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父の日に見る昨日と明日と2

 彼女の父親に当たる人物は、名こそ伏せられたものの相当な大富豪であるらしい。

 その途方もない富をさらに効果的に、さらに遺憾なく使うために、彼はずっと南西に離れたとある小国で広大な土地を買い、そこに宮殿の如き屋敷を建てて住んでいるのだそうだ。

 そこは現代の常識とは大きく隔たれたその男の欲望だけが正義となる伏魔殿。

 何十という女を囲い、何百という人間を雇い、その国の王さえ足元にも及ばないような豪奢な生活をしていた。


「父は囲っている女の誰とも結婚はしていなかった。おそらく今でも未婚なのだと思う」


 それだけではない。

 男は自分の女たちに産ませたその己の子らさえも、己で愛でるためだけに囲っていた。


「私もその中のひとりだった。生まれてからそこを出るまで、文字も数字も教わることなく生きて来た。私が学んだことと言えば髪と肌の磨き方に化粧のしかた、それに夜の作法くらいのものさ」


「夜のって……」


「わかるだろう?」


「……あ、ええ……はい」


 不二にはそれ以上言えなかった。新田が続ける。


「その屋敷を一歩も出たことのない、外からの情報も一切ない私はその生活になんの不満も疑問も無かったよ。出来なくて怒られるようなことも無かったし、出来ればそれがなんであれ褒められた」


 それがなんであれ。彼女が似合わない自嘲的な笑みで強調した言葉の意味を、どうしても意識してしまう。


「まあ、だからおかげさまで自己肯定感だけは高く育ったよ」


 不幸中の幸い、とでも言えばいいのだろうか。そもそも、常識では到底計れないその境遇は如何に先輩の言とはいえ、いや、だからこそと言うべきか、鵜呑みに出来る話ではなかった。


「……あの」


 気まずそうに背を丸め上目遣いに新田を見る。

 壁に背を預け脱力気味に不二を見下ろす彼女は暗い笑みで先を促す。


「冗談ですよね?」


 新田は短く息を吐いて視線を天井に向けた。


「冗談でなんかあるもんか……」


 やってしまった。不二の顔からすぅっと血の気が引く。


「真剣な創作だよ」


 滅多に見られない新田の満面の笑みにこっちが仏頂面になる番だった。


「僕は結構深刻な気持ちでこの話聞いてたんですけどねえ⁉」


「知ってるとも。だから私も本気で返さなくてはと思って」


「その誠意は要らなかったかなあ!」


「ちなみに母の部屋に置いてあった絵本から文字の存在を初めて知り嬉々として読み方を教えろとせがむ私を見た母がその様子から己の罪深さを悟り打ちひしがれて父にばれないよう戸籍を偽造してこの国へ密入国させてくれるという筋書きだったのだけれど」


「悪くないんじゃないですかこのシチュでまるで事実みたいな顔で僕に語る話じゃなければですけど」


「それは重畳」


 満足げに頷く新田に対して不二は露骨な舌打ちを返す。


「で、実際のところは?」


「ああ、紳士服チェーンで買ったネクタイを送ったよ。あまり嗜好品を嗜まない人だからね」


「そうなんですか。先輩は結構拘り派のイメージがあるので家族もそういうとこがあるのかと思ってました。意外です」


「父は若い頃から真面目だけが取り柄みたいな人だったらしくてね。可も不可もない程度の大学を出て役所務め。これといった趣味も無く、母とは職場結婚だと聞いてる」


「へえ……」


「気は優しいというより少し弱気でね。物静かなので休日とか気を抜くと居るか居ないかわからない」


「酷い言われようだなあ」


「そのぶん母がシャキシャキとしたタイプで存在感を主張してるので、別に家の中が静かというわけではないのだけれどね」


「なんていうか、性格はどちらとも似てないですね」


「物静かさと自己主張の強さを合わせ持つふたりのハイブリッドと言えばこれ以上似た親子も居ないんじゃないかい?」


「凄いこじつけて来ましたね」


「そんなことないだろう。よく似た仲良し親子だよ。なんて言ってこれも創作なんだけど」


「ええ……」


 不二の困惑した表情に満足げに頷く新田。


「今度のはちょっと信じそうだったろう?」


「ちょっとっていうか全然疑ってませんでしたけど。なんで二回もやったのか理由を聞いてもいいですか」


 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに両手を広げて笑みを浮かべる新田。


「リベンジマッチってやつさぁっ!」


「前回からの間が短すぎる……」


「鉄と創作は熱いうちに打つんだよ」


 釈然としない表情の不二に構うことなく、良いこと言った顔でひとり満足げに頷いている。


「それはわからなくもないですけど、結局のところお父さんは」


「ふふ、それは秘密だ」


 左手にマグカップを持ち直し、右手の人差し指を自分のくちびるに当てた。


「“おとうさん”に興味を持とうなんて十年早いよ」


 言ってから「いや……」と小首を傾げ、訂正する。


「十年はちょっと長過ぎるかな。六年にしよう」


「その細かい訂正にいったいなんの意味が」


 新田は指折りなにかを数えて頷いた。


「あるんだよこれが。うん、六年で合ってるのでそれまで待ちたまえ」


 不二は諦めて小さくため息を吐く。


「ハイハイ六年でも十年でも待ちますよ。別に先輩のお父さんに興味あるわけじゃないですし」


 少し拗ねたようにぼやく少年の様子を眺め、少女は目を細めて微笑む。


「ハイは一回。まあ、楽しみにしていよう」


「先輩がですか? 逆じゃないです?」


「いや、合ってるよ?」


「はあ……そですか」


 これ以上は詮索しても無駄だろう。不二は酷く消化不良な気持ちでコーヒーをすする。

 代わりに新田はすっかり機嫌を直していた。



~つづく~

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