8話:気持ちと願いと歩み寄り
「嫁、ではないだろう?」
クイシャは冷笑した。
必死なティーガを嘲笑い、焚き付けるかのように喉を鳴らす。
「我は、そもそも婚約には反対している。
何故なら落とし子ミヤは、我の隣にこそ相応しい」
(……はい?)
どうしてそうなった。
初対面で碌な会話も成立していない。そんな状態で、何故ここまで言い切れるのか不思議で仕方がない。
(あ……政治利用されているんだ)
ロッゾに言われた傍からこれかと、ミヤは項垂れてしまう。
落とし子の持つ竜力は憎きデザリアに対しての鬼札でもあり、グロシュリウスの民を苦しめる病への希望でもある。
それだけ利用価値があり、手に入れておきたい存在なのかもしれないが、一旦嫁や妃といった立場を与え隣に置いておこうという決断が速い。
大事な事だと思うが、恥や自分の感情は置いてけぼりで良いのかと、眩暈がする。
「何言ってんのか、わかってるんだろうな?」
「侵攻の手を緩めた腑抜けの悪食王から何を言われても効かんなぁ」
「市井の民は傷つけないだけだ。デザリアと同じ過ちを繰り返したくないんでな」
「ふふっ……笑わせるなよ。我らの苦しみはデザリアを滅ぼし、悪しき神竜教の巣窟を焼き払う事で真に果たされる」
その言葉に、ミヤはティーガを見た。
侵攻こそやめないが、戦争に関係ない一般市民は生かして欲しい。
これは、贄から食事係へと変わったあの時、ミヤが願った事だ。
(……本当に、願いを聞き入れてくれようとしていたんだ)
一方で、それが原因で国に不和をもたらそうとしている。
この一触即発の空気は、城から国の端まですぐに波及するだろう。
自分は平和に暮らしたいだけ。何とか平和に生き延びようとしているだけなのに。
(普通の人たちの生活に、迷惑をかけないと生きていけないのか……)
睨み合う2人を見上げ、涙が出て来た。
生きていたいが、行く先々で国を揺るがすような問題を起こしてしまう。
(いっそ死を選んだ方がいい……?)
酷く弱気になってしまったが、今ここで自分の人生を終わらせたところで、この不和はきっと終わらない。
じわじわと国を蝕み、やがては滅びの要因となる。今普通に暮らせている人たちの国が亡くなってしまう。
(……いや、私の死は、この場の武器にしよう)
自分が今やれる事を考え、ミヤはティーガに視線を合わせる。
「お、おい……何で泣いて」
覚悟を決め、再び勇気を振り絞る。
「わ、私の気持ちは、無視ですか……」
――私のやれる事は、どうにかしてこの場を収める事。
「部族や個人として、因縁があるのは知っています……デザリアへの憎しみも。
私の身柄がどれほど重要なのかも理解しているつもりです。
ですが、私の気持ちを無視しないでください」
どんなにみっともなくとも、支離滅裂な事を言ってでも、この場でこれ以上の争いを止めなければならない。
「私は平和に過ごしたい……私に良くしてくれた人たちが傷つかず平和に生きて欲しい。
誰の嫁になって誰に使われるだとかはその後です」
クイシャの目が細められ、興味深そうにミヤの方へ向く。
品定めのためか、獲物が囀る様を楽しんでいるのかはわからない。
だが、ここで気持ちをぶつけなければ、流されるまま終わってしまう。
「不和を起こさない方に、私は着きます」
さもなくば、死ぬ事も辞さない。
言葉に重い意味を含ませ、ミヤはそう宣言した。
「……まいったな。今日はちょっかいを出しに来ただけだったのだが、実に気に入ったよミヤ」
クイシャの笑みは深まり、恍惚としていた。
この殺伐とした空気を楽しんでいるかのような、狂気じみた笑みだった。
「また近いうちに会おうミヤ」
「二度と来るな」
彼女は踵を返し、軽い足取りで異世界厨房を出ていく。
一先ずの脅威は去ったとミヤはティーガの腕から抜けようとしたが、まだ解いてくれる気配がない。
「あの、ティーガ様。まずは改めて、話を聞いてくれませんか?」
「……あぁ」
ミヤは涙を拭いつつ、腕の中から抜け出すのは、この質問の答えを聞いてからにしようと決めた。
「……私を料理係だけではなく、嫁にしたい理由は、落とし子だからですよね?
国や民に恩恵があるから、グロシュリウスから離れられないようにしたいと」
「恩恵の面は否定しない。だが、それだけで考えるなら、お前の意思はいらない。
食事係でなくとも、もっとやりようがあった」
中々怖い答えが返って来たが、ミヤはまだ腕の中にいる。
ティーガは誠実に、ミヤに向かい合おうと努力していると思えたのだ。
「お前を人として、出来る限り大切にしたいと思えたのは、お前自身の言葉が響いたからだ」
琥珀色の瞳が覗き込んでくる。本心からの言葉だと、熱のこもった目が語る。
ミヤも気恥ずかしくなりながら、視線を外さない。
「臆病だが、誰かのために立ち向かう勇気がある。
それを自分の我がままだと背負い込む事が出来る。何よりも誇れるお前の強さだ。
とても眩しく、美しい」
俺にはそれが出来なかった。
同じ事を望むはずなのに、誰かのためにと動いていたはずなのに、結局憎悪のまま動こうとしていた。
いつの間にか本分を見失っていた自分とは違うと、ティーガはミヤに語った。
「俺はミヤが好きで……尊重したい。だから、嫁にしたい。
……この気持ちが一番であると、信じてもらえるように努めよう」
いつもなら強引に、息ができない程抱きしめられるなり、そのままキスされていたかもしれないが、今は違う。
ティーガはミヤを解放した後、恭しく手を取り、手の甲に口付ける。
「あ、え……⁉」
突然のスマートな振舞に、ミヤの胸は不意に高鳴った。
(ギャ、ギャップ……!)
いつもの爽やかさとも、魔王のような苛烈さとも違う。
今のティーガは、とてもかっこいい。ミヤは素直にそう思った。
顔が沸騰したように熱い。耳の内から喧しい動悸がドコドコと聞こえて来る。
(殺される……)
ときめきで心臓が痛い。
ティーガの優しい手を振りほどけず、ただ俯いた。
確実に心を掴まれた気がした。歩み寄ってくれるという強い意思をしっかり受け取り、苦しい程の嬉しさを感じている。
それでも冷静に、伝えなければならない事があると、ミヤは息を整える。
「あ、りがとうございます……その、改めて返す言葉を考えさせてください」
クイシャに啖呵を切ってしまった手前、今すぐに答える事はできない。
その上、今自分は浮かれ切っており、きっと正しい判断ができないと思う。
「おう。クイシャとの決着後にでも」
ティーガも快く待ってくれると頷いてくれたが、ミヤはハッとする。
「た、闘うのですか?」
「落とし前は大事だろ?」
この場は収めたが、ティーガとクイシャの争いは止まっていなかった。
一気に部族間戦争まで発展してしまうのではないかと、嫌な想像が濁流の如く押し寄せて来る。
そうなってしまえば自分に止める術は無い。
「……だが、闘いは暴力だけじゃないんでね」
不安に陥ってしまったミヤの頭を、ティーガは優しく撫でる。
血を流さず、それでいて勝算のある闘い方があると、いつもの爽やかな笑みを浮かべた。
ミヤは少しだけ、剣を握って来た分厚く骨ばったティーガの手を握り返す。
「ありがとうございます……」
「あー……煽られてんのか俺は? もう一度抱きしめていいか?」
「煽ってません……すみません……心臓がどうにかなりそうなのでどうかご容赦を……」
ティーガは何とかこの場を堪え、誠実さを示した。
ミヤは申し訳ないと思いつつ、改めて感謝と応援の気持ちを込めて、今日の昼ご飯を作る事にした。




