戦ってみた。
職業・悪役令嬢なシャルロット・フォートレル、愛称シャルとの初戦闘(チュートリアルの模擬戦は除く)は……思い出しても背筋が怖気立つ。
初心者向けのフィールドと呼ばれるヴィルブレ平原。
遭遇率0.01%のレアモンスター。
プレインサーペント。
毒もなく攻撃力も低い。
俗に言うボーナスキャラ。
レアモンスターだけに、出現しても一体。
それが公式での発表だった。
だったのだが!
そのプレインサーペントが一ダース出てきた。
これもおかしい。
あくまでも初心者向けのフィールド。
基本は一体。
多くても三体まで。
こちらも公式発表。
課金額に応じて出現モンスター数や種類が変わるかも? とは、チュートリアルのときに一度だけ言われた。
聞き逃した人も多いんじゃないかな?
そこだけ早口で、しかも声の音量を落として説明されたからねぇ……。
でもくノ一の聴覚を舐めないでいただきたい。
きちんと聞いていた。
当然ハイスペック悪役令嬢なシャルロットも聞いていましたとも。
悪役令嬢足るもの、悪役令嬢の嗜みを使われて、聞き逃すはずはありませんわ! とのことでした。
重要事項をそうと感づかせないように説明するのは、悪役令嬢の嗜みらしいですよ?
「紋寧……は虫類は苦手でして?」
「木の上から落ちてきたアオダイショウを首に巻いて、そのひんやり加減に飼ってもいいかな? と思ったくらいには平気です」
これは子供の頃のリアルな話。
一緒にいた友人三人は全力で逃げていきました。
その中の二人は男子でした。
蛇って男女の関係なく苦手な人が多いんだなぁ、と実感した経験です。
「上々。では、殲滅と参りましょう」
シャルロットもは虫類は大丈夫らしい。
悪役令嬢には虫類も似合うよね。
プレインサーペントは黄緑色なんで却下だけど。
漆黒の蛇とか設定あったかなぁ……。
シャルロットが戦闘態勢に入った。
悪役令嬢であるシャルロットが持てる武器は二つ。
少ないよね。
魔法と召喚獣での戦いを希望されているんだと思う。
優雅な所作で腰へと手をやったシャルロットが、くんっと手首を捻る。
しゅぱん! と良い音がして、プレインサーペント三体の首が一度に落ちた。
初心者じゃないよね、この腕前。
惚れ惚れします、ええ。
これも悪役令嬢らしいなぁと思う、武器はウルミー。
普通はコイル状に巻いた状態で携帯するんだけど、シャルはベルトのように腰に巻いている。
持ち手は握りやすそうに整えられているけれど、繊細な装飾が施されていて、宝剣にも見えるんだよね。
リアルでは使いこなすのが難しくて、ウルミーを使った武術は一子相伝で幻の技とまで謳われていた……と記憶しています。
鞭のようにしならせて使うってとこが、悪役令嬢っぽいって思ったんですよ。
ほら、ファンタジー系のゲームをプレイしていると、格好良い武器って調べるじゃない?
そのときに知りましたよ、ウルミー。
もう一つの武器はフランヴェルジェ。
これまた美しい武器だが、広い平原ではウルミーに軍配が上がるよね。
こちらを使うシャルロットも早く見たいな。
「紋寧!」
戦う悪役令嬢は美しい……なんて浸っていると。
鋭い中にもどこか甘やかさが残る声音で名前を呼ばれる。
悪役令嬢に惑わされる人たちは、きっとこんな美しい声にもやられてしまうに違いない。
プレインサーペントが私に向かって飛んできたので、警戒の声を上げてくれたのだ。
戦闘中でも相棒への気配りを忘れないなんて、本当、最高です!
リアルでも欲しいなぁ、こんな相棒。
無理だと思うけどさ……。
そこはかとない虚無感に駆られながらも咄嗟に取り出した武器は、鎌。
鎖鎌ではない、鎌だ。
ただし二丁。
あ、憧れるでしょう?
二挺拳銃とか。
私の場合は鎌で採用したのよ。
ちょうど口を大きく開けて飛んできたので、一丁の鎌で牙を、もう一丁の鎌で首を切り落とした。
プレインサーペントの牙は、高く売れると情報があったので、忍者袋(忍者専用のアイテムバッグ)にさくさくっと収納しました。
無限収納スキルにもレベルがあってね?
整理整頓機能にはレベルが足りていなかったので、戦闘でのドロップアイテムは全部忍者袋へ入れると決めたのです。
あとは忍者だからね。
使いたいじゃない? 忍者袋。
あ、シャルロットの得物もささっと拾いました。
当然自分の分とシャルロットの分との分別は完璧にしています。
器用で俊敏なのです、くノ一は。
視界の隅でこっくりとシャルロットが頷くのを確認して、次のモンスターへと挑む。
しかしプレインサーペントに飛び跳ね攻撃なんてあったかなぁ?
ゲーム内の蛇モンスターによる攻撃は、巻きつきと噛みつきがほとんどで、飛びかかってくるのは、飛行タイプの蛇・フライサーペントだけだったはずなんだけど……。
もしかしてシャルロットと紋寧のバディは、監視されているのかしら?
でもって無茶ぶりをされているとか。
公式の戦闘動画で使われそうな気がして恐ろしい。
初戦闘はシャルロットがウルミーで十匹を倒して、紋寧が二匹を倒した。
……二丁鎌がうなるのは、次の機会に期待してください。
戦闘で役に立てなかったのなら、せめて解体では役に立たないとねぇ……と腕まくりをしたところ。
「……嫌な予感がしますの。ひとまず解体はあとにして、収納だけしてくださいまし」
「……了解です」
悪役令嬢の嫌な予感ほど、当たりそうなものはないよね?
紋寧は素早く、解体のために残しておいた十二体の素材を収納した。
あちこち散らばっていなかったので、時間はほとんどかからなかった。
「ふわっ?」
最後の一匹を収納した途端。
次のモンスターが現れる。
ボスモンスターと対峙するときの鉄板展開、連戦だ。
「……ここは、初心者用のフィールドと認識しておりましたわ。私、間違っていまして?」
「シャルは間違っていませんよ。公式が間違っていますね。運営にクレームを入れないと駄目な状況ですよ……戦闘が終了したら長文のクレームメールを送りましょうとも!」
次に現れたモンスターの数は同じく一ダース。
そして、蛇。
初心者フィールドでは、出現しないはずのポイズンサーペント。
猛毒を持つ蛇だ。
「ポイズンサーペントのドロップアイテムは、猛毒の小瓶と記憶しておりますわ」
「ええ。レアドロップですけれど、きっと一ダースはドロップするでしょうねぇ」
ってーか! しないと許しませんよ、運営さん。
解体できないモンスターは代わりにアイテムをドロップする。
解体できるモンスターも時々アイテムをドロップする。
今回は後者。
ドロップ率は当然解体できないモンスターが高い。
だが、例外は何時だって存在するのだ。
「今回は私に任せてください!」
紋寧は手裏剣を一度に十二個放つ。
リアルでは不可能だが、ここはゲーム内。
お金に物を言わせればできるのですよ。
スキル名は全方向投擲。
愛用の武器に投擲の属性がついていれば、取っておきたいスキルです。
「お見事」
短い賛美が何よりも嬉しい。
手裏剣には睡眠薬が仕込んである。
地面に縫いつけられたポイズンサーペントはその場で一分ほどのたうってから、沈黙した。
「生け捕りもいいですが……やはりドロップアイテムが欲しいですねぇ」
「そうですわねぇ……一列に並べていただけますかしら?」
紋寧はシャルロットの指示通りにポイズンモンスターを横一列に並べる。
並べ終えて頷けば、間を置かずに、すぱん! といい音がした。
続いてぽぽぽぽん! と小気味よいアイテムがドロップする音。
「さすがですね」
悪役令嬢の豪運? が発動したのか、運営の計らいなのか。
猛毒の小瓶は十二個ドロップした。
「さぁ……さすがに初戦闘はこれで終了……」
「それはフラグというものでしてよ、紋寧」
シャルロットの助言は何時だって正しい。
わかっている。
だが、いい加減にしてほしい。
初戦闘で三連戦はないだろう!
「もう、わかっているのでしょう。私たち、殺しにかかられていましてよ?」
「いっそ、さくっと殺されますか?」
「悪役令嬢の矜持が、許すと思いますの?」
「ですよねー」
そろそろ素材を残す戦いを避けた方が無難かもしれない。
紋寧は懐から焙烙玉を取り出して、次の戦闘に備えた。
運営による鬼畜な追い込みに、シャルロットと紋寧は初戦闘で初の死に戻りを経験する。
悔しい!
結局蛇尽くしの五連戦を強いられたのだ。
最後の敵が蛇神のイグと書けば、まさしく無理ゲーだったと誰もが呆れるだろう。
調子に乗りました、大変申し訳ありませんでした!
と、後日。
運営から二人へ、それぞれお詫びのメールと鬼のような数のアイテムが届いたのも、忘れずに付け加えておこう。