第一章 02.青い空 響く銃声 広がる期待
第一章、第十三封都到着!
ただ今回も解説が長いです。それと全体が前回よりも結構長いです。
ーー2026年4月7日…
明朝、第十三封都【侵壊】の港へ、一隻の乗客船が到着する。
多くの封都では空港に制限がある。理由は簡潔。一般の航空機からの、空からの予測できない戦力投下を恐れているから。
無論、それが過剰であると世間からは疑問視された。しかし封都で生活し、"バイアス"の影響を知る住民達からすれば納得の判断であった。
考えてみればいい。空から正体不明の怪物、認識によって強化された兵器、武装部隊、或いはハイジャックテロされた航空機が落下してくる様子を。それに伴う結果を。
それならば空港を制限してしまった方が手っ取り早いと言うわけだ。
タラップを降りて、久しぶりにコンクリートの大地を踏みしめる足音が連続する。
遠井 カイはようやく第十三封都へたどり着いた。
古風なトランクケースと身一つ、コートを纏って一時的な下宿先となる封都直営の宿へと足を進める。
街並みは現代チックな発展を遂げた様相で、かつての事件によって破壊されたはずの様子は感じにくい。
2014年3月11日。それは第十三封都【侵壊】が人々によって生み出される前の姿、旧新海市周辺域が封都の名前によって象徴されているように蹂躙され、そして不可逆性を与えられた日。
数年前に大震災による被害がいかほどのものか、現代人に知らしめされた当時。
しかし本当の意味で自分事だと理解していた人物はいったいどれほどいたのだろうか。
旧新海市は日本海に面する、自然と人々の生活が重なる、ほんの少しだけ現代発展を抑えた人類の生息圏だった。
ーー13:13
ランチの時間としても通用するそのとき。
小さく、しかしカタカタと繰り返す揺れが発生。
続けて、それまでの振動がどれほど生ぬるいものだったのか雄弁に教える、主要動が旧新海市周辺域を襲った。
震度6強。マグニチュードは公式では発表されず、しかし大規模な津波が現在の都市領域全体へ襲いかかったと記録されている。
濁流は街を、家を、人を飲み込み、そして海が大地を侵食していく。
それでも立ち残った民家からは人の欲求を満たすために使用されるはずだったエネルギーが、炎として吹き上がる。
そして存在していたはずの街並みは少々の痕跡だけを遺して、歴史からも、現実からも消え去った。
この災害がどうしてここまでの被害をもたらしたのか。それは人々の恐怖がもたらしたものだった。
死の恐怖、それに直接向き合うことのできる人間がどれほどいるだろうか。ましてや眼前に恐怖を体現した海が、炎が、死が迫っているときに。
すでに当時、いき過ぎた研究者によってバイアスという現象、異能は死の直前になればなるほど、例えそれまでバイアスを発揮していなかった人間でも出力が上がり、強化されるという報告がされていた。
これは走馬灯と同じような原理だと考察されている。
死が迫り、生への道を探そうと己の過去を逆行するために、思考能力・速度を加速させる。
その際に人の認識力とも言うべきものも強化されるのだろう、と。
しかし走馬灯と違うのは、それが己の生へ繋がるとも限らないことだった。
多くの犠牲者は眼前に迫る恐怖に対してバイアスを発揮、いたずらに死を早めた。そう表現できる。
無論、例外もいる。死を回避するためのバイアスの方向性を定めることに成功し、生存した"適応者"も。
だからこそ旧新海市周辺域は封都指定されたのだ。
新たな適応者は強化されたバイアスの出力を持っている可能性がある。そして被害が完全に確認される前ならば、いなくなった人的被害の原因も確認できない。
それはそれはよい狩り場だったのだろう。放射能によって犯されることもなく、ほどよく人が生き残っている。その生き残った人間は適応者である可能性が高い。嫌な三段論法というわけだ。
加えて人々は消失する二次被害事件に互いに疑心暗鬼となりかけ、モラルが消えていく次第。
まさしく忌むべき土地に成り果てたのだ。
そんな第十三封都も封都統制約定機構こと、封機が管理を開始。復興と破壊後の開拓、惜しみのない資金援助によって、事件以前よりも発展を遂げた。
封都指定されたことで守られたものもあった、笑えない皮肉がニュースに流れ、批判され、そして当事者の意思をもう一度飲み込むように世間は受け入れたのだ。
新海市は自分達の住む場所とは違う。
ーー隔離されて当然だと。
13の封都は第一から第三までの大陸全体が封都指定されている例外を除き、全てが分離壁によって囲まれている。それはかつてヨーロッパに存在したベルリンの壁のようで。
そして人々の心の壁だった。
それでも人々は生きている。生き残っている。生きようと足掻いていく。そうしないと耐えられないから。
カイの興味、という名の視線は街並みへ注がれる。
「資料で知ってはいたけど、たった12年でここまで復興してきたのか…」
カイが歩く大通りへの続く道には街路樹が立ち並び、封都で暮らす子供達は学校へか、笑い声を響かせながら駆けていく。
例え封都だったとしても仮初めの平和は舞い戻ってくる。
そう教えられているように感じる。
「第二の理」事件以降に現れた"バイアス"に対して、主に3つの思想の区分が存在する。
まずこの【侵壊】の封都がそれに属するR派・右派、
ーー修正賛同者。
バイアスがなかった世界に戻す。そのために尽力すべし、という理念が共通する思想。
それに相反するL派・左派、
ーー蒐集賛同者。
バイアスの誕生を肯定し、それを利用していくことは間違いでない、という理念が共通する思想。或いは修正反対者とも表現される。
そしてそのどちらにも属さない、或いはどちらの思想も肯定する"どっちつかず"の思想。アルファベットのLからRの中央に位置する文字とその範囲から。
L M N "O" P Q R
ーー六角を越える領域。
互いにコレクターと表現され、対立し、衝突を避けられない"修正者"/"蒐集者"。
その"修正者"、R派の【侵壊】の封都はその理念の下に運営されている。
その理由は簡潔。バイアスを忌む主張が根強いから。
カイの目指す学院もその理念の下に運営され、入学してくる児童・生徒を指導している。
カイは現時点で15歳。入学、というか初等部から中等部、高等部、専門部まで経営する学院側からすれば"転入"であるのだが、その中の高等部へと編入するのだ。
…如何なる手段によるものか、カイの師匠は転入に必須の入試を免除する書類と証明書を渡してきた。
それらはカイのトランクに入ってるが。学校、というのが初めてのカイにとっては馴染みの無い場所だ。
師匠曰く、
「それ持ってけば取り敢えず入学できる。…道には迷うなよ?」
善意の心配で言ってくれたのだろうが、一言余計だとカイは思う。抗議の拳を当てようとしたらそのまま訓練が始まったのはすでに忘れたが。
すでに学力試験の方は念のため解かされ、後はやりたければ実力を測るための実技試験も受けられるそうなのだが。
流失厳禁のはずの試験内容が漏れていることにはもう何も言うまい。だって師匠だから。
高等部の入学式は明日。今日中に住民票や、学院指定の制服や鞄を受け取らなくてはならない。
存外に時間は無いのだが、間に合う予定である。
「さて、行くか」
封都は例え各国の領土内にあったとしてもほぼ独立した法治都市として運営されている。
その例に漏れず、【侵壊】の封都も日本政府からの干渉力は非常に抑えられ、独自の憲法が制定されている。
その影響の1つが戸籍である。戸籍謄本は封都が独自に管理しており、姓名の記入も従来の日本とは異なる。
「カイ=トオイ、っと」
区役所で書類を書き込み、諸々の正式な住民として必要なものを受け取って外へ出る。
受付の公務員さん、朝からお疲れ様です、と心の中で思いつつ、その足はもう次の目的地へ進む。
何故か採寸が済んで、調整された制服を受け取り、鞄を受け取り、学院で選択しなくてはならない"主武器"を学院に赴いて報告し…。
そうして午前中をフル活用して用事の大半を終わらせる。
そして昼食のために立ち寄ったモダンさとレンガ調の調和した建築のカフェにて。
「…ふぅ。アタリかな」
外部からやってきたカイは無論、住居を持たない。流石に未成年にその辺りの面倒事を押し付けるのは師匠も躊躇ったのだろう。そういうわけでカイは学院の併設の寮に住むことになる。
そこでよさげなお店を見付けて、学院の生徒である内にまたリピートしたい場所があれば、と思って入店したのだが。
注文したパンたちは自前のオーブンがあるようで焼き立て。セットの珈琲も香り高く、一件目にしてよいお店を見付けられたようだ。
店名は"カオリさん家のオーブン工房"。
早い内にもう一度来たいと思う。
お会計は"カオリさん"らしき女性が対応してくれた。ごちそうさまです、と伝えて店を出れば、またのご来店を~、と返してくれた。
「初めてかなぁ。あの子。"外"から、ね」
一応、この封都でも名の知れたカフェであると自他共に認識している店長は新しいリピーターの予感を確信する。
「母さん、ちょっと出掛けてくる」
「あら、行ってらっしゃい。"執行部"かしら」
そゆこと、と返すのは大学生の息子。
彼に続いてもう一度、ドアのベルが鳴らされ、出掛けて行く息子を視界の端に捉えながら、店長は呟く。
「…もしかしたらあの子、別の意味で"ここ"にくるかも」
店を出たカイは、トランクの機能の"偽装"のために先に送っておいた荷物を受け取りにもう一度港方向を見据える。
「用事も終えたし、荷物回収して一夜の宿に行くとしますか」
実際にその後、宿に着いたカイが宿名に衝撃を受けたのは師匠の伝達ミスである。
「ホントに『一夜の宿』なのか…」
"一夜の宿"。外部からの来訪者向けとは聞いていたけれど、そこまで露骨でなくともいいだろうにとも思いながらチェックインをして部屋へ向かう。
受付の人のネームプレートにはしっかり"カズヤ=オクノ"とあったのだが、ブラックジョークを言いそうな人ではなかった。
なかったのだが、そういうことなのだろう。
この土地では"外"からやってくる人間などほとんどすぐに帰ってしまうのだから。
宿屋の外に出れば、日本の春らしく陽気な日差しが優しく降り注いでいる。
学院近辺まで戻って散策でもするかと考える。
「マッピングは大事だよな」
どこぞの勇者か、ゲーマーか、リアルの軍人ぐらいしか言わなそうなワードがこぼれる。
これも師匠のせいと思いつつ、足音は軽快に奏でられていく。
ーー運命は突然に、とは誰の言葉だったか。
きっと学院への大通りに歩を進めたのも、その大通りで災難とーー変革を与える人物に逢うのもその類いなのだろう。
「……!?」
穏やかな日常を感じていたカイの眼前を銃弾が通る。
いくら師匠に100回ぐらい死ぬほど鍛えられたカイといえども、銃声のしなかった弾丸を避けるのは至難である。
それでも目視してから反応できたのは本人の反応速度と、カイを狙い打ちしていなかったからだ。
即座に身を遮蔽物となる建物の影に潜ませる。銃声のしない弾丸に対して射手を確かめようとするなど、死線に自ら当たりに行くようなものだ。
恐らく銃声がなく、目の前にまで弾丸の接近を許してしまったのは、バイアスのかけられた"干渉物体"の消音器が銃器、それも連射可能な銃にセットされていたから。
そしてそんな乱射騒ぎに気付けなかったのは、それがたった今始まったから。
「ずいぶん、酷い日だ」
呑気にもそう口に出す余裕があるカイは、今度こそ騒ぎを起こした実行者どもを確認する。
「周辺の皆様、お早い避難をお願い致します」
大して声を張り上げたわけではないはずの、たった一人の女性らしき人物の声が周囲に伝達される。
かなりの使い手、鍛えられた適応者だな、とその声から判断するカイ。
新たなる理、"バイアス"は人の認識によって行使される。
〈サスプレッサーは銃声を抑える〉、というバイアスの出力を上げれば、銃声はほぼ無音にまで消去される。
〈この声は周囲の通行人たちに届く〉、そうバイアスを出力すれば拡声器がなくとも声は空気中をより強く振動して伝わっていく。
一見、地味に見える異能だが、その活用範囲は極端に広く、適応者や干渉物体のバイアスの方向性・出力によっては予想を蹴飛ばす結果をもたらす。
ーーたとえば、そう。生身の人間が銃身をへし折ったり、銃弾が不規則に鋭角ターンを繰り返したり。
カイの直感が騒ぎの実行者どもの現在地を捉え続けていたりしても、何ら不思議はない。
「…あ。トランク、宿に置いてきた」
せっかく、長い船旅の最中でも"あれら"の整備などは欠かさずに続けていたというのに。
今日に限ってほぼ全てを置いてきたな、と自嘲する。現在のカイの武装は特製の刃渡り30センチのナイフ1本、サスプレッサー付き小型拳銃1丁に6発の弾丸、最後にある細工をしたコートの一張羅。
十二分にお巡りさんに突き出されるべき武装っぷりである。
やっとこのときになってカイは師匠の言伝を思い出す。
・しっかり睡眠時間を確保すること
・無闇にバイアスを使用しないこと
そして、
・非常時を除いて殺傷をしないこと
「んー、今はギリギリ非常時じゃない、かな」
10人がこの場にいれば、10人全員が非常時どころか命の危険を訴える現場でもカイの様子に変化はない。
「よし。武装による攻撃は禁止、防御はありだけどナイフは極力見せない、コートは…使わない方針で」
まさかこの騒ぎが実技試験ってことはないよな、と思いつつ、あっさりと戦闘へ参加する前提で行動指針を決定し…。
人類最速タイムを越える勢いで実行者どもへと接近する!
そう、カイはもうすでに自身で決めた原則の中であるのならば容赦はするつもりなど毛ほどもない。
やっと実行者どもが騒ぎを起こした原因をカイは視認する。
(銃器の運搬か?)
現場には数台の車があり、その開け放れたドアからは黒光りする銃器の入ったアタッシュケースがずらりと確認できる。
うち一台はどうやら封都の治安維持を担う防衛部の部隊のもののようだ。
16:3。それが実行者どもと防衛部の部隊の戦力比の絶対値だった。
「こちらパトロール中の083、銃で武装した集団と交戦中。応援を要請します」
「…ザッ…要請を受信……既に送っておいた…ぞ…」
部隊員達は意外に余裕があるのか、顔を見合せ、本部の優秀さに舌を巻く。
「流石、森下さん、だッ」
「そりゃ伊達にオペレーターやってねぇだろ、あの人。…そおぃ!」
「…はぁ、せっかくの平和なパトロールだったはずなのに。なんでぇ」
部隊員は三者三様に軽口を叩きながら既に1人ずつ制圧している。あと13人。
しかし如何せん、人数比を覆すには足りず、実行者どもの1人が人質をとろうと逃げ送れた親子へ迫る。
「……」
せめて子を守ろうと親が子を抱き締める。
「おいアホ、こっちだアンポンタンボケナスチンチクリン」
別にその実行者はチビでないし、むしろ高身長の男性だった。
即座に実行者は声の方へ銃口を向けて発砲する。
ーーそこには誰もいなかったのだが。
「!?」
声にならない驚きを表現し、辺りを見回す前に、
ーー意識が刈られる。
「よっと。早く逃げてください」
カイはお礼を言う親のことなど最早意識にないようで、いつでも守れるように意識を残りの実行者どもの方へ集中する中でも片隅には残しておく。
敵はあと12人。
「…no risk , no choice…か」
実行者の1人がそう呟いて車の一台へと駆け出す。
「シズクッ!あいつを追え!」
「言われなくてもッ」
封都の管理・運営を担う統制庁。その防衛部に所属できる人材であるということはどういうことか。
この日本の封都においては、全国の実力者が集う場所であり、一部隊だったとしても屈指の制圧力を持つことを意味する。
「邪魔よ」
"シズク"と呼ばれた女性隊員がその身に帯びた一振りの打刀を手に突撃すれば、当然横方向の弾丸の雨が殺到する。
だが、お構い無しに無色の粒子を放出しながら突き進む。自身の前方に不可視の盾を張り続ければ銃弾など弾かれるのみ。
「へぇ、"疑似魔術"か」
カイは意外なものを見れたとでもいうように、片手間に敵を吹き飛ばしながら感嘆の声を漏らす。
素の身体能力に加え、バイアスによる肉体強化、そして培われた戦闘術によって敵の数を効率的に減少させる。
敵はあと9人。
カイは既にバイアスを行使している。
〈私の気配はそこにある〉
他人の認識に干渉し、カイ自身の位置を誤認させる。高度で実用的な術が実行されれば、先ほどの実行者同様に無意味な方へ銃口が向けられる。
「はい、Good nightッ」
隙を分かりやすく晒してくれた敵の首元に手加減をほぼしていない蹴りがぶち込まれる。
言葉とは裏腹の感覚を得ながら気絶した敵を尻目に、次の敵へ意識を向ける。
残り、8人。
「銃弾の雨って風情がないよね」
「殺意に風情があってたまるか」
透かした緑のような魔力をほんのり纏いながら一方の隊員が不可視の鉄槌を繰り出せば、もう一方の隊員も赤い魔力を元に炎の壁を生み出して敵の退路を塞ぎ、接近後に手を相手の心臓の上に当て、如何なる手段によってか気絶させる。
「あっちの2人は本物の"魔術師"か」
今の一瞬の攻防ですら見て取ったような口振りをしながら、こちらも弾切れを起こした敵にお手本のようなストレートを叩き込む。
残り、5人。
周囲のビルの屋上に、1人分の呼吸音が鳴っている。
今の今まで発砲することなく、身を潜め続けた狙撃手の任を請け負っていた実行者。
今、自分にバックアタックの可能性を提供してくれている女剣士に照準を合わせ、引鉄を…。
「〈だめですよ〉、〈動かないで〉」
引く前に、背後から忍び寄っていた人物によって体が一寸たりとも動かなくなる。
声をあげることも、振り返ることもできず、ただ恐怖のみが足音を立ててやってくる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫です」
そんなわけがないと、自分の心臓が教えてくる。恐怖一色に染めようと心が侵食される。
「〈お休みなさい〉」
こちらは言葉通りに穏やかに意識が手放される。
触れることすらなく無力化を成功させたのは、カイと同じくらいの15、6歳の濡羽色の髪に、白い肌、吸い込まれるような少々茶色っぽい瞳を持つ少女だった。
十二分に美少女どころか、遠くない未来には美女になることを予感させるその視線の先には、どこにでもいそうな黒髪の、あり得ざるべき体術と練達したバイアスを行使する少年の姿を捉えていた。
「あれは…」
一方、少年ことカイは追加で2人ほどを気絶させていた。
「……?」
直前まで直感で存在を捉えていた対角線上の商業ビルの屋上の敵の意識が突如消えたことを知覚する。
「防衛部の応援か?」
だとしたらもう自分は撤退しても問題はないか、と判断を下そうとする。
事実、残りの敵は2人。戦力比は最低でも2:5。
防衛部の部隊の最小単位は三人一組。それを鑑みて仮定すれば戦力比は2:7。
高速で回転させる思考の中でも、周囲の状況は把握し続けている。
その思考に選択を決定させる一滴が落とされる。
「〈風よ、吹き飛ばせ〉!」
「なっ、"魔導具"も持ちこんでるのか!」
車へと駆け出していた実行者が再び姿を見せたと思えば、迫っていた女性隊員に向けてその手に装着した銀色に輝く籠手型のガジェットから魔術を放つ。
恐らく銃弾を弾く不可視の盾を見ていたのだろう。
自分の体以上に風を受ける面積が大きかった女性隊員は再度引き離される。
思わず声をあげたカイには目もくれず、吹き飛ばされている女性隊員の左右両方から2人の男性隊員がガジェットを使用した実行者へ向けて加速する。
「タクミ、合わせろッ!」
「了解ッ」
2人へ向けて再度魔術が放たれる。
「〈風よ、吹き飛ばせ〉」
「2回目ならいくらでも対処できるさ」
すっ、と息を吸って瞬時に集中を高める隊員。ガジェット頼りの紛い物の魔術師が本物の魔術師に相対すればどうなるか。
「〈風よ、掻き消せ〉」
気負いなく唱えられた魔術は、その言葉通りに放たれた紛い物の魔術をぴったり相殺する。
それは次に放たれる魔術への布石。
「〈火の矢よ、狙い射て〉」
続けて放たれる魔術が寸分狂いなく、敵の持つ籠手型ガジェットを破壊する。
火矢の爆発の余波によって実行者自身も吹き飛ばされ、意識を失う。
ーー敵は残り、1人。
「〈炎よ、その源を解放せよ〉」
もう1人の実行者が敵意をもって、上級の魔術に相等する紛い物の魔術を同じく籠手型ガジェットから放つ。発動直前まで車内に隠れていたようで、接近していた2人の隊員は一瞬硬直する。
巨大な炎が実行者の頭上に形成され、直後その熱エネルギーを解放しようとする。
まず間違いなく自爆であるが、お構い無しに放たれる術は周囲の人間を殺傷するに足る威力がある。
ーー解放されれば。
「ッ!……ha?」
球体状に圧縮され、解放される直前まで行使されていた魔術は、一瞬で魔力へと霧散させられる。
実行者が声をあげたのも無理はない。そんな高度な術を行使できる者などお伽噺の"魔法使い"か、"魔女"ぐらいなのだから。
その隙を逃がさず、一瞬で詰め寄った吹き飛ばされていたはずの女性隊員が一閃を煌めかせる。
ドッ、と崩れ落ちた最後の敵を見て、ほっと息をつく面々。
その刹那にカイは気配を殺し、大通りから姿を消す。
入学もしていないのに、防衛部に目をつけられるのは真っ平御免だ。
「あれ?…協力してくれていた少年は?」
「ん?」
「…いないですね」
女性隊員は霧散させられた魔術の残滓、漂う魔力を見て、魔術を妨害した術者の実力を考える。
「タクミさん、貴方は"アレ"と同じことができますか」
同僚の男性隊員のみならず、同性の隊員からも人気を誇る女性隊員に真正面から見つめられれば、少なからず心が動揺するものだが、"魔術師"として問い掛けられた男性隊員は気にすることもなく己の矜持にかけて返答する。
「むり」
「なぁ、俺には聞かないの?」
悔しいが、あの瞬間に術を妨害する方法を考え、瞬時に術を構成する芸当は自分にはできない、と白状する男性隊員。
「聞いてるか?」
「ショウジさんに聞いても同じ回答でしょう」
なら魔術師としての繊細さとして優れているタクミさんに聞いた方がいいでしょう、と身も蓋もない回答を返す女性隊員。
まったく、ただのパトロールのはずが、やってきた面倒事を解決したら面倒事がまたやってくるなんて、と思ってしまう。
戦闘終了後にやっと来た応援部隊の対応を開始しつつも、謎の少年のことが片隅に残り続けていた。
その当人のカイは突如実行者の1人の意識が消えた、ビルの屋上へ続く階段でカン、カン、と音を響かせていた。
少々、重い扉を開けて、屋上を見渡す。
「誰もいない、か」
何故わざわざここまで来たのか。
理由はカイが敵を制圧した人物の気配を知覚出来なかったから。正確には一瞬だけ視線を感じて、そのあと位置を捉えられなくなったのだ。
夕陽が沈むまでは影をもたらそうと抵抗する中、カイは成果を得られなかったと思いつつ、踵を返す。
「初めまして」
カイがそれを聴くまで反応できなかったのも無理はない。
入ってきた扉のある建物のその上に彼女はいたのだから。
優雅にも足を組んで、微笑みながら。
「"適応者"の君。君の名前は?」
だから唐突にかけられた質問に答えられなかったのも。
夕陽色の残滓が照らす彼女の姿に見惚れてしまったのも。
ーーあぁ、"自分達"と同じだと、無条件に感じてしまったのも仕方がないのだろう。
改めて会話を求める相手を観察する。
私服かつ春らしいラフな服装は、白いシャツに淡い青のカーディガン、薄く染められた麦色のロングスカート。
少々おめかしして出掛けてきた少女らしい姿に警戒すべき点は見当たらない。
むしろ笑みを向けられているのだから友好的な雰囲気である。
カイの知覚から何度も逃れていることに目をつむれば。
「Who are you?」
一応、カイ自身の情報は与えないように、言語を変えて質問し返す。
「あら、嘘がお得意なようで」
いくら師匠によって叩き込まれたネイティブの発音でも、日本語の問い掛けを意図的に無視したことを見抜かれたらしい。
「?…What?」
それでも我を貫くのがカイ。そのまま日本人ではない表現を続ける。まさに何も分からずに混乱している表情を張り付けて。
「えっと、教えてくれませんか?」
そんな反応をされれば普通に困るのが人である。
至極当然のように私も困っているんですけど、と演じているカイ。
2人の間の静寂を破ったのは一昔に流行ったアニメの音楽だった。
久し振りに日本に来たカイは知るよしもないが。
一瞬たりとも目の前の少年を見逃すまいと瞳が語りながら、スタッ、と降りる少女。
えぇー、とカイが思ってしまうのは少女がさりげなく背後のドアを遮ったからだ。
どうしようかと思う間もなく、少女はスマホを取り出し、音楽を止めて通話に応じる。
「何ですか、兄様。取り込み中です」
電話をくれたのは嬉しいですが、と付け加える少女。愛してやまない家族に対する表情があるとするのならば、こういう顔をするのだろうと他人は思う。
「……へ?…今日から集まるんですか?…まだ前日ですよ」
気配を殺しても、逃げられない予感がするので、逃げるに逃げれないカイ。
ちょっとだけ"意識"が外れ始めてしまったのは感じつつ、少女と電話の向こうの相手は会話を続ける。
「しょうがないですね、すぐいきます」
折り合いがついたようだ。帰ってもいいかと聞く前に釘を思いっきり刺される。
「はい、それでもちょっとだけ〈待ってください〉。兄様もそこの貴方も」
「ッ!」
カイはたった1つの言葉に行動を"縛られた"ことで、目の前の少女がどんな適応者であるか察する。
「えぇ、目の前に優秀そうな人材がいますので」
いくら少女が履いているのがスニーカーとはいえ、足音が一切しない現実に驚愕するカイ。
少女は目の前の少年を逃さないために物理的な拘束を試みようと、一歩一歩近づいてくる。
「その年齢的には"外"からの学院高等部への転入生といったところですよね」
「……」
「無視しないでくださいよ」
ちょっぴり抗議してます、とでも言わんばかりに微笑む少女。
少女の目の前のカイはそれでも何も答えない。
何故なら少女が"扉の前から離れるのを"待っていた"から。
それでも答えない少年を不審に感じたのか、少女はバイアスとは異なる異能を行使する。
「〈質問に答えて〉」
そして異能を続ける。
「〈貴方の名前を教えて〉」
少女は出力の高いバイアスで自身の異能を強化して、質問する。
そこまでしても少年は何も答えない。
ーーバタンッ。
重い扉が"何故か"ゆっくりと閉まっていたようで、人が通ってからしばらくしてから音を立てる。
そしてそこではたと気づいた少女。
私の目の前には少年は"もう"いない、と。
「…やられました」
疑問を投げかけてくる電話の相手に対して、返答しながら舌を巻く少女。
まさか、自分がバイアスにかけられていたとは。
尚更惜しいと思う少女の背には、もう夕陽の残滓は残っていなかった。
ビルから数百メートル離れてから、カイは息をつく。
まさか、自分が異能にかけられるとは。ああまでもすんなり"呪われた"のは久し振りだった。
カイが少女から逃げられたのは2つ理由がある。
まず、カイは少女に先ほどの実行者と同じようにバイアスを行使し、自身の位置を誤認させていた。
そしてカイが少女の〈待って〉という言葉に反して行動できたのは、カイがもう待った、と認識を再確認したから。
以上より、カイは少女が扉の前から離れるのを待つだけでよかったのだ。ついでに扉が遅く閉まるよう認識すれば、逃げる時間も確保できる。
予想外に時間を消費したことに驚きつつ、これからの封都での生活に不安どころか期待が膨らむカイ。
"一夜の宿"へ帰るために足を動かし、それでも出逢った少女が脳裏から離れない。
少年はまだ知らない。
それが物語を始める一つの合図だったことを。
少女は確信する。
これは運命だと。
運命はいつだって突然に。
掴んで離さないように、見失ってはいけない。
たとえ青い空の下、銃声が鳴り響いていたって、未来の期待が心に広がっていたとしても。
そして名前も分からない少女に出逢ってしまったとしても。
…それが混沌だとしても。
今回、皆さんのバイアス度を試す描写があったのですがお気づきになりましたか?
・公務員さんや逃げ送れた親子の親、敵の性別
よくあるバイアスのチェックとしてバスの運転手さんの例があります。以前CMで無意識の偏見を問い掛けるものがありましたが、常々気を付けたいものです。
漸く、アクションが書けました。
少しずつバイアスや魔術等について解説を交えながら、回を重ねていく予定です。どうぞお楽しみに。
(というか銃声響いてないと書き終わってから気づく今)
先行投稿はここまで。次回以降は2026年4月上旬を予定しています。お楽しみに。
元ネタとなった逸話や神話・歴史、道具、言葉等の解釈・解説はあくまでも私見が混じったものであります。実際の詳細は皆様でお確かめ下さいませ。
<予定>
次回:03.Zero Faze 前編
2026.04/08.06:00 投稿予定