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未知との遭遇:性癖編2

「なるほど……で、収穫はあったんですか?」


「私の理解が正しいかどうかはわからないけれど、とにかくハグやキスのような性的意味合いを含む行為のだなということがわかった」


「それはまあ、そうでしょうね」


「土下座や卑屈な態度は本人たちにしてみれば真剣に愛を囁いているようなものだということもわかった」


「なるほど気持ち悪い」


 忌憚ない意見だった。新田は肩を竦めて続ける。


「私もまったくもってその通りの感想なのだけれどかといって蔑みも嘲りも彼らにしてみれば貴重な賜り物でこちらが期待するような効果は見込めないむしろ不用意な発言は無意味どころか一方的に満足されて私としては気に入らないことこの上ないわけだよ」


 早口に力説する彼女を見ていてふと疑問が口を衝いて出る。


「もしかしていつもそんなことばっかり考えて生きてるんですか」


「そうだよ」


 即答だった。不二はちょっと引いた。


「すみませんでした続きをどうぞ」


「うむ。で、私は考えた。彼らの望みが性的な要素を含むコミュニケーションであるなら、私はどうしたらよいと思う?」


「全面拒否でいいのでは」


「それも考えたが好意を無碍に扱うのも心苦しいだろう」


「この状況でその発想が出てくるひとあんまり居ないと思いますね。ひとだったらですけど」


「何か言いたそうだね」


「いえいえ滅相もない。で、どうしたんです?」


「私は私の価値観に照らして事態の解決を試みることにした。彼が私に対してそういったモノを求めてくるのであれば、彼が私の中でそういう対象になれば私も返すことができる」


「で、できる、んですか?」

「なればできるんじゃないかなたぶん」


 あまり本気度を感じない返事だった。


「まあ何事も理解が大事だよ、お互いにね。なので彼には時間を掛けて相互理解の醸成を提案してきた」


「具体的には」


「入部届の用紙を渡して今日は帰って貰った」


「悪魔のやることはほんっとわからないです」


 新田の手がカウンターのスティックシュガーに伸びるのと不二が自分のアイスコーヒーのグラスに手で蓋をするのがほぼ同時。行動を読まれていた新田は舌打ちしながら手を引っ込める。


「その割にはずいぶんと早い反応じゃないか」


「二の轍は踏みませんとも。っていうかなんで校舎裏に入部届持ってってるんですか」


「入部希望者かも知れないじゃないか」


「入部希望者は部長を校舎裏に呼び出したりしませんよ」


「校舎裏で踏んでくださいって土下座されるよりは可能性高いと思うけど」


「それは……まあ、そうですね」


 そして低い方の可能性が見事に当たったのだから酷い話である。


「本当はいつも入部届を持ち歩いてるだけなんだけどね」


「どうして……」


「こんなこともあろうかと」


「ないでしょ」


 あったけど。


「その場を切り抜けたのはいいですけど、ほんとに入部してきたらどうするんです?」


「部員が増える」


「そうじゃなくて」


「誘ったのは私のほうだし、彼の場合は動機が明確だから活動参加も積極的だろう。それともなんだい」


 新田はカウンターに頬杖をついて上目遣いに笑みを浮かべる。


「私に好意を寄せる男子が入部すると何か不都合でもあるのかな?」


 それは不敵で、冷笑的な。


「いいえなんにもないです」


 若干不貞腐れたような仏頂面で答えた不二は、閃光の手捌きでカウンターのスティックシュガーをふたつ同時に開封すると無言で新田のマグカップに注いだ。


「あっ」


 濁った悲鳴を上げる新田を半眼で眺めながら黙ってアイスコーヒーをすする。


「食べ物にこういうことするのはサイアクって以前自分で言ってなかったかな」


 震え気味の声で抗議する彼女に怯む様子も一切ない。


「ふん、僕の繊細なハートはたいそう傷ついたんですよ先輩」


「ええ……」


 意外な返事に新田は視線をマグカップに落として黙考する。

 夕刻のカフェの雑音。

 ふたりの間を沈黙が支配する。

 しばらくして、新田は諦めたように小さなため息を吐いた。


「今の会話に傷つく要素があったとは驚きだよ」


 なるほど相互理解は大事だね、と、ひとりごちてたっぷりと砂糖の入ったホットコーヒーに口をつける。


「……あっま」


 今日のコーヒーも、しばらく胸焼けしそうだった。


 余談だが、部員は増えなかった。



~つづく~

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