魔法との出会い その1
産後から一月以上たった。
そろそろリクに部屋の外も見せよう。リリーはそう考えていた。
リリーからすると、医者も義母であるマリーにも産後で安静にするよう監視されしばらく自由に動き回れない日々が続き、リクと自由にお散歩したいとここ一か月はその事ばかり考えていた。
「私ももう全快しているしお庭でも散歩しようかしら。
それにリクは、なんだか外が気になっている気がするのよね。」
そんな事を呟きながらリクの部屋へリリーは向かった。
「リク~おはよう!」
リクは泣く事もなくじっとリリーの顔を見てきた。
いつものように訴えるような目をしている。
それにしてもリクは不思議よね。赤ちゃんなのにほとんど泣かないんですもの。
乳母のライナも驚いていたわね。ここまで手がかからない事は珍しいって。
まぁ私とラーランドの子供ですものきっと賢い子でしょう。
「リクは今日もいい子ですね~今日はお部屋の外にいってみましょうか~」
「あう!」
あら!なんだかリクも気合が入っている気がする。
リリーはリクの様子を見てリクとのお散歩がますます楽しみになってきた。
今日は、お屋敷内とお庭の紹介でもしようかしら。
リリーは頭の中で散歩コースを考えながら、そのままリクを抱っこで部屋の外へ向かった。
メイドも無言でその後を追った。
「リク。お屋敷は広いから毎日少しずつ教えてあげるわね。そうね。大広間から回りましょう。後は居間、書斎、お庭に向かおうかしら。誰に会えるか楽しみね~リク。」
ハルベルク家は王国に3家しかいない公爵家の一つである。大広間に向かえば誰かしらの来客はいた。
リリーが大広間へ向かうと案の定見知った顔がいた。
「リリー様。お久しぶりでございます。この度はご出産おめでとうございます。リリー様やラーランド様に似て聡明そうな赤子ですな。」
大広間でリリーにそう話しかけてきたのは王国騎士団の魔法団団長ルドルフだった。
45歳、肉体の衰えは感じさせどその精神的な強さと類なまれなる魔力量で現役の魔法専門騎士であった。また、彼はロレアルの戦友であり、ロレアルが最盛期の頃を目にしてきた世代の一人だ。
「ありがとう。ルドルフ様。最近はよくウチにいらっしゃるわね。お義父様にご用かしら?」
「ええ。ロレアル様と魔法の研究でね。それにしてもオッドアイトというだけで珍しいですが、黒目は初めて見ましたな。」
ルドルフは興味深そうにリクを見た。
「ルドルフ様。リクよ。」
「お初お目にかかります。リク様。」
ルドルフは騎士の正式な所作で挨拶をした。
「リク。こちらは王国騎士団の魔法団団長のルドルフ様よ。風魔法と土魔法にかけては王国随一よ。」
「あう」
リクは返事をしたかのように声を上げた。
「これは、これは…将来が楽しみですな。」
「ふふ。そうでしょ。洗礼もきっとすごいものになるわ。」
リリーはその後も大広間にいた御用達の商会の人間や、まだリクを見せてない屋敷の使用人にもリクを紹介してまわった。
居間にはマリーがいた。
ハルベルク・マリーはロレアルの夫人である。
「あら。ごきげんよう。」
マリーは、リクとリリーの顔を見ると顔を綻ばせた。
「ロレアルは女児ではなくてがっかりしていたけど、やっぱり孫は可愛いものよねぇ。」
マリーはリリーとリクに浄化の魔法を唱えた。
「お義母様ありがとう。リクも喜んでいるわ。」
浄化の魔法は、出産を終えた母子にとって大事な魔法である。
貴族であれば専属医師や光魔法を使えるものが、平民であれば教会などでかけてもらう。
母子が流行り病の防止や悪いモノに憑かれないよう定期的にかける事で母子の生存率をあげる事をできる。
マリーは光魔法を得意とし、妊娠初期からよくリリーに光魔法をかけていた。
「あら!目がまんまるね!リクも光魔法の適正があれば使えるのよ?」
驚いたような表情を見せるリクにマリーは微笑みながら話しかけた。
普段マリーはリクが寝ている時に浄化の魔法をかけていたので、リクが浄化の魔法を間近で見るのは初めてだった。
「ふふ。マリーお義母様のおかげでリクも私も健康なのよ?」
「お義母様そろそろ次の場所へリクを案内するわ。」
「あらもっとゆっくりしていけばいいのに。」
マリーは名残惜しそうに言った。
「私も少しくらい体を動かしたいの。お義母様とお医者様にたっぷりと休養を頂きましたから」
活動的なリリーにとって今日は待ちに待ったお散歩なのだ。お茶をするほど居座る気持ちはない。
むしろ庭に出た後は、ハルベルク公爵家の兵士演習場を覗きに行き、少し演習でも混じりたいと考えていた。
「相変わらずねぇ。まぁその点が頭でっかちなラーランドとバランスが取れていてあなた達夫婦のいい所なのでしょうけど…剣を取ってはダメよ?」
マリーはリリーの魂胆は見透かしていた。
リリーのお散歩が兵士の訓練時間と被っている事は意図的だろうとマリーは見ていた。
「…はい」
リリーは明らかに気を落としていた。
「あなたも三児の母なんですからもう少しのんびりすればいいのに…じゃあまたね。リクもまた逢いに行くわ。」
マリーは笑いながら二人を見送った。
彼女が男爵家の生まれながら学院で優秀な成績を収めつつ将来は冒険者になろうと考えていた事はよく知っており、爵位が上の生まれの生徒にも歯に衣着せぬものいいで接し、実力で黙らせていたヤンチャな少女をロレアルがハルベルク家へ迎いいれた日の事もよく覚えている。
当時から実力があってヤンチャな所が若かりし頃のロレアルと被り、マリーはリリーのそういった部分を好ましく思っていた。
「リク。ここは書斎よ。王国図書館程とはさすがに比べられないけど、結構な蔵書があるわ。もう少ししたらあなたもここによく来るかもしれないわね。シューマなんかは良くここにいる事が多いのよ。」
リリーがそう説明して書斎を足早に去ろうとした時、リクが珍しく暴れた。
「あう~あーーっ」
「え?もっとみたいの?」
「あう」
まるでそうだと言わんばかりにリクは声をあげた。
「うーん。絵本は…ほぼないのよねぇ。図鑑ならあるけど…」
リリーは試しに魔物図鑑を見せてみた。絵が載っていそうな本はこれぐらいしか無かった。
「あー!」
リクは物凄い食いつきようで図鑑の絵を見ていた。
「まぁ!もう魔物図鑑に興味があるの?じゃぁ…これをリクの部屋に運ばせようかしら。」
リリーは付き添いのメイドに図鑑を渡した。
「じゃあそろそろお庭行こうかしら?」
「あーー!」
またもやリクは暴れた。
「え!?まだ他にもみたいの?」
「あう」
またもやそうだと言わんばかりにリクは声をあげた。
「……」
リクの今までにないギラギラした目つきを見ると、今日は演習場に行けなそうね。
リリーはそう思ったのだった。