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勝負にならない負け上手:後攻2

【設問】

 とある人物の新作が出版されました。

 けれどもなんと、その作品は登場する人物も、大まかな筋書きも、結末すら多くのひとが知っている内容だったのです。

 ところがそれを糾弾するひとは誰も居ません。何故でしょう。




「なかなか()()()テーマで来たね」


「一応文芸部ですしねえ」


「いやいや、一応どころか数少ない積極的に活動してる文芸部員だよ私たちは」


「まあ確かに。ところでもう始まってますよ」


 不二はスマホの画面を提示する。残り四分四十秒。


「おっといけない。そうだね……作品は本人の過去作品のリメイクだった?」


「ノーですね」


「じゃあ何らかの作品の外伝かスピンオフだった」


「それもノーです」


「ふむ。まあこの辺がイエスだとそのまま答えになってしまうしさすがに手応えが無さ過ぎるけれども」


「制限時間も短いですしそんなに凝った問題じゃないですよ」


 新田は暫し考える。

 登場人物も筋書きも結末まで少なからぬ読者が知るにも関わらず糾弾を受けない。そもそも糾弾されるような性質のものではないのだろう。この言葉は盗作を想像させるミスリード要素だと考えるのが妥当だ。


「出版したのであれば、誰も読んでいない、なんてことはないだろうね?」


「イエスです。ちゃんとそれなり数のひとが読んでるものと思ってもらっていいですよ」


「ふむふむ。そうだねえ、映画か漫画のノベライズだったとか」


「んー、まあノーですね」


 少し迷っていたな。なんだろう。


「そもそも作品は小説でいいのだよね?」


「それはイエスです」


「なるほど」


 リメイクでもない、外伝の類いでもないが既に知られている登場人物や物語が許される小説。だとすれば条件を満たすジャンルがもうひとつある。


「そろそろ二分ですよ」


「わかっているよ。そうだなもしかして、その作品の登場人物の多くは実在したひとなんじゃないかな」


「んーイエスですねえ」


 ならば答えは決まったようなものだ。あれしかないだろう。タイマーを見るとまだ三分弱もの時間を残している。勝負は水物、慢心せず早々に決着をつけるべきだ。


 とはいえ。


 とはいえだ。


 先日のゲーム、それ自体はほぼ一方的に勝利したとはいえ、そのとき味わわされた屈辱は忘れていない。

 おあつらえ向きのこの状況、報復のときが来たのでは?


「どうしました?」


「ああ、答えはもうだいたいわかったんだけれどもね」


 不審な様子に首を傾げる不二に向けて彼女は笑みを浮かべる。それは不敵で、冷笑的な。


「せっかくだから残り時間でなにか楽しい質問をしようかと思ってね。前回好き放題してくれたお礼をしないと」


 その言葉を聞いた不二は驚きも焦りも無く、ただきょとんとした顔をしてみせた。


「別に好きにして貰っていいですけど変な質問には答えませんよ。今回【どんな質問にも答える】なんて言ってませんし」


 新田の顔が虚無だった。


「えーと」


「そりゃ普通に考えて関係ない質問には答えませんよ。当たり前じゃないですか。まあそもそもゲームの最中に関係ない質問するようなひとどこにも居ないと思いますけどねー」


「お、おお……どの口で言うかな……」


「だいたいイエス、ノーで答えられる内容しか聞けないんですけど何を聞くつもりなんです? 意趣返しにブリーフ派ですかとか聞いて返事貰ったって正直嬉しくないでしょ」


「うんまあそう言われると確かにそうなんだけれど……なんか悔しい」


「ノーですけどね」


「聞いてないからね⁉」


「てっきり男子生徒のパンツ事情に関心があるのかとばかり」


「ないないいやいやないからないよないない」


 不二はぶんぶん首を振って力強く否定する新田を見て、仕方ないなーと肩を竦めてため息を吐く。


「仕方ないなあ。じゃあ禍根を残さないためにも、今回もどんな質問にも答えるってルールでいいですよ。ただ残りは一分半ですから聞きたいことがあるならお早くお願いしますね」


「あ、ああ、えっと……ありがとう」


「いえいえ。それよりほら、時間押してますよ」


 しかし意表を突いたわけでもなく妥協されてなんでも答えると言われると、逆になにを聞いたらいいのか悩んでしまう。主な動機はあくまで報復であって、特に聞きたいことがあったわけでもない。

 それでもこの際だ、なにかひとつくらいないだろうか。なにか、ひとつくらい。

 ふっと前回のことが脳裏をよぎった。最後の質問、彼はなにを言おうとしていた?確か……。

 思い出して動悸が激しくなり頭に血が上っていくのを感じた。

 意趣返しとしては妥当な内容だろう。けれども本当にこれを聞くのか?そもそも答えを聞きたいのか? 強い葛藤に苛まれる。


「残り一分ですけどー」


 気軽な言い草にイラっと来たのが決定的だった。


「キ、キミは……」


「はい、なんでしょう」


「キミはもしかして、私のことが……す……」


 言いかけた新田を制するように不二が手を上げて割り込んだ。


「あーでも勝ち目なさそうだし降参しますね」


「は、はああっ⁉」


 目を見開いて叫んだ彼女に向けて彼はにこーっと笑みを浮かべる。無表情な、満面の笑みを。


「キミ今なんでも答えるって自分で言ったばかりだろう⁉」


「ええまあ言いましたけど別に降参しないとは言ってないですし」


 なにか問題でも? と言わんばかりに不思議そうな顔を作ってみせる。


「というかなんで出題者のほうが降参するんだい!」


「【降参した場合はその場で終了】ってだけで【誰が】までは取り決めにないですよね。降参の条件なんてのもないですから僕がなんの意味もなく降参したとしてもルールには反してないですよね」


 ない。あるわけがない。ルール的に考えて出題者が降参することにはなんの意味もないのだから、それをわざわざ禁じるルールなんか事前に決めるわけがない。


「し、しかしだな」


 食い下がったところで翻意を促せる案があるわけでもない。

 勝っているのに。

 というか放っておけば勝てるのに。

 私はなんでこんな釈然としない気持ちで疲弊しているんだ。

 それ以上言葉が出なくなって視線を落とす新田。その彼女に不二が優しく声をかける。


「あはは、もう先輩はほんとに仕方ないですね。わかりました、降参も取り下げますよ。さあなんでも聞いてください」


 その言葉にはっと顔を上げて合った目は。


 笑っていた。


 この上なく無表情に。


 満面の笑みで。


「ちなみにあと五秒ですよ」


 ここで関係ないことを聞けば次の質問をする時間はなく自分の負けが決まる。完全に優位に進めていたのに気が付けば追い詰められていた。

 ちょっとした意趣返しをしてやろうなんて思っていた三分前の自分を罵倒したい気持ちでいっぱいだった。


「よーん、さーん、にー、いーち……」


 なにかが折れた気がした。


「答えは歴史小説だから……」


 残り一秒、どうにか振り絞るように声をだす。


「……史実を元にした物語だから、誰もが登場人物を知っているし、大まかな筋書きも、物語の結末も知っている……そうだね?」


「んーさすが先輩。イエスです。いやほんとさすがだなあ」


 負けたにも拘わらず楽しそうに答える不二の顔をすぐに見る気力は、彼女には残されていなかった。

 そんな様子を見て、彼は薄笑いで肩を竦める。


「あーあ、また勝てなかった」

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