洗礼 その1
どうしてこうなった…。
今私はおばあちゃんの部屋にいる。
別に孫がおばあちゃんの部屋に来るのは普通だ。
問題は生活拠点がおばあちゃんの部屋になってしまった事だ…。
おばあちゃんというか正確には祖父母の部屋なんだけど、私がいた部屋よりはるかに豪華でここ7LDKぐらいはあるんじゃないかなって思えるような部屋だ。
ホテルのスイートルームかな…。
そして困った事に夜は、おばあちゃんの隣でバスケットにフカフカの布団をしかれた場所で寝ている。
しょっちゅうおばあちゃんは私に光魔法をかけてくるし、夜中に私が少しでも起きようものならおばあちゃんも起きてしまう。
おばあちゃん鉄壁なんだよなぁ。今夜も魔法の練習できないのかなぁどうしよう。
そんな事を考えながらおばあちゃんを見ていた。
「今夜も私と寝ましょうね。リク。」
おばあちゃんはニコニコと私を見てくる。おばあちゃんは暇な時間の話し相手が欲しかったのかな?って思うぐらい私に色々な事を話しかけてくる。
なんでも話せる赤ちゃんというのは意外におばあちゃんに取ってありがたい存在なのかもしれない。
それにしてもおじいちゃんはあんまり見ないんだよな。この部屋で。
私がそんな事を考えていると。
「ロレアル?あの人はあまりこの部屋に帰ってこないのよね。王国騎士団長をやっていた時から、普段から団長室で寝ていたり、今だと、王国魔塔かしら?そのあたりにいると思うわ。ずーーっと働いているの。」
おばあちゃんもすごいな…よく私が考えている事がわかるな。
そしておじいちゃんは細かい事はよくわからないけど働きものらしい。
「ロレアルも自身の老いを感じて焦っているのでしょうね…でも王国に取ってハルベルク家は最も大事な存在だと思うの。だってそうでしょう?ハルベルク家がいなければ今の王国はなかったと思うわ。そしてロレアルが成した事を考えれば次代のロレアルになれる存在がいない今…。仕方ないのかもしれないわね…。」
おばあちゃんは何の話をしているのだろう…ウチがハルベルクという家名である事は少し前に理解した。ただ、おばあちゃんはハルベルク家の話をすると大体遠い目になっていくのだ…。
ハルベルク家は将来危ないのかな?私も羽振りがいい所に政略結婚よ!とか言われちゃうのかな…。
齢12歳になった私がロリコン金持ち貴族のお嫁さんになる将来を想像して泣きそうになった…。
ぜっったいになんとかしなきゃ!
「リクは、洗礼でどんな才能を見せてくれるかしらね?右目が黒い以外は、リリーに似ているから聖魔法とか適正があったらいいわね?人族では聖魔法は適正者が少ないもの。リクが聖魔法でロレアルのような英雄になれれば今は停戦地帯で睨み合いが続いている魔族領も統合できるでしょうね。…でも…もしかしたらそれもロレアルが実現しちゃうかもしれないけど…。まぁこんな時間ね。今日のいっぱいリクに話しちゃったわ。さぁそろそろ寝るわよ?リク。おやすみなさい。」
センレイ。
最近よく聞く言葉だ。私はどうやらセンレイというものをそのうち受けるらしい。
うーん。なんなんだろう。私はそんな事を考えながら、最近の日課である瞑想で魔力を感じ取る訓練を寝落ちするまで実施していた。
その日の深夜。
部屋に誰かが入ってくる気配で私は目が覚めた。
ッヒ!
目を開けるとそこには、目の前に暗闇の中で老人の顔が浮かび上がっていた。
「ぎゃああああああああああああああ」
私が叫ぶと部屋に明かりが灯った。
「ロレアル。あなたリクが怖がってしまったじゃない。」
リリーは私を抱き上げてながらそういった。
そこにいたのは私のおじいちゃんのロレアルさんだった。
怖っっ!まっ暗闇で老人が顔に光をあててこっちを見ているとか悪質な悪戯でしょ!
「そうか。リクか…。」
口ひげをなでながらロレアルは私を興味深そうに見ていた。
おじいちゃんちょっと怖いんだよね…。
なんだか品定めをするかのように見てくるし…。
「そうよ。可愛いリクよ?こんな夜中にわざわざ顔を見なくてもいいじゃない?」
リリーは咎めるように言った。
「部屋に入ってきた時、その子は私に気付いた。それが偶然か気になってな。そして観察していたらその子の周りの魔力はコントロールされているような流れだった。その子が無意識にやっているなら…相当な才能かもしれん。そうだな…洗礼には私も顔を出そう。」
ロレアルは興味深そうにリクを見ていた。
おじいちゃん。。そんな孫の事を実験対象の観察みたいな眼で見ないでよ。
こわいわ。この人に尋問されたら嘘つける気がしないわね…。
取り敢えず、私は目を閉じて寝た振りをする事に決めた。
「あらあら。あなたが洗礼を見に来るなんて、とっっても珍しいです事。でもね。そろそろリクをまた寝させてあげてもいいかしら?リクはもう寝るそうよ?」
リリーはリクが目を閉じているのを見ると、ロレアルにはっきりと言った。
そしてリリーがパンっと手を叩くと部屋の明かりが消えた。
部屋の明かりは消えているが、月明りだけが差し込む中、ロレアルは明かりが無くなった事など気にしてないかのように口ひげを触りながらリクをしばらく見つめた後、部屋を出て行った。
……
その日は豪奢な馬車でハルベルク家を出発した。
「今日はいよいよ洗礼ね。」
リリーはニコニコしながらリクとラーランドに話しかけた。
この馬車に乗っているのはお父さん、お母さん、私という珍しい組み合わせだ。
お父さんであるラーランドは忙しいのか私にあまり会いにこない。
正直な所、少し細身でメガネにオールバックをポニーテールにしている美男の面影を残すこのおじさんはストライクだ。
是非もっとこの可愛い娘に会いに来てほしいくらいだ。
歳は40くらいだろうか?前世のOL時代に見た管理職と同じような疲れた表情はしている。
どの世界も中間管理職の世代は大変なのかしらね…。
「この子も才能に恵まれるといいが…」
ラーランドは難しい顔をしながら呟いた。
「大丈夫よ。あなたと私、それにハルベルク家の血筋なのよ?魔法適正が低いはありえないわ。」
リリーはまったく心配してない口調で言った。
「勿論適正が低い。という事はないのだけどね…。父さんが失望しないぐらいには適正があるといいかな…今日は珍しく父さんが見に来るからね。ちょっと緊張しているかも…」
ラーランドは弱々しい笑顔で言った。
洗礼とは、この世界に溢れている魔力に対する適性を測定するものである。
魔力には、基本属性と呼ばれる、火、水、風、地、光と特殊属性と呼ばれる聖、神聖などがある。
魔法とは、世界に溢れている魔力、または自然から得られる魔力の力を顕現させる事によって発動する。呼吸するかのように誰しもが体内の魔力と自然の魔力が絶えず繋がりを持っている。
各属性が体内を通る経路の太さと魔力を留めて置ける器の力が魔力量と、その行使する魔法の純粋な力に直結する。
そして、貴族は生後3ヵ月で洗礼というものを受ける。
この洗礼によって火、水、風、地、光の基本属性に対して魔法の適正が分かるが、魔力の適正が高くでる方が珍しく、高くでた場合は、幼い頃から英才教育を施したりする。
一般的な貴族であれば生活魔法に困らない程度の適正が普通である。
ただし、ハルベルク家は長い歴史の中で魔力適正が高いもの、珍しい魔法属性を持つものだけの血筋を集めている為、魔力適正が戦場に出れない程、低くでる事は、まずあり得なかった。
一方、王国平民は皆12歳になると洗礼を受ける。平民も洗礼によって魔法適性がわかる為、平民は才能によっては立身出世を志す。
本来、洗礼は0歳から受ける事が出来るが、才能ある平民が幼い頃から力を身につける機会を得て、反乱に繋がる可能性を防ぐために王法として12歳としているのであった。
私のイケメンパパが不安気な表情してるじゃない。洗礼で私どんなことされるんだろ?
私まで不安になってくる…でもそれより私は眠くなってきたので寝ようと思います…。
赤ちゃんはたっぷりの睡眠が必要なのだ。
すぐにお腹も空くし眠くなる。不便な体だ。
リクは目を閉じるとあっという間に寝てしまった。
ラーランドとリリーは、リクが寝付くのを優しく見守っていた。
「あなたも寝てもいいのよ?いつも執務室で遅くまで働いているでしょ?」
リリーは自身の膝をポンポンと叩きながら言った。
「はは。もう膝枕をしてもらう歳でもないよ。君に膝枕をしてもらったのは学生の頃かな?」
ラーランドは懐かしそうに目を細めた。
「いくつになっても膝枕はいいものよ?シューマもよく膝枕をしてもらいたがるし、アッシュもちょっと羨ましそうに見ているわ。してあげようとするとアッシュは逃げちゃうけど」
「彼等はまだ子供じゃないか。僕はハルベルク家の当主としてはそんな姿見せられないよ。それに…父さんは今でも働き続けている。王国の大陸統一を見据えてね…。とてもじゃないけど休めないよ。」
「ふーん。さすがにハルベルク家当主の"僕"も働きすぎは疲れちゃうと思うけど?」
リリーはラーランドをからかうように言った。
「…やっぱり寝ようかな」
そう言ってラーランドは馬車内の壁に寄り掛かるように目を閉じた。
ラーランドは、学生時代から付き合いがあるリリーには、たまに学生時代のまま一人称を"僕"と言ってしまう事があった。
ラーランドの頬は心なしか赤くなっていた。
「あら!膝枕が空いているっていうのに!」
リリーはわざとらしく頬を膨らませて言った。
ラーランドとリクの規則正しい寝息だけが規則正しく聞こえてきた頃、
リリーは窓から外を眺めていた。
「ロレアル様がやっている事は本当に正しいのかしら…大陸統一は本当に必要なのかしら…」
リリーは誰にも聞こえてこない声で呟いた。