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逢瀬は成れど穏やかならざり1

 ニェネウォーターパーク。

 某国に伝わる水の精霊の名を冠する完全屋内型の公営プールである。

 どうしてそんなマイナーな名前を付けてしまったのか。出自だけ聞くとずいぶん縁遠い命名だが、聞けばどうもその辺りに姉妹都市があるのだそうだ。

 広い敷地に流水プール、複数の大型ウォータースライダーなど、公営プールとは思えない充実ぶりで住民のあいだでは人気の施設となっている。


 ともあれ天高く馬肥ゆる秋、文芸部の部長新田律花(にったりつか)と後輩の部員不二直(ふじすなお)はふたりでそのプールへとやってきた。

 今回は新田が親から譲られたという無料優待券を提供しているので必要なのは交通費や食事代だけという、実に学生らしいリーズナブルな外出となった。

 現地に着いたあと一旦更衣室で別れてなかで待ち合わせるふたり。男子の不二はさすがに支度が早くものの五分で待ち合わせ場所の売店前へとやってきていた。


「思えば、遠い道のりだった……」


 新田の病的なまでの出無精を承知の上で夏休み前から誘い続け、その甲斐あってか新田が水着を買うところまでは行ったものの、やはり夏場には出かけたくないと駄々をこね始めて事態は急転。

 彼女が用意してきた代案は秋以降に室内プールで良ければというものだったけれども、それにしてもチケットをただで提供するのは気に入らなかったらしく地域の文芸部が四季ごとに出す合同誌の原稿を書かされるはめになった。

 執筆活動どころか読書すらロクにしていない不二にはあまりにも過酷な条件。

 わずか十日少々の期間でゼロから始めなくてはならず、どうにかこうにか期日までに原稿を仕上げたものの締切当日には遅くまでカフェチェーンのフタバで新田の厳しいチェックと校正を受けてようやく提出にこぎつけた。

 今までまともに創作と向き合ってこなかった不二にとっては激動の日々だったと言わざるを得ない。

 しかしそれも、今日この日を迎えた今となっては良い思い出でしかない。

 そう、報われた苦労はいつだって全てよい思い出へと変換されるのだ。


 不二は今、幸せの最高記録を更新中だった。


「やあやあ、待たせたね」


 感慨に浸っていた不二は、背後からかけられた聞きなれた声に振り返った。

 新田は前の夏休みに初めて買ったという、白地に藍色の朝顔柄がたくさん付いたタンキニ姿だった。トレードマークともいえる紺色のフルリムセルフレームはそのままに長い一本三つ編みは巻き上げられて団子状にされている。

 そして手にはハイビスカス柄の浮き輪を抱えていた。けっこう大きいやつだ。

 一瞬見惚れた不二の口から溜息とも感嘆とも取れない声が漏れる。


「はああ……改めて生で見ると下手にセクシーさやスポーティさを求めない、いかにも先輩らしい選択でしたね」


 彼としては手放しに称賛したつもりだったが言われた新田は半笑いだ。


「生で見るとか響きの怪しい言葉を選んで使うんじゃない。まあ肉体的にも精神的にも挑戦者魂溢れる選択は私がやるようなことじゃないというかたぶんそういう水着は似合わないと思ってね」


 もっと言えば実際に試着した上で似合わないと判断したのだけれども、敢えてそこには言及しない。


「いやいや、マイクロビキニとか存外似合うかも知れませんよ」


「そんなものが見たいのかい? キミは」


 食い下がる不二に怪訝そうな顔をする新田だったが、彼にしてみればただ見るだけなら肌面積は多ければ多いほど良い。


「見たいかと言われれば一回くらいは見たいですねその恰好でプールにくるとまで言われるとちょっと遠慮して欲しいですけど」


 少々早口にまくし立てられて肩を竦める新田。


「なるほど。まあプール以外で水着姿を見せる状況があるとは思えないけどね」


 新田のやんわりとし拒絶はしかしあっさり反撃に沈むことになった。


「そんなこと言ってその水着は写真送ってきましたけどね」


 そう、確かに生ではない状況で、この水着姿はすでに一度彼に見せたことがあるのだ。“生で”と不二が言い回したのもそのためだった。


「あ、あのときの話はやめたまえ。テンパっていたというか色々あったんだよ」


「つまり今後の追い込み次第でマイクロビキニ画像が入手可能ということですね」


「ああ、そうだね。それまでキミが無事でいられたらの話だけれど」


 不二の言葉を聞いて新田の浮かべたにこやかな顔が怖い。こんな他愛ない会話でどさくさに約束を取り付けてしまえたりすることもあるので少し期待していた不二だったが、今日はまったくダメなようだ。


「あーいえ、ちょっとまあ、その、調子にのりました。はは」


 不二が諦めたのを察して新田もそれ以上の追及はしないでおいた。彼がしおらしいときほどしつこくすると逆に墓穴を掘りかねない。今までも幾度か予期せぬ反撃を受けて酷い目に遭ったのを忘れていない新田である。


「どちらにせよもう季節外れだ。水着の追加はないよ」


「はい、その辺は、ええ……心得てます」


 素直に答えてうなだれる不二の様子にクスクスと笑いを漏らすと彼女は軽くその背を叩いて促す。

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