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7話:月の民の長

 幸いにも、本日はダスクとの商談や、他の雑務はない。

 残すところは夕飯の支度と授業のみで、仕事としては楽な方だった。


(それでも予習間に合う気がしないけどね……がんばらないと)


 ミヤは一旦資料全体を読み通して、要点は文字に書いていく事で、深く記憶に残るようにする。

 重要そうなページにドッグイヤーを付けていると、白い書面に影が落ちた。


「続きは座学が終わって、夕飯の仕込み前な」

「んむっ⁉︎」


 思わず食べかけのサンドイッチを喉に詰まらせかけた。

 ティーガの顔が随分と近い位置にある。また竜力を直接接種するのかとギュッと目を瞑ったが、数秒待ってもくる気配が無い。

 恐る恐る目を開けば、ティーガは笑いを堪えるのに必死そうだった。


「今日は大丈夫そうだ。その顔で充分」


 ニンマリと笑うティーガに撫でられ、髪がくしゃくしゃになった。

 そうして、ティーガは颯爽と異世界厨房から出て行った。


(ティーガ様……本当にわからない)


 機嫌が良いのは何よりだが、揶揄いたいのか何なのか。

 元気な小学生男児のような態度を見せたかと思えば、武力でのし上がった王らしい合理性と鋭い殺気を放つ事もある。


(座学の後、不安だなぁ)


 集中しなければと資料を見るも、微妙に集中し切れない。

 何とかこれなら授業について行ける具合になった頃には、座学開始まで残り数分。ミヤは慌てて指定の資料室へと向かった。


「今日は部族について学びましょう」


 まだ息を切らせているミヤも気にせず、ロッゾは説明を開始する。

 遅刻を免れてお咎めは無いが、ミヤがどんな状態であれ容赦はしない。そういう意味でもスパルタだった。


「グロシュリウスの主力部族は2つ。

 この地域には多種多様の部族が生活しておりますが、この2つの主力部族を祖とするため、どちらかに属しているという認識でいて頂ければと」

(絵がゆるい……)


 黒板にティーガらしき棒人間と、一本ツノの兜が特徴的な、棒人間が描かれる。

 あまりの緩さに口が緩んでしまいそうになったが、ミヤは何とか堪えた。


「1つはグロッソ族。ティーガ様や僕が所属する部族で、()()()()と呼ばれています。

 この地域に長らく根を張る農耕民族がルーツとなっています。

 ティーガ様が王位に就いているため、現状一番の勢力と言っても良いでしょう」


 農業を主軸として生活しているが、遊牧民の性質もあり、強い生命力と厳しい環境に耐え抜くだけの忍耐を持つとされる。

 栄養たっぷりの作物を多く接種する関係で、身体が逞しく、丈夫な者が多い。

 野生動物から作物を守れるだけの戦闘力もある。豊穣祭などの演武から発展した武術も広く浸透している。

 ロッゾはティーガらしき棒人間の横に、族章である太陽を描く。

 

(食事のタブーは基本的に無し……)


 肉や魚、野菜も問題ない。

 ティーガの食べっぷりから別に問題なさそうだと思っていたが、念のためメモを取っておく。


「もう1つはユリス族。()()()です。

 リンカもこちら側だったかと。デザリア付近の狩猟民族がルーツです」


 狩猟民族故に弓や槍の扱いに長け、武術の発展も著しい。

 自然との共存に重きを置き、厳しい環境でも生きていけるよう強き肉体と精神を至高とする傾向がある。

 ロッゾは一本ツノ兜の棒人間の横に、族章である月を描いた。

 

(太陽と月……わかりやすい)


 グロッソ族は暖色系で明るい髪と瞳の色が特徴らしい。ティーガの髪や瞳は確かに太陽の光のような色をしている。

 一方ユリス族の方は宵闇のような黒い肌と、月光を溶かしたような寒色系の髪と瞳の色が特徴とされる。リンカの髪も確かに寒色だ。肌は日に焼けているという印象だったが、どうやらユリス族特有のものだったようだ。

 

「今は打倒デザリアという共通の目的があるので団結していますが、元々はとても仲が悪いです。

 デザリアの属国になるまでは民族間でずっと戦争していましたから」


 この辺りはミヤも既に理解していた。

 同じ地を共有しながらも、異なる生活様式や文化を持つ人々。

 ほんの些細なきっかけで、後に引けない戦争にまで発展していくのは、元の世界でも大なり小なりあった。

 今は団結できているが、今後はどうなるかわからない。


「申し上げておきますと、ミヤ様の存在が再び関係に波風を立ててます」

「……やっぱりですか」


 ふんわり予想はしていたが、改めて突きつけられると心に来るものがある。

 グロシュリウスにいてもデザリアにいても、生き辛い。どうすれば良いのかと、ミヤは頭を抱えてしまった。


「あとは、この国の政治を執り行う議員の半分はユリス族なので、半数以上ミヤ様との婚約は反対という感じで」

「まぁそうなりますよね……!」

「ユリス族の長であり、王国騎士団長のクイシャ様にはお気を付けください」


 ロッゾは説明しながら、黒板の一本ツノ兜の棒人間に丸を付けた。


「王に勝るとも劣らない武力、覇気、魅力を持つ女傑です。

 古きユリス族特有の黒い肌と銀の髪でとても目立つので、すぐわかるかと」

(この絵ではわからないけど……なるほど!)


 ミヤは余計な事を言う前に、とりあえず頷いておく。


「場合によってはミヤ様をユリス族側に引き入れ、ティーガ様の王位を改めて狙ってくる可能性もございます」

「そ、それは……どうすれば」


 自分の身も不安ではあるが、それ以上にティーガはどうなってしまうのかわからず不安だった。

 王位がどのように変わるのか。穏便な話し合いだけで決まるのならまだ良いが、そうでない場合の方が嫌でも浮かぶ。

 

「ティーガ様は簡単にやられるような方ではありませんが、ミヤ様がいないとなれば話は別です。

 ……不本意ですが、ご自身が今いかに重要な立場なのかを改めて頭に叩き込んでおいて下さい」

「は、はい……」


 自分の身の振りで、ティーガの命運が決まる。

 仲の悪い部族同士の戦いは、何が起こるかわからない。必要以上に勢いが増して、残虐な手段に出てしまう事もある。嫌な方向へ想像が更に膨らんでいってしまう。

 

「……失礼。不安にさせすぎてしまいましたね。

 ミヤ様がティーガ様を信じてくだされば、問題ありませんよ。

 それだけであの方はいくらでも頑張れます」

(ティーガ様を、信じる……)


 ミヤは、まだティーガの事を良く理解できていない。心から好いて良いのか、恐れるべきなのか、判断がついていないのだ。

 それでも、酷い目に合ってほしくないという()は既にあった。


(……うん、信じてみよう)

 

 思い浮かぶのは、眩しい程の笑顔を浮かべた彼だった。

 そうして気持ちを切り替え、授業に集中している内に、あっという間に夕方になった。


(うーん今日はフライパンで出来て……お米とお肉も使って見栄えの良い……

 あぁロッゾ様でもこれなら食べれるかな)


 早めに夕飯の仕込みに入れるよう、ロッゾが配慮してくれたおかげで、かなり余裕をもってレシピを考えられる。

 基本の材料は卵と米。肉は鶏のもも肉。更にトマト、ニンニク、たまねぎを取り出し、並べる。

 大まか作るものが決まって来たところで、異世界厨房の扉が開いた。

 

「あれティーガ様もう……えっ」


 てっきり早めに仕事を切り上げたティーガかと思ったが、現れたのは背の高い女性。

 宵闇のように黒く艶やかな肌に、ウェーブがかかった銀色の髪。

 騎士の制服に身を包み、小脇には一本ツノが特徴的な兜を抱えている。

 

「……お前が、ミヤか」


 女性にしては低い声で、ゆっくりとした喋り方が耳に心地よい。

 うっとりしてしまいそうになるが、聞き入っている場合ではない。


(クイシャ様だ……!)


 ロッゾの描いた棒人間や説明と、特徴が一致する。

 気を付けろと言われた直後に、その本人が自ら異世界厨房に足を運んでくるとは思わなかった。

 全く心の準備ができていない。

 ミヤはすっかり固まってしまい、慌ててどうすれば良いのか考えを巡らす事しかできない。

 

「怯えているが……成程、中々良い目をしている」


 髪色と同じ銀の瞳が、ミヤの瞳を覗き込もうと近付いて来た。

 逃げようにも既にクイシャの腕が腰に回っている。


「どうだ……我のものになる気はないか?」


 クイシャは、恐ろしい程の色気を伴い微笑む。

 

 ――手と決断が早すぎる……!

 

 グロシュリウスの偉い人は、誰かを気に入ったらとりあえず嫁や恋人にするという文化があるのか。

 ミヤはパニックに陥りながら、心の中で叫んだ。

 

 (ひぇぇぇぇ近い近い近い!)

 

 後ろに引こうにも既に黒い手で頬を包まれ、顔の向きすら変えられない。

 唇に触れてしまいそうだと、ミヤが堪え切れ得ず目を閉じた瞬間、物凄い力で引き寄せられた。

 次に気付いた時には、ガッチリと背に腕を回され、逞しい胸板に押し付けられていた。

 

「俺の嫁に何してる?」

 

 顔こそ見えないが、ティーガの声はこれ以上に無い程の殺気に満ちていた。

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