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第3章「真紅の剣」1

 深夜。瓦礫の山と炎に包まれた『デイブレイクタウン』で『ギルド』は不眠不休で消火活動と生存者の救助に当たっていた。あちこちで『AF(アームドフレーム)』が動き回り、人々が怪我人を介抱する。既に息絶えていた者、目の前で息を引き取る者、手足を失った者、意識を失った者、老若男女兵士民間人問わずみんな犠牲になった。アルトたちも『AF(アームドフレーム)』を操縦して救助を行ったがこの地獄じみた光景を前にして居た堪れず何も言えない。しかしこういった光景はこの無秩序な『フロンティア』では珍しくない。


「おーいこっちに生存者だ! 瓦礫をどかしたいから誰か『AF(アームドフレーム)』を持ってきてくれ!」


 青年が近くの『AF(アームドフレーム)』を呼ぶ。


「まずい崩落するぞ! 逃げろ!」


 年老いた作業着の男がぐらつくビルのそばに立っていた民間人を安全な場所に誘導する。


「お母さーん! お父さーん!」


 両親とはぐれた子供が泣いている。


「くそっ血が足りない! 誰か輸血してくれないか!?」


 血で汚れた医療従事者が目の前の命を救うために走り回っている。


「畜生『アヴァロン』のヤツら許せねぇ! 俺たちが一体何をしたっていうんだ……!」


「『ログレス』のヤツらもだ! 俺たちから巻き上げたカネで贅沢な暮らししやがって!」


 無数に並べられた死体袋を前に『ギルド』の傭兵たちは慟哭する。

 込み上がる激情を向けるべき敵は今ここには居ない。


「ひどい惨状ですね……どうして彼らは平気でこんな非道をできるのでしょうか」


「『デイブレイクタウン』の人たちもみんな怖い顔とか悲しい顔してる……」


 いつも明るいラチェットも流石に暗く、キャスパリーグも悲しげな面持ちだ。 


「あいつらぜってぇ許さねぇ! あいつらの理不尽な攻撃でどれだけの人間が犠牲になったんだよ!?」


「これ以上ヤツらから奪われるわけにはいかない。『ギルド』のみんなで倒すんだ」


 ロックは感情的に拳をコックピットの壁面に叩きつけ、アルトも自然と拳を握り締める。いつも冷静であろうと努めている彼だが、この光景を見ると怒りを隠すことはできない。

 すると上着のポケットに入った端末が着信音を発し、アルトは電話に出る。相手はギルドマスターのユーゼルだった。


『アルト、今大丈夫か?』


「ギルドマスター、どうされました?」


『仲間達と一緒に『ギルド』拠点へ来てくれ。話がある』


 彼はそれだけ伝え、電話を切る。かなり忙しいようだ。 


「ギルドマスターはどういったご用件で?」


「わからん。取り敢えず行ってみる。お前達もついてこいとのことだ」


 メンバー全員を呼ぶということはおそらく重要な話だろう。『アヴァロン』への本格的な攻撃を開始する日が近いのかもしれない。




***




「失礼します」


「来たかお前達」


 頑丈な構造のおかげで幸いにも被害は最小限に留められた『ギルド本部』にやってきたアルトたちは最上階のギルドマスターの執務室に通される。広い部屋の奥のテーブルにはユーゼルがいつになく真剣な面持ちで座っていた。


「話とはなんでしょうか?」


「実は我々『ギルド』は近日中に『アヴァロン』拠点である『キャメロット』への攻撃を考えている。『ギルド』が保有する戦力のほぼ全てを投入するつもりだ。これ以上ヤツらに好き勝手させるわけにはいかない」


「遂に始めるんですね」


 『ブラック・バレット』の面々はユーゼルの話を聞いて緊張感に身が引き締まる。予想はしていたが実際にそれが実行に移されるとなると重圧がのしかかる。先ほどの戦闘とは比較にならないほどの大きな戦いとなるだろう。


「ヤツらを倒さない限り真の自由は訪れない。もちろん多くの犠牲が生まれるだろう。しかしこのままヤツらの暴虐を指をくわえて眺めているわけにはいかない」


 徹底的に自分を治める街を蹂躙されたギルドマスターの声にはかなりの重みがある。そしてアルトたちもなじみ深い『デイブレイクタウン』が破壊される様を目の前で目にしていた。気持ちはギルドマスターと同じだ。


「で、でも戦力とかって……」


 不安げなラチェットが手を挙げてもっともな疑問を尋ねる。『デイブレイクタウン』が保有する戦力では巨大な組織である『アヴァロン』に対抗することは難しい。あちらは高性能な『AF(アームドフレーム)』を多数保有しており、正面からぶつかればほぼ勝機はないと言っていい。


「実は『フロンティア』各地から続々と有力傭兵集団が集まって連合に参加してくれることになった。キャスパリーグから提供された『アヴァロン』の保有する戦力と比較したところほぼ互角。リスクは高いが勝機はある」


「そりゃ心強いッスね」


 この『フロンティア』では小規模な武装集団が群雄割拠し、いつも争いが絶えないが、『アヴァロン』という共通の敵を前に利害が一致し、『ギルド』という枠組みの中でひとつになった。無論一枚岩ではないだろうが戦力が増えるのはとてもありがたい。


「もちろんお前達に参加は強制しない。しかしどうか我々にその力を貸してはくれないだろうか」


 ギルドマスターが手を差し出す。『ブラック・バレット』の思いは既に決まっていた。アルトは躊躇なくギルドマスターの手を握り返す。


「是非我々にも協力させてください。こちらも目的達成のためには『アヴァロン』の打倒は避けられない」


 ロックもラチェットもその目に迷いはない。キャスパリーグも当初はクライアントという立場だったが、今はもう『ブラック・バレット』の一員で、いつになく真剣な面持ちだ。

 

「それにヤツらから取り戻したい人がいるんです」


 アルトの脳裏に浮かぶのはかけがえのない親友。

 今は敵対してるが彼を『アヴァロン』の手から救いたいという思いがあった。

 そんなアルトの願いをギルドマスターは無碍にせず、真剣な面持ちで頷く。


「そうか。ならば我々もその為に尽力しよう。しかしひとつ問題があってな」


「と言いますと?」


「大量の『AF(アームドフレーム)』を輸送する船が不足している。なので今旧大戦時に使用していた大型輸送艦を発掘している最中なんだが今はこの街の復興のために作業用『AF(アームドフレーム)』はそちらに回している。なのでお前達には輸送艦の発掘作業に従事してもらいたい」




***




 『アヴァロン』の巨城、『キャメロット』の一室。調度品の類が一切無い白い部屋でランスロードは洗面台の前で頭を抱えるように苦しんでいた。


「はぁ……はぁ……」


 息を荒げ、鏡に映るその顔は顔面蒼白で今にも倒れてしまいそうなほどだ。激しい頭痛と目眩で身体はふらつき、意識を保つのも難しい。『デイブレイクタウン』での戦闘の後から彼はこんな有様だった。


「なんなんだこの記憶は……!」


 彼の脳裏に浮かぶのは美しい金髪の少女と幼い銀髪の少年の姿だ。ふたりが微笑みながら自分を見つめている。しかし突如紅蓮の炎が足元から勢いよく生じ、ふたりを飲み込む。その悪夢じみた光景を幻視するたびにランスロードの胸とこめかみに激痛が走る。少年の方も少女の方もランスロードは知らないはずなのに、何故かそれがとても悲しい。


「私は『アヴァロン』の騎士として『アヴァロン』のために戦って――」


 その記憶を否定するランスロードだが果たしてそうなのかという自分の声が聞こえた。本当に自分は『アヴァロン』に忠誠を誓っているのかと。何か騙されているのではないかと。今までそんなことを考えたこともなかったのにその疑念は大きくなっていく。


「いや違う……僕は……!」


 その時、何か目が覚めたような気がした。曇っていた頭の中が一気に冴え渡ったような、そんな気分だ。そう、自分は『アヴァロン』に騙されている。姉のように慕っていたマリンという少女を助けるため、『アヴァロン』に潜入したのにその計画が露呈してしまい、自分は親友のアルトとともにサイボーグ化手術と洗脳処置を施された。それを今になって思い出した。そして洗脳装置はこの顔の左半分を覆う仮面だ。

 それに気付いたランスロードは咄嗟にその仮面を剥ぎ取ろうとする。仮面はボルトによって顔面に固定されているが、その整った顔に傷がつくことを躊躇うことなく強く仮面を掴む。

 激痛とともに血が仮面の下から流れ出し、首を伝っていくがそれでもランスロードは手の力を弱めない。しかし仮面の固定は強く、無理やり剥がすのは難しいと判断したランスロードは洗面台に置かれていたカミソリを手にし、迷うことなく仮面に向けて鋭利な刃先を振り下ろす。凄まじい膂力を持つサイボーグの身体なら硬い仮面であっても破壊することは出来るはずだ。

 

「ぐあああああッ!!」


 しかし刃と仮面が接触する寸前、仮面から特殊な信号が発せられ、ランスロードの全身に凄まじい激痛が走る。洗脳装置を無力化されないためのセキュリティシステムだ。ランスロードはその激痛に耐えられず、膝から崩れ落ちる。


「ランスロード様っ!?」


「トリス……」


 するとランスロードのうめき声を聞きつけて珍しく焦った表情のトリスが部屋に飛び込んできてランスロードを介抱する。しかし痛みは一向に引く気配が無く、ランスロードは顔を抑えて呻く。


(くそっ……『アヴァロン』め……!)


 彼らの野望を打ち砕くためこの組織に潜入したにも拘らず洗脳処置を施され、彼らに与し、こうして洗脳を解きかけたにも拘らずそれも叶わず地べたに這いつくばっている。ランスロードは己の無力を恨む。


「アルト……姉さん……モルガン……」


 ランスロードは親友と救いたかった人と守るべき少女の名前を呼ぶ。結局ランスロードはマリンを救えず、アルトの差し伸べた手を握ることもできず、モルガンをその呪われた運命から開放することも出来なかった。そして間もなくこの本当の自分の意識も洗脳装置によって再び眠らされてしまうのだろう。それでもランスロードは諦めない。この『アヴァロン』という巨悪を打ち倒すために。


「うっ……!」


「ランスロード様!」


 そしてランスロードの意識は再び闇に沈む。



***




 一方『キャメロット』地下の真っ暗なラボラトリーではウェイガンと老化学者・ワルイリーが気を失ったランスロードの様子をモニタ越しに監視していた。


「洗脳処置完了デス。まさか自力で洗脳を解きかけるとは……」


「気をつけろ。あやつは稀代の『トランサー』、そうそう代えはない」


「ははっ。洗脳は強化しておきまショウ」


 恭しくワルイリーは上司のウェイガンに頭を下げ、ウェイガンは苛立たしげにふん、と吐き捨てる。部下のミスは命をもって償わせるほど冷徹な男だが、彼は有能な人間にはとても甘かった。


「ところで『カリス』の進捗はどうだ?」


「ははっ、もうすぐ完成いたしマス、ご心配なく。新型量産機の生産も順調デスね」


 ワルイリーはキーボードを操作し、巨大ディスプレイに『カリス』という名前の兵器の進捗データと新型『AF(アームドフレーム)』のデータを表示する。そしてウェイガンもそれを確認し、満足そうに頷いた。


「それならばいい。これで不穏分子は根絶やしにし、この『フロンティア』……いやこの世界は我々『アヴァロン』のものだ」


「これで世界に平和が訪れマス。素晴らしきことデスな」


 そうしてウェイガンとワルイリーは揃ってくつくつと笑う。この『アヴァロン』の支配者たるウェイガンと開発主任のワルイリーは古くから上下の関係を結んでおり、ウェイガンの腹心としてワルイリーは暗躍し、多数の『AF(アームドフレーム)』を開発していた。そしてサイボーグ兵士や高度なクローン技術などもワルイリーの手によるものである。『アヴァロン』がここまで巨大な組織になったのはウェイガンのカリスマ性とワルイリーの頭脳によるところが大きい。


「そういえばモルガンはどうだ?」


「やはり稼働時間の短さがネックデスねぇ。薬物の副作用により耐え難い苦痛が生じ、戦闘を続行させるのは困難デス……しかし並列演算処理能力を伸ばしたことによりビットのハッキングシステムを介して複数の『AF(アームドフレーム)』を動かせることはとても大きなメリット……手放すのは勿体無いデス」


 ワルイリーはディスプレイの表示を切り替え、モルガンのバイタルデータと戦闘のデータを表示する。短時間の戦闘能力だけ見れば最高クラスの『トランサー』であるランスロードすら凌ぐが、投薬の副作用で彼女は長時間戦闘を続行することはできないデメリットがある。それに彼女は『アヴァロン』が金と時間にモノを言わせて作り出した最高傑作でもあり、簡単に潰すには惜しい。


「わかっている。しかし肉体的な限界があるとなると——」


「ならば脳だけ取り出して生体CPUとして『ヴァルプルギス』の中枢に接続しまショウ。既にその実証実験は成功しておりマスし、仮に失敗してもまた「アレ」のDNAデータからクローン体を培養すればいいのデス」


 ディスプレイのデータは再び切り替わり、とある人物の螺旋状のDNAモデルを表示する。このデータからモルガンは人工的に作られたのだ。


「そうだな。では近いうちにそうするとしよう。ヤツにはこれから人間として最後の仕事をしてもらわないといけないからな」


「ウフフ彼女の脳がどんな色をしてるのか、どんなシワをしてるのか今から見るのが楽しみデスねぇ」


 悪魔のような笑みを浮かべるワルイリーとウェイガンは一緒にラボを出て次の仕事に取り掛かる。しかし通路の陰に隠れてその会話を聴いている人物がひとり居た。


「わたしは……死ぬの?」


 モルガンはぎゅっと恐怖に震える自分の身体を抱き締めた。


「たすけてランス……トリス……」


 助けを求めるが、今の青年にその少女の声は届くことはない。

 そしてまた夜の闇が深くなる。

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