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一人の景色  作者: Yuna
1/2

装着01

 ひどく顔が痛かった。風が当たるたびに皮膚が乾いていくのが分かる。

 顔に水をかけてやりたいが、手も足もまったく動かない。ただそこに立っているのがやっとの状況だ。

「・・・はぁ。」

 空中に向かってため息をかける。白くなった息が遠くに溶けて消えていった。

 疲労はピークに達していた。その割に、思考はクリアに近い。目を閉じ、冷静に体の状態を確認してみた。右肋骨骨折、左手首の腱切断、膝関節にも痛みがある。血も流し過ぎたみたいだ。修復には少々時間を要するだろう。

 それにしても今日は冷える。帰ったらコーヒーを飲みたい。久々に豆を挽くのも悪くはないだろう。ゴミが出るのは面倒だけど、香りはインスタントより楽しめる。

 夏美なつみにも会いたい。話すことがたくさんあるんだ。

 やっと終わったんだ、全部。僕、頑張ったんだ。

 目の前に大の字に倒れている死体を僕はただただ意味もなく眺めた。

 死ねば終わり、ただそれだけ。憎んでいたはずの目の前のものに、もはや僕が何かを感じることはなかった。

 達成感もない。

 満足感もない。

 喜びもなければ悲しみもわいてこない。

 自分が人として超えてはならない一線を越えてしまったことを実感した。

 首に付いた緑色の印が血管のように全身を覆っていた。徐々にそれは縮小していき、やがて元の四角いマークに戻っていく。どうやら体の修復は済んだようだ。致命傷ならこうはいかなかっただろう。

 でも、おかしい。動けない。

 あれ?膝が震えてる。それに胸も苦しい。

 先ほどから聞こえるこの耳障りな笑い声はなんだ?うるさくてかなわない。誰でもいいからこの声を止めてほしい。

 そう思い、視線だけ周りに向けたが誰もいない。どこから聞こえて来るのか不思議だった。再び視線を正面に向けると、割れたガラスがあった。

 

 そこには頬に涙を伝らせ、口を開けて笑っている人物がいた。


 ・・・僕?


 「あはははははははははhahahahahahahaha!!」


 何かがおかしい。


 「あはっ!あはっ!おっっっえ!」


 思考と体がリンクしていない。

 何を笑っている?


 「はぁはぁ」


 プツンッ


 そこで僕の意識は途切れた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 目が覚めると朝になっていた。眠った気が全然しない。最近いやな夢をよく見るせいだろう。それなのにどんな内容だったか思い出せない。

 時計見るとまだ6時だったがもう一度眠る気にはなれなかった。

 とりあえず起きて、それからコーヒーでも飲もう。

 僕はベットから抜け出し、一つ伸びをした。外の空気を入れようと窓を開けると冷たい風が吹き込んできた。

 11月頭は紅葉がきれいではあるが寒いのは苦手だ。でも夏のじめじめした空気よりはずっといい。今の時期に漂ってくる秋の香りは夢の興奮を落ち着かせてくれる。

 窓はそのままにして、僕は自室を出た。キッチンに置いてあった缶を開けコーヒー豆を一人分匙ですくい、ミルに入れ込む。ハンドルを回すとゴリゴリと音が鳴るが、消音機能がついているため祖母を起こすことは多分ないだろう。

 

 ドリッパーにフィルターを取り付け、粉を入れ、ポットの水が沸くのを待ちながらカウンターに肘をつきじっとしていた。リビングのカーテン越しに外が見える。庭にはオオモミジの樹が黄色やオレンジ色の葉をつけて並んでいた。昔祖母に何故全部同じものを植えているのか聞いたことがあった。返ってきた答えが、

「葉の色がきれいだったから」

と特に意味があったわけではないようだった。

まあ僕も好きな樹だったからそれ以上聞きはしなかった。

そういえばオオモミジのスケッチを最近していない気がする。コーヒー飲む間描くことにしよう。


スケッチブックを取りに部屋に戻ると、オオモミジの葉っぱが一枚落ちていた。僕は窓を閉め、葉っぱを拾い、机に置いていたスケッチブックをとってリビングに戻ると、ちょうどお湯が沸いていた。


蒸らしに30秒、その後ゆっくりとお湯を注ぎ、コーヒーを作っていく。機械でやれば簡単にできるが、この手間を僕は結構楽しんでいる。中学生でこの趣味を理解してくれる同級生がいないのはちょっと寂しい。まあ仕方がないことではあるが・・・。


椅子に座って、テーブルにコーヒーカップを置き、鉛筆片手に葉っぱを描いていった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「おはよう」

後ろから声を掛けられ少しビクッとした。

「おはよう、ばあちゃん」

僕は振り返って挨拶をした。絵を描くのに集中していたとはいえ、祖母は相変わらず物音ひとつ立てない。

「今日は日曜日だし、朝から絵を描くのはかまわないけど、そろそろ準備はした方がいいんじゃないかい?」

そう言われて僕は壁にかかっている時計を見た。針は8時を指していた。確かに出かける準備をしていた方がいい。夏美(なつみ)が来る前に着替えないといけない。

 僕は描きかけのスケッチブックをその場に置き、洗面所で顔を洗った。

 今日は褐色のセーターに黒のスキニーを着た。秋らしく、ちょっと大人っぽさを感じさせるこのコーデは最近の僕のお気に入りだ。


「おはよーございまーす!」

ちょうど着替え終わった頃、玄関で声が聞こえてきた。

「おはよう、今日も元気だね」

僕は夏美に挨拶した。

冬馬とうまがテンション低いだけでしょ。準備できてる?」

体を傾けて上目遣いにこっちを見る仕草にちょっとかわいいと思った。

「今できたところ。でも朝ご飯がまだだからちょっと待っててくれる?」

「いいけど、じゃあ冬馬のカフェオレが飲みたい!」

「いいよ。とりあえずあがって。」

僕と夏美は一緒にリビングへ向かった。


リビングでは祖母がタブレットを見ていた。

「おや、夏美ちゃんおはよう」

ぱっと見無表情だが柔らかい目を向けて祖母が挨拶をした。

「おはようございます、香織(かおり)おばあちゃん」

夏美も笑顔で挨拶した。

「ちょうどニュースで今日のことが話題になっていたよ。緊張しているかい?」

「ちょっとだけ。でも楽しみの方が大きいですね。出来ることが色々ありますから。」

二人がそんなやり取りをしている間に僕はサッと朝食をこしらえた。

カフェオレもちゃんと作っておく。さっきと違い今回は機械だけどね。

「できたよ」

僕は二人が座るテーブルにトーストとサラダ、目玉焼きを置いた。夏美にはカフェオレを手渡す。

「ありがとー」

夏美は嬉しそうに受け取るとチビチビと飲み始めた。僕らも揃って朝食を頂く。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「冬馬はどう?緊張してる?」

一通り食事を終えたところで夏美が尋ねてきた。

「あんまりかな。日常がそんなに変わるってわけでもないでしょ?」

「そうかもしれないけど、やっぱり首にデバイスを埋め込むってちょっと怖いなーって思ったから。」

「目の前で付けてる人がピンピンしてるのに怖いとは思わないね」

そう言って僕は祖母の首をチラリと見た。祖母の首には3センチくらいの桃色の四角いマークがタトゥーのように付いていた。

 15歳になると国から使用を義務付けられる生体内臓型端末装置、通称バイタルユニットは文字通り体に埋め込むタイプの機械である。

 2040年代に開発されたこの装置は使用者の成長のサポート及び健康管理を目的として使用されている。普及から50年ほどたった今では通信端末としても活用され、社会になくてはならないものとなっていた。

「それはそうなんだけどね。香織おばあちゃんのときはどうだった?」

「あんまり覚えてないね。」

サラッと流され、夏美はちょっとすねた顔になった。こういうところもかわいいと思う。

「まあ、考えてもしょうがないでしょ。そろそろ行く時間だよ。」

僕は食器を片付けて荷物を準備した。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「冬馬、今日は早めに帰っておいで。渡すものがあるから。」

「いいけど、渡すものって?」

「お前さん、今日が自分の15歳の誕生日ってこと忘れてないかい?」

そういえば、そうだったことを言われて気が付いた。

「・・・もちろん覚えるよ。聞いてみただけ。」

祖母がジト目で僕を見てくる。嘘をついてみたが間違いなくばれている。祖母は昔から僕が嘘をついてもすぐに看破していた。こういう時は流しておくのが一番だと瞬時に判断した僕は

「それじゃあばあちゃん、時間だから行ってきます!」

「あ、待ってよ冬馬!行ってきまーす!」

夏美が祖母に手を振りながら走り去っていく僕を追いかけた。

「・・・はぁ、行ってらっしゃい。」

あきれながらもどこか楽しげな様子の祖母だった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 


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