勇者ですが、迫りくる魔王に対して“強キャラの要素をたっぷり詰め込んで”立ち向かおうと思います
魔王の危機に晒されている王国があった。
まもなく魔王自らが大軍勢を率いて乗り込んでくることは間違いない。
人類側の切り札は伝説の勇者の血を引くとされる勇者エッジ。
黒髪で茶色い瞳を持ち、17歳にして剣術の腕は国内で敵無し。しかし、いくら彼でも魔王は荷が重いのでは、という声もあった。
もちろん、エッジ自身もそれには気づいており、城内の一室で剣の手入れをしつつ、不安な気持ちをため息にして吐き出していた。
「僕の力で魔王を倒せるだろうか……」
すると――
「エッジ様、どうなさいました?」
「パトリシア姫!」
話しかけてきたのは、王国の第一王女パトリシア。
年齢はエッジの一つ下、あでやかな金髪を持ち、赤いドレスがよく似合う可愛らしい姫である。
エッジは思い切って自分の本心を打ち明ける。
「……というわけで不安でたまらないんだ」
「でしたら、いい考えがありますよ。エッジ様」
「一体どんな?」
「エッジ様に“強キャラの要素”をたっぷり詰め込むのです!」
意味が分からない。首を傾げているエッジに、パトリシアが説明する。
「世の中には小説や演劇など、さまざまなフィクション作品があるでしょう? あの中には強いキャラクター、いわゆる“強キャラ”が登場します。エッジ様も彼らの真似をしてみれば、もしかしたら強くなれるのではないでしょうか?」
ようするに「フィクション上に登場する強いキャラを真似してみろ」ということか、とエッジは理解する。
実際に強くならなければ意味はないと思いつつ、エッジも「形から入る」「格好から入る」の効果がバカにならないことを知っていた。
一般の兵士に、試しに上級兵士の鎧を着せてみたら、素振りの速さが飛躍的に向上したなんていう嘘のような実験結果もある。
なにより、エッジも藁にもすがりたい気分だった。
「分かった……姫、君の力を貸してくれ!」
「はいっ!」
パトリシアは嬉しそうに微笑んだ。
***
パトリシアによる“強キャラ要素詰め込み”が始まる。
「まずは顔です。エッジ様の顔はうーん……」
パトリシアがエッジの顔をじろじろ見る。エッジは頬を染める。
「悪くはない。悪くはないんですけど……」
「何かダメかな?」
「目の色をもうちょっと派手にしたいですね」
エッジの瞳はブラウンである。
「というと?」
「強キャラというのは瞳の色が派手なことが多いんです。赤とか、青とか、金色とか……」
「そういうものなんだ」
「しかも、両目の色が違うと、“オッドアイ”といって、さらに強キャラ感が増します!」
「なるほど。だけど、瞳の色なんてどうやって変えればいいんだろう?」
「カラーコンタクトをつけましょう。右目には赤の、左目に青の」
「分かった。やってみるよ」
エッジは言われた通りにした。
しかし、パトリシアの顔はまだ渋い。
「うーん……」
「まだダメ?」
「エッジ様の目はちょっとぱっちりしすぎている気がします。“糸目”の方がいいかもしれません」
「糸目って?」
「糸のように細い目のことです。糸目のキャラは一見穏やかそうだけど、どこか腹黒いというキャラが多いんですよ。そしてなにより、強キャラなことも多いのです」
「へえ、知らなかった」
「ですのでエッジ様、糸目になって下さい!」
「“なって”って言われても、どうすればいいのか……」
「目を細めて下さい。極限まで!」
エッジは言われた通りにしてみた。
「オッケー! かなり糸目って感じです! だいぶ強く見えますよ!」
「これ、かなり前が見えづらいんだけど……。あとせっかくオッドアイにしたのに、その特徴を殺しちゃってるような……」
「糸目キャラは開眼した時こそ本領発揮ですから、それでいいんですよ」
「そういうものなのかな」
オッドアイで糸目になったエッジ。
しかし、パトリシアはまだ物足りないようだ。
「うーん……」
「まだダメ?」
「どうも迫力が……そうだ、眼帯をつけてみましょう!」
「眼帯を? なんで?」
「眼帯をつけていると、歴戦の戦士な雰囲気が出て強キャラ感が増すんですよ」
「いやでも眼帯って片目が塞がっちゃうから……戦いで不利にならない? 遠近感もなくなるっていうし……」
「大丈夫、エッジ様なら片目でも戦えます!」
ごり押しには勝てず、エッジは右目に眼帯をつけた。
「かなりよくなりましたね!」
「ただでさえ目を細めてるのに、眼帯までつけちゃうと、ほとんど前が見えないな……」
「じゃあ、次は口ですね」
「まだやるの!?」
「当然です。まだまだこれからですよ」
エッジはげんなりしつつ、従うことにする。
「まず、強キャラは煙草を吸ってることが多いんです。煙草を吸いながら相手を倒すとか、勝利の後の一服とか、かっこいいシーンも演出できますしね」
「はぁ」
「あと葉っぱを咥えてることもありますね。なんていうか、風来坊っぽさが出るんで」
「煙草と葉っぱ、どっちを咥えればいいかな?」
この二択に、パトリシアはうーんと悩んだ末に答える。
「両方いっときましょう!」
「両方!?」
「こういうのは“重ねがけ”が肝心ですから!」
主食をパンにするかライスにするか迷った時は、迷わず両方食べればいい。パトリシアはそういうタイプの人間だった。
エッジは言われた通り、煙草と葉っぱを口に咥えた。
「かなり喋りにくいね、これ……」
「頑張って喋って下さい。そうすればきっと唇も鍛えられますよ」
「う、うん……」
唇を鍛えても魔王には勝てないだろうと思いつつ、エッジは指示に従う。
パトリシアがエッジを眺める。
「うーん……まだ足りませんね」
「まだダメなの?」
「そうだ、ヒゲが足りないんだわ!」
「ヒゲ!?」
「強い男というものはヒゲを生やしているものです。遠いどこかの異国にはヒゲを生やしたお強い将軍なんてのもいたらしいですよ。死後は神様にまで祭り上げられたとか」
「なるほど……でも僕、ヒゲがほとんど生えない体質なんだよ」
「仕方ありませんね。付けヒゲしましょう!」
パトリシアはどうやって調達したのか、長さ数十センチほどの黒い付けヒゲを持ってきた。
「え、そんな長いのをつけるの?」
「はい。こういうのは長い方が効果あるんですよ!」
一切根拠はないが、エッジは言われるがままにヒゲをつけた。
「これで顔はだいたいOKってところでしょうか」
とりあえずOKが出たので、エッジはホッとする。
「それじゃ次は首から下ですね」
「首から下……というと?」
「エッジ様、脱いで下さい」
「へ?」
いきなり脱げと言われても。エッジは困惑する。
「いいから脱いで下さい!」
「わ、分かったよ!」
姫には逆らえない。
エッジは鎧を外し、服を脱ぎ、上半身裸となった。
勇者だけあって、細身ではあるがよく鍛えられた筋肉質の体をしている。
「う~ん、いい体してますねぇ!」
パトリシアに鑑定するように褒められ、エッジは赤面する。
「だけど……もうちょっと傷が欲しいですね」
「傷?」
エッジの肉体にはほとんど傷がなかった。
生来の剣の才能があり、国内では無敵だったので、当然ともいえる。大きなダメージを受ける機会など、めったになかったのだから。
「はい。強キャラというのは“体じゅう傷だらけ”ですから。傷だらけの肉体で、死線を潜り抜けてきたアピールをするわけです」
「傷だらけのキャラって、別にアピールするために傷ついたわけじゃないと思うけど……」
「というわけで、エッジ様の体にたくさん傷をつけなければなりませんね。どこかでナイフを探してきます」
「ええっ!?」
すると、パトリシアは振り向いてほがらかに笑う。
「冗談に決まってるじゃないですか~!」
エッジは「冗談に聞こえなかった……」と内心青ざめた。
「傷はシールで代用しましょう」
「そんなんでいいの?」
「いいんです、見た目がそれっぽければ。そういうものなんです」
エッジは上半身の全体に“傷シール”を貼った。
「バッチリです! “魔王と死闘を繰り広げた勇者”って感じ!」
「まだ繰り広げてないんだけどね」
エッジは冷静に突っ込んだ。
パトリシアはエッジをまじまじと見て、
「見た目はこんなところですかね」
「あ、そう?」
ようやく終わったと安堵したのも束の間――
「次は武器を見ていきましょう。エッジ様の武器はなんです?」
「これだけど……」
エッジが差し出したのは、何の変哲もないロングソード。
ただし非常に切れ味はよく、これで幾多の強敵や魔物を倒してきた。
名剣といえる剣だが、パトリシアはこう評した。
「強キャラの武器としては、ちょっとインパクトに欠けてますね」
「インパクト?」
「強キャラというからにはもっとインパクトのある武器を持ちたいですね。例えば、死神が持っているような大鎌とか」
「大鎌……」
「それと、同じ剣でも異国に伝わる“カタナ”という武器は強キャラ感が増します」
ロングソードに代わる武器として、候補が二つ挙がった。
「大鎌とカタナ、僕はどっちを使えばいい?」
再び二択。
果たしてパトリシアの答えは――
「両方で!」
「両方!?」
「大鎌とカタナの二刀流でいきましょう!」
「二刀流!?」
エッジは右手には巨大鎌を、左手にはカタナを持つはめになった。
パトリシアはたちまち笑顔になる。
「わぁっ、強そう!」
「いや、これものすごく重いんだけど……戦うなんてとても無理……」
「これで武器もバッチリです! じゃあ次は……」
エッジの懸念は当然のように黙殺される。
「まだあるの?」
「エッジ様の口調を強キャラっぽくしましょう!」
「口調? 例えば?」
「エッジ様は自分のことを“僕”と言ってますよね」
「うん、そうだね」
「ここは思い切って“ワシ”にしちゃいましょう!」
「よりによってワシ!? おじいさんみたいだなぁ」
「そこですよ。“おじいさん”というのはだいたい強キャラなんです。全盛期よりは衰えているけど、今なお若い者には負けん、みたいな。エッジ様も一人称をお年寄りっぽくすればきっと強くなれるはずです!」
「僕、まだ17歳なんだけど……多分これからが全盛期だし」
「“ワシ”でお願いします」
「あ、うん。ワシは17歳です」
この時からエッジの一人称は『ワシ』になった。
「それと口癖として“やれやれ”を多用しましょう」
「なんで?」
「強キャラは“やれやれ……”と言いながら、サクサクと敵や難関を打ち倒していくものですから」
「やれやれ……分かったよ。ワシ、頑張るよ」
「おっ、いいですね。強者のオーラがみなぎってます」
エッジもパトリシアのノリにだいぶ慣れてきたようだ。
「それから“異名”をつけたいところですね」
「異名?」
「強キャラには異名がつきものなんですよ。マークさんという魔法使いがいるとして、恐るべき火炎魔法で全てを焼き尽くすことから“焼け野原のマーク”と呼ばれてる、みたいな」
「ああ、そういうやつか。確かに相手を威圧するにはいいかもしれないね」
「だから、エッジ様には“血塗られた死神”という異名をつけましょう」
「え……死神? 僕……いやワシ、勇者なんだけど」
「勇者が死神を名乗っちゃいけない決まりなんてないですよね」
「まあ、ないけど」
エッジの異名は“血塗られた死神”となった。
「ついでですし、もう一つぐらいあってもいいかも。“1000人殺しのエッジ”なんてどうです?」
「ワシ、人を殺したことないんだけど……魔物ならともかく」
「まあまあ、こういうのは物騒で凄みがあった方がいいんです! 相手がビビりますから!」
勇者エッジに異名がついた。
一つは、血塗られた死神。
もう一つは、1000人殺しのエッジ。
両方とも、とても国を守護する勇者の異名とは思えない。
「あとは……決め台詞も欲しいですね。ここぞという時に言う」
「決め台詞か……。『勇者としてみんなを守る!』みたいな?」
「もっと知的でクールに決めたいところですね。なので『魔族はすでにチェックメイト!』でいきましょう!」
パトリシアのセンスに疑問を抱いたエッジだったが、黙ってうなずいた。
「それと強キャラというのは、両親もものすごく強かったりします。あと、お父さんかお母さんが“人ではない存在”なんてのもありがちですね」
「ワシの家系は勇者の家系だけど、両親はそこまで強くないし、どちらも普通の人間なんだけど……」
「捏造しちゃいましょう。エッジ様は神様とドラゴンのハーフということにしましょう」
「やれやれ……ワシ、人間ですらなくなってしまった」
神と竜から生まれたことになったエッジ。
これでエッジはだいぶ強キャラになったとパトリシアは満足するが、
「あ、いっけない! 忘れてた強キャラ要素がありました!」
「なんだい?」
「強キャラというのは女をはべらせているものなんです! メスというのは強いオスになびくものですから」
「メスて」
「ですからエッジ様も女をはべらせましょう! ハーレムを作りましょう!」
エッジは顔をしかめる。
「うーん、はべらせたいのは山々なんだけど、相手がいないんだよね」
「エッジ様ならモテモテだと思いましたが、誰もいないんですか?」
「面目ない」
恐縮するエッジ。事実、幼い頃から剣術に明け暮れていた彼には恋愛経験がほとんどなかった。
性格や顔立ちなどはいいのでその気になればモテるかもしれないが、魔王が来るまでにとなるとさすがに厳しい。
「仕方ありませんね。じゃあ、私をはべらせてください!」
「え、いいの!?」
まさかの提案にエッジは驚く。
「魔王を倒すためですから。私のことはそうですね……“愛人”扱いして下さい!」
「愛人!? 普通に恋人じゃダメなの?」
「ダメです! 愛人の方が強キャラ感が増します!」
断言した。パトリシアはエッジの愛人となった。
「これでエッジ様は強キャラになりました! もう魔王など恐れることはありませんよ!」
恐ろしいほどに自信満々のパトリシア。
エッジとしては不安と困惑だらけだったが、もう時間はない。一か八か、パトリシアの策に乗るしかなかった。
勇者エッジの挑戦が始まる――
***
程なくして、ついに魔王が大軍勢を率いて王国に現れた。
頭に角を生やし、青い皮膚を持ち、黒衣に身を包んだ禍々しく強大な魔族である。
魔王はこう叫ぶ。
「さあ、出てくるがいい勇者よ! 余と勝負しようではないか! 貴様を打ち倒した後は残った人間どもをじっくりといたぶってくれるわ!」
魔王としては、まず人類の希望である勇者を正面から打ち負かし、絶望した人類を支配下に置き、じわじわ蹂躙するという算段のようだ。
人々は怯える。
勇者エッジは確かに強い。しかし、あんな恐ろしい魔族に勝てるのだろうか、と。
「あれが魔王……なんて迫力だ」
「ひいい……」
「勇者様でも勝てっこない!」
魔王を目の当たりにした大半の人間は、もはや人類の滅亡を覚悟した。
そして――魔王の挑戦に応じ、勇者エッジが登場する。
「やれやれ……」
その姿にみんなが驚く。
エッジは左右の瞳がそれぞれ青と赤で、しかも極限まで目を細めている。その上、なんと右目に眼帯を装着する。これぞオッドアイ、糸目、眼帯の三段コンボ。
代償として前がほとんど見えていないのか、おぼつかない足取りである。
さらに鼻の下には逞しいヒゲを生やしている。
口には煙草と葉っぱをくわえており、ものすごく喋りづらそうである。
エッジの上半身はなぜか裸であった。
肉体はよく鍛えられており、勇者の名に恥じないものだった。
そして、なにより傷だらけであった。傷が百個以上はついている。しかも一部がめくれている。
見物人の誰かが「あの傷、シールじゃないか?」と指摘した。
そんなエッジの武器であるが、右手には死神のような巨大な鎌、左手には“カタナ”と呼ばれる異国の剣を持っていた。前代未聞の二刀流である。
どちらも本来両手で扱う武器であるが、エッジは腕をプルプルさせながらなんとか二刀流を保っている。おそらく自在に振り回すのは不可能であろう。
そんなエッジは横に第一王女パトリシアをはべらせつつ、魔王に迫る。
「やれやれ……ワシは勇者エッジだ!」
「……!?」
エッジの醸し出す謎の迫力にたじろぐ魔王。
「ワシは、父は神様、母はドラゴンの間に生まれたハーフでな。“血塗られた死神”“1000人殺しのエッジ”の異名を持っている! 魔族はすでにチェックメイトだぜ!」
魔王は唖然としている。
「やれやれ……こうやって愛人パトリシアをはべらしながら、相手してやる! お前が1001人目の犠牲者だ!」
「さすがですわ、エッジ様!」
パトリシアもノリノリである。
「やれやれ……かかってくるがいい、魔王ッ! チェックメイトォォォォォ!!!」
両腕で大鎌とカタナを振り回しながらのエッジの咆哮。
対する魔王は――
「なんだこいつ……」
こうつぶやくしかなかった。
部下の魔族たちも怯えている。
「なにあれ……?」
「あれと戦えってのか?」
「怖いよ、ママー!」
魔王は本能的に感じ取っていた。
この勇者は“ヤバイ”と。戦ってはならない人種だと。というか、こんなのと関わりたくない。勝っても負けても汚点になる。
「た、退却だ! 全員、退却ーッ! 人類征服は諦めるぞーッ!」
魔王の号令で、たちまち大軍勢は逃げ去った。
もう二度と来ないだろうな……そう思える逃げっぷりであった。
取り残されたエッジは、隣にいるパトリシアに問う。
「これでよかったのかな?」
「ええ、よかったんですよ。エッジ様の強キャラぶりに恐れをなしたんです!」
エッジは多分違うということは分かっていたが口にはしなかった。
その後、やり方はどうあれ魔王を撃退したということで、エッジは勇者として称えられた。
国王からも請われ、エッジ自身思いを寄せていたこともあり、パトリシアと婚姻という形で結ばれる。
さすがにこの頃になると、エッジは強キャラを演じるのをやめ、元通りになっていた。
城内の一室にて、エッジはパトリシアと共に魔王との戦いを思い出す。
「こうして僕たちが平和を手に入れることができたのは、パトリシア、君のおかげだ。ありがとう」
パトリシアは笑みを浮かべる。
「いえいえ! エッジ様の強キャラっぷりが凄かったからこそ、魔王を追い返すことができたんですよ!」
そして、エッジは愛する妻にこう告げた。
「まあ、真の強キャラは、僕でも魔王でもなく、間違いなく君だっただろうけどね」
完
お読み下さいましてありがとうございました。