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勝負にならない負け上手:先攻2

「はい、行きますよー。じゃあ…まず、本のジャンルは?」


「純文学だよ」


 妥当なところかな。図鑑とか辞典って言われると候補が少な過ぎるから、先輩もそんな本は選ばないだろう。


「純文学……文高連の四季報みたいな複数ジャンルにわたる本は含まないって判断でいいですか?」


「んー、そうだね、含まない。純文学として分類出来る一冊の本だ」


 これは予想していた通りの返事で念押しでしかない。まあもし予想を外して四季報を含むって言われたらかなりお手上げだったけど。


「その本は最近読みました?」


「少なくとも新学期に入ってから君の前で読んでいたことがある」


 先輩がどんな本を読んでいるかいつも気にしてるわけじゃないけど、新学期に入ってからなら見た覚えがあるかも知れないな。

 もっと具体的な日付を聞くべきだろうか。いや、例えば五月二日に読んだって具体的に言われてもどうせ僕の方が思い出せないだろうし、あんまり意味がない。


「さて、一分経ったよ」


 新田がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら時間を告げる。


「わかってますから、煽らないでくださいよ」


 言い捨てるように純文学の棚の前へ駆けていく。

 部屋の中ならどこに居ても声は届くのだし、なるべく本が目に入るところにいたほうが閃きもあるかも知れない。


「ええと、そうだな、表紙の色とか」


「濃い目のえんじ色。カバーは掛かっていないよ」


 これは大きなヒントだ。特定の色でカバーの掛かってない本なんてそんなにないだろう。これは結構絞り込めるはず。

 さらに新学期以降に見てる可能性もあるわけだから、現物を見れば一発で特定できるかも知れない。

 そう考えた不二だったが、すぐに己の甘さに落胆することになった。


 その書棚の一角にはカバーの掛かっていないえんじ色の本がずらりと並んでいたからだ。


「文藝集学社の純文学シリーズ……」


 確か現時点で五十巻か六十巻か刊行されているシリーズだ。さすが先輩、見た目だけで当てさせてくれるような甘いゲームではなかった。

 この中にあるのは確かだろうけれど、この数では当てずっぽうで選んでもほとんど当たりの目はない。


「先輩、作者の名前はなしって言いましたよね。性別は聞いてもいいですよねっ」


 焦りと興奮で少し語調が強まるが、そんなことでいちいち怯むような先輩ではない。


「男性」


「作品の舞台はっ」


「んー、この国だよ。さて、そろそろ二分だ」


「作中の年代っ」


「開国直前の数年だよ」


 並んでいる本の背表紙に目を通し、ここまでの条件に合う作品を絞り込む。

 わかる範囲で対象は四冊。もしかすると見落としがあるかも知れないし、これ以上質問を掘り下げようにも、候補の作品の内容を大して覚えていない。

 部室内の蔵書くらいもう少し真面目に目を通しておけばよかったと悔やんだところでまさに後悔先に立たずだ。

 もしかするとこれも、もう少し真面目に本を読むように促そうとして前々から機会を伺われていたのかも知れない。

 とにかく悔やんでもどうしようもない。今は勘で行こう。不二は数秒悩んで意を決するとその中から二冊を適当に選んで抜き取る。


威塚折雅(いづか おりまさ)の井奥門外事変の怪」


「ぶー、不正解」


「じゃあ三日王我(みつひの おうが)の鉄血の桜花組」


「んー、残念不正解だ。残り二分半」


 偶然の神は、まあ、案の定というか、味方にはついてくれなかったようだ。

 悔いと焦りばかりが背筋を這い上ってくる。

 じっくり考えれば何か閃いただろうか?勝ちの目はもう消えてしまった。

 残り時間は半分。

 正解は残り二冊のうちの片方だろうか。だとしても確率は半々、運に賭けるしかない。

 それも、もはや当たったところで引き分けにしかならない勝負で、だ。


「また、負けかな……」


 実は、不二はこの気紛れな先輩が持ち掛けてくるゲームや賭けの類に勝ったことがほとんどなかった。

 断ったところで何かされるわけではないものの、ていのいい強請り集りと言っても言い過ぎではないような不条理を感じることはたまにある。

 それでもつい勝負を受けてしまうのは「まあ先輩になら奢ってもいいかな」と、心のどこかで許してしまっている、もっと言えば最初から負けることを受け入れているからだった。

 そもそもそんな必死になるほど勝ちたかっただろうか? 今回だってもう運以外で正解できる要素はないし、先輩にアイスコーヒー奢ってあげればいいじゃないか。


『でも……だったら今さら正解を求める必要ないよね』


 悪い考えが頭をよぎった。

 どうせ勝てないなら……負けてもいいじゃないか。元からそんなに勝つ気も無かったし、なにを必死になることがある?

 けれどもいいように集られっぱなしじゃそれも面白くない。何か、先輩に一矢報いてやりたい。


 心のどこかで眠っていたものがむくりとその頭を(もた)げる。


 不二は書棚を離れて座っている新田の前に立ちはだかった。


「残り二分。なんだか考え事してたみたいだけど、降参かい?」


 胸を反らし見下すように見上げた彼女に対して、にこーっと笑みを返す。

 それはまるで絵に描いたような、無表情な満面の笑みを。


「先輩お風呂では体どこから洗います?」


「は?」


 彼女の不敵で冷笑的な笑みは一瞬で消し飛んだ。

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