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買い物をしてみた。

 


 さて。

 初対面の女性が顔をつきあわせて、最初にすることはなんだろう?

 買い物だ!

 異論は認める。

 美女と二人できゃっきゃうふふするには、これが一番だと思って提案したのだ。

 安直と言われてもいい。

 でもある種無難な選択ではなかろうか。

 映画館へ行くよりはましだろう。

 ほらデート初めてのカップルが行く、定番でしょう?

 ちなみにゲーム内に映画館は存在する。

 NPCの娯楽にもなっていた。

 が。

 初心者では無理なのだ。

 本編で発生するクエストを攻略して映画チケットがもらえる……という仕様になっている。

 チュートリアル中ではそもそも無理な設定になっていた。

 つまりは金に物をいわせられない……無念。

 シャルロットなら既に何人かの下僕がいて、さくっと下僕に手配をさせそうな気配はあるが、そこまでして映画を見ようとは思わない……気がする。


 何より、チュートリアルのクエストの一つに『買い物をしてみよう!』があったからだ。

 はっはっは!

 ゲームの進行に迷ったときには、クエストチェックだよね。

 クエストが存在するゲームで良かったよ。

 本編では様々な定番クエスト、期間限定クエスト、大型クエストなどが準備されているらしい。

 楽しみが過ぎる。


「どうかしまして、紋寧」


 悩んでいる声が出たのか、気配を察知したのか。

 シャルロットがくるんと振り向いた。

 黒髪縦ロールがたゆんと揺れる。


 素敵!


 ベールをした悪役令嬢もそれこそ悪役っぽくていいのだが、縦ロールもまた悪役めいていて眼福なのだ。

 今もさっと周囲の気配を伺ったが、何人かが頷いていた。

 恐らく同志だろう。

 顔は覚えたのであとで連絡を取らねばなるまい。

 万が一シャルロットに害なす者であれば排除しないとだしね。

 同志なら非公認のファンクラブを作るのも吝かではない。


「紋寧?」


「は! すみません。シャルロットに見惚れていました」


「……慣れなさい」


「頑張ります!」


「それで……本当に私と買い物に行ってもよろしいの?」


「よろしいです!」


 何をそんなに遠慮しているのだろう。

 紋寧は悪役令嬢がやってくれるんじゃないかと勝手に思い込んでいる、ここからここまでをいただきますわ! という究極の大人買いを見てみたかったのだ。

 あ、でもゲーム内で御令嬢ともなれば、店ごと買うのが究極なのかもしれない。

 それはそれで滅多に見られる光景ではないので構わなかった。


「私……その。外で買い物の経験がほとんどありませんの」


「あ、そうなんですね」


 ほほう。

 貴族あるある設定ですな。

 ゲーム内ならお抱え商人になるのかしら?

 リアルでいうところの外商ですね?

 百貨店の販売員さんがシャルロッテのためだけに、好む商品を持ってきてくれる夢のシステムですね?

 一度体験してみたいけど、緊張して言われるがまま購入して、あとで酷く後悔しそうな予感しかしない……。

 シャルロットの隣で拝見させていただくぐらいが関の山だろう。

 こちらも機会があれば経験してみたいものだ。


「では、私が行ってみたかったお店に行きますか?」


「お任せしますわ!」


 責任重大だわ……。

 リアルだと迷わずにショッピングモールに行くんだけどね。

 いろいろとあるから。

 この世界にもショッピングモールめいた施設はあるんだけど、やっぱりゲーム初心者には使えない。

 最速攻略者でも無理だろう、まだ。

 チュートリアルをさくさくと終了して、既に本編へとダイブした猛者も出始めているようだが。


 移動は馬車かなと手配をしかけたら、馬でと言われました。

 好みの馬車がないのだとか。

 なるほど。

 漆黒の馬車とかオーダーメイドでないと無理っぽい気がしますわ。

 しかし……悪役令嬢って乗馬できるんですね。

 ハイスペックだからかな。


 うん、いいね!


 あ、自分はくノ一なんで基本的には、ひた走るけど乗馬もできますよ。

 潜入捜査もしくは暗殺の依頼を受ける→長期間他人に化けて活動する→ハイスペックな方が疑われにくいというか、相手の懐に入りやすい? ……という物語にありがちな流れで、あらゆるスキルを取ってます。

 リアルでも馬との戯れには憧れたんですよ。

 癒やし効果もあるって話だったので。

 失恋した友人が乗馬クラブで出会ったイケメン御曹司と結婚したとか聞いたときは、どんな少女漫画なのよ! と突っ込みを入れましたわ。

 癒やしとハイスペックな伴侶が手に入るなんて、と鼻息も荒くなりました。

 だけど社畜なので時間がなくてね……ゲームの中で楽しむわけです。

 く、悔しくなんか、ないんだからねっ!


「私、この子にいたしますわ」


 貸し馬車屋さんに併設している貸し馬屋さんへ足を運んだ途端。

 漆黒の馬が颯爽とシャルロットに近付いてきた。

 堂々たる姿は王様が乗る軍馬! といった風格がある。

 店主らしき人が飛んできたところを見ると問題児だったんじゃないのかなぁ?

 シャルロットには、撫でろ! と撫でやすい角度で首を差し出しているけれど。


「両思いで何よりです。私は……どの子にしよ?」


 すりりっとシャルロットの手に顔を擦りつけていた黒馬が、突然ばしゅんと走って行く。

 おろおろとする店主らしき人物に、さてどうフォローをしようかと考えていると、黒馬が白馬のお尻をぐいぐいと鼻先で押してきた。

 また純白が目に眩しい白馬だ。

 こちらは王子様が乗りそうな雰囲気。

 黒馬にぶひひん! と鳴かれる。


 こいつで、どうよ?


 そんな顔をしていた。

 白馬はおどおどしているのに目が輝いている。

 あー、もしかして同志?

 ちょっと人見知りするタイプ?

 自分が好意を持つタイプには、人見知りがそこまで発動しない感じ?


 そっと掌を差し出せば、ぺろりと舐められる。

 温かい。

 そして嫌悪感はない。


「ほほほほ。両思いで何よりですわ」


 同じ返しをされてしまった。

 黒馬は一仕事をやり遂げた! とばかりに、シャルロットの元へ再び撫でられに行っている。


 居たたまれなさそうな店主はそれでも、話しかけてきた。

 曰く。

 二頭とも問題児で、できれば買い取ってほしいと。

 できる限り勉強いたします! なんて言われれば頷くしかないよね?

 シャルロットを見れば満更ではなさそうだったので、商談に応じる。

 二人とも早速素敵な移動手段を入手できた。

 シャルロットが言うには、二頭とも驚くほど安価だったらしい。

 馬具一式もサービスしてもらったしね。

 しっかりした物を一通り揃えようとすると、結構するらしいよ、馬具。


 幸先の良い買い物スタートに背中を押されるようにして、目的地に着く。

 勿論二頭とも優美かつ素早い移動で目的地の骨董品店アンティークショップまで走ってくれた。


「まぁ、素敵! センスの良いお店選びですわ!」


 外観からして気に入ってくれたようだ。

 

「気に入ってもらえて嬉しいな」


 かなり人を選ぶ店だ。

 だがシャルロットは気に入ってくれるんじゃないかしら? と判断したのだが、正解だったらしい。


 重々しい扉は取っ手に触れれば自動ドアのように開いた。

 魔法のある世界だからね。

 自動ドアも不思議ではない。

 外観からすると、ぎぎぎぎっと軋む音がしそうな雰囲気だったんだけどさ。


「まあまあ。お店ごと買い占めたいくらいですわ!」


 想像以上に大興奮で何より。

 こっそりと胸を撫で下ろした。


 お店の品揃えは、ゴシック調。

 家具を中心に小物が多数。

 数は少ないがドレスや宝飾品も置かれている。

黒をメインとした品揃えなのが、シャルロットの心を鷲掴みにしたようだ。


「ようこそ、おいでくださいました」


 漆黒のゴシックドレスを身に纏って現れたのは、店主だろうか。

 素早くお店のカードを渡される流れは、サラリーマンが名刺を差し出す様子にとてもよく似ていた。


「よろしければ御説明させていただきますが、如何いたしましょう」


「紋寧!」


「私は私で堪能しますので、シャルロットの心のままに堪能ください」


「感謝いたしますわ!」


 美女による満面の微笑は美しい……。

 気がつけば隣にいた副店長(店長と同じ流れでカードをいただいたときに知りました)と一緒に見惚れていました。


 好みが分かれるお店だからか、まだゲームがスタートして時間が経過していないからか、お店は二人の貸し切り状態だった。

 ゆえに手が空いていたらしく、くノ一にもゴシックは意外と似合うかな? という程度の紋寧に副店長がわざわざついてくれたらしい。


「店長も私もプレイヤーなんですよ」


 美青年のゴシックも美味しい! そんな邪な考えを外に出さないように対応していた紋寧に副店長がこっそりと教えてくれた。

 冒険者として楽しむプレイヤーだけではないとは聞いていたが、こんなにも早く出会えるとは嬉しい誤算だ。

 シャルロットの買い物欲を満たせる店は少ないだろう。

 懇意にしておけば双方良い関係を築けるはず。


「あちらのプレイヤーはゴシック以外勝たん! って感じですけど、くノ一にも意外と似合いそうで驚いています」


 仲良く寄り添う黒猫の置物を手に取って見ている紋寧を見た副店長が頷きながら、そんな感想を告げてきた。


「基本、闇に潜むくノ一ですから。黒は似合うのですよ」


「金髪碧眼でも?」


「金髪碧眼でも!」


 顔を見合わせて笑い合う。

 派手な風貌はちっとも忍んでいない。

 そこは譲れなかったから仕方ない。

 スキルがあるので、忍ぼうと思えばとことん忍べるのだから、くノ一としても問題ない……はずだ。


 黒猫の置物は購入を決める。

 アンティークだからといって必ずしも高額ではないのだ。

 こちらの置物はとてもリーズナブルで、お財布に優しい。


「……あちらは、店ごと買い占めそうな勢いですね」


「……購入した家具を全て置くとなると、普通の家じゃなくて、お屋敷じゃないと駄目でしょうねぇ」


 屋敷の外観もゴシックなものがいいのだろうか。

 一見して魔女の館の雰囲気になってしまう予感がある。

 不動産屋も捜しておくべきかと考えるも、チュートリアルではさすがに家は買えない設定になっていた。

 しばらくは宿暮らしになるだろう。

 近いところにシャルロットが好む宿があればいいのだが。

 紋寧は目を伏せながらいくつかの高級宿を思い浮かべる。



「「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております」」


気がつけば精算を終えていた。

 シャルロットは紋寧も持っている無限収納のスキルを発動させて、購入した大量の荷物を全て収納したようだ。 

作り物ではない笑顔で見送られて店を出る。


「次に商品を入荷したら連絡をくださるそうですわ! ふふふ。すごく楽しみですの……紋寧は、楽しめまして?」


店の中で商品を選ぶのは想像していたよりも楽しかった。

 でもそれ以上に、店長と一緒になって。

 嬉しくてたまらないといった雰囲気を終始醸し出して、買い物をするシャルロットの姿を見ている方が心も満たされた。


だから。


「想定したよりもずっと楽しかったわ! 次も一緒に行きましょうね」


 と自然な笑顔で答えていた。




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