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短編(ホラー系)

幽霊の作り方


 私がうんと小さかった頃。おおよそ二十年ほど前になるでしょうか。

 池田淵という所で、とある出来事が起こりました。



 吉岡さんが身投げをした。



 池田淵に入っていくのを見たと言う話と、実際に救急車や消防車が駆けつけるところを見た人々は大騒ぎになりました。

 淵の脇の茂みには、隠すように靴が置いてあったそうです。


 池田淵は、その周囲だけ森が開けた場所です。

 住居は近くにありませんが、散歩でもしていれば目に入ってもおかしくありません。

 人の通りはともかく、車通りはそれなりにあるのでそちらが目撃したのかもしれないです。


 それに前後して、池田淵で奥さんを見かけるようになったと聞きます。

 畔に立って、祈るように項垂れている。

 そんな姿が見かけられるようになって、しばらくしてのことです。


 池田淵に幽霊が現れると、小さかった私でも耳にするほどの噂になりました。

 人の少ない集落なのでそれはすぐに広まり、年寄りから子どもまで全員が知ることになったと思います。


 車のヘッドライトに照らされる人影。

 何度片付けても発見される革靴。

 池田淵の中央に浮かぶ男性。


 そのような不審な何かが目撃されるようになったのです。



 その噂や目撃談はかなり長く続きました。


 私が小学校を卒業して中学生活を送るようになっても、何度か小耳に聞きはさんだくらいです。

 五年くらいにはなるでしょうか。

 池田淵での事故を防ぐためか、親に言い聞かされることすらありました。

 私はそれを真に受けて、なるべく池田淵には近付かないようにしていました。



 私は池田淵の脇を通ることが怖かったのですが、通らざるを得ないこともありました。脇の道は主要な道路に繋がる市道の一つで、集落から新市街へと向かう時のルートだったからです。

 それでも、明るいうちなら良かったのです。

 夕方は周囲の森の影になって、池田淵は殊更に暗く不気味でした。



 ある日の夕方、私はそこを通ることになりました。

 自転車を走らせ家路を急ぐ中で、門限を守るために近道をしたのです。あまり良い気分はしなかったのですが、どうせ何もないと高を括っていました。


 薄暗い森を抜けて開けた場所に出る直前、地面に何かが置いてあると気付きました。

 落とし物かと思って通り過ぎたそこに戻れば、革靴が揃えてありました。私の足より大きな、男性向けの高級そうなものです。

 どうしてこんな場所に。

 そう思ったことをよく覚えています。


 慌てて自転車を漕ぎ出し、そこから逃げるように離れました。


 池田淵を通り過ぎ、集落の近くまで来たところで、人影を見かけました。

 吉岡さんの奥さんでした。


 こんな時に気味が悪い。

 身なりにあまり気を遣っていないだろう薄汚れた小さな背中を、勢いよく追い抜きました。

 一瞬。横を抜ける瞬間に、笑い声を聞いた気がしました。粘ついた引き笑いです。

 背筋にぞっと走った悪寒に急き立てられるように、家へと急ぎ帰りました。




 それから少ししてから、吉岡さんの奥さんが亡くなりました。

 家には不思議なくらいに物が無かったと聞いています。特に、吉岡さんの旦那さんの遺品がまるで残っていなかったそうです。


 幽霊の噂は徐々に消えていきました。

 恐らく、今の子たちはそんな噂があったことも知らないと思います。
















 ──幽霊を作ってみたいと、思ったことはありませんか。

 幽霊でなくても、怪異や怪談、何か恐ろしいものを誰かに広める。それが実は拍子抜けするほどに簡単であることを、私は経験則から知っています。


 本当に見える必要はないのです。

 それらしく思えれば、自然と噂は広まります。


 問題はどう信じさせるか、です。



 例えば道端に花を置く。それだけで、人はそこで事故があったと想像します。人が亡くなったと信じさせることが出来ます。



 彼女がしたのは、そういうことです。










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