の料理を振舞わせてください」


 その後自分が食べられるとしても、死ぬ前に香りだけでも故郷を感じたい。

 丁度良く炊飯器の裏側には、米袋も置かれていた。必要最低限の材料なら既に揃っている。

 ミヤが必死で頼み込めば、ティーガは一度剣を収められた。


「お米ってのは、飯か?」

「は、はい」

「……ともかくこっちは腹減ってんだ。不味いの作ったら承知しねぇ」

「ありがとうございます!」


 首の皮一枚繋がった。

 まだまだ油断ならないが、今は真剣に米を炊こうと、ミヤは気合を入れる。


「ここにあるもんは何でも使っていい。落ちもの屋から献上されて肥やしになってたもんだ」


 その言葉に肖り、炊飯器の周辺を物色してみれば、使えそうなものが様々出て来た。


(これ、お高い海苔……! お歳暮とかでしか見られないやつ!

 なんてもったいない……あぁ、塩も良いものっぽい。

 しゃもじは、炊飯器についてる……)


 他にはラップと、キッチンペーパーと、小さな皿を発見した。

 これならばと、ミヤは思案する。

 幸いにも炊飯器も高級品だ。普通に炊き上げるだけでも相当美味しい物ができるだろう。

 米の方は無洗米だが、これまた良い物。 


 ――見栄えの良い、手の込んだ料理は出来ない。

 ――その上でシンプルに、お米の良さを生かすのなら。


 作るものを決めたミヤは、恐る恐るティーガに尋ねる。


「1時間ほど待てますか?」

「はぁ?だったら今お前を喰った方が早ぇ」

「早炊きにします! 30分なら待てますか!?」

「……許す」


 見る限り汚れや詰まりもない。ほぼ新品の炊飯器だから早炊きでも芯が残る事はないだろう。


(万が一にでも、芯残りませんように)


 祈りながら無洗米を3合分窯に移し、ミヤは米を水に晒すイメージを浮かべ、念じた。

 すると、目盛りの分だけ窯に綺麗な水が発生し、注ぎこまれる。


(無洗米……軽くゆすぎたいけど、ここはスピード優先……)


 水の表面に細かなカスや汚れは浮かんでいない。これならこのままでも良いだろうと、ミヤは炊飯器の蓋を閉める。

 炊飯の詳細な原理こそわからないが、電力を使って機械を動かすだけならできるはずだ。

 コンセントに手をかざし、動くように念じれば、パチンと音と共に炊飯器のランプが付いた。


「おぉ!? 竜力、なんでもありだな」

「本当にですね」

「何でそんな他人事みてぇに」

「保身に精一杯だったので、試してみるとか考え至らなかったです……

 暴発するかもしれないですし」

「……小心者にも程があるだろ」


 信じられないものを見るような表情で絶句されてしまったが、ミヤは一先ず作業を進める。

 皿にラップを敷き、塩の封を切り、他にも使えそうな食材がないか探し始める。

 

「あっ……ティーガ様、少し癖が強いものなのですが、食べてみますか?」

「ん?」


 発見したのはカット済の沢庵だ。袋はちゃんと密閉されており、痛んだ様子もない。

 毒見がてら一枚齧ってみたが、塩辛くも懐かしい味が口の中に広がった。

 ティーガも差し出されるまま一枚摘み、一口。


「……これは、塩漬けか? 塩辛いが不思議と不快ではないし、口がさっぱりするな。

 食感も良い」

「そうなんですよ」


 白米が炊き上がったら一緒に食べてみてください。そう告げようとしたが、既に手元の沢庵は無くなっていた。


「あれっ?」

「食べちまった」

「あぁ……」


 どれだけ腹ペコなのか。

 人を食べる発言を含めずとも、少し異常な感じがする。

 今も炊飯器から上がり始めた仄かな甘い香りに耐え、酷く殺気だった顔になっている。


(あっ、サケフレークだ)


 更に使えそうなものを発見したが、ティーガに見せれば沢庵の二の舞になりそうだと、自分でこっそり毒見するだけに控えておく。


(うん、問題ない。これも使おう)


 どの順番で作るかのイメージを膨らませている内に、炊き上がりのアラームが鳴った。

 炊飯器を開いてみると、ふわりと湯気がミヤを包み込んだ。

 故郷を思わせる懐かしい香りだ。久しぶりに嗅いだというのに、身体に染み入るような感覚がして、思わず涙が零れそうになる。


「できたか?」

「いいえ、今から仕上げに取り掛かります」


 まずはしゃもじで米を軽くほぐす。しゃもじを竜力で湿らせ、今度はお茶碗1杯分程の量を新しくラップを敷いた皿によそい、軽く塩をふりかける。

 それを、お手玉のように軽い手つきで、熱を逃がすようにラップの上から握る。

 綺麗な三角形になったところでラップを外せば、甘い煙がまたふわりと舞う。

 最後に、手で持ちやすいよう海苔を巻けば、完成だ。


「……おまたせしました。

 私の故郷の料理で、おにぎりです」

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