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5話:甘めのサラダと分厚いホットケーキ

 ――明日が、命日だったりして。


 不安が不安を呼び、眠る前にそんな言葉がふと浮かんだせいか、あまり寝付けなかった。

 朝に作る予定のレシピの反復と、ロッゾに合えたら伝える内容を決めるだけはしたが、それ以外対策といった対策は取っていない。

 軽くどつぼにはまりかけたミヤは、結局潔く出勤する事にした。


(覚悟はした……)


 何が起きるかわからないが、ともかく朝ごはんを作ろう。

 そうとしか、やりようがない。

 異世界厨房の扉を開くと、数人は座れる大きさの食卓が増えていた。

 

「おう、おはよう」

「おはようござ……えっ、ロッゾさん?」


 そこにはどっかりと座り込むティーガと、向かい側で肩身狭そうに着席するロッゾ。


「連れて来た」

「連れて来たって、体調は……?」

「もう平気だ。万が一があっても俺と同伴なら全く問題ないからな」


 一応ロッゾを伺うと、感情の無い顔でミヤの方を向く。


「薬をしっかり服用してまいりましたので、どんなにイラついてもあと数時間は問題ありません」

(絶好調だぁ……)


 ティーガが強引な理由を付けて連れて来た感がひしひしと伝わって来る。


「これからロッゾの沙汰を決めようと思ってな」

「はい⁉︎」

「なぁに簡単な事だ。

 ここでお前たちの会話風景を見せてくれるだけでいい」


 覚悟とは、ロッゾの今後を決める覚悟だった。

 会話次第では、ロッゾの処罰が重くなる可能性も見える。

 減給、降格、離職、懲罰。ありうる内容を考えれば考える程、ミヤの胃はキリキリした。


(責任が重すぎる……!)

「はぁ……僕の命運は、ミヤ様の掌の上ですか」

(煽らないで……!)


 こんな時でもロッゾは態度を変えない。

 もう諦め切っているのかもしれないが、ミヤは自分のためにもこの場のベストを尽くすと決めた。


「……で、では朝ごはんを作らせて頂きますね」


 厨房から材料を調達した後、ミヤはホットケーキミックスを作業台に置いた。

 

「ホットケーキをつくります」


 炊飯器で作るホットケーキは、心躍る分厚さになる。

 いつか機会があればオーソドックスなものも出すとして、甘い物好きのロッゾも、きっと満足する出来になるはずだ。


 まずは卵と牛乳をボウルで混ぜ合わせ、その後ホットケーキミックスを加える。

 しっかりと混ざったところで窯に流し込み、炊飯器の調理設定を調節し、炊飯スイッチを押す。

 

「……これで、よし。

 次はサラダを用意します」


 新鮮なレタスを千切り、トマトをカットし、厨房で冷蔵してもらった昨日のドレッシングを振りかける。


「ケーキの方少し時間かかるので、先にこちらを」

「わかった」


 食卓の中心にサラダを置き、小皿でティーガとロッゾの分を取り分けた。

 ティーガはすぐに食べきり、酸味と食感を楽しんでいる様子だったが、ロッゾは全く手を付けない。


「お前もしかして、まだ克服してなかったのか……トマト」

「……誰にだって苦手な物の1つや2つあるでしょう」

「いやいやお前酸っぱいもん全般ダメじゃねえか」


 答えはアッサリと出た。ついでに昨日ロッゾがミヤの試食を断った事情も、薄らと浮かび上がる。


「それを早く言ってください……!」


 流石に心の内に留めておくことが出来なかった。


「何だったら苦いのも、辛すぎるのもダメだ」

「食に関しては中々どうして、ままならないのです」

(偏食……!)


 王の取り分が減るというのは嘘ではないが、殊勝なだけではなかった。

 結構な衝撃を受けたミヤだったが、気を取り直してロッゾでも食べられそうなドレッシングと食材を考える事にした。


「酸っぱすぎるとダメなんですね?」

「……もう少しまろやかでしたら、何とか」


 少し賭けにはなるが、1つレシピが浮かんだため、ミヤは再び厨房へ食材を取りに行った。

 

(癖が強くなく、食感が楽しくて、仄かに甘ければ……!)


 厨房で余っていたコーンの粒と、キュウリを並べる。

 レタスを追加で千切り、その上にコーンと賽の目に刻んだキュウリを載せ、ドレッシング作りに入る。

 

「……酢ですか?」

「大分マイルドな酸っぱさになるので大丈夫です……きっと」


 卵の黄身、酢、油を混ぜ合わせ、即席のマヨネーズを作っていく。

 まろやかさ重視のため酢は少なめに。


(まさかヨーグルトもあるなんて、助かったなぁ……)

 

 なくても良いが、あるとかなり違う。

 ヨーグルトに仄甘くなる程度の砂糖を加え、液状にしておく。

 すりおろしたニンニク、マヨネーズ、ヨーグルトを混ぜ、その上から更に塩気のあるチーズを削る。

 味を塩と黒コショウで調え、使う前に味を確認できるよう小皿に移した。

 

「即席ですが、シーザードレッシングと、甘めのサラダです。

 これならいかがでしょう」


 ロッゾはまずドレッシングを少しだけ舐めた。その後自分用のサラダにかけ、一口。


「……美味しい。香りも、甘さも良いですね。

 これなら食べられます……悔しいですが」

「良かったです……!」


 ミヤは心の中でガッツポーズをした。

 努力の末に聞ける偏食家の「美味しい」は、また格別だった。

 少し面白くなさそうなティーガが、トマトサラダを平らげたのを見計らい、別途用意しておいた甘いサラダを提供しておく。

 

「……昨日は、申し訳ありませんでした」


 厚意を受けたからには、相応に返す。意地を張っている場合ではないと、ロッゾはミヤの方に身体を向け、頭を下げた。


「私こそ、申し訳ありません。

 煮え切らない態度を取りました」


 ミヤも、しっかりと昨日の事を詫びる。

 覚悟を決めろと言われた後、言うべき事は纏めて来た。

 

「わかってはいるのです……貴方は全く悪くない。

 昨日は大人気ない上、側近として恥ずべき行動をしました」

「大丈夫です。割り切れない事は仕方ないです。

 私としても、少しでもロッゾさんの苛立ちが和らぐよう努力します」


 グロシュリウスで王の食事係という役目を貰い、生き延びた。

 嫁候補に関してはまだピンと来ていないが、それでもグロシュリウスでこれからも生きていくのなら――。

 

「私は竜の使いだとか、デザリアだとか、王の食事係とか抜きにした私個人として……

 ロッゾさんが心身共に健やかである事を祈りつつ、がんばります」


 共に働く人には、なるべく良い気分であって欲しい。

 自分の立場や経歴が憎悪の原因であるのなら、個人として見てもらえるように。

 一個人として、仲良くとまで言わずとも穏やかな会話ができるようになると良い。ミヤは拙いながらロッゾに伝えた。

 

「……何ですかそれ」

 

 ロッゾは困ったように、力の抜けた良い笑顔を浮かべていた。


「まぁそれでも僕は嫁候補に関しましては反対ですけどね」

「おい」


 それはそれとして、ロッゾにも曲げられない意見があるようだった。

 ティーガが睨みを利かせるが、気にせず言葉を続ける。

 

「ずっと人の目を気にしておどおどしてる小心者。

 その癖変なところで図太く素直で、時に自分の身を切る事もいとわない無鉄砲な小娘に務まるものですか」

(その、通り、すぎてぇ……)

 

 少し良い雰囲気になっていたのが嘘のように、怒涛の小言が飛んで来た。

 いっそ小姑臭い。そんな事を思っていると、丁度炊飯器のアラームが鳴る。


「い、一旦、ケーキ食べましょうか。

 朝のメインディッシュですよ……」


 蓋を開ければ焼き菓子の甘い香りと共に、きつね色のスポンジケーキが現れる。

 窯を取り出し少し冷やして皿に取り出すと、ティーガから感嘆の声が上がった。


「これは……甘いものですか?」

 

 ロッゾの目の色も変わった。


「はい。この上から粉砂糖をかけて……お好みでこちらもお使いください」


 ミヤは、用意しておいたシロップを食卓の上に置いた。

 樹液を採取した樹はメープルではないが、味見してみたところ、香りと味はメープルシロップとほぼ同一だった。これならホットケーキに良く合う。


(あぁーこのぽってりとした感じ、成功だ……)

 

 横から見た時の厚みと重みに、ミヤの心は躍った。思わず笑みが零れる。

 分厚く切りわけたものを、ティーガとロッゾへ。


「驚いた。この落ちもの焼き菓子も行けるのか。美味いなぁ。

 重くなくて朝に丁度良い。サラダとも合う」

「結構色んなものが作れる優れものなんです」


 基本的にスイッチを押せば置きっぱなしで良いため、平日の夕飯では重宝していた。

 少し懐かしい気分になりつつ、経験が役立って良かったとミヤは微笑む。


「……美味しいです。本当に」


 ロッゾの方はというと、しみじみと甘味に浸っていた。

 ホットケーキにはしっかりと多めにシロップがかけられ、大切に味わいながら食べ進めている。

 頬が緩んでいるのを隠すためか、俯いてしまっていた。


「……話は、公の場での振る舞い方と、グロシュリウスの文化と歴史を覚えてからです」


 意見は頑なに変わらない。だが、ティーガの表情がパッと明るくなったのを見て、これは一応蟠り解消の兆しが見えたのだと、ミヤは思っておくことにした。


「決めた」


 ティーガはお代わりに手を付けつけながら、ロッゾとミヤに向かって言い放つ。

 

「ロッゾ、今回の件に関して減給や降格などは無し。

 ダスクへの謝罪については今後通達する事があるから待つように」

「はっ」


 一気に空気が引き締まる。ロッゾはその場で膝を付き、了承と感謝を示した。

 厳しい処罰は免れたのかもと、ミヤも暖かな気持ちで聞いていたが――。

 

「そして暫くの間、ミヤの教育係に任命する」

「……は?」


 ミヤもロッゾと同じく、思わずティーガの方を凝視してしまった。

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