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さしあたり今日は可愛い子達に癒されました

「………俺は、可愛がってる子達が優秀なだけの人間に過ぎません」



長い間を置いて、漸う出た声は酷く掠れていた。



「俺自身については武器の扱いもからきしですし、この街のことは何も知りません」



「……承知しています」



「何より、信じていた相手に疑われていたと思うと、到底あなたの提案を受ける気にはなりません」



「………はい」



「………それでも、俺にこんな実情を明かした意味はなんですか?」



カイトの問いに、セリエラは静かに瞑目した。深く呼吸を整えて、ぴんと背筋を張り、口を開く。



「確かに、あなたに提案を断られる可能性も視野に入れていました。ですがそれ以上に、あなたに自分の価値を理解してほしかった」



彼女の言葉に、カイトは眉をひそめる。



「希少な魔獣を従えている存在であると同時に、未知の知識を躊躇いもなく貧しい民に開示する存在。……そんなあなたの存在が叔父や分家にとって、どのような意味を持つか」



一度言葉を区切り、彼女は顔を俯けた。



「わたくしは怖いのです。あなたの力を叔父たちに奪われれば、おそらくメウターレどころか、点在する領地の民がどうなるか分からない」



奴隷のような扱いを受けながら働かされるのか。妙な薬や武器などの被験者として使い捨てられるのか。あるいはーーー人身売買などの、あまりにも人権を無視した商品のようにされてしまうのか。



想像だけで悪寒を覚える例えを出されてカイトは硬直する。



「父の治世を知る民たちはわたくしに好意的です。そのおかげで市井に降りても、わたくしを知るものが手助けしてくれる」



しかし、上流社会はそんな優しい場所ではない。ひとたび隙を見せれば噛みつかれるような魔物の巣窟だ。セリエラにとって無自覚に金の卵を売って歩くようなカイトの行いは、現在政争を行っているオルドヴェル家の状況では、極めて危険と言えた。



「ゆえにこちらの思惑も包み隠さずお話ししました。あなたに説明後、あなたの知識を甘受した人々には相応の処置をとるのも吝かではありません」



「……! 何をする気ですか」



「まず、あなたの宿泊する宿屋の経営者たちには、学んだ料理を我がオルドヴェル家が特産品として開発していたものだと広めるよう手を回しました」



少なくともそれで彼の味はオルドヴェル家の考案したものだと疑いが向く。結果叔父たちに家の料理事情に一時的にでも気をとられ、宿の方の目が多少緩むことを期待してだ。



「加えてスラムの姉妹は、あなたから譲られた知識を守るためにも、秘密裏に今日の深夜を待ってより安全な場所に隔離する予定です。………今、特許を申請するのは、難しいですから」



「どういうことでしょう」



「簡単に言うならば、冒険者ギルドはわたくし側、商業ギルドはあちら側、ということです」



なるほど、分かりやすい。だが。



「………そこまでする必要があるんですか」



「はい。あなたが我が領に与えてくれたのは、そういうものですよ」



表面上は穏やかな街だ。しかし水面下でそのような状況が続いていることは分からなかった。



まるで表向きの言葉に惑わされ、ブラック企業に入ってしまったあのときと同じである。



「………まったく、成長しない……!」



腹が立つ。自分の知らぬ間に守られていたという事実が。成人したばかりとはいえ、社会の荒波を多少なりとも経験したのに。ーーーまさか自分が気づかぬうちに、周囲に迷惑をかけていたなんて。



それでも、胸に燻る怒りや疑われていた虚しさは、消えずにここにある。



「ーーー3日ください」



気持ちに整理をつけるためにも、開示された情報をもとに、あらためてこのメウターレを見るためにも。



ーーーまずは、時間が欲しい。



「承知しました。では3日後、改めて協力の要請をさせていただきます。どうぞ、良い返事をくださること、期待していますね」



静かに頭を下げたセリエラが、扉ではなく窓を開けて部屋から抜け出ていく。その品の良さとは掛け離れた行動に目を向いている中、ハインが寄ってきた。



「………騙していたことは謝罪します。それでも、私はセリエラが苦しんでいるのに何もできない自分ではいたくないのです」



そう言って、彼は懐から四枚の布を差し出してきた。



「私が門兵として同行していれば、民もあなたの従魔を危険なものだと怖がる必要はありませんが、おそらく今回のことで共に動くのは嫌になってしまわれたと思うので」



「なんですか、これ」



「所謂目印代わりです。あなたの従魔だと、周囲が理解するための」



これがなければ、街中を歩き回るとき不都合な場面も出かねないということか。



「私が用意したことが気に入らなければ、別のものを買うなりしてください。………それだけのことをしたというのは、自覚しています」



「………一応、お預かりします」



鮮やかな青に染められた何の変哲もない四枚の布を、受けとる。



一礼して去っていくハインに、カイトは目を反らしたまま音が遠ざかるのを待った。そんな彼のもとに、残されたひとりが歩み寄る。



「まぁ、なんだ。宿まで送りがてら、話をさせてくれや」



そんなロブの案内で兵舎を出たカイトは、宿までの道を歩き始めた。








「俺はあの人たちと違ってお前を疑ったことを謝る気はねぇよ」



ロブは開口一番そう言った。



「どんなことにも綺麗事で済まないようなことが五万とある。人を試すような真似をしたら不正が明るみに出ることなんてざらだ」



「………酷い職場ですね」



「だろう? それでもそういうのを摘発する度俺に、先代やお嬢は言うんだよ。『ありがとう』『民が傷付く前にあなたが気づいてくれて良かった』ってさぁ」



そんなことを積み重ねれば、思うのだ。



「この人たちが守るに値する人間でありたいってさ。そして可能な限り、手助けもしたくなるわけだ」



ロブはにっと笑う。



「だから、お前を傷付けたことは、俺が望んでやったことだ。何かを守るために、何かを失うことなんて、俺みたいなちっぽけな人間にとっちゃ当たり前だからな」



だから、謝ることはしないーーーと。



「だから、お前にとっちゃ災難でも、俺にとっちゃやっと見つけた希望だ。だからこそ、頼む」



声色が変わり、ロブがカイトに身体ごと向き直る。



「お嬢と先代を、助けてやってくれ」



大の男が下げた頭を、カイトは静かに見下ろす。



その願いに、受諾の意を示すことは、まだ出来なかった。









宿屋の食堂は盛況だった。オルドヴェル家が考案したとされるコンソメスープが、今までにない未知の味で街の人々の舌を満足させたのだろう。



「おや、おかえり。お客さん」



「ただいま帰りました」



カイトに気づいた女将がいつものように出迎えてくれる。そのいつも通りが、なんだかとても嬉しかった。



「部屋に料理を届けるよ。従魔たちも食べるんだろう?」



「はい。お願いできますか?」



そんなやりとりをして鍵を受け取り、ルイたちを伴って部屋へ戻ってすぐ、料理は届いた。



「まったく。なんだか大変な目に遇ったみたいだねぇ」



苦笑する女将が、スープの入った鍋を置き、小脇に抱えたパンを下ろす。



「うちにも使いがきたよ。あんたを守るためだと言われて、スープのことも口を噤んだ」



「聞いています」



申し訳ない顔をしたカイトに、女将が快活に笑う。



「なんて顔してんだい。むしろ願ったり叶ったりさ!」



「………そうなんですか?」



「悪行を重ねる貴族連中や商人たちに、一泡ふかせられるんだよ? これを喜ばない奴がどこにいるんだい?」



声をひそめ、まるで子どものような無邪気な顔で女将が言う。



「店に来た商業ギルドのやつに、オルドヴェル家から教えられたスープについて教えろとせっつかれたんだけどさ。むしろ何であたいたちが教われてあんたらが教われないなんて変なことが起きるんだい、って言ってやったら手違いだの何だのおろおろしちゃって面白くて仕方ないの何の」



傑作だったね、と笑う女将に、カイトの表情もいくらか和らぐ。



「だから、あたいらはむしろ役得さ。旦那も商業ギルドに一泡吹かすためにも料理を広めてやるって息巻いてた」



女将が笑い、扉へ寄る。



「鍋は明日でもいいからさ。今日のところは休みな! 食べて、寝る! 元気を出すにはそれが一番さ」



扉の向こうへ消えていく女将に頭を下げ、見送る。その後、漸く頼れる相手だけになって肩の力が抜けたカイトに、四匹がすり寄った。



『カイー、元気だすのー』



ぺろぺろと右頬をなめだしたルイの逆側に、アルが留まりすりすりとすり寄ってくる。



『カイト兄、今日はいっぱいいっぱい頑張ったピィ』



両側から存分に慰められ、思わず目を瞑るカイトがかいたあぐらの上に、普段は場所の取り合いをしている二匹が仲良く乗ってくる。



『カイにぃ、レンをいっぱい撫でていいキュー』



『あるじー、ネロにもやっていいにゃー』



すりすり、ぺたぺた、ふぁさふぁさ、ぺろぺろ。



あちらこちらから可愛い前足が、舌が、翼が、顔がすり寄ってきて、カイトは堪っていた鬱憤を晴らすかのように彼らを存分に可愛がった。



ルイの身体を抱きしめ全身撫で回したり、レンの腹に顔を埋めたり、アルがするようにこちらからも顔を擦り寄せたり、ネロを抱き抱えその顔に口寄せたり。



散々に可愛がり終えた頃には、温められた鍋も冷めていた。



『カイー、食べ終わったら休もうなのー』



『今日はたくさん頑張ったから、カイにぃはたくさん食べて元気だすキュー』



ルイとレンがそう言うので、そうだねと応じながら、アルが温め直してくれた鍋をネロが出した皿に盛り付け遅い晩御飯にする。



『カイー、やっぱりカイのレシピはすごく美味しいのー』



『カイにぃのおかげで食べることが楽しいキュー』



『美味しいものを食べるとこんなにも幸せになるなんて、カイト兄に出会わなかったら知らないままだったピィ』



『つまり、あるじは世界一のご主人様にゃー!』



「っはは、みんな。大袈裟だなぁ」



静かに夜は更けていく。



それでも、四匹のおかげでカイトの胸に安らかな気持ちが去来したひとときは、彼の意識を穏やかな微睡みの海へ誘うには、充分だった。

はい、前回に引き続き説明回です。



設定はややこしくなっていない、大丈夫、まだ文章化に支障はない。



最近は仕事も落ち着いていて、余裕があります。といっても、某感染症を恐れて入居者が入ってこないから、空いたベッドが埋まらない分ひとりに掛けられる時間が増えただけですけど。



その分、給料は少し差っ引かれましたが。



あぁ、のんびりと趣味に没頭できるのが気楽。生活が滞らないある程度の貯蓄がこの御時世あるわけもなく、ひたすら労働するわけだけど、責任ある仕事を押し付けられて残業してる上司を見ると気楽な平社員で良かったとも思います。だって趣味の方が大事だし!



まぁ、そんなこんなで書いてますが、幻獣たちの可愛さを存分に書けているのかは甚だ疑問。こういうとき知識の乏しさを痛感しますね。あははヾ(@゜▽゜@)ノ



それでも、皆様のブクマや感想などを励みに、モチベーションを維持しつつ頑張って参ります。



それでは、今回もお読みくださりありがとうございました(*´∇`*)

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