ハルベルク家の怪談 その2
私は戻ってきた。
洗礼が終わったその日の夜、私は、元々の乳母とメイドにお世話されていた部屋に戻ってきた。
どういう理屈かわからないが、おばあちゃんの監視から解放されたのだ。
これで夜中にたっぷり魔法の特訓ができる。
ここしばらく、瞑想しかできなかったもんなぁ。
しかも今日は洗礼で謎の液体に浸されてから、すっごい調子がいい気がするのだ。
勿論赤ちゃんになってからOL時代の肩こりとか眼痛とは無縁だが…。そういう事ではない!力が漲っている気がする。
私の乳母とメイドはおばあちゃんの部屋の緊張状態から解放されたからか、今日は椅子に座りながら私の様子を見ている。今はミルクの時間も終わり私が寝たと思って油断しきっている。
特訓よ!
リクが自身の調子がいいと感じるのは自然な事だった。神官達から純度の高い魔力を洗礼で受け取ったのだ。
洗礼で測定された魔素耐性とは体が魔力をどれだけ受け付けられるか。という事を示す。0であれば悪い影響もほぼ受けないし、逆に良い影響もない。マイナス値になると魔力が体内に溜まると魔力酔いなどの悪い症状を受けやすくなる。数値は-100~+100で測定され、+になればなるほど魔力が自身のエネルギーにもなりやすく、魔力を良く消費、かつ溜める事ができる。
洗礼では神官達が魔力を特殊な技術で放出し、それに対する適応力を見るものである。
その為、魔素耐性が高いリクは神官達から放出された魔力を自身のエネルギーとして溜まった状態だった。
ふんふん~。
久々に魔力障壁やっちゃおうかしら?
そうだ!
ここで私は思い付いた。魔力障壁の形を変えて人間の形にするの。
その魔力障壁人間で私を抱っこできたら、私も自由に移動できるんじゃない?
ふふ。私は天才だ。しかもずっと美術は5だったのよ!
さっそく魔力障壁の形を変えるイメージだ。まずは手からにしようかな。
手のひらの魔力障壁から透明な手の形が出てくる感じで…にょきにょきと…。
できた!ちょっと指とか長すぎると思うけど、始めてだしこんなものよね。
取り敢えずこの魔力障壁ハンド使ってみたいなーと思いながら私は試しにベッドの柵を触ってみた。
おお…!?なんか魔力障壁越しに押し返す感じあるね。
うーん。なにか使えないか…。
私はうつ伏せになってみた。その状態で魔力障壁を両手に発動。
腕立ての体勢になって両手から魔力障壁ハンドを作った。
魔力障壁ハンドが伸びるにつれて、私の体をどんどんと高く持ち上げた。
おお!宙に浮いているかのようだ。いつもより視界が高い~。
私が喜んでいると…。
「…」
目を見開いた乳母とメイドとばっちり目があった。
「きゃぁぁぁぁ」
うわっ!メイドが急に悲鳴を上げるものだから私はびっくりして魔力障壁を解いてしまった。
「うぎゃっ」
潰れたカエルのような声を出して私は落下した。
「リク様っ!」
乳母が急いで私の様子を見に来た。
大丈夫ですよ~って感じの笑顔で返したら乳母は見るからにっほとした様子だった。
ちょっと疲れたかな。それにもう今日は目立っちゃったし。
今日はもう特訓をお休みしよう~。
それに、魔力障壁ハンドは作れたけどそこから人間の形にするのって結構難しそう。
まだ工夫が必要そうだなぁ。そんな事を考えながら私は寝る為に目を閉じた。
それにしても、寝たいときに寝る!この何にも縛られない感じ…赤ちゃん特権は素晴らしい!
今だ動揺が収まっていない乳母とメイドには悪いけど私は寝る事にした。
………
その日、とあるメイドはなんでまた私なのよ…。そう思っていた。
前回リクがベッドを壊した時と同じメイドである。
マリー様から魔力適正が高いからそういう事もあると聞いたが、怖いものは怖かった。
見た目は赤ちゃんである。そんな存在から魔法が行使されているとは俄かに信じられなかった。
それにリク様は、やはり…というか夜中になるとあーとかうーとか独り言のように呟き、たまに笑う。
成長もあってか以前よりはっきりと意志を感じる…。
悪くいえば不気味感が増していた。
やっぱり悪魔でも憑いているんじゃないの…?
メイドは、そんな事を考えていた。
どれくらい時間が過ぎただろうか、夜間のミルクやおむつ替えも終わり乳母もメイドも椅子の上でウトウトとし始めた時、異常な気配で目が醒めた。
危ない…危ない寝落ちしそうだったわ。
メイドはそんな事を考えながら、リクがやたら興奮しているような声を上げているのが気になり、リクの方を見てみると…リクが浮いていた。
あれ…私寝ぼけてる??
乳母の方を見てみた。
乳母は目をかっぴらいたまま、時が止まっていた。
メイドはもう一度リクを確認した。
ニヤニヤしたリク様が宙に浮かんでいる…。それが現実と認識し、メイドは反射的に叫んでしまった。
「きゃぁぁぁぁ」
「あっ」
びっくりした顔をしたリク様がベッドに落下してしまった。
乳母は慌ててリクの様子を見に行った。
「大丈夫みたい…」
乳母は安心したかのように言った。
「…そうみたいね。」
メイドにはこちらが何を考えているかわかっているかのような笑顔でこちらを見てくるリクをやはり少し不気味と思っていた。
後日、メイドと乳母は執事長にリクが浮いていた話をしたが、そんな事あり得ないと一蹴されてしまった。それもそのはずである。数十年前とはいえ、王国立魔術学院を卒業している執事長でさえ宙に浮く魔法というのは見たことも聞いた事もないものだった。いくらリク様の魔法適性が優秀なものとは言えそれはありえない。執事長はそう考えたのだった。
一方、自身の話も一蹴され、このメイドはだんだんとリクが苦手になっていくのだった。
実は、リクはこのメイドが割と事務的に淡々と自身の世話をする事に居心地の良さを感じており、今後も自身の世話役として指名していく事になっていくのだが、それはまだこのメイドが知らない将来の話であった。




