第一章 01.宵拵えは杖になりうるか
第一章本編スタートです。少々、本作の「バイアス」の解説があります。お付き合い下さいませ。
ーー2026年4月6日…
海外からの乗客船は、日本唯一にして、世界でも13しか存在しない封都へと、非効率的な日本海を通るルートを運航してきた。
そのルートを運航してきたことで長い船旅となった旅路もあと一日にまでとなった。
船体後部、そのバルコニーに影を落とす少年がいる。乗客の一部はすでに長旅による疲れを癒そうと、眠りにつく中。
もう間もなく、夕闇もあと少しで星夜へと転じる。黒髪の少年は海風を感じながら、この奇妙なルートを選ばせる要因である目的地について再考する。
目的地は13の封都の中でも、異質な災禍が現在の都市領域全体を襲った封都指定要因事件が発生した地。最後の封都となった旧新海市周辺域ーー第十三封都【侵壊】。
彼の【侵壊】の封都の封都指定要因事件、それこそが「侵壊恐慌」事件。2014年3月11日。
その"本当"の災害原因は少年が目指す学院の教本にも明記されてはいないのだが…。
しかし少年はそのことを知っている。
全ての封都指定要因事件は一つの事件を境に世界に発生するようになった現象、或いはその異能 "バイアス"。
人の認識が世界の理、物理法則ではあり得ない事象を引き起こす現象、とでも言うべきか。20年前からの新研究分野として新設されている"新理バイアス学"の研究者でさえ明確な定義を確立できていない摩訶不思議。
2006年4月2日、大西洋。その日は観測上、稀な規模の嵐が海上で発生していたそうだ。
そして夜が明け、雨が晴れれば島という範疇を軽く越える、大陸と称するべき大地があった…。
それが始まりの一連の事件、その張本人の魔法使いの声明に因んでこう呼ばれる。
ーー「第二の理」事件。
「此れより先は"新たなる世界の理"が存在するのだ」
「第二の理」事件は3つの事件からなる。
第一幕、「楽園の在りし日」事件。2006年4月2日。
人類史において、"楽園"は共通する特異な場所である。世界各国の言語から見ても、"楽園"を意味する言葉は共通の語源をもつ。
その中でも科学技術とそれに伴う文明の発展を遂げ、そして一夜にして沈んだ、"地上の楽園"とまで謳われた地。
アトランティス大陸。
歴史上、誰も存在を立証することは叶わなかった。そのときまでは。
そして続くように2つの幻の大陸が顕現した。
第二幕、「絶対なる空想」事件。2006年4月7日。
太平洋にて未開の大地、ムー大陸。
第三幕、「可能性の大地」事件。2006年4月11日。
インド洋にて仮定の妄想、レムリア大陸。
最早、奇跡と称するべき御業は現代に生きる、仮初めの平和に甘んじてきた人々にとっては、あまりにも凶器的な事象だった。
新たなる理に適応した一部の人々は"適応者"と呼ばれ、個人の、或いは集団の認識が世界を歪にねじ曲げ、異常な現象を引き起こし始めていった。
現段階において、13の土地でそれに比類するほどの異常事態が発生し、現代の忌み地と"認識"された。
その認識をもってして、<13の土地こそが"バイアス"の極地点であり、忌むべき地であるからこそ、異常事態が発生したのだ>、と。
そして適応者の一部が設立した"封都統制約定機構"、通称 "封機"、こと"SmCCM"。
この組織によって13の地は忌み地として宣言され、バイアスの力の外部での発現を封印する都市、"封都"が誕生したのだ。
封都そのものは封印の直接的効力でなく、外部に生きる不特定多数の他人の"認識"によってバイアスの大半を封じこめる。
他人の身勝手な<自分たちとは関係のない>という個人的理想、醜い願望によって今まで成立してきた体制。
これこそが"封都"だ。
第一封都【律証】
第二封都【未解】
第三封都【想造】
第四封都【残焔】
第五封都【遺痕】
第六封都【聖裁】
第七封都【淵源】
第八封都【夢刻】
第九封都【無幻】
第十封都【氷戒】
第十一封都【龍吟】
第十二封都【往古】
そして少年と乗客船の目的地、
第十三封都【侵壊】。
それが"バイアス"によって今一度歪められた世界の跡。
少年、遠井 カイの知る世界だ。
ようやく思考の海から眼前の海へと戻ってきたカイ。
「…寒い」
いくら4月にはいったとは言え、海の上の夜は冷える。
第十三封都に設立されている学院への入学を控えている身としては体調を崩すべきではない。足早に空調の効いている船内へと戻る。
船内の船の長旅の半分以上を過ごしてきた自分の客室の扉を通る。
そして師匠の用意した古風なトランクケースをあける。取り出したのはおよそ収納元のトランクには収まりきらないだろう物体たち。
"それら"の整備や点検、紛失物がないかの確認を行う音だけが、たった一人の乗客には広すぎる客室に響く。
数十分かけて丁寧に作業を終えれば、すでに窓から見える空は星の光のみが支配している。
「鍛練はしてから寝るか」
一人での長旅の影響か、独り言が多くなったな、と苦笑しながら、当然のようにトランクの中へと体を潜り込ませる。
最後に手をトランクの蓋を掴んで、カタン、と小さく音を立てて閉める。
現代人にとっては異常事態に気づく人がいるはずもなく、広々とした客室は無人となった。
せっかくのスイートルームはまた無人になったことに抗議するかのように無音となる。
トランクの蓋が開いたのは実に3時間後だった。
入る前と比べて少々服が汚れているように見えるが、数秒、集中するように目をつむれば汚れが消えていく。
…本人はすっかり忘れかけているが、トランクの蓋部分に貼り付けられた、師匠からの言伝の書かれたメモにはこうある。
・しっかり睡眠時間を確保すること
・無闇にバイアスを使用しないこと
そして……
ーートランクの蓋が閉められ、見ることは叶わなくなる。
ただもし今、言伝の内容が3つだと判断したのなら、忠告する。それも"バイアス"である、と。
まぁ、実際に言伝は3つなのだが。
シャワーを浴びた後、くるまるようにベッドに潜り込むカイ。
疲労によるものか、入学を控えた生徒予定の子供特有の緊張と期待の表れの寝付けが悪くなる様子を見せることもなく、すぐさま意識を手放す。
彼が見るのは夢か現か。それとも見るものなど無いのか。果たしてそれは誰にもわからない。
彼が寝る直前にトランクから取り出した、古式な機械仕掛けの置き時計の秒針の音だけが部屋に小さく、小さく鳴っている。
時計の音に続くように一人の寝息が聞こえる。
存外に穏やかな寝顔は自然の摂理によって見ることは叶わない。
彼は未だ夢の中。目覚めを告げるのはいったい如何なるものか。時を刻む響きはその刻限を告げるのか。
少年の長旅はもうすでに永く。
それでも旅は続く。
■■を求めて。
この旅路は始まったばかりなのだから。
不明瞭なままの部分も多い回ですが、種蒔きですので、お楽しみに下さい。
次回より学院での物語が開始します。主人公のカイ共々、愛される作品になるよう執筆で応えられたらと思っていますのでどうぞよろしくお願いします。
また「侵壊恐慌」事件の日時についてですが、批評もある方もいらっしゃると思います。そこも含めて描いていければと覚悟していますのでご容赦下さい。
元ネタとなった逸話や神話・歴史、道具、言葉等の解釈・解説はあくまでも私見が混じったものであります。実際の詳細は皆様でお確かめ下さいませ。
<予定>
次回:02.青い空 響く銃声 広がる期待
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