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読書に向かない雨模様2

「もう少し右、そこ、もう少し寄せてくれるかなっと近いっ、近い熱いっ」


 不二は新田の背後でドライヤーを持たされ、注文されるままにドライヤーを動かしていた。


「うーん、この辺ですか?」


「おっと、そこ、そうそこでちょっとキープしていて欲しい」


「わかりました」


 新田は空いた手でパサパサと髪をほぐしながらブラシを通していく。


「確かにこれはひとりではちょっと大変ですね。というか普通に手が足りてないですよね。いつもどうしてるんですか?」


「根性だ」


「根性」


「基本的に女子の髪は根性で維持されている。女子力とは即ち根性だよ」


「凄く汗臭くなったんですが女子力」


「女子力と汗は切っても切れない関係にあるんだぞ。お菓子作りの現場を見たことがあるかい? 腕力勝負、体力勝負の世界だよ。メレンゲ作りとか重労働過ぎてもはやゴリラにしかできないと言ってもいい」


「そんな女の子の秘密知りたくなかった」


「年頃男子の知りたいような秘密を漏らす女子はそうそう居ないと心得えたまえ。男子だって女子に知られたくないことくらいいくらでもあるだろう?」


「それはもちろんそうですが知りたいものは知りたいし見たいものは見たいのが人情ってもんですよ」


 根性はさておき、と、不二は視線を髪へ向けた。

 いつもは一本三つ編みで束ねられている先輩の髪。普段は正面か、あるいはせいぜい横からしか見ないのでいままでこれといった印象は無かったが、解かれて目の前を舞っている髪はよくよく見れば男子のそれとは比較にならない艶やかさがある。


「うーん、でもちょっと意外かな」


「なにがだい?」


 不二の呟きに新田が振り返らず問い返す。


「髪綺麗ですね」


「ん? ああ、ん、うん?」


 予期していなかった返答に戸惑いというか混乱した声があがったが、不二は気にせず続ける。


「先輩はあんまりこういうことには労力を割かない方だと思ってたんですけどね。クラスの女子とかよりよっぽど手入れされてるなと思って」


「ま、まあ、誰だってこのくらいはやっているだろう」


 よほど予期していなかった話題なのだろうか、先輩の返事に歯切れの悪さを感じて不二が調子付く。


「そんなことないですよ。僕から見てもパサパサな髪の子とか結構いますからね。じっくり見れば詳しくなくたって手入れがされてるかどうかくらいわかりますよ」


「いやまず女子の髪をじっくり見るんじゃない」


「そうは言われてもドライヤー係に任命したのは先輩でしょ。先輩の頭を見ずにどこを見るっていうんですか」


「おのれ気の利かない正論を」


「それに先輩からこんないい匂いがするとは思いませんでした」


「匂いって、ちょ、やめるんだ嗅ぐんじゃない。キミが今女の子の匂いだと錯覚しているそれはただのシャンプーやコンディショナーの匂いでしかないぞ」


「ついでに味もみておこう」


「冗談でも私の女子力の結晶を唾液塗れにしようとしてみたまえ、ただでは済まさないよ」


 狼狽気味な声をあげる新田が面白くてつい勢いに乗ってしまったが、声のトーンがスッと下がったことを感じて肝のほうもスッと冷える。


「スミマセンチョウシニノリマシタ」


 間髪入れずに両手をあげて謝ると、彼女は相変わらず振り返りもしないまま大きく溜息を吐いた。


「まったく」


「冗談ですって冗談」


「いいやあれはやる男の目だったね」


「先輩こっち見てないですよね」


 振り返ることなくすいっと片手が鼻先に近づいて来たので仰け反って避ける。


「ちっ、そのよく回る舌を引っこ抜いてあげるからそこに直りたまえ」


「ちょっとやめてくださいよそんな簡単に抜けたり生えたりしないです」


 新田は諦め切れず少しのあいだ宙を掻いていたが、振り向きもせずに届くのは無理だと悟ったのか、また大きなため息を吐いて手を引っ込めた。


「やれやれ。晴耕雨読という言葉もあるというのに、おちおち本も読んでいられないな」


「それどっちかというと僕の台詞だし先輩が本を読んでられないのは運が悪いっていうかほとんど先輩のうっかりが原因ですよね」


「ひとをうっかりさんみたいに言うのはやめるんだ」


「ええ。いいじゃないですか可愛いですよ」


 短い沈黙が部屋を支配した。


「まったく」


 新田は三度目の大きなため息を吐いて髪を結び始める。


「おちおち本も読んでいられないな」


 その声は妙に小さくて。


 結局三つ編みを結び終わるまで彼女が振り返ることはなかった。




~つづく~

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