第2章「夜中の夜明け」2
極めて座席の座り心地が悪いおんぼろのバスに乗ったアルトたちは三〇分ほど掛けて『ギルド本部』に到着した。
スラム街というほどではないが、全体的に粗末な作りで薄汚い建物が多い『デイブレイクタウン』の中では少し浮いて見えるほどしっかりとした高層ビルだ。窓ガラスは全て強化ガラスでとても堅牢な作りになっている。出入り口では様々な人間が中を行き来しており、とても活気がある。
「ここが『ギルド本部』ですか。立派な建物ですね」
「『キャメロット』ほどではないだろう」
「まるで実際に見てきたかのような口ぶりですね」
「いや……別に」
キャスパリーグの指摘にアルトはやや言い淀む。
「でもよ、オレらどうやってコンタクト取るんだ? アポとかしてないよな?」
「一応『ギルド』に加盟はしてるけど特に偉い人と仲良かったりするわけではないもんね。面会させてもらえないかな?」
「俺に任せておけ。ツテがある」
「マジで?」
するとアルトはおもむろに正面の入り口から中のエントランスホールに入り、受付のカウンターに向かう。そして上着のポケットから一枚のカードを取り出し、美人の受付嬢に提示した。
「こういう者だ。ギルドマスターと話がしたい」
「かしこまりました。ご案内致します。お連れ様もご一緒にこちらからどうぞ」
アルトが提示したカードを隅々までチェックした受付嬢は快くアルトたちをビルのエレベーターに案内する。
「うわー、マジで入れちゃったよ。どうやったんだよアルト、やっぱカネか?」
「そんな訳ないだろう。正当な手段を使ったまでだ」
街の様子が一望できる全面ガラス張りのエレベーター内でロックがはしゃぐ。
「ギルドマスターがお越しになるまでこちらでお待ち下さい」
「うわー、すごい部屋! なんか高そうなインテリアがいっぱいある……」
そしてエレベーターから出たアルトたちが足を踏み入れたのは来客用のスペースだ。部屋に敷かれた絨毯やテーブル、椅子、棚といった調度品の数々はどれもこれも高級感があり、贅沢を尽くしており、『ギルド』がどれだけの力を持っているのか一目見ただけでわかる。
「ギルドマスターとは一体どんな方なのですか?」
「もう少しでわかるさ」
ソファに座り、スタッフに出された紅茶を啜るアルトたちだが、その時ガチャリとドアが開いた。
「久しぶりだなアルト。三年ぶりか」
「お元気そうで何よりです。ユーゼルさん」
アルトはソファから立ち上がり、部屋に入ってきた男に頭を下げ、慌ててロックとラチェットも同じく立ってお辞儀する。
「ではあなたが……」
一方キャスパリーグは微動だにせず、まじまじと男の顔を見つめる。
「ああ。ギルドマスターのユーゼル・インヴァースだ。『マシンドール』のお嬢さん」
***
アルトたちの前に現れたギルドマスター……ユーゼル・インヴァースは上下白のスーツにハット、黒いマフラーという出で立ちの初老の男だった。歳の割に身体はとてもよく鍛えられており、かなりの巨漢だ。大分強面だがニヒルな笑みを浮かべており、不思議と威圧感は無い。
「(この人がギルドマスターなの? めっちゃダンディなおじさまじゃん!)」
「(やべぇめっちゃ緊張してきた……)」
ラチェットもロックも緊張に顔が強張っているが、アルトの方は至って冷静だ。ユーゼルの座ってくれたまえというジェスチャーに従い、ソファに腰掛けて話を進める。
「この方は俺の昔からの知り合いだ。俺が『ブラック・バレット』に斡旋されたのも彼の手によるものだ」
「えっ、つまりアタシたち知らないところで期待されてたってことですか?」
「いや――単純にあちこちの傭兵団にコイツを紹介したんだが返事があったのが単純にお前らだけだっただけだ」
「あ、そういうことな」
ぬか喜びでラチェットとロックは肩を落とすが、ガハハとユーゼルは愉快げに笑った。
「こいつは全身のほとんどを義体化した『サイボーグ』。義肢の『トランサー』自体が敬遠されるのにそんな特殊な身体の人間を受け入れるヤツはそうは居ない。『トランサー』は人間の意識を『AF』にもリンクさせることで直感的に機体を動かすからな。どうしても義肢だとそこは枷になる。まぁ見たところお前たちは並みの『トランサー』より遥かに『AF』を使いこなしているが」
「いや~そう褒められると誇らしくなりますね~」
「まぁ俺たちも最近は名前が大分広まりましたからねぇ」
ふたりが照れくさそうにウネウネ悶えるのをアルトは無視しつつ紅茶を啜る。するとユーゼルは咥えたタバコに火を点け、吸い殻を机の上の灰皿に擦り付けつつ、じっとアルトの目を見る。部屋の空気が変わるのを肌で実感し、『ブラック・バレット』のメンバーの姿勢も自然と伸びる。ここから先が正念場だ。
「で、本題に入るがお前たち何が目的で俺に会いに来た?」
「では結論から言います。俺たちは『アヴァロン』を倒せるかもしれない切り札を持っています。なのであなたたち『ギルド』に協力をお願いしたい」
***
アルトの申し出に対してユーゼルは小さくため息をつき、新たに一本タバコを咥え、火を点ける。だいぶ考え込んでいる様子だ。
「……なるほど。お前の言う事ならある程度信頼できるということだろう。だが実際にそのネタを見せてもらわないと俺も何とも言えねぇ。更にあの『アヴァロン』となるとこちらも慎重にならざるを得ない」
「こちらに」
アルトはすぐさま上着のポケットから「ネタ」を取り出しテーブルの上にサッと並べる。
「ほう……『アヴァロン』幹部の情報か。それにこっちは『AF』の設計データに『キャメロット』の内部見取り図、と」
ユーゼルは「ネタ」のひとつひとつを手に取り、じっくりと中身を吟味する。ギルドマスターという権力を持つ人間であってもその内容はあまりにも魅力的なものだ。『アヴァロン』という最大の敵に対抗しうるその力はこの世界の誰もが喉から手が出るほど欲しがる代物だろう。
「それだけではありません。『アヴァロン』が開発した最強の『AF・カリバーン』を俺たちは手に入れました」
「その中枢ユニットがこのわたくし、キャスパリーグでございます」
キャスパリーグが一歩前に出る。そして彼女が虚空に手を翳すとテーブルの上に『カリバーン』のホログラムモデルが投影される。傍らにはカタログスペックもグラフで表示されており、その数値の高さにユーゼルも目を丸くする。
「ほう、それはとても興味深い話だ。しかしお嬢さんは何故『アヴァロン』を裏切りコイツらの側に着く?」
ユーゼルの疑問は当然だ。
そしてキャスパリーグの目的こそがアルトたちがここに来た理由でもある。
「わたくしの目的はこの『カリバーン』に組み込まれた『カリス』を誰の手にも渡らない場所……宇宙に廃棄することです。永久機関ともいえるアレはこの世界のパワーバランスを崩壊させます。これにより『カリバーン』は半永久的に活動でき、ほぼ無尽蔵なエネルギーをあらゆる攻撃に利用できます。それはもはや単騎で世界中の『AF』と渡り合えると言っても過言ではありません。勿論『トランサー』の肉体的限界を考慮しなければ、ですが」
「これは……! 核融合炉すら比較にならない出力だと……!? 連中イカレてやがんのか!?」
豪胆なユーゼルが驚くのも無理はない。それだけこの『カリバーン』が搭載している『カリス』は危険過ぎる。しかし何よりも恐ろしいのはこの動力を兵器に組み込んだ『アヴァロン』であるが、アルトやキャスパリーグのような良識のある人間の手に渡らなかったらどうなっていたか見当もつかない。
「なるほどその『カリス』とやらがどれだけ危険なシロモノかはわかった。正直いえばその力はこちらも惜しくないわけではないが新たな戦争の火種になることは明らか……宇宙へ廃棄するというお前たちの提案にはこちらも乗ろう。だが問題はそれを運ぶ軌道エレベーターだ。ウチは『AF』を積めるロケットを持ってないから軌道エレベーターを使うしかないがアレは『ログレス』の手前に位置してる。公共の財産としてAIによる管理・保全がされているが実質的に『アヴァロン』が所有していると言っていい。つまりあれを利用するなら『アヴァロン』の本拠地に乗り込むことに等しい」
「やはりそれがネックですか」
「だがヤツらとの衝突はどの道避けられないだろう。辛うじて今は表立った争いはしていないがいつ火薬庫の火が爆発するかはわからん。ならばヤツらに対抗する上でもお前たちの力はどうしても必要になる。勿論そうならないようにこちらも穏便に話し合いだけで済むように努力はする」
「ありがとうございます」
アルトたちは立ち上がり、再びユーゼルに頭を下げる。これでひとまずは安心といったところだ。
「それにしてもすんなりと協力してくれましたね。粘り強い説得が必要かと思っていましたが」
「なに、俺も『アヴァロン』には恨みがある。それにそのお嬢さんがヤツらによって奪われた俺の娘に似ているからな」
「わたくしが、ですか?」
キャスパリーグが不思議そうに頭を傾げる。
「そこの写真立てに写っている子だ」
「こちらの方ですか。たしかにわたくしと似ているような、似ていないような……」
ユーゼルが指し示した方を見ると、彼のコレクションが並べられた棚の上に小さな写真立てがあり、そこに若き日のユーゼルと美しい女性、そしてふたりの間に立っている笑顔の少女が写っている。その少女は一五、六歳くらいで、ちょうどキャスパリーグの外見と同じくらいの年齢だ。顔立ちもやや彼女に似ている。
「……」
一方アルトはどこか悲しそうに、寂しそうにその写真に写った少女を見つめていた。それに気付いたユーゼルがこほんと咳払いをする。
「……まぁそれはそれとして『アヴァロン』に対抗できる力が欲しいのは俺たちも同じだ。最近のヤツらは『クルセイダー』の量産のこともあり以前にも増して何やら不穏だからな。いつ俺たちに攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない」
「連中もそれだけ焦っているということですかねぇ、まぁ『カリバーン』が俺たちに奪われたんだから当然っちゃ当然か」
「でもこれでしばらくは平穏な暮らし送れそうね~『ギルド』ならたくさんの『AF』に触れそうだし!」
トントン拍子に話がうまく進んでロックとラチェットは上機嫌だ。このふたりは若干お気楽というかノリが軽いところがあり、アルトをたびたび苦労させてきた。しかし『ギルド』の庇護下で安定した仕事が出来るようになれば少しは楽になれそうだ。
「まぁ俺もギルドマスターである以上お前たちだけを特別扱いするわけにはいかないが、それなりの待遇は保証してやろう。勿論相応の仕事もしてもらうが以前より良い暮らしは出来る筈だぜ」
「マジっすか! ありがとうございます!」
「頑張ります!」
ユーゼルに対し揉み手をするような勢いでヘコヘコするふたりにアルトはため息をつきつつふと窓の外を見る。すると遠くの方にいくつか横に並んだ光が空に浮かんでいるのが見えた。
「なんだアレは?」
「『AF』のスラスターの光でしょうか。こちらに近付いています」
アルトの隣にやってきたキャスパリーグが指摘すると同時、突然ビル全体に警報が鳴り響いた。
「なんの騒ぎだ!?」
「『アヴァロン』の複数の『クルセイダー』および二機の未確認『AF』がこちらに向かっています!」
ドアの外から黒服の男が飛び込むように部屋に入り、ユーゼルに事情を説明すると、それを聞いたユーゼルの顔は険しくなった。ギルドマスターとしての威厳が感じられる風格だ。思わずアルトたちの肌にも緊張が走る。
「『アヴァロン』側からの通信です。こちらに」
ユーゼルは黒幕が差し出した端末を手にする。その画面にはあの『クルセイダー』に乗る『アヴァロン』の『トランサー』の顔が映し出されていた。
「突然何の用だ? 事前に断りもなく大勢で来るとはあまりにも不躾ではないかね?」
『これは失敬。しかし我々も急務でな。事前にそちらに話をする余裕もなかった』
「で、要件はなんだ」
ユーゼルの声が若干の怒気を孕む。しかし相手の男の放った言葉はあまりにも衝撃的だった。
『貴様たちが条約で禁止されている核弾頭を所持していることは知っている。大人しくそれをこちらに渡してもらおう』
「核弾頭だと!? 何をデタラメを!」
勿論心当たりのないユーゼルは即座にそれを否定するが、相手の『トランサー』はやれやれと肩を竦めてみせる。
『しらばっくれるつもりか、ならばこちらも相応の手段に出よう』
それとほぼ同じタイミングで『デイブレイクタウン』の上空に到達した複数の『クルセイダー』が静かにランスを構える。攻撃も辞さないという意思表示だ。
「ええい、ウチの『AF』を複数出して防衛に当たらせろ! ただしこちらから攻撃はするなよ!」
即座にユーゼルが部下の黒服に命令を出し、黒幕もまた他の人間に指示を出す。平穏だった『デイブレイクタウン』にみるみるうちにパニックが広がっていくのがわかる。おそらくこのままでは多数の人間が犠牲になるだろう。それは止めなければならない。
「ギルドマスター、俺たちも出撃します。おそらく彼らの狙いは『カリバーン』だ。この街に被害を出すわけにはいかない」
アルトは迷いのない眼差しでユーゼルを見つめる。するとユーゼルもこくりと力強く頷いた。
「お前たち……わかった。頼むぞ」
「では失礼します」
アルトたちは頭を下げ、部屋を飛び出す。
もう昔見た地獄をまた目にするのはごめんだった。