第2章「夜中の夜明け」3
急いでドックの『ドラグーン』に戻ってきたアルトたちはそこに格納されたそれぞれの『AF』に乗り込む。整備員に補給と簡素なメンテナンスは頼んでいたので機体は万全だ。
「まさかもうヤツらが動き出すとはな」
「しかし『ドラグーン』も『カリバーン』も無事で何よりです」
「少しはゆっくりできると思ったんだがなぁ」
しかし事態がまずいことになっている以上もう休んでいる暇はなく、急いで彼らは機体を起動させる。
「あ、みんなちょっと見て! さっきのヤツらが『ギルド』本部近くのガレージに居るよ! 何か工作してるかも! 音声はちょっと拾えないけど」
ラチェットの発振器から送られたデータを確認すると確かに黒尽くめの男たちに取り付けたマーカーは『ギルド本部』のすぐそばにある。どうやらアルトたちが移動している間に彼らもそちらに移動していたようだ。
「怪しいな。『クルセイダー』の接近といい何かを企んでいるのは間違いない」
迂闊だったな、とアルトは内心舌打ちする。
「取り敢えず俺たちも応戦に出るか。あちこちから色んな傭兵集団が迎撃準備してるしよ」
「ああ。取り敢えずこの付近で配置に着くぞ。それとキャス、お前はあの黒尽くめの男たちが何をしているか確認してきてくれ。ラチェットも向かわせる」
「かしこまりました」
ドックを出た『カリバーン』と『ナイトブル』が定位置に着き、アルトは『ヘビィ・ベイビィ』のラチェットに指示を出す。
「え、アタシも?」
「コイツをひとりにさせるわけにはいかないだろう。俺とロックはここから動けない」
「もーしょうがいなー。まぁキャス子と一緒だからいいけど」
さっそくキャスパリーグは『カリバーン』のコックピットから飛び出し、高所から躊躇なくアスファルトの地面に着地するとそのまま高速で『ヘビィ・ベイビィ』のもとまで疾走し、その曲線的な装甲を駆け上がってコックピットに乗り込む。
「ではお願いしますラチェット様」
「ふふーん、お姉さんに任せなさい! じゃ行くよ!」
キャスパリーグがサブシートに座ったのを確認し、ラチェットは『ヘビィ・ベイビィ』のホバー移動を開始する。絶対に敵の企みを暴いてみせる、とラチェットは意気込んだ。
***
「こちらラチェット、中に入れたよ」
早速ラチェットとキャスパリーグは『ギルド』本部の空きドックに『ヘビィ・ベイビィ』を置き、コックピットから飛び出ると素早い動きでガレージの中に入り込み、マークした男たちの姿を探す。
『くれぐれもヤツらに見つからないように注意しろよ~。危ないと思ったらすぐ戻れよな』
「わかってるわよ。無茶はしないわ」
『ヤツらはどんな感じだ?』
「今その姿捜してるとこ~」
端末で仲間と連絡を取り合いつつラチェットとキャスパリーグは周囲に警戒をしつつガレージの中をゆっくりと歩いていく。
中はとても暗く、ライトも相手に気付かれるので使えず、肉眼ではほとんど何も見えない。しかし『マシンドール』であるキャスパリーグは中を問題なく把握でき、ラチェットの手を取ってずんずん奥へ奥へと進んでいく。するとおもむろにキャスパリーグが前方を指で差し示す。
「ラチェット様、あそこに例の二人組が」
目が暗さに慣れてきたのでラチェットもなんとかそこに複数の人影があることに気づけた。その人影は何やら大きな鉄の塊を前にコソコソ作業をしている。
「なんか大きなコンテナの前に立ってる……暗くてよく見えない……」
ラチェットが物陰から目を凝らしているとキャスパリーグが目から赤外線レーザーを照射し、その鉄の塊をスキャンする。すると彼女が『マシンドール』らしからずハッと息を呑んだ。
「あれは核弾頭ですね。原子力マークが見えます」
「核……っ!?」
思いがけないワードにラチェットの肩がびくりと震える。
『なに!? 核だと!?』
『もうちょっと詳しく――』
しかしラチェットの手元から端末が離れ、硬い床にはたき落とされた。更に何者かが端末を踏んだことでばきりと割れる。
「おーっと俺たちの計画を知られるのはまずいな」
「誰!?」
ラチェットの目の前には大柄の男が立っており、咄嗟にラチェットは身構えるが、背後からまた別の巨漢が現れ、彼女の身体を羽交い締めにする。キャスパリーグも同じように拘束されてしまい、まさに絶体絶命のピンチだ。
「くっ……! ちょっと離しなさいよ!」
「彼らの仲間ですね。しかし『アヴァロン』のデータベースには……」
「俺たちは『ギルド』の人間だよ! カネであいつら側に着いたのさ!」
「内通者でも居なけりゃこんな計画実行できねぇだろ」
「なるほどそういうことでしたか。迂闊でした」
「しかしカオもカラダも最高だな。この場で殺すには惜しいしちょいと楽しむとするか」
「じゃあ俺はこっちの『マシンドール』を……」
「お前変態だな~まぁこんなにカワイイならアリか」
「おいお前らだけで楽しまないで俺にも回してくれよ」
「ちょっ……この変態! どこ触って……!」
すると男のひとりがおもむろにラチェットの年齢の割には大きい胸に手を伸ばす。しかし力自慢とはいえこれほどの屈強な男が相手ではラチェットでも拘束を振りほどくことはできない。もうおしまいだと諦めそうになったその時、
「彼女から手を離してください」
「ぐわっ!」
いきなり羽交い締めにされていたキャスパリーグが力尽くで拘束を振りほどき、男に強烈なビンタを放った。強い衝撃が脳に襲いかかり、男は一瞬で気を失って床に倒れ込む。
「な、なんだこいつ! いきなり……ぐえっ!?」
「がああああ!!」
するとキャスパリーグは蹴りや殴打で次々に男たちを昏倒させ、あっという間に敵を全員無力化してしまった。もちろん気絶させただけで彼らに怪我はない。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう!! 助かったよ~キャス子すごくかっこいい……」
尻もちをついたラチェットに手を差し出して体を起こすとラチェットはキャスパリーグをキラキラした目で見つめる。
「しかしこれ以上ここに留まるのは危険ですね。早くアルト様たちの元へ戻りましょう」
「そうだね! 『ギルド』の人たちにもこの核弾頭のこと報告しないと……」
騒ぎを聞きつけて男たちの仲間がまたここに来るかもしれないとラチェットとキャスパリーグはすぐさまガレージの外に出てドックのヘビィ・ベイビィに乗り込む。そして機体を起動させ、ドックの外に出るともう既に多数の『クルセイダー』が街の上空に部隊を展開させていた。
「うわっ、もう『クルセイダー』が来てる!」
「一触即発の雰囲気ですね」
すると『ナイトブル』のロックから通信が入った。
『おい大丈夫だったか!? なんか途中で通信途切れたけど』
「なんとかね、キャス子に守られちゃった」
『とにかく無事で何よりだ。しかしこっちも大分まずい状況だ。応援頼めるか?』
いつも冷静なアルトも今ばかりは少し焦っている。それだけ危険な状況ということだろう。
「はいはい今向かってるわよもう! 人使いが荒いったら!」
ラチェットはフットペダルを一気に踏み込み、スラスターで空中を飛び上がると一直線にアルトとロックの元に向かう。眼下を確認するとどこもかしこも『AF』が待機して上空の『クルセイダー』に向けて武器を構えている。
「核弾頭に関してですがやはり『アヴァロン』の自作自演のようですね。『ギルド』が核を隠し持っていたことにして攻撃を仕掛けるつもりのようです。先程『ギルド』の方にも連絡をいたしました」
数分ほどで『ヘビィ・ベイビィ』はアルトたちの元に到着し、コックピットを出たキャスパリーグが大急ぎで『カリバーン』のコックピットに移動し、アルトに先ほど見た『アヴァロン』の裏工作を報告する。
「やはりそうか。卑劣なヤツらのやりそうなことだ。しかしこうも状況が混乱していると『ギルド』の潔白を主張しても『アヴァロン』はそれをねじ伏せ、世論を味方につけるだろう」
『マジでクソだなあいつら!』
アルトの拳に力が入り、ロックも太ももを強く叩く。こんな卑劣な行為を許すことはできない。
「とにかくこんな馬鹿げた茶番はうんざりだ。俺たちで――」
アルトが言いかけたその時だった。
突然上空の『クルセイダー』が一機、唐突に爆発し、夜の街に光を灯す。
「え……爆発!?」
「あれは……『クルセイダー』が撃墜されました!」
それはまさに開戦の狼煙だった。
***
周囲の『AF』がざわついているのがよくわかる。それは『ブラック・バレット』も同様だった。
「はぁ!? ギルドマスターは先制攻撃はするなって――」
ロックの言葉を遮るようにスピーカー越しに指揮官機を示す羽つきの『クルセイダー』の『トランサー』の声が一帯に響き渡る。
『見よ! 『ギルド』の『AF』が我々に攻撃を行った! これは明確な敵対行為! 絶対に許すわけにはいかない!』
『おのれ『ギルド』め! 核の保有のみならず『アヴァロン』を攻撃するとは!』
「……これもヤツらの自演か」
アルトはあまりのバカバカしさに眉間を揉む。どうやら彼らはこんな方法で本当に『ギルド』に罪をなすりつけることができたと思い込んでいるようだ。
『ふざけんな! オレたちは何もしてねぇ! いきなりそっちが爆発しただけじゃねぇか!』
するとアルトたちの前方にいた『AF』の一機が『クルセイダー』に反論をする。ごもっともな意見にその場の誰もが同意する。
『黙れ! 卑劣な『ギルド』め! 貴様らには我々が裁きを下す!』
『ぐああっ!!』
しかし羽つきの『クルセイダー』がランスの先からビームマシンガンを発射し、反論した『AF』を攻撃した。攻撃を食らった『AF』は装甲を穴だらけにされ、沈黙する。
『あいつらやりやがった!』
『『アヴァロン』のヤツらもう許さねぇ! 皆殺しにしてやる!』
反『アヴァロン』側の『AF』の『トランサー』たちもその理不尽な攻撃を見て怒りに火が点き、次々に攻撃を開始する。すると『アヴァロン』側もこれを待っていたと言わんばかりに応戦を始めた。眼下では民間人たちが大慌てで戦場から逃げ出すのが見える。
「クソッ、止めるぞ!」
「おう!」
「アタシも!」
『カリバーン』に続き、『ナイトブル』と『ヘビィ・ベイビィ』も前に出る。敵を引きつけて他に攻撃がいかないようにするためだ。アームに懸架されたシールドバインダーを兼ねた大剣を片手に手前側の『クルセイダー』に向かって一直線に突っ込む『カリバーン』だったが、突如謎の白いシルエットが間に割り込み、『カリバーン』が振りかざした大剣を防ぐ。
「今度は何だ!?」
咄嗟に相手から距離をとったアルトは前方の『AF』の姿を確認する。
穢れのない白に染め上げられたその装甲は騎士を思わせる曲線的なフォルムで腰とバックパックのバインダーがまるで勇者の羽織るマントや天使の翼のようにも見える。そして両手には双剣を携え、鋭い双眸が『カリバーン』をまっすぐ見つめている。
そしてその傍らには紫と白を基調としたカラーリングの『AF』が槍とシールドを携えている。
「なんだアレは、新型か?」
「あれキャスが持ってきたデータの中にあったよ! たしか――」
「『アロンダイト』と『フェイルノート』ですね。最近ロールアウトされた『AF』です。パイロットは――」
『遂に姿を見せたな『カリバーン』……』
キャスパリーグの言葉を遮るように『アロンダイト』の『トランサー』から通信が入る。その顔と声をアルトはよく知っていた。
「お前は……!」
『『ナイツオブラウンド』第一席、ランスロード・ヴァンウィッグだ』
「ランス、ロード!?」
アルトの手がびくりと震える。
彼の眼の前に「あの男」がいる。その事実に驚愕したアルトの体はわずかに強張った。
『その機体は我ら『アヴァロン』のもの、返してもらおう!』
そして二機の『AF』が激突した。