ナンパに乗ってみた。
シャルロットと二人で活動して随分な時間が経過したが、未だにナンパされることが多い。
比較的スマートなナンパから、鉄板のナンパ、強引なナンパ、強引どころじゃないナンパ……などなど様々なナンパに遭遇してきたが、これまで一度たりともナンパに乗った経験はなかった。
「一度くらいは乗ってみるのも吝かではないと思いますが、紋寧の意見を聞かせてくださいまし」
「うーん。相手によっては楽しい時間が過ごせるかもしれないけれど……リアルでも乗ったことはないからなぁ」
「私もありませんの。だからこそ、ゲーム内で経験してみようかと思う次第ですわ」
シャルロットがやる気に満ち溢れている。
彼女のやりたいことはなるべく一緒にやりたい。
やりたいが……ナンパかぁ。
「では、シャル。いいですか? ナンパの前に注意事項の確認です」
「ええ、よろしくってよ」
「一つ。ワンナイトは拒絶する」
「当たり前ですわ! ……そんなに多いんですの。その、ワンナイト目的のナンパは」
紋寧はこっくりと深く頷いた。
リアルで自分が遭遇したナンパはこれしかなかった。
目のギラつき加減がね……凄かったんです。
思わず、そんなにがっついていたらOKしてくれる人はいないと思いますよ? って言ってしまったくらい。
うぜぇよ、ブス。余計なお世話だ! って暴言吐かれて、アスファルトに唾まで吐かれましたけどね。
人間図星を指されると怒るんですよね屑! と真顔のノンブレスで返したら、怯えてましたよ。
勝った!
勝負に勝ちはしたものの、面倒だったので、それからは完全無視以外の選択肢はなかったですよ。
触らぬ神にたたりなしってね。
腕を掴んでくるような悪質なナンパに遭遇しなかったのが、せめてもの救い。
壁ドンとか好きな人にされるのも嫌な人間なので、腕を掴まれた日には反射的にクラヴマガで鍛えた技を使ってしまった気がするわ。
女性にお勧めの護身術の中で、元々イスラエル発祥の軍隊格闘術だったクラヴマガを選んだのはシェイプアップにもいいと聞いたから。
結果、それなりにシェイプして技も覚えたので満足していますよ。
「一つ。別行動はしない」
ゲーム内でもリアルで鍛えた護衛術は有効なので、シャルロットが望むなら教えてもいいかな? と思いつつ、話を続ける。
「初対面の相手と二人きりとか無理ですわ。ええ、無理ですわ」
この世界だと力尽くでこられても抵抗できる自信があるけれど、一緒に行動した方が安心で安全だからね。
かなりの人見知りなシャルロットに確認するまでもないと思ったけれど、一応。
念の為。
確認、大事。
「一つ。家や宿に招待しない、されない」
「するわけありませんし、されるつもりもありませんわ」
まだ仮拠点すら決めていない高級宿暮らしだが、相手は拠点を持っている可能性もある。
現時点で持っているのなら、計画をたてての結果か無謀のどちらかだと思う。
相手のテリトリーに突っ込んでいくのが駄目なのは、モンスターとの戦闘で学べているはずだ。
臨時パーティーが外れだったせいもあって、この件も安心だろう。
何しろ奴ら、ことあるごとに俺たちの宿に遊びにこいよ! って繰り返していましたから。
「一つ。高額な物を奢らない、奢らせない」
「まぁ! 奢らせるパターンもあるとは驚きですわ」
真性のヒモとかね。
屑とか。
ホテル代まで奢らせるテクニックは凄いと思うけど、自分は切実に引っかかりたくない。
シャルロットにも引っかかってほしくない。
だからといって、高額を奢られるのも怖いのだ。
相手がどうにかして元を取ろうと考えるから。
強引な手段に出るのも、頭の中にあるのは、こんなに奢ってやったんだから、これぐらいいいだろ? という思考に至ってしまうから。
「あとは切り上げる時間を決めておきましょう。日付が変わる頃には帰宅します」
「さすがにオールとか、難しいでしょう。そこまで一緒にいたいと思える可能性はありませんわ」
二十四時間開いている酒場もある。
年齢制限がしっかり設定されているので、リアルの年齢が二十歳以上しか入れない。
子供がいないから安心かといえば、そうでもないのはリアルでも同じだ。
「では、何処でナンパ待ちをしますか」
「ナンパ待ち! 私がする日が来るなんて夢にも思いませんでしたわ」
「同じくです」
ナンパは夜が多いが昼でも出現する。
昼間のゲームセンターでナンパされたときには、心底驚いた。
最近はオタクのナンパスポットとして人気なのだとか。
昼間からのナンパなら、健全な遊びを楽しもうという男性も一定数はいるようだ。
「無難に出会いのブックカフェに行きましょうか」
「ナンパにあわなくても本とお茶が楽しめますわね」
「シャルが一緒である以上、絶対に声をかけられると思いますよ」
「そっくり同じ言葉を返しましてよ。紋寧が一緒なら絶対に誰かが声をかけてきますわ」
一般的な注意をしたものの、シャルロットと紋寧の場合、ワンナイト目的のナンパは恐らく少ない。
というかたぶんほとんどない。
そんなことした日には、二人の動向を見守っているファンクラブ(非公式)が制裁を加えるだろうから。
三階立てのブックカフェに足を踏み入れる。
一階は待ち合わせに使われ、二階はナンパ待ちに使われ、三階は純粋に本を楽しみたい人たちに使われていた。
二人は何時もなら三階で本を楽しむのだが、今日は二階のフロアに足を踏み入れる。
部屋全体がざわっとしたのを気配で感じた。
「さて、と。シャル、何が飲みたい?」
「ふむ。そうですわねぇ……何がいいかしら?」
「か、可憐なお嬢様方! ぼ、僕に一杯奢らせてもらえませんか!」
噛み噛みで声をかけてきたのは、十五歳以下を示すサクラの紋章を身につけた、品の良さそうな少年だった。
憧れのお姉さんに声をかける的な感じだろうか。
「ふふふ。ありがとう。何を奢ってくださるの?」
「お嬢様方がお望みの物ならなんでも!」
ぎゅっと握り締めているのは可愛らしいシマエナガの形をした財布。
紋寧同様にシャルロットもほっこりしただろう。
「では私はハニーラテをいただこうかしら、小さな紳士さん」
「妾はホットチョコレートを所望じゃ」
シャルロットがぱん! といい音をたてて扇を開いて口元を隠しながら希望すれば、周囲から小さな歓声があがった。
少年もぴょこんと跳び上がる。
驚いたのではなく嬉しかったらしい。
満面の笑みが浮かんでいる。
「少々お待ちください! 注文してきます!」
わざわざカウンターまで注文に行く少年の背中を仲良く見守る。
「……可愛い初ナンパでした」
「妾はショタではないが……愛いのぅ」
程なくして少年は自分の飲み物と一緒にわざわざテーブルまで運んでくれた。
こんな可愛らしいナンパならリアルでも乗るのになぁ……などと考えつつ、お気に入りの本などを薦め合って和やかな時間が終わる。
「素敵な時間をありがとうございました!」
少年は直角のお辞儀をして去って行った。
お勧めの本がなかなかに厨二病的で、興味深い逸材だったのは嬉しい誤算だろう。
「麗しきお二方。我らとともに本の語らいに興じてはもらえないだろうか」
少年が去るタイミングを見計らっていたらしい、二人のイケメンが声をかけてきた。
銀髪紅目の騎士と紫髪緑目の魔法使い。
リアルでは見られない配色が美しく、装備から察するに最前線の攻略組らしかった。
これは良いイケメンかな?
「本だけで、いいのかぇ?」
「今はまだそれだけで。あぁ、軽食も御一緒できるなら光栄ですが」
「紋寧さんはアフタヌーンティーセットを攻略するのがお好きだとか。こちらのブックカフェも最近はじめたとのことですので、どうでしょう? 御一緒していただけますか?」
おや、珍しい。
素敵な配色の魔法使いは紋寧に興味があるようだ。
かなり調べ込んでいる。
「妾の最愛の特別になりたいのなら、まず妾の許可を得よ!」
「シャル、落ち着こうか」
大好きなシャルロットに最愛と呼ばれて、独占欲を見せられる至福。
ちなみにそんなシャルロットを見て、騎士は目を輝かせていた。
ぎらつかせているではなく、輝かせていた。
先ほどの少年のように。
今回のナンパは少年といい、彼らといい豊作だなぁ、とほくほくしながらアフタヌーンティーを頼んだ。
奢ってもらうならと魔法使いに、バニラアイスをたっぷり掬って、あーんをしてあげたら、真っ赤な顔をして大きな口を開いてくれた。
好きな相手に甘やかされるのに慣れていないタイプ? などと顔には出さずに考えている横で。
紋寧がやるのなら妾も……と、シャルロットが騎士にあーんをしてあげていた。
騎士は素早く紋寧に向かって親指を立ててみせる。
魔法使いがあーん返しをしてくるので、それを受け入れながら、騎士に向かって親指を立て返してみせた。