出会ってみた。
発売から一年。
未だ新規参入者が絶えない有名オンラインゲーム。
黄昏の幻影。
昼間と夜で全く異なる世界。
ファンタジーを謳えば、何でも許されると思っているのか、ゲーム内のワールドは実に個性も豊かに設定されている。
好き。
昼に相応しき者、夜にこそ輝く物、どちらでもぎりぎり活動できるモノ。
無課金でも時間さえかければ十分に楽しめるが、廃課金勢でも満足できる仕様は、それぞれに気合いの入った制作者がいるのだとか。
有り難い。
このまま永久に続いてほしいなぁ。
最低でも自分がプレイできなくなるまでは続いてほしいなぁ……と思いつつ、今日も元気に課金を続けている。
私こと鈴木紋寧は、三十五歳で廃課金勢の一人。
時間がかけられない分、お金をかけるゲームスタイルだ。
ゲーム内でも紋寧を名乗っている。
まず初対面の人には読んでもらえない名前だが、印象に残るのがポイント。
このゲームの好きなところの一つは、名前に漢字が使えるところだった。
頷いてくれる日本人は少なくないと思う。
ここでなら俗に言われるDQNもしくはキラキラネームでも違和感ないしね。
『人に指摘されるほど自分のキラキラネーム、嫌いじゃないんだよねー。このゲーム内でなら素敵な名前ですね! って心から言ってもらえそうだから、リアルネームでプレイする予定なんだー』なんて書き込みも目にしたっけ。
ゲームをプレイするようになって、キラキラネームの自己紹介をされる度に、リアルネームなのかな? と反射的に思ってしまう。
そんなときは当然、素敵な名前ですねー、って言うようにしていますよ。
自分の名前を褒められるって、嬉しいでしょう?
私は嬉しいのです、ええ。
数多のオンラインゲームを渡り歩いたり、同時に楽しんだりしてきた紋寧は現在この
黄昏の幻影に集中している。
時間的金銭的な問題も関係しているが、最大の理由があった。
どんなオンラインゲームでも良い人悪い人はおり、合う人合わない人がいる。
課金は狡い! 廃課金とか最悪に狡い! という人も少なくないので、オンラインゲームは基本的にソロプレイを貫いていた。
黄昏の幻影でも、ソロプレイを楽しむつもりで世界へと足を踏み入れたのだけれど……ゲーム開始当日。
お金に物をいわせた者だけが招待された、贅を尽くした応接間でのチュートリアル。
そこで、彼女に出会った。
ええ、運命の出会い!
大手会社の力を入れた企画と豪語するだけあって、長く事前登録期間がもうけられており、事前登録者への特典も実に多彩だった。
その多彩さと豪華さに心を惹かれて、発表と同時に事前登録をしたので、早期事前登録特典も入手できている。
ちょっと自慢だ。
経験上事前登録特典はいいものが多い。
迷ったときは取りあえず事前登録しておく癖がついているのだ。
ゲームって事前登録のみなら無料という設定がほとんどだしね。
ちなみに私が設定したキャラクターは金髪碧眼のくノ一。
当然の美巨乳。
……現実では得られないもの、全てを突っ込んだキャラメイクでしたよ……。
女性だって憧れるんです、金髪碧眼!
そして美巨乳!
あ、当然ルックスも抜群ですよ。
ぼん、きゅっ、ぼん! ですよ?
忍者頭巾はかぶっていなかったので、体にぴったりと張りついてそのラインをあからさまにした忍者服姿の紋寧は、百人いたはずの招待キャラの中でも浮いていた。
ガン見してくる男性キャラはきっと、リアルでも男性に違いないと思いつつ周囲を見回せば。
自分と同様、否、自分よりも目立った女性キャラがいたのだ。
無課金で設定できる職業は十種類。
初心者パックの千円課金で倍。
気合いの入った一万円課金で五十種類。
自分だけの職業を作れる職業パック十万円也を、私は当然購入した。
オリジナル職業が作れるのに、くノ一とか勿体ない! と思われたかもしれない。
けれど本来のくノ一が得られないスキルを得るためには、必要不可欠だったのだ。
そう、私は錬金術師しか使えない錬金術と、テイマーしかテイムできない特殊モンスターが欲しかった。
つまり!
錬金術が使えて、特殊モンスターをテイムできるくノ一は、ゲーム内でも自分しかいないってわけですよ。
一万円課金でなれるくノ一は制限が多くて、あまり人気がないらしい。
だから招待枠なのに、くノ一とか何考えてんの? って目もあったのかもね。
だけど彼女は実にわかりやすく目立っていた。
冒険者のイメージから逸脱しない格好をした招待枠の中、ただ一人中世の貴族が着るようなデザインのドレスを着ていたからだ。
豪奢な漆黒のドレスに加えて肩までのベールをかぶっている。
ベール越しに僅かに見える顔は、誰が見ても納得のいく美貌だった。
事前登録中に、運営主催で行われた面白いオリジナル職業祭り。
数々の投稿と説明が上がっていた中で、異彩を放っていたのはその職業だけでなく、職業に相応しい装備もだろう。
そう、彼女の職業は悪役令嬢。
ちまたでそろそろ流行は終わってもいいんじゃない? や、実は終わったのかも? とも囁かれている、悪役令嬢だ。
ただの貴族令嬢ではない。
悪役令嬢。
それも、ざまぁする側の、悪役令嬢とのことだ。
最近多いよね。
逆ハーレムを築いたヒロインが、断罪されるはずの悪役令嬢にざまぁされるストーリー。
勿論、大好物です。
追伸。
悪役令嬢って、職業なの? って突っ込みはスルーさせてもらう。
運営が認めれば職業なんですよ。
イメージとしては高貴な身分で、性格は冷静沈着。
きつい系の美女。
スタイルは当然のぼん、きゅっ、ぼん!
黒髪で黒眼。
ざまぁする側だと、こんな印象。
される側だと権力財力は持っているけれど、太っていて不細工、更に性格は傲慢でヒステリックって感じかしらね。
見るからに醜悪な存在がざまぁされるのって、結構な需要があると思う。
可愛い子や綺麗な人がざまぁされるのも、当然あるけれどね。
ああ、やっぱりこんなに性格の悪さが外に出てると断罪されちゃうよね? っていう、予定調和。
…………しまった!
話がずれた。
そんな感じで、職業祭りで紹介されていた悪役令嬢はハイスペックだった。
なので、コンビを組むにはいいけれど、自分と同じでソロプレイを好む可能性は高い。
けれど、きらきら系のイケメン聖騎士よりは、同じくぼん、きゅっ、ぼん! の自分と組んでくれるかもしれないと淡い期待を抱きつつ、くノ一スキルを使って忍びやかに彼女へ近付いた。
「妾に何か用かぇ?」
おお、声も良い。
透き通るような声音という奴だ。
声に関してはゲームで用意された音声も使えるけれど、自分はリアル音声を使っている。
何となく彼女もリアル音声じゃないかと推測した。
っていうか、くノ一だから基本は忍ばないとね! と、簡単には看破されないスペックにしたはずなんだけど、あっさりとばれてしまった。
悪役令嬢のポテンシャルは未知数なんだね、やっぱり。
そして何より、その口調!
一人称、妾!
完璧な悪役令嬢でしょうとも!
キャラクターになりきるロールプレイは、オタクの基本ですよね?
「手前はくノ一、紋寧と申します。基本ソロプレイなのですが、ざまぁする悪役令嬢が大好物でして……よろしければ、共闘などをできたらと思ったのですが……」
言いながら私はすかさず、相棒申請を送信した。
周囲の人々もチュートリアルの説明を受けながら同じように申請し合っている。
マナー違反ではない。
「共闘、とな?」
悪役令嬢のハイスペックについてこられるのかぇ? と副音声が聞こえた気がする。
「ええ、くノ一と申しましても、錬金術とテイムのスキルも持っております。炊事洗濯掃除も一通り嗜んでおりますので、戦闘以外でもお役に立てるかと」
暗殺スキル持ちのメイドな立ち位置も面白そうだ。
悪役令嬢に仕える、金髪碧眼くノ一……どうよ?
「も、もふもふ……」
ぽろりと本音が漏れたらしい。
悪役令嬢はテイムはできないが、召喚はできる。
ただしモンスターはおどろおどろしい系で、もふもふはいなかったはず。
今後てこ入れはされるかもしれないけれどね。
悪役令嬢はオリジナル職業祭で認められた、ただ一人のための職業だから難しいかもしれない。
「巨大シマエナガの漆黒タイプ、巨大サモエドの漆黒タイプもテイムできます。空の移動、陸での移動に如何でしょうか? あ、巨大ペンギンの漆黒タイプもいますね。これで海の移動も安心です」
無理に漆黒タイプを作らなくても……と当初は思ったのだが、くノ一に漆黒のモンスターは実によく似合う。
厨二病患者も喜びそうだし、需要は高そうだ。
きっと、悪役令嬢も喜ぶだろう。
漆黒のドレスを身に纏っているのだ、恐らく漆黒のテイムモンスターには興味を持ってくれるはず……。
手に持った扇を開いたり閉じたりしているのは、迷っている証拠だ。
「そうそう、リアルでも得意ですが、ゲーム内でも料理の腕前は悪くないと思います。悪役令嬢に似合いのアフタヌーンティーセットなども作れるかと」
ファンタジー感溢れる食材で料理とか作ってみたいじゃない?
料理のスキルはしっかり取ってあります。
ゲームに入ってすぐ、普段自分が作っている料理は作れるので、その辺も安心していただきたい。
「……オペラは作れて?」
オペラとは、チョコレートスイーツの一種。
ビスキュイジョコンドと呼ばれるアーモンドパウダーが特徴的な生地に、コーヒーシロップ・コーヒーバタークリーム・ガナッシュを重ねて作る、層が綺麗なケーキだ。
またケーキの表面には、金箔を飾るのが王道。
何とも悪役令嬢に似合いのスイーツだろう。
すばらしい。
「はい。リアルでも何度か作った経験がありますので、問題ございません。他にもチョコレートのスイーツなら、タルト・オ・ショコラ、フォンダンショコラ、ザッハトルテ、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ、洋酒の効いたボンボンショコラなども得意ですね」
まだまだ作れるけれど、この辺で。
ドイツのじゃがいも料理フルコースに憧れて、何故かチョコレートフルコースに挑戦していた時期があったからね。
じゃがいも=好物。
チョコレート=好物。
自分の好きな食材でフルコースを作ってみたい! っていう思考の結果です。
余談だけど、じゃがいも料理のフルコースも作れます。
「まぁ、素敵」
思わずといった感じで、ぱん! と手が打たれる。
レースの手袋で叩いてもいい音をさせるコツはどこにあるのだろう? と我ながら珍妙な考えに浸っていると、悪役令嬢は指先でベールを摘まみ、その顔を露わにしてくれる。
誰もが見惚れる美人顔に、至福の溜め息を吐いた。
漆黒の瞳は神秘的で、真紅の唇はエロティック。
手入れの行き届いた睫が揺れて、瞬きする様子をじっくりと観察してしまう。
「妾はシャルロット・フォートレル。悪役令嬢でしてよ。相棒の申請、謹んでお受けいたしましょう……」
きつめの眼差しが緩く細められて、見事なカーテシーが披露される。
ここはカーテシーで返そうかと一瞬考えて、くノ一でカーテシーはさすがにないなーと思い直し、直角のお辞儀を返しておいた。
尚、このゲーム内においての相棒とは、一人としか結べず、基本的には簡単に解消できない関係となっている。
また相棒とのみ受けられるクエスト、相棒と一緒の行動時にのみ能力が上昇するなど多くの特典があり、今後も増える可能性があると発表されていた。
ある程度の信頼関係が作れてから申請するようにとの説明があり、チュートリアルで申請するのは推奨されていない。
しかし信頼の証であることは間違いないので、直感を信じて申請するのも冒険の一つでは? と書かれていたため、紋寧は迷わず申請を送ったのだった。