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「シビル・ウォー アメリカ最後の日」感想 

 「シビル・ウォー アメリカ最後の日」を観ました。観る予定はなかったんですが、アマゾンプライムに来ていたので、軽い気持ちで観ました。まわりの評判も高かったので、観てみよう、という感じです。

 

 結論から言うと80点くらいの作品です。傑作とは言えないが、良作だという感じです。

 

 もう少し言うと、こういう作品のように「これは傑作です!」とこの社会を生きる人が心の底から言えてしまうような、そういう作品はおそらく傑作ではないだろう、というのが私の感じです。

 

 どういう事かと言うと、本物の傑作というのは作品の中に毒を含んでいます。私は「シビル・ウォー」を観ていて、ハネケを思い出しました。この作品はミヒャエル・ハネケなら、もっとえげつなく、悪意の塊として作品をこちらに放り出してくるだろうな、と。

 

 私はハネケは「嫌な天才」だと思っています。そしてハネケの作品を、この社会で生きている普通の人が心の底から称賛するのは難しい。しかしその難しい部分にこそ、ハネケの悪意があり、この悪意こそが、「シビル・ウォー」の監督のアレックス・ガーランドや、日本の是枝監督のような、オーソドックスなヒューマニズム的価値観を越える部分であると考えています。

 

 話を戻します。「シビル・ウォー」という作品はアメリカの内戦を描いた作品です。どういうわけかアメリカが内戦をしています。その理由ははっきり語られないので、不親切と言えば不親切です。

 

 作品の大部分は暴力の描写で占められています。主人公はジャーナリストの中年女性です。彼女と仲間のジャーナリストが、戦地に赴いて写真を撮っていきます。ジャーナリストらは反乱軍側に随行して、最後にはアメリカ大統領の元にたどり着きます。大統領は反乱軍側の兵士に殺されますが、その姿を、若い女性のジャーナリストが写真に収めるところで作品は終わります。

 

 この作品が語ろうとしている事は「暴力の恐ろしさ」でしょう。また、暴力の恐ろしさが激発するにあたっては、イデオロギーの対立が原因としてあります。

 

 作中で見た目が中国系のジャーナリストが二人殺されるシーンがあります。このシーンは衝撃的ですが、同時に『人種差別問題』というよく知られている枠組みの中に人間の生死が閉じ込められていないか、という点が私には気がかりでした。

 

 中国系のジャーナリストが殺されたのは、殺す側の兵士が中国系の二人をターゲットにしたからです。見た目がアメリカ人らしくない、という事で狙われます。兵士は「お前はアメリカ人か? どういうアメリカ人だ?」と一人一人に問いかけ、結局、中国系の二人を殺してしまいます。殺す側はいかにも強面の白人です。

 

 このシーンに監督が描いているものが込められています。もちろん、監督が描いている問題がアメリカで喫緊の課題というのは私にもわかりますが、ただ、人種差別というイデオロギーに対する批判という現代的な良心、そういうところで作品が止まっているのが不満と言えば不満ですし、よく描けていると言えばよく描けている、そんな感じで80点といったところです。

 

 何故不満かと言うと、根本的にこうした暴力の根源というのは、「人種差別のイデオロギー」なのではなく、そのもっと深いところにおける「我欲」の為だ、と私は思うからです。

 

 より優れた作品においては暴力は、人間の「業」として描かれていきます。暴力が人間の生存意欲から来る一種の運命として描かれる。優れた作品はそこまで行きます。

 

 「シビル・ウォー」はたしかに優れた作品ですが、私にはややわかりすぎるように感じました。人種差別が問題となって簡単に人を殺す、ああしたシーンもそうですが、もうひとつ、わかりやすすぎるように感じた部分があります。

 

 それは、若い女性ジャーナリストの成長の部分です。これは作品の根幹に関わってきます。

 

 若いジャーナリストはジェシーと言います。ジェシーは主人公達のジャーナリストチームにくっついてきます。いかにも見た目が若く「ひよっこ」という感じです。

 

 ジェシーは作中を通じてジャーナリストとして成長していきます。最初は死体を見ただけでショックを受けていたのですが、最後の方では、無感動にシャッターを押していきます。

 

 作品のラストで、ジェシーをかばって主人公の女性が撃たれて死んでしまいます。以前のジェシーなら呆然として、悲嘆に暮れたでしょうが、「成長」したジェシーは、自分を庇って死んだ恩人の事を忘れ、気を取り直し、立ち上がります。彼女は反乱軍の後についていき、大統領が銃に撃たれるシーンを淡々と撮影します。

 

 このジェシーの成長物語を通じて、監督は明らかに「この人はジャーナリストとして成長している。でも、それでいいのかい?」と問いかけてきています。しかし私にはこの問いかけもややわかりやすすぎると感じました。

 

 考えてみれば、ジェシーは作品の最初からあまりにも「ひよっこジャーナリスト」を強調されすぎていました。ジェシーが成長して、無慈悲にシャッターを切るようになるのですが、しかしそのように鋼鉄の精神を持ったジャーナリストとしてのジェシーは果たして、作品最初のひよっこジェシーよりも人として良いのだろうか?…これが監督が描きたかった事でしょう。

 

 私はこの構図も単純化されすぎていないかと逆に気がかりでした。ジャーナリストの成長が、仲間の死を何とも思わないようになる、というのも、(そうかなあ)と思いますし、人間のリアルな内部的現実が描けているというほどには感じませんでした。

 

 この作品では、映像は非常によくできており、一番重要な暴力の映像描写は百点です。ですが、ここでももう少し考える必要があります。

 

 ハネケなんかは嫌な奴なので「ファニーゲーム」ではあえてむき出しの暴力描写は見せずに、間接的な描写にとどめました。しかしそれが逆に強い効果を生み、人間の暴力、その業の深さは観る者の心の深いところまで届いたと思います。

 

 「シビル・ウォー」の映像は百点満点ですが、逆に言うと、あまりにもあからさまに死体や血、銃撃シーンを見せつけすぎていると感じました。

 

 全体的に「暴力を知らない人が暴力という特殊なものを頑張って撮っている」という感じがありました。要するに、戦争を知らない我々世代と同じ感覚の人が映画を撮っているのだと思います。

 

 ですが、私は暴力の描き方としては、もっと淡々とした方がもっと暴力の恐ろしさが現れると思います。人は当たり前のように生き、死んでいきます。

 

 人が銃殺されて、その事にショックを受ける事、それは我々の感覚です。ですが、戦争が進んでいくとそうした感覚も破壊されて、だんだんと無感覚、無痛の状態になっていく。

 

 そこでは一種の狂気が支配していますが、これは、ある固定的なイデオロギーを持つ者がたどり着く結末ではなく、どんな良心的な人間でも、戦争という異常環境の中に放り込まれれば人間性を破壊される、そうした点が戦争や暴力の真に恐ろしい点かと思います。

 

 中国系のジャーナリストを殺す兵士も、いかにも無慈悲な人物という描かれ方で、(いや、この人物だけではなく、自分だっていつああなるかわからない)というおののきが作品からはあまり感じられませんでした。

 

 作品の構成がやや単純すぎるように私が感じたのは、監督自身が、作中のジャーナリスト同様に傍観者になっている事が原因なのではないかと思います。人を殺すその手を、自分とは違う誰かの手だと感じている。それ故に、殺す者の無慈悲性と殺される側の悲しみと別れてしまっている。

 

 本質的にはショーペンハウアーの言うように、加害者と被害者は同じ存在なのだと思います。ショーペンハウアーはそこまで喝破している。ですが「シビル・ウォー」は、是枝監督の作品に近くて、「良心的なリベラル」にとどまっている。そこには私は若干の欺瞞があるのではないかと睨んでいます。

 

 ※

 色々文句を言いましたが、本当は百点満点つけてもいいくらいの作品だと思います。

 

 というのは私が普段、目にしているものはもっとクオリティの低い作品ばかりだからです。そもそも、良いもの、面白いものを作る気もなく、ただ大衆に媚びてフォロワーを増やそう、金を稼ごうという、そんな「クリエイター」が今の日本では跋扈しています。

 

 そんなクリエイターもどきに比べれば「シビル・ウォー」は真面目に作られた良い作品です。

 

 こういう作品の場合、暴力の映像に迫真性がなければなりません。この映像は金をかけてでも良いものにしなければならない。「シビル・ウォー」はこのハードルを見事にクリアしています。この時点で百点をあげてもいいくらいです。作者の描こうとしているものと、映像を作る技術がしっかり融合しています。

 

 暴力の映像が見事に撮られている段階で「合格」と言っていいかと思います。ただ、私は作品全体の方向性、いわば思想性に限界を感じたのでこの感想ではあえて不満を書きました。

 

 正直に言うと「アメリカ」というイデオロギーを越えて、もっと先に行く何かを見つけるべきだと思います。ただこの作品は見事に「アメリカ」というイデオロギーの枠内にはまりきっていたので、あえて批判的なコメントを述べました。

 

 実際にフラットな視点で見れば、他人におすすめできる非常によくできた良作、という事になるかと思います。



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