11話:遠く懐かしい香り
「これより料理決闘を開始する!」
司会の一声により、会場の盛り上がりは最高潮だ。歓声に会場が揺れているような錯覚を覚える。
「勝者には、商会連盟から最高級食材が贈られます」
2つの厨房を挟んだ箇所に運ばれて来た荷台には、とてつもない量の食材が積まれていた。
野菜は形がよく艶やか。魚は魔法でしっかりと鮮度が保たれ、肉は美しいサシと食欲誘う赤色。
どれもこれもが言葉通り最高級なのだろうと、見ただけで理解できる。
「俺が勝ったら、この後の宴で皆に御馳走しよう」
「我が勝った暁には、酒も追加で出そう 」
「言わなかっただけだが、酒も出るぜ」
「どちらが勝っても宴は開こう」
決闘らしく争う構えを見せつつも、あくまで和やかだ。
(……私の事は、ここでは言わないのかぁ)
この戦いの勝者の嫁として、落とし子ミヤは改めて国民に紹介される。
恐らくは宴の中で、サプライズ的に紹介という形になるのだろう。
確かに、かつて故郷で勤めていた会社の宴会でも、良い方向の大きな発表は、皆の緊張が大分解けてきた後半からだった。
「では、両者とも準備はよろしいですか?」
「おう」
「いつでも」
「では、はじめっ!」
(うっわすごい、鮮やかな包丁さばき。
一流レストランの厨房を見ているみたい……
ティーガ様とロッゾさんも、野菜の皮むきとカットはすごいスムーズ。
でも、どれだけの野菜を準備するつもりなの……?)
審査員席の分をゆうに超えた量の玉葱、人参、ジャガイモをひたすらゴロゴロとしたサイズ感に切り刻んでいる。
これだけの量を必要とする料理で思い至るのは、故郷の北の方の祭りで振舞われる汁物料理しか知らない。
(本当に芋煮でも作るのかな……)
山積みになった段ボールはまだ出番ではないらしく、未開封のままだ。
そうこうしている内に、クイシャ側の料理が佳境に入っていた。
「リンカ、盛りつけの準備を」
「了解! クイシャちゃん、油はちゃんと切ってね」
「我を誰だと心得る? 抜かるはずがなかろう」
2人は息ぴったりだ。伊達に幼馴染ではないと感じる。
軽口を叩き合いながらトレイに皿が並べられ、前菜からスープ、パン、主菜、デザートまでが揃っていく。
盛り付けはどれもが彩豊かで、美しい。
(こ、高級ホテルで見た事があるやつだ……!)
人生に一度だけ、子供の頃に連れて行ってもらった高級ホテル。そのコース料理の感動が思い出された。
「先に、我の料理から見て頂こうか」
クイシャ側の料理は、野菜と魚をメインとしたコース料理。
春の庭を思わせるその美しさは、芸術の域に達している。食べるのが勿体なくなる程だとミヤは思った。
料理の全容が見た見物客たちからも、感嘆が零れる。
それを冷めないうちに、王級の使用人たちが審査席へ運んでいった。
「ミーユ大陸の食材と、異世界からの贈り物たる落ちものを組み合わせて、再解釈してみた」
深く説明はされないが、これは明らかにミヤの心を引き込むための料理だった。
ミヤの故郷の食材と、ミーユ大陸で使われる食材にはそこまで差異がない。
「美味しい……旨味だとか味付けにほっこりする……すごい」
故郷を思い出せる味付けを考えつつ、出来る限り贅を凝らしたのだろう。
洋食に近いが、出汁のような和食の要素も入っている。グロシュリウス王城の厨房設備を生かして作られた、2つの世界の食を折衷した料理だ。
恐らくはミヤの調理工程を見た事があるリンカからの情報だと思う。
(政治的な話が絡んでなければ本当に心から楽しめたのになぁ……でも美味しい……)
我々の歓迎を受けて欲しい。ここは貴方の第二の故郷であり、安心してもらえたらという気遣い。
それと同時に「悪いようにはしない」というメッセージが含まれている。
他の審査員も美味しそうに食べている。ティーガの方は大丈夫だろうかと視線を移せば――。
(うそ……!)
知らぬ間に、巨大な鉄鍋が準備されていた。
(本当に、まさかの芋煮……?)
鉄鍋を熱するためレンガを積んで即席のコンロを作り、玉葱に火を通し始めている。
確かにお祭りには丁度良いかもしれない。美味しいのも間違いない。
だが、目も楽しませるような芸術的な料理に敵うのか。
「……ん? この香り」
ミヤの鼻腔を、とても馴染み深い香りが擽る。
甘やかで、少し刺激のあるスパイスの香り。帰り道にこの香りを感じたら、思わず足取りが軽くなるあの香り。
――どうして、それが今、ここにあるのか。
ミヤはティーガが持つ、段ボールの中身を見て、目を見開いた。
「何だ? スパイス?」
「あの泥みたいなの、何だ?」
見物客と審査席が、ティーガの厨房で行われている調理にざわつく。
段ボールから出て来たのは、この世界の人々には全く馴染みのないレトルトパウチ食品だ。
主にロッゾが魔法を使って高速でパウチの封を切り、その中身を巨大鍋に投入していく。
(カレーだ……)
ミヤは、ティーガたちの調理から目を離せなくなった。
(そういえば、もうずっとカレー食べてなかったなぁ……)
香りを感じる度に、故郷での思い出が蘇っていく。
自分の料理の腕では、この世界で再現する事は難しいと諦めていた。
「何だあれ?」
「さぁ……でも、すごくいい香り」
ミーユ大陸に飛ばされたあの日も、カレーの材料を買っていたと思う。
子供の時も、大人になっても、帰る家を感じるあの匂いが好きだった。
「さて、仕上げだ」
米もパックだが準備されていた。魔法で一気に温め、山型にして皿へ盛り付ける。
その上から、巨大鍋で混ぜ合わせたルーをたっぷり掛けた。
香りが会場中に広がり、見物客も皿から目を離せなくなっていた。
「これはミヤ……かつてミーユ大陸を救った勇者たち故郷の、ごくありふれた食事だ。
もしも皆に振舞うのなら、新しい名物になるようなものが欲しかった。
ということで、作ってみた。まずは皆にこいつの美味さを知って欲しい」
言葉通り、配膳されたカレーはごく普通のものだ。
元の世界ではありふれた家庭料理。レトルトの具の小ささを補い、食べ応えを増やしたもの。
それでも、この世界で再現するのは、どれだけの労力と手間が必要だったのだろう。
ダスクがティーガの勝利を確信していた姿をふと思い出しながら、ミヤの視界は潤んでぼやけていく。
「かつての勇者たち……そしてこれから来る落とし子が、この国を第二の故郷として心の平穏を得られるように」
ティーガの視線は、ミヤへ向けられなかった。
ミヤも、ティーガの方を向く事はできなかった。
審査員たちの「美味しい」という声の中で、ミヤは涙をこぼしながら一口ずつ大切に食べ進めた。




