小さな花売りと出会いました
ギルドを出て、まだ陽も沈んでいない頃だと把握したカイトは、街を散策しようとハインと並び、ルイたちを連れて歩きだした。
屋台が並び、あちらこちらから漂ってくる肉を焼いたり煮たりしている匂いが漂ってくる。昼は過ぎたが、腹も空いているので食べるには良い頃合いだろうか。
「ハインさんはおすすめの食べ物屋さんはあるんですか?」
「わたしは騎士団で食事を済ませることが多いので、あまりこういったことには詳しくなくて……」
「なるほど、なら気になったものをいくつか買ってみましょうか」
そう言いながらいくつかの店をひやかしながら歩いていく。塩だけで味付けしてあるので、料理の幅が狭く、肉の焼ける良い音こそするが、食指が動かない。
諦めて塩味の素朴な味わいを口にすべきか迷っていると、とん、と何かにぶつかった。
「お、お花、いりませんか……っ?」
視線を下げた先に、肩までの茶色の髪を三つ編みにした女の子が、泣きそうな顔でこちらを見上げていた。蔦で編んだであろう籠の中に野花をいっぱいに詰め、土まみれの手を震わせながら握った花をこちらへ差し出してくる。
「ーーーいくらかな」
「ひ、ひとつ、ど、銅貨一枚です……っ」
カイトより早く、ハインが花売りの童女に視線を合わせるためにしゃがみこみ、柔らかな声音で尋ねる。懐から取り出した財布から、銅貨を三枚取り出すと、ハインは童女にそれを差し出した。
「では3つほど、頂くよ」
「あ、ありがとう、ごじゃいまふ…っ!」
勢いよく頭を下げて、言葉を噛みながらもほっとしたように笑うその童女が、籠の中から状態の良い花を3つ、真剣に選んでハインに手渡した。穏やかな表情でそれを受け取ったハインが、童女の頭を撫でるとくすぐったそうに彼女はにかんだ。
微笑ましい光景をその場で呆然と見ていたカイトは、そのやりとりが終わる頃にようやくはっとなって、同じくハインの横にしゃがみこんだ。
「お、俺も貰うよ。えっと、これでいいかな」
ネロに視線を送ると、心得たとばかりに影を伸ばし始め、掌に現れた硬貨を確認もせずに童女に握らせた。すると、彼女はその硬貨を見て大きく目を見開きーーーカイトもその反応に思わず視線を向け、内心げっ、と呻いた。
「こ、これ。銀貨……っ? お花、こんなに、高くない……っ」
焦る童女に、一度出したものを間違えたと取り上げるのは大人げない気がして、出したものは仕方がないとカイトは割り切ることにする。
「いいんだ。お兄さん、意外とお金持ちだからね。頑張ってる子に、ご褒美」
そう、これは言うなればお年玉である。頑張って働く小さな女の子に対する、大人からのご褒美である。
だが、花売りの童女はそんなカイトの優しさに酷く心打たれたらしい。瞳が潤み、ぽろぽろと目尻から雫を溢し始める。
「お、お兄ちゃん。あり、がと…っ」
「ほら、泣くな泣くな。落とさないよう、しっかり持っておきな」
「うん……っ」
こくこくと頷きながら、大事そうにハインとカイトから貰ったお金を両手で持った童女の頭を、ぽんぽんと撫でていると、横からこっそりとハインが耳打ちしてきた。
「とても素晴らしい行いなのですが、どうやら目立ちすぎたようです。このままこの子を見送ると、不逞な輩がお金を強奪しかねません」
「………マジですか」
溜め息をつきたいのを堪えつつ、カイトは童女の顔を覗き込みながら笑う。
「実は俺、最近この街に来たばかりなんだ。お花の代金が足りない分、君にこの街を案内して貰ってもいいかな? またお花を買いに行けるよう、君の家までの道まででいいからさ」
「わ、分かった。頑張って、案内、するね……っ!」
頷いた童女に、カイトは努めて優しく微笑んで立ち上がる。
「あぁ、それと。俺はカイト。君の名前は?」
「ゆ、ユニ……っ」
そうしてハインとルイたちを連れて、花売りの童女ーーーユニの家までカイトは歩きだした。
ユニに連れられ歩いていくと、表通りより治安が芳しくない区画へと入っていく。道すがらカイトとハインから貰ったお金で食糧を買ったユニは、よたよたと歩きながらもカイトの求めに応じて拙い言葉選びで街を紹介してくれた。しかしこの辺りになってくると、どう言えばいいのか分からず、口を引き結んで困った表情をして黙ってしまった。
「無理して説明しなくていいよ。家まであとどれくらい?」
「も、もう少し…っ」
重たそうなので荷物を持とうかと言ったが、ふるふると頭を振って、買った物を詰め込んだ籠を抱き締めるユニに、あまり強く言うことも出来ずハラハラと見守るカイトである。
そんなこんなでやってきたユニの家は、木造の古びた小さな家だった。屋根のあちこちが崩落したのか穴が開いていて、人が住むには随分酷い有り様の家だと一目で分かる。
そんな家の前で、ずるずると足を引き摺らせ、肩で息をしながら歩く少女がいた。
「た、ただいま、お姉ちゃん……っ」
「ゆ、ユニ! 良かった、無事だったのね……っ!」
ユニの声にはっとして、ほっとしたのかその場で崩れ落ちた少女が、駆け寄ってきたユニを抱き締めた。そして自分たちを見るカイトたちの視線に気付いたのか、訝しげに見つめてくる。
「あのね、カイトお兄ちゃんとハインお兄ちゃんがお花買ってくれてね? いっぱい食べ物買えたんだよ! お姉ちゃん、これで元気になって」
ユニの手にした籠いっぱいに詰められた林檎に梨、パンなどの食糧に、少女が目を丸くする。
「ゆ、ユニ。これ、一週間分もあるわ。ほんとに全部買えたの?」
「うん! お兄ちゃんたちのおかげだよ!」
無邪気に笑うユニに、少女は間違いなく購入したものであると理解したらしい。そして、それを可能にする金銭を工面したのが、ユニが連れてきた二人組だということも。
「………えっと、ありがとう。ユニの恩人さんたち。あたしは、ティオ。ユニの、姉です」
ぺこりと頭を下げた少女ーーーティオの枝毛の目立つ長い栗色の髪が、風にさらりと靡いた。
男ばっか出てばかりなのでそろそろ女の子を。
新キャラです。健気な姉妹を書きたくて思うままに書きました。そんな感じが表現できてたらいいなと思います。
また、今回から食材が出てきましたが、冒頭で出てきたアドラウス様は日本やエイルシアの獣に属するものを管理している神様なので、植物などの生育環境もある程度似ているという設定です。
………正直、食べ物の名前を違う読みにするのはいいが、梨みたいなのに林檎の味する、とか食べ物まで細かく設定を作り出したら許容量過多で何回か過労になる自信あるので挫折しました。
ゆるゆるの設定で申し訳ありませんが、自分のできる範囲で世界観を崩さないよう頑張ります。
それでは、今回もご来訪ありがとうございましたー(*´▽`*)