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夫の元カノと幼馴染みがマウントを取って来たので、取り返してみました。

作者: 夏月 海桜

 50年以上前までは、貴族は政略結婚が普通だった。今は貴族でも恋愛結婚が主流になりつつある。そんな世の中に風潮が変わりつつある時代の境目において、私、ファミルはエラン伯爵家の長女として生まれ、現在20歳を迎えた。2年前に同じ伯爵家の嫡男である4歳年上のウィルヒム・デュネー様と結婚をして、現在第一子を妊娠中。


 本日は、王家主宰の夜会で貴族は一代限りの騎士爵・準男爵から公爵まで全ての爵位の者が出席しなくてはならない大事な夜会で。デュネー家の跡取りであるウィルヒムとその妻である私も、当然出席している。ちなみに出席しないのは本当に体調の悪い者か国外に居て帰国出来ない者か夜会デビュー前の子どもくらいなもの。私の両親や兄夫妻も出席していて先程挨拶したところ。


 昨年のこの時期は夫であるウィルヒムと共に夫の仕事の都合で国外に居たので出席出来なかったのだが、今年は夫と共に出席している。夫が妊娠している私を気遣いつつも現伯爵であるお義父様と共に挨拶へ行ってしまい、お義母様と2人で壁際の休憩所でソファーに座った所で、2年前の結婚式でお会いした夫の幼馴染みであるビアナさんがやって来た。彼女、男爵家の令嬢なのだが淑女教育を忘れたのか、それとも教育を受けていないのか、結婚式でそれはそれは騒がしかったのを忘れられない。

 一生に一度の結婚式を台無しにされた身としては、許したくないのだが、お義母様がどうやらビアナさんを可愛がっていたようで、宥められたという苦い記憶のもの。


「あ、お母様っ」


「あらあらビアナさんお久しぶりね」


「お母様、こんばんは。お久しぶりですぅ。今日もお母様はお綺麗ですね! あ、ウィルはどこですか?」


 あからさまに視界に入っている(お義母様の隣に座っているのだから視界に入っているはずの)私に挨拶一つせずに、ビアナさんは夫の事を探す。随分失礼な人よね、本当に。


「あら、ウィルヒムなら夫と挨拶に行っているわ。私はファミルと2人で待っているのよ」


 お義母様が然りげ無く私の存在をアピールして、挨拶をさせようとする。この国を含めて近隣諸国は、爵位の低い者から声を掛けるのは無礼にあたるため、初対面の場合は爵位の高い者が名乗ってそれに爵位の低い者が名乗り返す事で知り合いとなるのだ。知り合った後ならば、爵位の低い者から挨拶をしても許されるわけで、私とビアナさんの場合、一応結婚式で名乗り合っているから、此処でビアナさんが私を無視する事は常識知らず、と言っている事に他ならない。


「あー。ファミルさん、居たんですかぁ。座っていたから全然分かんなかったー。やだ、存在感が薄くて良くウィルの奥さんやれてますねー」


 しゃあしゃあと嘘を言えるビアナさんに、ある意味感心してしまう。まぁビアナさん程個性が無いので、そういう意味では存在感は薄いかもしれないが。ビアナさんは、薄い茶色の髪に薄い茶色の目で吊り目がちなところが猫みたいだと殿方が評していた。背もあまり高くなく庇護欲をそそるというのか、華奢な身体つきで胸だけやたらと存在感がある。

 胸だけ見てしまうと慎ましやかな我が身なので、そこは確かに存在感は無いな、と納得してしまうが、私自身は存在感が薄いと言われた事は無い。


 ウィルヒムにも「君のチョコレート色した髪と鮮やかな緑色の目は僕を惹きつけてやまない」と言われているし、2年前まで通っていた学院では友人が多かった。ビアナさんはウィルヒムと同い年の幼馴染みなので、今年24歳。そろそろ行き遅れと囁かれる年齢になりつつあるのに、何故か婚約者も恋人もおらず、夫のウィルヒムに纏わり付いている、らしい。それはともかく。


「お久しぶりですわ、ビアナさん。夫のウィルヒムからは、私の髪と目は僕を惹きつけてやまない、と言われておりますから、夫にとっては存在感があるようですの。夫にそう思われているのなら、私はそれで構いませんわ。他の殿方から声をかけられる心配も有りませんし」


 にっこり笑ってウィルヒムに存在感が主張出来ているのなら構わない、と応える。キッとした目で見たビアナさんは、直ぐにお義母様へ訴え始めた。


「お母様……、今の聞きました? 存在感が無いくせに、無理してあんな発言をして。しかもモテないのを自慢してますわよ? デュネー家の跡取りの妻がモテない自慢なんて恥ずかしい事ですわよね? しかも、ウィルから愛されている振りをして……可哀想ですわ。お母様、お母様からそんな愛される振りをしてまでデュネー家にしがみついてはいけない、と言ってあげて下さいな」


「まぁ。ビアナさんったらおかしな事を仰るのね。デュネー家の跡取りの妻が他の殿方にモテるなんて、ふしだらではないですか。それにウィルヒムに愛されてる振りではなくて、ウィルヒムはちゃんとファミルさんを愛していてよ? 私もウィルヒムが相思相愛な妻と結婚出来て嬉しいわ」


 うふふふふ、と笑いながらお義母様はビアナさんの言葉を否定する。ビアナさんは、えっ? という表情をしながら「でもでも」と更に言う。


「デュネー家の跡取りの妻として、存在感が薄いのはまずいのでは?」


「まぁまぁ。ファミルさんはちっとも存在感は薄くないですわよ」


「デュネー家の跡取りの妻として、なんだか気が強そうですし。お母様、もしやファミルさんにいじめられてないですか?」


「まぁ人聞きの悪い事を言うなんて、ビアナさんってば悪い子ね」


 然りげ無く私の評価を下げようとするからすかさず、そんな風に会話に割って入ってしまった。


「やだぁ。ファミルさんってばこわぁい。ほらお母様、ファミルさん、こんなに怖い人じゃないですかぁ」


「というか、さっきから言おうと思ってましたが、ビアナさんのお母様ではないのに、私の義母(はは)をお母様と呼ぶのはやめて下さいます?」


 結婚式の時にも気になっていたのだが、その後今日まで会う事が無かったので、良い機会だ、とついでに言えば、なんだか怯えた表情でお義母様に嘘泣きを始めるビアナさん。


「お母様、聞きました? 聞きました? こんなに酷い事を言うなんてっ。ファミルさんはウィルの妻にもデュネー家の跡取りの妻にも向かないですわっ!!! こんなに気の強い奥さんなんて、ウィルが可哀想ですわぁ。ウィルは幼い頃から優しくて頭も良い人ですもの。虫も殺せないくらい優しいウィルに、こんな怖いファミルさんなんか釣り合いませんわっ!」


 だから、義母をお母様と呼ばないで欲しい。あなたの母ではないでしょうに。後、その、自分しか知らない小さな頃の事をこれ見よがし……いえ、聞こえよがし? に話して、私は小さな頃から彼の味方アピールもやめて欲しいですわね。

 その上、淑女らしくない大声を出し始めて周囲の注目を浴び始めました。これは厄介ですわね。ビアナさんはどうでもいいのですが、デュネー家の評判に関わります。デュネー家の評判を下げる言動をおやめになって欲しいですわ。


「ビアナさんが何て言おうと別に構いませんが、夫のウィルヒムが選んだのは、私、です。ビアナさんは()()()()()()()ですわよね? ウィルヒムと同い年の割に子どもっぽさが抜けていませんが、そのように淑女としての姿とはかけ離れていますと、ご結婚相手も見つからないと思いますわ。ああそれとも、貴族のどなたかの奥方ではなく平民の奥方でしたら淑女らしくなくても問題無いかもしれませんわね」


 一息で言ってしまった所為か、ビアナさんが嘘泣きを止めて唖然としている。まぁ嘘泣きが終わったのは良いことかもしれない。さて、ビアナさんは何か反論してくるでしょうか。


「な、な、な、なんて失礼なっ……!」


 身体を震わせてそれだけ言って口を開閉する所を見るに、どうやらこれ以上反論する能力が無いようです。手加減してあげた方が良かったかしら。

 そう思ったところで。




「あらまぁ怖いこと。地味な顔と欲情も出来ないような身体つきの割に性格がキツいなんて、良いところが一つも無いわね。しかも、そのドレスも流行ですら無いじゃないの。何かしら、その胸元で切り替えられた変なデザイン。今の流行はゆったりしたデザインなのよ? そんな身体にフィットしたドレスなんて誰も着ていないわ」




 ーー新手の登場です。

 金髪にサファイアの目をした周囲の目を惹きつける美女は、夫のウィルヒムと相思相愛()()()元恋人……ジュリエッタさんです。お父様は、夫や私と同じ伯爵位持ちで、デュネー家は建国からとは言わないものの古参の伯爵家。私の実家・エラン家は建国から続く宮廷伯の異名を取る家柄。対してジュリエッタさんの家は新参者で、同じ伯爵位でもエラン家やデュネー家より格下にあたります。

 ただ、ジュリエッタさんのお父様は領地経営の才覚がお有りらしく、それなりにお金は有りますから、まぁお金に困った上位貴族や下位貴族から狙われているのがジュリエッタさんですね。美女だし。身体つきは殿方から喜ばれるようなボンキュッボンで、ビアナさんよりもナイスボディーというやつです。


 夫とビアナさんと同い年で、この国の学園では夫とのラブロマンスは未だもって語り継がれているとかなんとか。

 私は他国で学生生活を送っているので知りませんが。

 何でも当時は物凄く熱烈だったそうです。夫が。毎日ジュリエッタさんを学園まで送迎し、授業も休憩時間も昼食も常に一緒だったとか。……私だったらそんなの耐えられないですね。1人になりたい時も有りますから。ジュリエッタさん、良く耐えましたね。あれですか、愛があれば……的なやつですか。常に夫から愛を囁かれ、贈り物も頻繁に行われていたそうです。


 えっ? 何故知っているかって?

 それは、夫自身からも、夫の友人からも、当時、学園生活を送っていた殿方や婦人からも聞かされましたもの。……ただ。

 夫自身から聞かされた話と、夫の友人や当時通われていた方達から聞かされた話とは、些か喰い違いますけれども。そして、その喰い違いは、夫にとっての真実だったからこそ、学園卒業後に結婚すると噂されていたジュリエッタさんとウィルヒムが、皆の期待を他所に別れたのだと思いますけどね。


「ごきげんよう、ジュリエッタさん。ドレスを褒めて下さって嬉しいですわ。このデザイン、夫のウィルヒム自らが、隣国で流行しているのを知って、我が国でも流行させるために……と一足先に私に着て欲しい、と、オーダーしてくれましたの。既に王妃殿下及び王太子妃殿下にお目見えさせて頂きまして、恐れ多くもお二方から、是非、このデザインのドレスを……とオーダーして頂きましたのよ」


 流行ですら無い、と私を嘲笑うジュリエッタさんにシレッと隣国で流行しているドレスだと教える。それも王族が認めたもの、と。それを嘲笑ったのだ。ジュリエッタさんの顔色が見る間に変わっていくが、気付かないフリくらいはしてあげましょう。情けです。


 夫であるウィルヒムは義父であるデュネー家当主と共に、商会を率いている。元々夫の曾祖父が商会を立ち上げ、それが大当たりして爵位を戴き、夫の祖父の代では王家からも信頼される商会へと発展したのである。それを足掛かりに他国へも進出しているのが義父であるデュネー家現当主で、つまり去年、この王家主宰の夜会に私も夫も出席出来なかったのは、その商会の仕事が関係しているのである。


 「り、隣国で流行ね! ま、まぁ、さすがは私のウィルヒムだわ! 流行にも敏感なんてデュネー家の跡取りに相応しい人! ウィルヒムったら、私にこういったドレスを着て欲しいって言ってくれさえすれば、私が流行させてあげるのに。こんな地味で身体つきも貧相な人じゃ、折角のドレスが台無しだわ。美女であるこの私が着てこそ、流行になるってものよ」


 未だに夫の恋人のつもりでいるのは、見ていて痛々しい。ビアナさんにしろ、ジュリエッタさんにしろ、夫の周りにはこんな女しか居なかったのでしょうか。もう少し真面な女性とお付き合いすれば良かったのに。溜め息を吐き出すなんてはしたない真似は出来ませんが、胸中で未だに挨拶から戻らない夫へ愚痴を溢す。

 それからチラリとジュリエッタさんの登場から黙ってしまったビアナさんを見て、少しだけ眉間に皺を寄せて他人には判らない程度の不快感を示している義母を見てから、胸中で大きく溜め息をついた。全くもう、ウィルヒムってば、早く戻って来て欲しいわ。


 「お言葉ながらジュリエッタさん。()()()()ウィルヒムでは有りませんわ。私の夫、ですの。過去にどれだけ情熱的で相思相愛の恋人同士だったとしても、それは過去の話、ですわ。ジュリエッタさんは、過去の女性、でしてよ」


 ゆっくりと過去の女性を強調して言えば、瞬く間に凶相を見せる。あらあら。美しいお顔が台無しの表情ですわー。まぁ別に怖くも何とも無いですが。


「フン。地味女がどうやってウィルヒムに取り入ったのか知らないけど、銀髪に淡い紫の目をした王族とも見紛うような美しいウィルヒムには、アンタみたいな地味女なんか釣り合わないのよっ。彼に似合うのは、金髪でサファイアの目と言われる私だけなんだからっ」


「お言葉を返しますが……。ウィルヒムに取り入った事は有りませんわ。彼が一方的に私に言い寄った挙げ句、彼のご両親にも私の両親にも婚約どころか婚姻の書類を書かせて国に提出されてしまいましたの。外堀を埋められてしまったので、仕方なく結婚しましたのよ」


 ……そうなのだ。私は他国、この国から見て隣国に留学していた。今から5年前の事である。かの国は交換留学が盛んで、我が国どころか近隣諸国からの留学生が沢山いて、私は語学勉強のためにかの国に留学していた。近隣諸国からの留学生とも仲良くして其々の国の言葉も教えてもらっていたし、文化も教えてもらっていた。

 そこで3年間を過ごして、ゆくゆくは留学時代に仲良くなった更に他の国の王女殿下の国へ行く事も内々に決まっていた。かの王女殿下からは、侍女にならないか? という打診も受けていたくらい気に入られたのである。ところが。


 幸か不幸か、その国の特産品を我が国で売り出したい義父と夫が学院に現れて。その際の通訳として私は駆り出されたわけだがーー夫は私の語学力を高く評価して、その語学力を我がデュネー家のために役に立てて欲しい、と懇願されるに至った。私はかの王女殿下の侍女話も出ていたので断ったし、なんだったら……


「殆ど初対面で最低限の礼儀はあっても、こちらに何のメリットも無いような結婚話をされても、はい、分かりました! なんて承諾するわけが無いでしょう! あなたは顔を見るに女性にモテるようだから、自信が有るのかもしれませんが、私はあなたの顔に興味も無いし、仮にあなたに財産が王家程有ったとしても、そんなのどうでもいいです! 私の利益にならない結婚をするくらいなら、一生独身の方がマシっ」


 と言い切った所為なのか。

 たった1ヶ月でデュネー家とエラン家の全員を説得し、国王陛下に提出する婚姻書を作成して、後は私のサインのみ、という状態にしてから……


「君の利益になるかどうか分からないが、ファミルが僕の妻になったら、他国への買い付けには常に君を同行させて通訳させよう。どうだろうか」


 と言われてしまったのである。小さな頃から本好きで、それが高じて他国の言語で書かれた物語を読みたい、と語学勉強をしていた私は、通訳の仕事って面白そうだという事に気付き、通訳の仕事をしたいな、とこっそり望んでいたのである。王女殿下の侍女というのも面白そうではあったけれど。まぁつまり、その通訳という仕事を与えられる事を知ってしまったので……この結婚を受け入れたわけで。

 そして、隣国で学院を卒業したその日に、我が国に帰国してそのまま婚姻書を国へ提出されてしまった……。結婚式は、婚姻書を出して半年後。既に夫の妻になってしまっていたものの、私の事を知らない人達へのお披露目の意味で開かれたのである。そして、そのままデュネー家に嫁入りした。


 ついでに夫には


「妻となった以上、跡取りは必須でしょうが、あなたのことを殆ど知らないので、お互いの事を良く知り、可能ならばあなたを愛してあなたに愛されてから跡取りを設けるという事でどうでしょうか」


 と、提案したのに。


「僕は君に一目惚れしたから、僕の君への愛は間違いないよ。だから大丈夫。僕に全てを任せて」


 とか、なんとか言われて。抵抗はしましたが……男の力に敵うはずもなく、結婚式の初夜に散々貪られ……私の気持ち()()を置いて、書類上だけでなく夫と妻になってしまったわけです。

 とはいえ、それも結婚して半年もしないうちに、私は夫に陥落しましたが。


 ジュリエッタさんとの恋愛話もビアナさんについても細かく教えてくれたウィルヒムは、


「ジュリエッタの時以上に毎日毎晩愛情を注ぐ」


 と、それはそれは愛情をたっぷりと表現し、注いでくれたので……早々にギブアップしました。まぁそのつまり。私も夫を愛したわけで。私ってこんなにチョロかったのでしょうか……と我が事ながら愕然としました。でも、正直にウィルヒムに「愛してます」と告げると、これ以上無いのではないか、と思っていた彼からの愛が増したので……告げて良かったと思ったものです。


 ええ、つまり。今は夫と相思相愛です。


「仕方なく? それはウィルヒムの方でしょう? あなた如きが言う言葉ではないわ!」


 あら。夫との出会いから今までを回想していたから、ジュリエッタさんの存在を忘れていました。さて、どうしましょうかね。あと、すっかり空気のビアナさんもどうにかしたいですわ。




「ジュリエッタ嬢、ビアナ嬢、私の愛する妻に何か用かな」


 あらあら。ようやくウィルヒムが戻って来ました。義父と良く似た相貌のウィルヒムがずっと座っている私の隣に腰掛けて、私の額に口付けをします。……まぁこれくらいなら誰かに見られていても許容範囲でしょうか。義父も一緒に戻って来て、義母の隣に立ちましたね。


「あ、お父様っ」


 あら、さっきまで空気だったのに、すかさずビアナさんが義父に呼びかけますね。というか、あなたの父では無いですけど。


「ビアナ嬢。私は君の父ではないよ。その呼び方はやめてもらおうか」


 お義父様はビアナさんがお嫌いのようで、お義母様のように受け入れません。


「そんなっ。お母様は受け入れてくれましたのに」


「あらあら、別に受け入れたわけではないのよ? 注意しても止めないから言わないだけ」


 お義母様は、やんわりと否定します。ビアナさんがショックを受けてますが、何を今更。義母が否定している所は私も見た事ありますよ。


「そんなっ。だってお母様、私の事が可愛いってファミルさんの前でも言ってくれますのに」


「ええ、可愛いわ! だってビアナさんの目は猫と同じですもの!」


 ーーそう。お義母様がビアナさんを可愛がっている理由は、無類の猫好きの方なので、猫のような目が可愛くて可愛がっているだけなのだ。ビアナさん自体は寧ろ淑女らしさがまるでなくて嫌い、らしい。


 要するに、お義母様のビアナさんに対する気持ちは……愛玩動物、である。

 おバカな事をペットがどれだけ仕出かそうとも愛玩する立場の相手だから「仕方ないわね」で済ませるのであって、息子であるウィルヒムの恋人や妻といった立場を許す気は爪先程も、無い。これについては、ビアナさんに同情心が無いわけではないけれど。

 でもまぁ、お義母様に可愛がられているからと言って、デュネー家の使用人達に対する態度が悪いとか、デュネー家の所有する商会にタダでドレスやら装飾品やらを所望した時点で、悪質だと思うので、まぁ諸々を考えると、そろそろ彼女との関係は断ち切って良いかもしれない。


「猫……」


 あら。お義母様の本音を知って呆然としてますわね、ビアナさん。


「母上、もういいですね? 切りますよ」


「仕方ないわね」


「ビアナ嬢、本日より、我がデュネー家の出入りを禁ずる。君が私の幼馴染みと言われる度に、苛々していたんだ。デュネー家の使用人を我がモノ顔でこき使う。デュネー家の商会でタダでドレスや装飾品を手に入れようとする。本当に我慢ならなかったんだ。君の家である男爵家にも数日中に通達する」


「そ、そんなっ。ウィルっ。あなた、こんな気の強い人が妻だなんて、虫も殺せない、優しいあなたには向かないわっ。私ならあなたの優しさを理解してるし、妻にもなれる。だって幼馴染みなんだもの。あなたのことは私が一番理解してるわっ」


「気の強い? ()()()いいんじゃないか。商会のトップである私の妻になるのに、いつどんな時もおとなしいだけでは、何か起きた時に狼狽える。トップが狼狽えれば下も狼狽える。そんな妻なんて願い下げだ。君みたいに、何か有るたびに自分で解決もせず、誰かに頼りっぱなしの妻では商会のトップの妻なんて出来ない。虫も殺せない、なんて小さい頃の話をされてもね。大体、そんな君が嫌で学園時代から必要最低限しか関わってない君が、私の何を理解しているんだ」


「そんな……。商会を抱えた美男子の金持ちの幼馴染みの妻になるって決めてたのに……」


「結局君は私ではなく、伯爵夫人や商会のトップの妻や金目当てだったんだろ」


 うーん。ウィルヒムは相当ストレスを溜めていたのかしら。言葉が辛辣ね。絶望って感じの表情で真っ青な顔のビアナさんには、もうウィルヒムは目もくれず。


「だ、だったら、私ならいいじゃない! どうして私と別れたの⁉︎ 私はあなたの言う気の強さが有るし、私達相思相愛だったじゃないのっ」


 と、ジュリエッタさんに言われて、ウィルヒムの目はジュリエッタさんに向けられる。


「確かに君は気が強い。そういう部分が無くては商会のトップの妻は務まらない。だが、君は常に自分が一番だった。僕を立てるべき所で立てる事が出来るとは思えない。現に学園時代、どう考えても君の実力でどうにもならなかったグループ課題を、皆でどうにかしたというのに、君は自分が選んだ課題だからこんなに皆が纏まったんだ、と変な自慢をしていただろう。君はいつもそんな所があった。あの頃はそんな君も可愛いなんて愚かな事を考えていたけれどね。その上、君はいつも何かを強請った。宝石・首飾り・ブローチ等は言うに及ばず、他国で流行している筆記具なんかを耳にした途端に手に入れろ、私を好きならプレゼントするべきだ、と言ってばかり。愚かにもその通りだと思って無理してプレゼントをしていた私も相当だけどね。君はプレゼントした物も、だからと言って有り難がる事もなく、直ぐに飽きていた。そんな見栄っ張りで物欲だらけの君を商会のトップの妻になど出来るわけが無いだろう」


「な、何よっ。そこの女より私の方が美しいのだから、贈り物は当然でしょ⁉︎」


「ジュリエッタ嬢は確かに皆が美人だと認めるだろうけどね。私のファミルは、私の中で最高の美女だよ。第一、君は未だ私が君を愛しているって思い込んでいるのか? そんなわけないだろう。それに。私だけが彼女(ファミル)の美しさを理解出来ていればそれでいい。彼女はね。いつでも明るく笑顔が輝いていて生命力に溢れている。そんな女性さ。言うべき所はしっかりと意見して、相手を立てる時はきちんと立てる。相手を敬うし、花一輪でさえ、貰ったら大切にする。相手の心に感謝する。そういう女性だから愛したし、妻にしたんだ。それに、彼女だけしか持っていない特技がある」


 夫が学園時代相思相愛だったという熱烈に恋したはずの元恋人に、私への愛を語るのを聞くのは少し恥ずかしいけれど、これ以上無いくらい、自慢の気持ちにもなる。そんな夫が、私だけしか持っていない特技がある、と言って、それが何か解るか? とばかりに相思相愛だった元恋人を挑発する。


「特技?」


 ジュリエッタさんは解らないらしい。まぁそうだと思う。


「そうさ。妻の……ファミルの特技は、商会のトップの妻に相応しい語学力さ。ファミルは私の通訳としても最高のパートナー。ジュリエッタ嬢には無い特技だろう」


 ジュリエッタさんも呆然としました。

 語学力……必要なんですよね。でも夫いわく、ジュリエッタさんは勉強嫌いだったそうです。ウィルヒムを立てないし、感謝もしないし、強欲だし、自我が強くて語学力も無いジュリエッタさんだったので、結婚する気はまるで無かったそうです。


 というか。学園時代から長期休暇で徐々にお義父様に付き添ってデュネー家の仕事を覚えていくに連れて、なんでジュリエッタさんの事を盲目的に好きだったのか、自分でも解らないのだとか。強いて言うなら、彼女の美しさと若気の至り、だそうです。それが結婚する際に夫が私に話してくれた情熱的で熱烈な恋愛話の結末でした。


「私の妻は、仕事のパートナーとしても。伯爵夫人としても。家庭の妻としても。ゆくゆくは母としても素晴らしい女性だろうが。一番素晴らしいのは、ウィルヒム・デュネーという私を、ファミルを愛するただ1人の男にしてしまう、という事だと思うよ」


 かつて愛し合った元恋人と、未だ打ち拉がれている幼馴染みと。後はずっと私達を遠巻きに見ていた野次馬という名の貴族の皆様に聞こえるように、彼は私への愛を伝えてくれました。


「私も今は、ウィルヒムを夫としても、1人の男性としても愛してますわ。生まれてくるこの子も共に愛してます」


 ここできちんと2人に理解してもらわないと、また絡まれても厄介ですからね。お腹に手を当ててウィルヒムに微笑めば、視界の端でビアナさんとジュリエッタさんの顔色が青から白へと変わり……居なくなりました。ようやくご理解頂けて何よりです。


 それにしても。王家主宰の夜会終盤で、周囲の方々の視線を集めたとはいえ、騒動に発展しそうなくらいのアレコレにならずに済んでホッとしてます。全体的に見れば、片隅でのちょっとした揉め事ですからね。揉め事は無いに越した事は無いですが、これくらいなら問題にはならない程度のもののはずです。何より、当事者がデュネー家ですからね。王家も目溢しして下さる事でしょう。


 スキャンダルにならずに済みそうでひと安心。私の両親や兄夫妻は、ビアナさんが現れる前に帰ると挨拶していったので見られていなくて、それもひと安心。


 夫と義父母が私を労って早目に帰宅しよう、と言ってくれたので、お言葉に甘えて国王陛下にご挨拶もしてありますし、帰りましょう。あ、ちなみに私は義父母からはデュネー家の嫡男の妻として認められていますし、そういう形で可愛がられてます。愛玩動物的な要素はまるでないです。生まれてくる我が子もきっと、デュネー家の一員として可愛がって下さる事でしょう。


 夫はこの夜会の翌日には、幼馴染みとして付き合いの有ったビアナさんの家である男爵家と、元恋人だったジュリエッタさんの家である伯爵家に強い抗議の手紙を出したようで


「両家との縁が切れたよ」


 と、笑顔で宣いました。……その笑顔がなんだか背筋が寒くなるようなモノだったのは、気のせいだと思いたい。





(了)

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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