魔法との出会い その3 ~リリーのリベンジ~
朝日が気持ちいい。
最高の朝だ。
なんたって私は昨晩、魔法を使って体が起き上がったのだ。
実際はただの魔力操作の結果なのだが、リクは細かい事は気にしていなかった。
この赤ちゃんの体は深夜にも何回も目が覚めてミルクの時間がある…その時に魔法の練習をするのだ。
そして昼間は…出来るだけ外の世界を見せてもらおう。
読書は今の体じゃ難しいのでひとまず置いておこう。
うん。これでいこう。
私はヤル気に満ち溢れていた。
ん?
「…」
私は今、乳母にミルクを飲ませてもらっているんだけど…。
なんだか今日は乳母の視線が強ばっているような…?
「リク~。おはよう。今日はお庭にお散歩に行くわよ~。」
そんな事を考えているとお母さんが部屋に入ってきた。
「リク。お兄ちゃんも来たよ!おはよう!」
珍しく金髪ショタも来た。癒される~。
今の私が赤ちゃんとはいえ、33歳のOLが金髪ショタに抱っこされるなんて、何かに目覚めそう…!?
ブフッ!フー落ち着け!私。
「なんだかリク楽しそうだね!お散歩楽しみなのかな?」
シューマはリリーに笑顔で聞いた。
「うーん?…シューマを見て興奮しているように見えるけど…?」
リリーは首を傾げながら答えた。
ギクッ。
さすがお母さんね…。
「早くお庭行くわよ!」
リリーは早く庭に行きたいようだ。
「行こうか!」
今日はシューマ君が私を抱っこするようだ。
ショタが赤ちゃんを抱っこなんて大丈夫?お姉さん心配よ?
抱っこされているのは私なんだけど、どうしてもお姉さんの気持ちになっちゃう。
私これから成長してから、どんな風にアッシュ君やシューマ君に接したらいいか迷いそうだわ…。
シューマに抱っこされたまま、リリーとお付きのメイドと共に庭にきた。
わぁ…!
さすがお金持ちの庭って感じ。
圧倒的な広さで深い森のような場所から、庭の中心には様々な花が綺麗に回廊を囲むような形で咲いている。回廊の中心にはテーブルがあり、お茶を飲む事ができるようだ。
ただ、私も将来あんな所でお茶会しなくちゃいけないのよね…それだけ憂鬱だわ…。
森みたいな所も見えるし、我が家はどんな立地なのからしら…。地図も見てみたいなぁ。
あれ?
「リク。お花が綺麗ね~。」
リリーはニコニコしながら私に話しかてくれるけど、足を止める事なくどこかに向かっている。
シューマ君もそうだね~なんて私に話かけながらリリーと歩いている。
どこに行くのかしら?
しばらく歩いていると徐々に路が細くなり生垣の近くまできた。
生垣に丁度、人が一人通れるぐらいのトンネルがあった。
そこを潜り抜けると何かの建物の裏に出てきた。
「着いたわよ」
リリーが嬉そうに言った。
何ここ?私が不思議そうな顔をしているとシューマが説明してくれた。
「ここは警備兵の訓練所だよ。」
ケイビヘイノクンレンジョ?
私はまだこの世界の言葉でわからない言葉がたくさんある。家族の話す言葉はなんとなく雰囲気でわかるんだけど…。
なんだろう。ケイビヘイノクンレンジョって?
建物の正面に移動するにつれて、威勢の良い声が聞こえてきた。
おや?
建物の正面には数十人はいるであろう兵士が訓練をしていた。
よく見ると、剣を持っている兵士、槍を持っている兵士、そして杖を持っている兵士がいた。
杖!まさに魔法がある世界の道具だわ!本当に杖なんてあるんだ。
木の杖のようなものに宝石のような石がついているわね。これは誰がどう見ても杖だわ。
ただ、火や水が派手にでる攻撃魔法のような魔法というより剣や槍を持つ兵士に何か補助的な魔法をかけている感じね。
カッコいい魔法は見れないかな~。
リクの補助的な魔法という感想は的を得ていた。
この世界では基本的に戦争のような規模となると兵士に補助魔法をかけて戦う事が一般的である。
攻撃的な魔法は局所的な効果はあるが、補助魔法をかけられた兵士の軍隊が断続的に攻めてきた場合はあっという間に擂り潰されてしまう。前線では魔法で戦うより、補助魔法で強化された兵士の方が圧倒的に速く固い事の方が多いのだ。
また、王国騎士のようなエリートは皆、魔法剣士である。剣技だけでなく魔法による自身への補助魔法や攻撃魔法も組み合わせて戦う。
集団としての錬度も求められる為、所属するだけでもかなりの実力が求められる。
王国騎士団は国内の花形職であり、嫡男でない貴族や成り上がりを目指す平民が目指す事が多い。
初代王国騎士団長は、ハルベルク家の祖先であり、先代の王国騎士団長もロレアルであった。
ハルベルク家の男子は王国騎士となる事が一人前の最低限の条件であった。
ハルベルク家の警備兵は有事の際は、王国正規軍として百人隊長として登用される者も少なくない為、ロレアルの方針の下、実践的な訓練を行っていた。
そしてハルベルク家の長子として、鍛錬を怠っていないアッシュは暇があれば警備兵の訓練にも参加していた。
「…お母様」
リリーが近くに通った兵士に話かけるより早くアッシュが背後から声をかけた。
「…あら?…アッシュ。ごきげんよう。あなたこの時間にここにいるのは、珍しいわね…。」
リリーとシューマはばつが悪そうな顔をしていた。
「シューマ。珍しく訓練所に顔を見せたんだ。今日はお前も訓練するぞ。」
「お母様、産後まだあまり時間が経っておりません。訓練に参加してはいけませんよ。これは本日のお祖母様の言付けです。」
アッシュは淡々と告げた。
リリーとシューマは絶望の表情を浮かべていた。
「私がお庭に行くのに注意の一つもないと思ったら…ベネッタ知っていたわね…」
後ろに引いて立つメイドに向かってリリーは問いかけた。
「…」
色白の赤い髪を結い上げたベネッタと呼ばれたメイドは無言で答えた。
ベネッタとリリーは学生の頃からの付き合いである。無口だがどこか可愛らしさがある後輩であり、自分と同じように男爵家の生まれで将来は結婚か自立する必要があった。リリーの口利きでベネッタをハルベルク家の使用人として雇用した。
私はお母さんとシューマ君の表情からテンションがガタ落ちしている事は感じ取れたが、アッシュ君が何を言っているかは細かい事はわからなかった。
私が見た所、アッシュ君は思春期なのかツンとしているけどお母さん大好きっ子である。私に会いに来る名目でよくお母さん目当てだろうなと思う事がよくある。
そしてシューマ君はお母さんの事も好きだが、お兄ちゃんであるアッシュ君が一番大好きに見える。
お兄ちゃんかお母さんに会える可能性があるから私の部屋に来ている事も多い気がする。
そんな二人がアッシュ君に何か言われて絶望の表情を浮かべている。
何を言われたんだろう。
「お母様。今日は俺とシューマの訓練をリクと一緒に見ていてください。」
アッシュは少し嬉そうにそう言った。
「わかったわよ。成長した姿を見せて頂戴。」
……
その後は、集団訓練、個人訓練と絶え間なく続き、警備兵の訓練に中でもはっきりとアッシュ君の実力が上位に位置している事がわかった。彼は華があるわね…。
アッシュ君は集団の中で人目を引いた。ハルベルク家の長男として生まれ持ったカリスマのようなものを感じた。周りからも一人前の扱いをされているしシューマ君すごいね。我が家は安心ね。
シューマ君は年齢的にも新人みたいな集団の中で素振りや補助魔法の付与部隊の中で訓練に参加していたが素振り段階でグロッキーそうだった。シューマ君は運動得意って感じにも見えないし見た目通りかな?
リクは完全に甥っ子を見る伯母の気持ちで訓練を見ていた。
自身が男子として転生しており、遠くない未来、自身も訓練に参加する日がやってくるとは露知らず。
お散歩はいつのまにかリクが寝てしまい終了となった。
……
あら…?リクはいつの間にか眠ってしまったわ。
リリーは腕の中で寝息を立てだしだリクを起こさないようにメイドのベネッタに預けた。
ベネッタはリクを預かるとリクの部屋に戻っていった。
それにしても、アッシュも成長したわね。
アッシュの自身へ付与した補助魔法は十分実戦に耐えうる水準に見えるし、剣の腕は勿論の事、剣技と合わせての魔力の流れもスムーズ。なんていっても騎士としての華やかさも備えているわ。王国騎士の団長も狙えるでしょうね。
アッシュは来年15歳には王立学院を卒業して王国騎士団に入るのね。。子供の成長は早いわ…。
ただ、アッシュは優秀なのに必須すぎてどこか心配ね…。
それと比べて…シューマは安心ね…。
リリーは情けない顔をしながら付与魔法の訓練をしているシューマを見た。
あの顔はまだ余裕があるわね。。
シューマはアッシュと比べたら剣や魔法の才能はないが、10歳という年齢を考えると相当に優秀である。学生の頃から主席であるにもかかわらず、周りの人間からロレアルと比べられ必死に努力をしていたラーランドを見ていたリリーとしては、シューマぐらい強かな方が安心して見れた。
シューマはアッシュや英雄ロレアルが得意とした前衛として活躍できる火の魔力の適正は低いが、補助的役割が多い土や水といった魔力の適正は高いものであった。
その後、2時間程で訓練は終了した。
アッシュはやり遂げた顔でリリーの下へ向かった。ちなみにシューマは途中でリタイアし、既に部屋に戻っていった。
「お母様如何でしたか?」
「素晴らしかったわよ?成長したわね…。アッシュは王国騎士団長になるんだろうなって思ってしまったもの。」
「当たり前です。俺はハルベルク家の長男として、英雄ロレアルの後を継ぐ者として最低限、王国騎士団長にはなります。」
アッシュは不満そうに答えたが、本心は嬉しそうだった。
「最低限とは、大きく出たわね…。お母さんが世界の広さを教えてあげるわ。」
リリーは訓練所の杖を取ろうとした。
「…お母様、訓練をしてはいけません。…」
「…けち」
「もう警備兵達も着替えや片付けもありますから…ハルベルク家の当主夫人がいるべき場所ではありませんよ。お帰り下さい。」
アッシュに背中を押されながらリリーは恨めしそうに訓練所から追いやられたのだった。