タイトルはまだいらない1
長めのおかっぱ髪を灰色に染めた短身痩躯の少年は、知っている人間にしてみればなかなかよく目立つので探しやすいし見つかりやすい。
「やっほー。ナオっちこんなとこでなにやってんの?」
だから文芸部の不二がフタバで彼女に見つかったのもある意味必然だと言える。
彼が顔を上げると、そこには眩しく輝くデコ、もとい笑顔が覗き込んでいた。
ひまわり柄のキャミソールにデニムのタイトミニ。クラスメイトのあいだでは生徒会書記と並んで密かに2-Cの二大デコと呼ばれている、セミロングの黒髪をぴっちりヘアバンドで上げた彼女は演劇部の広瀬だった。手にはショートサイズの杏仁ラテを持っている。
「あーデコちゃん登校日ぶり。いやーちょっとね、部活、かな?」
彼女、名前が秀子なので必然あだ名がデコだった。決しておでこの所為だけではない。ないが、名前が先なのかファッションセンスが先なのか、なかなか運命的な組み合わせだ。
「ほーん? そういうのって部室でやんないの? フタバ快適なのはわかるけど」
「僕は部室のほうがいいんだけどさあ、休み前に申請してないと使用許可が出ないんだってさ」
彼女はなんの断りもなく当然のように向かいの席に座った。先輩の新田が来るまでまだ暫くあるし、不二も敢えて異は唱えない。
「つまり休み前にセンセに報告出来ないような部活をしてるんだあ?」
「いやいやいやいやそういうわけじゃないけどね?」
「いやいやが多いじゃん。あっやしーのっ」
そう言って微笑む彼女は小さなくちびるで杏仁ラテのストローを銜える。
「ほんとにやましいところはないんだって」
「ほほう。そこまで言うなら話を聞いてあげてもやぶさかじゃないよ?」
「ぐ……」
別に聞いて欲しいわけではないけれども、いつの間にか言わないとやましい流れになっている。そこはすぐ先輩が来るから、って言えばよかったと今さら後悔する不二。
「ほれほれ言ってみー? トラとユーゴも最近付き合い悪いってボヤいてたゾ?」
「ええ、マジで……」
「まあアイツらも剣道部忙しくてそんなに付き合いよくないけどね!」
「だよねー。そういうデコちゃんは部活は?」
「今年の演劇部は夏休みは活動なし。文化祭に向けて企画は練られてるらしいけどねえ。私ら下っ端には音沙汰なしよ」
肩を落として溜息を吐く広瀬。活動的な彼女には今の状況はずいぶんと物足りないらしい。
「へー。去年は合宿とかやってなかったっけ?」
「去年は脚本担当の先輩がすっごいやる気で仕切ってたからね。……春に退部しちゃったんだけどね」
「あー」
しょんぼり感が凄い。
彼女は元々演劇に興味があったわけではなく、部活紹介で出てきた演劇部員の先輩に一目惚れして入部しただけだった。しかし肝心の先輩は三年に上がったときに退部してしまったらしい。まさに悲劇だった。
「というわけで私は暇を持て余してるんだよね」
「持て余した暇をこっちに向けないでくれないかな」
このまま話がそれていくのかなと期待した不二だったがそうは問屋が卸さなかった。
「まあまあ、そんなこと言わずにさあ? やましいことはなにもないんでしょ?」
「な、ないよ。ないけど」
「それじゃどうぞ」
「ぐぐぐ……」
なんだか強引に誘導されてしまっていたが、あまり頑なに拒否するのも不二の流儀ではなかった。小さく溜息を吐くとぼそぼそと答える。
「じ、実は……一昨日急にこの原稿を書かないと部長を継げないって言われまして」
「へー、それでそれで?」
「部長が決まらないと文芸部がなくなるかもしれなくって……」
「ほむほむ」
「それで唯一活動している感じの僕が在校生部員代表として、文芸部存続のために執筆作業に勤しんでるってわけ、なんだ」
クラスメイトにこういう話をするのは恥ずかしいが、その気持ちを押し殺して捻りだした言葉を、好奇心ばかりで問いただしていた彼女はあっさり鼻で笑った。
「ほほーん、はい噓おつ」
「ほ、ほんとだってばっ!」
あまりに断定的な物言いにさすがの不二も目を剥いて抗議の声を上げた。
「そうは言ってもさあ?」
彼女はストローからくちびるを離すとチロリと舌で拭った。
「ナオっち、あの一本おさげ眼鏡先輩ちゃん様が卒業したらもう文芸部なんて用なしでしょ? 部長継ぐ必要なんてないじゃん」
「一本おさげ眼鏡先輩ちゃん様って凄いね」
「この学校にふたりといないっしょ?」
「まあ、そうだけど」
ともあれ。まったくもって同じ趣旨の意見を先日部長の新田へ投げたばかりの身だったのだから不二も若干言葉に困った。
「んー……」
手元に開いていたB4ノートに視線を落として暫く考える。彼女は彼の様子を眺めながら杏仁ラテをちみちみ舐めながら黙っている。聞く体勢、というやつだ。
「えっと、ほら、卒業したらなにもかも終わりってわけでもないしさあ。それに先輩が居るうちは形だけでもやっておきたいかなって」
彼女の言葉を否定はせず、かといって必要以上に肯定するわけでもない言葉だった。
広瀬は椅子の背もたれに体重を乗せて胸を反らすように伸びをすると、そのままの姿勢で視線だけを不二に向ける。顔がニヤついていた。
「なるほどねえ。けっこうお熱上げちゃってるんだ」
「そ、そういうのじゃないよ」
視線を泳がせながら発した不二の言葉には力が無かった。広瀬はくすりと笑って続ける。
「そういうのでもないのに夏休み潰してひとりでさあ。そんなのある?」
不二は即座に返せない。
「ナオっち変わったよねえ」




