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ダンジョンに入ってみた。

 


 初回の戦闘があんまりだったので、仕切り直しをしようという話になった。

 運営からお詫びが送られてきて納得はしたけど、それとこれは別なのですよ。


 ただ単純に戦闘をするのも芸がございませんわ! とシャルロットが言うのでダンジョンへ行こうと決めた。

 ダンジョンといっても様々なものがある。

 シャルロットが選んだのは『始まりの洞窟』

 初心者のためにあるような名称のダンジョンだ。

 

 初期装備で入っても安心安全という謳い文句は伊達ではなく、死者どころかけが人もほとんど出ないらしい。

 全くいない……ではないのが、ファンタジー世界へ足を踏み入れて我を忘れてしまった者が一定数いる証なのだろう。


 リアルで用があるとかで、待ち合わせは洞窟前となった。

 何しろ初心者向けなので、常に人がいる。

 何時もは五分前に到着するようにしているのだが、シャルロットが絡まれるのが可哀想だからと十分前に到着したのだ。

 が。

 既にシャルロットは到着していた。


 洞窟前で真っ黒いパラソルの下。

 優雅に紅茶などを嗜んでいる。

 周囲には人だかりがあったが、声をかける剛の者はいなかったらしい。


「お待たせしちゃって、ごめんね。シャル!」


「あら、十分前でしてよ? 十分に良識の範囲内ですわ。謝罪などしないでくださいませ」


 実に美しく背筋が伸ばされる。

 黒いレースの手袋がパラソルに触れれば、一瞬で閉じた。

 なかなか便利なアイテムらしい。

 そういえば先日の骨董屋で購入していた記憶がある。

 早速使っているようだ。

 店主が悲鳴を上げて喜ぶだろう。


 木陰があるからか、紅茶を嗜んでいたからか、シャルロットは日よけのベールをしていない。

 美貌が露わになっているが、やはり悪役令嬢。

 声をかけにくいのだろう。

 美女に声をかけにくいのは男性あるあるだ。

 ちなみに女性でもかけにくかったりする。


 テーブルとティーカップの収納を見守ってから、二人仲良く列の最後尾に並ぶ。


「あ、あの! お先にどうぞ!」


 しかし紋寧が現れたからか、そんな声がかけられる。


「……順番は守りましてよ?」


 紋寧が返答する前にシャルロットが口を開く。

 ちなみに口紅は驚くほど鮮やかな真紅だ。

 悪役令嬢にはよく似合う。

 黒い口紅も似合うと思うけどね。

 漆黒の出で立ちなのに、唇だけが真紅って……美しくない?

 美しいよね!

 異論は認めるけど。

 時々黒い口紅をつけるけれど、基本的に赤い口紅をつけている。

 ついでにつけくわえておくと、紋寧はくノ一専用紅をつけていた。

 貝殻に入っている紅だ。

 頭巾を被っても頭巾を汚さない特殊素材が混ざっているらしい。

 指に紅をつけて唇をなぞっていたら、シャルロットに妾も試してみたいのぅ……と言われて、一も二もなく差し出した。

 紅をつけている最中のシャルロットはそれはもう美麗でしたよ。

 眼福眼福。


「い、いえ! 随分お待ちのようでしたので!」


「ですね。俺らも急ぎませんし。自分たちより早く来てた人より、早く入るってーのは、何か違うかな? と」


 紋寧がシャルロットの紅を塗る姿を思い出して、うっとりしている間にもやり取りは進んでいく。


「……他の方も異論はございませんの?」


「ねぇよな?」


 何か違うかな? と言っていた男性が並んでいた人たちに確認を取る。


「ねぇぞー」


「焦る旅路でもねぇもんな。美女は優先されてしかるべきだろ?」


 ばちんとウインクを飛ばしてくる輩までいた。

 美女が優先される場面を体感してしまった! 

 これもシャルロットのお蔭。

 ありがたやー。


「では遠慮なく……でも御礼はしませんと。悪役令嬢の名前が廃りますわ」


「あ。手作りマドレーヌならありますよ。プレーン味とチョコレート味」


 シャルロットが気に入ってくれたのでスイーツ各種が大量にストックしてある。

 その中でも食べやすそうな物を選んだ。

 ラッピングはくノ一の手にかかれば秒で終わるので問題はない。


 紋寧は十人ほど並んでいた冒険者たちに、プレーン味とチョコレート味を一つずつラッピングした物を手渡していく。


「パツキン爆乳くノ一の手作りお菓子! ありがてぇ……ありがてぇ……家宝にします!」


「や。悪くなる前に食べてくださいね」


 何処に突っ込んでいいか分からなかったが、無難な返しをしつつ全員に渡しきる。

 皆、驚くほど喜んでくれた。


「食べたときにも驚きますわ。お店で並んでいてもおかしくないマドレーヌですもの」


 シャルロットも満足げなのでよしとしよう。 

 冒険者たちの声援に送られながらダンジョンへ足を踏み入れた。


 始まりの洞窟は有り難いことに、固定マップとなっている。

 一階二部屋。

 二階三部屋。

 三階五部屋のシンプルな造り。

 

 出現モンスターも基本は決まっている。

 ときどきレアモンスターが出現するらしい。


 ドロップアイテムは日用品として使える物。

 宝箱は運が良ければ出現するようだ。


「案外と明るくて驚きましたわ」


「洞窟内とは思えない明るさですよね。初心者向けって感じがします」


 明かりらしい明かりは見て取れない。

 天井や壁が発光しているようにも見えない。

 だが普通に明かりがついている洞窟と同レベルに視界がクリアなのだ。


「足元も……歩きやすいですわ」


「さすがにアスファルトとまではいきませんけどね。山道なんかより歩きやすいと思います」


 洞窟内の足元といえば岩場が多く歩きにくい、じめじめした場所で足を取られるといった印象だ。

 しかしここはそのどちらでもない。

 人が踏みしめて作った土の道を歩いている感覚が一番近いと思う。


 何処までも初心者に優しいダンジョン……のはずなのだが、例外は何時だって存在する。


「……運営は反省をしませんの?」


「またお詫びのアイテムを送ればいいかー、ぐらいにしか考えてなさそうですよね」


 始まりの洞窟については詳細な情報公開がされている。

 一階に出るモンスターはありがちにスライム、ホーンラビット、モグリンとゲーム内最弱モンスター三種類。

 しかし目の前に仲も良さげに並んでいるモンスターは色が違う。

 

「スライムの上位種ストーンスライム、ホーンラビットのレア種ピュアラビット、モグリンの上位種グレートモグリン、ですわねぇ」


 モンスターもある程度までは情報公開がされている。

 登場したモンスターはぎりぎり情報公開がされているレベルの強さを持っていた。


「あ! 手裏剣、通りました」


「……さすがはくノ一。攻撃が早すぎましてよ。ピュアラビットがきょとんとした顔で絶命していますわ」


 一番弱いかな? と踏んで咄嗟に放った手裏剣は、ピュアラビットの眉間に突き刺さった。

 案外弱点だったのかもしれない。

 角の先端に触れたかと思った手裏剣は、そのまま眉間に突き刺さった。

 ぷしゅーっと血が噴き出したあとで昏倒する。

 これも反射的にした鑑定結果は死亡だった。


「まぁ、こちらも通りましたわ!」


 紋寧を褒めつつもシャルロットが放った攻撃は、グレートモグリンの首を一撃で落とした。

 プレインサーペント三体の首を、一度に落とした武器の切れ味は今日も鋭いようだ。


 ストーンスライムが一瞬で倒されてしまった二体をおろおろと交互に見て、すかさず逃げの体勢を取った。

 名前からして何となく重そうなスライムだが、その動きは素早い。

 冒険初心者なら逃がしてしまっただろう。

 しかし、残念。

 悪役令嬢とくノ一にその隙はない。


 シャルロットのフランヴェルジェが一閃を浴びせ、その隙間を狙って放ったクナイはストーンスライムの急所を砕いた。

 初心者とは思えない連携技に思わず二人揃って大きく頷いてしまった。


「蛇尽くしの五連戦を思えば、可愛い悪戯に思えますわ」


「……ああ、ドロップアイテムがレア……ん? これっておかしくないですか、シャル」


 本来モンスターがドロップするアイテムと余りにかけ離れていて、シャルロットに問いかける。


「あらあらまあまあ! 恐らく運営のお詫びなのでしょうね……」


 色っぽく溜め息を吐いたシャルロットが天井を見上げる。

 見上げた先は洞窟特有のごつごつした岩……のはずだった。

しかし天井の代わりに『申し訳ございません!』と謝罪の言葉がふよふよと浮かんでいる。


「言葉だけの謝罪で許されると思いまして?」


 シャルロットの冷ややかな言葉に反応した、天井に浮かんでいる言葉に変化が現れた。


『まずはドロップアイテムを御確認くださいませ』


 頷くシャルロットに紋寧は鑑定結果を教える。

 シャルロットの鑑定は対モンスター時に効果を発揮するタイプのものなので、一般的な鑑定は基本紋寧が担っているのだ。


 鑑定結果は以下の通り。


 ストーンスライム レアドロップ

 一度だけどんな攻撃も無効化する石。

 掌サイズ。

 ドロップ率0.1%

 ……ちなみにこのドロップアイテムの見た目は何処にでも転がっていそうな、何の変哲もない小さな石だ。


 ピュアラビット レアドロップ

 ステータスに異常を齎す攻撃を三回だけ無効化するペンダント。

 ピュアラビットの角が小さくなった物がペンダントトップになっている。

 アレルギーでもつけられる特殊な金属を使用している。

 ドロップ率0.5%


 グレートモグリン レアドロップ

 建築作業をする場合、永続的に時間が短縮される。

 本来必要とする時間の半分で建築が完成。

 需要の高いアイテム。

 NPCも高額で買い取ってくれる。

 ドロップ率0.01%


「……ドロップ率が低すぎますね。ドロップさせる気がなさそう」


『今回はお詫びということで……御笑納くださいませ』 


「おーっほっほっほ!」


 突然シャルロットが高笑いを始めた。

 紋寧は驚いた。

 空中に浮かんでいる文字も『!』になっている。

 こんなところで芸を細かくしてどうするんだろう?


「笑納いたしますわ」


 にっこりとシャルロットが笑う。

 御笑納……わ、わざとだよね?


「当然、わざとですわ」


 思考を読み取ったかのようにシャルロットは笑みを深めて囁く。

悪役令嬢による美しい暗黒微笑だ。


 暗黒微笑が怖かったのかもしれない。

 その後、ダンジョンを踏破するまで運営の介入はなかったようだ。

 

「……少し、いえ。大分物足りませんわねぇ……」


「フラグが立ちますよ、シャル」


 始まりの洞窟の探索は、あまりにも簡単すぎたから、気持ちはわかるけれど。

 散々戦った挙げ句に死亡とか切ないので、できるだけ回避したい。

 なるべく死亡はしたくないんだよね。

 基本的にデスペナルティがあるし。

 レアの入手をしやすいので、デスペナルティでそれらのレアを失いたくないのだ。


「うふふ。これも、わざとでしてよ?」


 今後は可愛らしくウインクされる。

 悪役令嬢のウインクという激レアなものを目にできた紋寧は内心で、フラグが立ってもいいかー、とある種の諦観を抱きながら、慣れないウインクを返した。 


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