死んだと思ったら可愛いもふもふに囲まれてました
ーーーあぁ、今日もなんとか終わったな………。
魅人の胸を安堵が満たすが、身体は非常に重い。それでも久しぶりに今日と明日は休みだ。ゆっくり休んで、この痛め付けられた身体を休ませたい。
ずるずると足を引き摺るようにしながら一歩一歩帰路を進む。徹夜明けの朝帰りゆえこの眩しい日差しのなか、ぼろぼろなこの格好に周りに敬遠されているようにも思う。しかし、その視線によってできた開けた道が、周りを気遣える余裕のない今、ありがたくも感じる。
そんな中、確実に帰路を進んでいた彼が、ふと顔を上げると、もう公園が見えてきた。自宅であるアパートももうすぐだ。
トラックが向こうから走ってくる姿と音が聞こえてくる。体調不良で前後不覚ゆえ帰宅中に事故に合わないか不安だったが、ここまでくれば信号もないし大丈夫だろう。
気が抜けたように身体から力を抜いたそのとき、その公園からサッカーボールが転がり出てきた。ーーーそれを追って、小さな子どもが駆けていくのも。
やばい、と思った。抜いていた力を、再度込め直し足を進ませる。届いた小さな背を強く押し、代わりに自分が車の前へ躍り出た。
母親だろう女の悲鳴と、運転手の叫び声が轟くなか、幼い子が呆然と座り込んでいる。大丈夫かと問おうとして、代わりに鮮血と空気が零れ出た。
救急車の音が聞こえてくる。女の無事を問う声と、子どもの泣き声が遠くなっていくのを聞きながら、暗転していく視界に自分はもう死ぬのかと漠然と思いつつ、気が遠くなっていった。
『ーーー、ーーーい、カイー、起きてー』
「え……?」
目が覚めると、目の前に白、緑、赤、黒の毛並みが押し合いへし合いするように覗き込んできた。唖然とするなか、四対の目が、嬉しそうに煌めいた。
『カイ起きたー!』
『カイにぃ、久しぶりだキュー』
『カイト兄、痛いとこないピィ?』
『あるじー、だいじょーぶかにゃー?』
白、緑、赤、黒のもふもふたちが代わる代わる話しかけてくる。というか、何故獣の声が分かるんだと疑問が渦巻く。だが、だがしかし。
「も、もふもふー!」
それを上回るもふもふの魅力に、魅人は夢中になった。起き上がったとほぼ同時に白もふもふを抱きしめ顔を埋めてすりすりし、緑もふもふを抱き上げ撫で回し、赤もふもふを掌に乗せ頬擦りし、黒もふもふを膝に乗せひたすら可愛がる。
『くすぐったいのー』『もっとだキュー』『懐かしいピィ』『あるじのにおい、落ち着くにゃー』と聴こえてくるので、遠慮なく可愛がり続ける。
そんな中、もふもふの向こうから声が聞こえてきた。
「ふぉっふぉっ、お主が来た途端賑やかになったのぉ」
「え、どなたです?」
四匹が脇に避け、魅人の視界に、朗らかに笑う好好爺とした白髪の老人が飛び込んでくる。その手には身の丈よりいくらか長い杖を携えていた。
「ようこそ、束野魅人。君を待っていたぞ」
「………あの、だから、どなたかと……」
『神様なのー』
「………神様?」
「そうじゃよ。アドラウスという。よろしくの」
横から入ってきた白いもふもふが、そう教えてくれる。繰り返すと、老人は穏やかに名乗ってくれた。
「今回、そなたが幼い命を守って天命を迎えたからの。こうして呼び寄せたわけじゃ」
言われて、魅人は自分が子どもの代わりに車に轢かれたことを思い出した。
「子どもは、大丈夫ですか?」
「ほほ、この状況より、守った命の心配か。ほんに人が好いの。ーーー大丈夫じゃよ、軽い擦り傷程度じゃ、まだ幼いからの。事故の記憶も忘れるよう働きかけたゆえ、成長を害することもない」
「ーーーそう、ですか」
「ほほ、では今度はそなたについて説明しようかの」
そう言って老人は笑う。
「わしは、所謂主に獣を守護する神に当たっての。あらゆる世界で、動物や魔獣、幻獣などを産み出し、育んでおる」
「はぁ………」
「特に、獣たちは言葉が通じない分注がれた愛情に左右されるでの。亡くなったときは、そのときの感情次第で善にも悪にもなるからの。細心の注意を払いつつ、対応するのじゃが………」
そう言いながら、アドラウスは四匹の獣に視線を落とした。
「その子らは、凄まじいまでに、愛情で満たされておったでの。そのような感情を与えた当人と、会ってみたかったのじゃ」
「え……?」
「分からぬか? その子らは、お主が可愛がってきた動物たちじゃ」
「………まさか」
振り返り、もふもふたちを良く見る。そして、おそるおそるその名を口にした。
「………ルイ?」
『久しぶりなのー、カイー!』
白もふもふこと、ルイがワンと吠えると同時に聴こえてきたのは肯定の返答だった。
「………レン?」
『カイにぃ、分かってくれて嬉しいキュー』
キューと鳴く緑もふもふことレンが、ぴょんぴょん跳び跳ねる。
「………アル?」
『カイト兄、ずっと会えるの楽しみにしてたピィ』
ピィピィ鳴きながら、赤もふもふが魅人の周りを飛び回る。
「………ネロ?」
『あるじー、また会えて嬉しいにゃー』
黒もふもふたるネロが尻尾を高速に揺らして喜びを表す。
「うそ、ほんとに、まじか。ーーーお前らなのか!」
語彙力を失ってしまうも、喜びが沸き上がると同時に四匹のもとへ駆け出した。飛び込んだ魅人に撫で回され抱き締められ、散々に可愛がられつつもまったく嫌な顔せずにされるがままの四匹である。
魅人が落ち着きを取り戻したのを見計らい、朗らかに笑いつつ空気と化していたアドラウスは話を切り出した。
「再会の喜びを分かち合ったところで、話を戻そうかの」
「あ、はい」
「お主が可愛がったゆえに愛情で満たされたその子らは善の力を溢れさせながらわしのもとへ来た。一度であれば余程相性が良かったのかとも言えるが、四度も繰り返されればわしも興味深くなっての」
「はぁ……」
「お主が可愛がってきた動物たちも、お主に恩を返したいとわしに申し出てきての。それならばと試練を与えていたのだが、想像以上に成長しよってのぅ」
「あぁ、通りでネロ以外見覚えのない姿なんですね」
ルイは茶色の柴犬だったのだが、今は真っ白な毛並みになっているし、灰色兎だったレンは緑色が毛が艶めく見目になっている。しかも額に、燦然と輝く赤い輝石がある。
アルも雀だったころの色合いを失い真っ赤な姿に変わっているし、唯一見覚えのある黒猫だったネロも、姿こそ変わっていないが、一本だった尻尾が二つになって色合いこそ同じだが以前とは違うことを確かに示している。
「そういうわけで、お主が命を落としたのを感じ取ったその子らが、わしに助けてくれと嘆願してきての。その子らの蓄えた魔力を使ってそなたをこちらへ呼び寄せたわけじゃ」
「なるほど……つまり、ルイたちがいなかったら、俺はこうしてここにはいないと。ありがとう、みんな」
「お主がその子らを可愛がってきたゆえの結果じゃ。誇って良い」
そう言って笑うアドラウスに、魅人はふわりと笑みが零れ落ちた。
みなさま、お初のお方ははじめまして!
私の別作品から飛んできた方は来ていただきありがとうございます!
由月美愛と申します。
こちらは別作品とは違いチートありご都合主義ありな作者にとっての筆休め作品です。
しかしもう一方の作品同様、作品には真摯に向き合って参りますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m