第2章「夜中の夜明け」1
『フロンティア』最北部に位置する『ログレス』。その城ともいえる『アヴァロン』拠点『キャメロット』。その地下にある工廠に併設された演習場では『AF』を使用した模擬戦が繰り広げられていた。
多数の『クルセイダー』がランスを構えて次々に突撃してくるが、純白の『AF・アロンダイト』はそれらの攻撃をまるでダンスでも踊るかのように躱し、両手に携えた二振りの剣で切りつけていく。勿論模擬戦なので刃は使わず剣の腹で叩きつけるが、その華麗な剣戟には鬼気迫るものがある。
「はぁぁああああああああああああああああああ!」
『ぐあっ!』
そして最後の一機がダメージ判定を受けてダウンし、敵部隊を全滅させた『アロンダイト』が双剣を腰のバインダーに収納する。一分にも満たない短時間のうちに一三機の『クルセイダー』を『アロンダイト』は倒してしまった。
「敵部隊の全滅を確認しました」
「やはり流石だなランスロード少佐の技量は。あの『アロンダイト』の性能を完全に引き出している」
「『カリバーン』と同様に『アロンダイト』もまた常人では操縦できない機体。『カリス』を登載していない分、機体スペックは『カリバーン』にはやや劣りますが最強の騎士ランスロード少佐の操縦技能により通常状態の『カリバーン』と比較した場合であれば上かと」
模擬戦の様子をすぐ間近でモニターしていたウェイガンと鉤鼻とゴーグルと白いヒゲ、そしてマジックハンドのような義手が特徴的な『AF』専門の老科学者ワルイリーが満足そうな笑みを浮かべる。
「ご苦労。十分なデータは取れた、降りたまえランスロード少佐」
「はっ!」
ウェイガンの命令に従い、ランスロードは『アロンダイト』のコックピットから降り、上官に敬礼する。激しい戦闘だったにも拘らず、仮面を着けたその端正な顔はとても涼しげで一切の疲労は見て取れない。これは彼の特殊性によるものだろう。
「流石ですランスロード様。私も負けてはいられませんね」
すぐ隣の演習場でランスロードの『アロンダイト』と同じく数機の『クルセイダー』を相手に訓練していたトリスは『フェイルノート』の槍を掲げ、そのまま横薙ぎに振るった。咄嗟に『クルセイダー』がシールドを構えて槍の斬撃を防ごうとするが、『フェイルノート』の槍はシールドごと『クルセイダー』の両腕を斬り落とす。
『距離を取って一斉射撃だ!』
リーダー機の指示の通り、残った『クルセイダー』は一斉にマシンガンを構えて『フェイルノート』にペイント弾を発射する。しかし『フェイルノート』は左右にジグザグとまるで舞うように移動し、あられのように殺到する大量のペイント弾を回避しながら一気に距離を詰めた。
「狙いが甘い!」
そして目にも留まらぬ速さで槍の刺突を放ち、流れるような動きで瞬く間に『クルセイダー』を撃破した。
「素晴らしいなトリス。また一段と腕を上げたようだ」
「お褒めいただき光栄です」
『フェイルノート』のコックピットから降りたトリスはランスロードの差し出したタオルを受け取り、額に滲む汗を拭い取る。
『た……頼む! これ以上は死ぬ! 誰か止めてくれ!』
すると隣の演習場から『アヴァロン』兵士の悲鳴が聞こえてきた。そこでは『アロンダイト』と同様にもう一機の『AF』の演習が行われている。ワルイリーがそちらの映像を拡大すると漆黒の『AF』が四肢をもぎ取られた『クルセイダー』の首を右腕で掴み、高く持ち上げていた。
「ほう、これは凄まじいな」
珍しくウェイガンは満足気に頷く。
漆黒の『AF』の周囲にはスクラップにされた『クルセイダー』が大量に転がっていた。『トランサー』のバイタルサインは一応全機反応があるが重体であり、慌ててメディカルスタッフがコックピットハッチを開けて血まみれになった彼らを医務室に運んでいる。まさにこれは演習ではなく一方的な虐殺だった。
「――」
更に漆黒の『AF』はだらりと下げた左腕を手刀の形にし、ダルマにされた『クルセイダー』のコックピットに突きつけている。あの鋭い爪であれば『クルセイダー』の胸部装甲もたやすく貫いてしまうだろう。
『や、やめろ!! うわぁぁああああああああああああああああ!!』
「き、緊急停止! 『ヴァルプルギス』の電源ケーブルを抜け!」
生命の危機に瀕した『トランサー』が狂ったように絶叫し、慌てて研究員のひとりがキーボードを操作して緊急停止コマンドを実行する。すると漆黒の『AF』……『ヴァルプルギス』の背中に接続された電源ケーブルが外され、活動エネルギーが絶たれた『ヴァルプルギス』の動きは止まり、掴んでいた手が緩んだことでダルマになった『クルセイダー』の胴体は落下し、『ヴァルプルギス』の足元に転がった。慌ててスタッフが落下の衝撃で半開きになったハッチから『トランサー』を引きずり出すが、彼はあまりの恐怖で半ば廃人のようになっており、怪我をしているわけでもないのに身動きひとつしない。
「はぁ……はぁ……!」
『ヴァルプルギス』のコックピットで『トランサー』の少女・モルガンは無数のケーブルに繋がれ、全身から冷や汗を流し、苦しそうに肩で息をしていた。病的なほど白い肌はまるで死人のように更に青白くなっているようにも見える。今にも倒れてしまいそうなほどだ。
「ククク……素晴らしいデータだ」
「想定以上の結果でございマス。いつでも実戦には投入できますねェ」
多数の『トランサー』が負傷したというのにまるでおもちゃを買って貰った子供のようにはしゃいでいるワルイリーとそれを諌めようとしないウェイガンにランスロードはやや冷たい目を向ける。彼らは人の命をなんとも思っていない。
「見ていられないな……」
「少佐、どちらに?」
「執務室に戻る」
「それでは私も失礼します。仕事がまだ多く残っておりますので」
ランスロードとトリスは彼らに背中を向け、演習場から無言で出て行く。あんな悪趣味な光景を見せられては気分が良くない。いつもと違いやや剣呑な雰囲気を纏うランスロードとトリスは通りすがる『アヴァロン』の下級兵士を驚かせながらまっすぐ廊下を足早に歩いていく。
「まさかあれほどの戦闘力とは……彼女は一体」
「詳しいことはわからない。『アヴァロン』が人造トランサーを開発しているという噂は何度か耳にしたことはあるがまさかあの子がその完成品だというのか」
「人の手で造られたトランサー……明らかに人道に反しています。ランスロード様はどうお考えで?」
「同感だな。あんないたいけな少女を利用するのは好まない。だから彼女について詳しく探る必要がある。手伝ってくれるかトリス」
「もちろんです。私はあなた様の忠実なる剣ですから」
***
『ブラック・バレット』の一行と『AF』を乗せた航空輸送艦『ドラグーン』は半日ほどで目的の場所に到着した。
「見えたぞ。『デイブレイクタウン』だ」
眼下に広がる夕焼けに照らされた広大な『フロンティア』の大地。その南端部に巨大な街がある。あれこそがアルトたちの目指していた商業都市『デイブレイクタウン』だ。自由な気風で住民は明るく、世界中から多くの人々が集まる眠らない街。広く外部からの人間を受け入れているので反社会的な荒くれ者なども多く、争いは絶えないが、『ギルド』の自治により大きな事件は起きていない。
「『デイブレイク』なのに夕方に到着するとはこれいかに」
窓の外に広がる街を見下ろすキャスパリーグも初めて見る街の光景に興味津々の様子だ。そして『ドラグーン』は管制の誘導のもと予約していたドックに無事着陸する。
「予定より早く着いたなぁ。さっそくナンパに行くか」
長時間『ドラグーン』の操縦をしていたロックは肩のコリをほぐしながら機体の外に出る。
「買い出しだー!」
ずっと寝ていたラチェットは目を覚ますなり元気にロックに続いて外に出て、一目散にショッピングモールがある中心部にアクセスできるバス停に向かおうとする。
「待てお前ら、まずは『ギルド』でパスの交付だ」
しかしラチェットの羽織っているマントをアルトは掴み、彼女の動きを止めた。このまま放っておけば不法入国で処罰されかねない。
「そういえばキャス子ってどういう扱いになるんだ? 『マシンドール』だけど」
「『マシンドール』の場合財産扱いですね。アルト様がマスターとして登録されておりますので特に手続きは必要ありません。何か問題を起こしたらアルト様が所有者として責任を取りますので」
ロックの素朴な疑問にキャスパリーグが答える。AI技術がシンギュラリティを迎えて早三〇〇年、彼女のように心を持った『マシンドール』も希少とはいえある程度発見されるようになった。しかしそういった個体は人間と同様人格を持った一生命体として扱われ、場合によっては国の専門の機関に保護される。しかし目的のために彼女は自分の素性を隠し、ただの『マシンドール』として行動するつもりのようだ。
「おいくれぐれも何か変なこと起こすなよ」
「どうぞご安心ください」
しかしアルトとしてはこの若干天然なところがある『マシンドール』が何かアクシデントを起こすのではないかと気が気でなかった。
***
最寄りの『ギルド支部』でパスの交付を受け、めでたく『ブラック・バレット』の一行は入国許可を得た。ついでに『スカルヘッド』から集めた『ダガー』のジャンク品も業者に買い取ってもらい、結構な額を稼いだ。ちなみに『カリバーン』はをの特性上迂闊に触られると危ないので『ドラグーン』の奥にしまい込んである。万が一の時はキャスパリーグが遠隔操作できるのでセキュリティも万全だ。
「やっと手続きも終わったしなんか買い出しの前にメシ食おうぜ」
「そだねー。アタシもお腹ペコペコー」
中心部の大通りにやってきた一行は良さげな店を探す。しかし夕飯時ということでどの店も行列ができており、注文するまで時間がかかりそうだ。するとキャスパリーグがとある一軒の店を指差した。
「みなさま、あそこに良さげなお店があります」
彼女が示したのはラーメン屋だった。和風っぽい雰囲気の外観で、どことなく異国情緒が漂っている。もっとも誰もJAPANに行ったことはないが噂によると国民はみんなNINJAやSAMURAIの末裔で常に帯刀し、無礼をすればその場で切り捨てられる礼儀に厳しい国と聞く。ちなみにそこの『AF』は信頼性が高いと評判で、特に老舗ブランドの『IZUMOカンパニー』の生産しているパーツはラチェットも愛用している。
「そうだな。そこのラーメン屋にするか」
アルトは結構和食や中華料理が好きだったし、待っている客も少ないので特に反対する理由もない。他のメンバーも同様で、一行はその店の暖簾を潜った。そしてカウンター席に横一列に座り、頑固そうなオヤジの店員に注文をすると即座にラーメンが四つ出てきた。
「ん~麺もスープもおいしいわね〜」
「見ろよこの山盛になったモヤシとキャベツ。エベレストかよ」
ラチェットとロックは味に舌鼓を打ち、アルトも黙々と麺とスープを口に運ぶ。しかしキャスパリーグはじーっとラーメンの丼を見つめて箸もレンゲも手に取らない。
「そういえばキャス子は食べないの? 伸びちゃうよ?」
「わたくしは『マシンドール』です。食事は必要ありません。生体パーツで消化器系は再現しておりますので人間と同様摂取した食べ物からエネルギーを回収することは可能ですが効率は……」
「『マシンドール』だろうがひとりだけ何も食べていないと気まずいだろう。ほら」
見かねたアルトが箸とレンゲを手に取り、キャスパリーグに渡す。
「ではいただきます」
キャスパリーグも渡されたそれを受け取り、おずおずと麺を掴み、口に運んで咀嚼する。そして続けてレンゲでスープを掬い取り、啜る。『マシンドール』に本来食事は必要ないと彼女は言っていたがとても上品な食べ方だ。
「なるほど、確かにおいしいですね。もう一杯いただいてもよろしいでしょうか」
あっという間に完食したキャスパリーグは更にもう一杯ラーメンを頼む。
「おー、いっぱい食べるねー」
「気に入ってもらって何よりだけど健啖家だなぁ」
そして二杯目、三杯目とラーメンを平らげたキャスパリーグは空になった丼を置くなり席を立ち上がった。
「失礼、お手洗いに」
「……あー、やっぱりご飯食べるとそういうのもあるんだ……」
少し反応に困るが、それだけ彼女のボディが人間に近いということだろう。ラチェットたちはお手洗いに向かうキャスパリーグの後ろ姿を静かに見送る。
「ん? おい、あれを見ろ」
「どしたの?」
するとアルトは店の奥のテーブル席で何やら黒づくめの怪しげな男二人組が小声で話し合っているのが見えた。サングラスで目元を隠しているが強面で体もだいぶ鍛えられている。少なくともカタギの人間ではないだろう。
「なんかきな臭いな。会話拾えるか?」
「ああ」
アルトは自身の聴覚レベルを上げ、男たちが話してる会話をキャッチする。
「例の計画はどうなっている?」
「順調だ。これで目障りなヤツらもおしまいだ」
「しかし上のヤツらも随分と大胆な行為に出たもんだな」
「それだけお偉いさん方も焦っているってことだろ」
彼らが何について会話しているのかまではわからないが、少なくともロクなことではなさそうだ。するとちょうど同じタイミングでキャスパリーグがお手洗いから戻ってきた。
「あの奥のテーブルに座っているふたり組……『アヴァロン』の下級兵士ですね。データベースと照合したところ顔が合致しました」
「やはりか」
「もしかしてテロの準備か?」
「注意する必要はありそうですね」
「それならアタシに任せて。こういう時のために便利なガジェットがあるから」
するとラチェットが羽織っているマントのポケットからハエのように小さなロボットを取り出し、そっと手から離す。するとロボットは空中をゆっくりと飛行して黒づくめの男のひとりの上着の内側に入り込んだ。
「発信機よ。これであいつらの動きを遠くからでも監視できるわ」
ニヤリと笑みを浮かべるラチェットが端末を取り出すと、その画面上に表示されたマップには男たちの現在位置を示すピンが立っている。
「おっナイス」
「とりあえず勘付かれるのはまずいから先に店を出るか。ヤツらが何か不審な行動に出たら即座に対処する」
「かしこまりました」
これで万が一の場合でもすぐに動くことが出来る。彼らは自分たちの動向が筒抜けになっていることには気付いていないようで、のんきにビールのジョッキを注文している。顔も赤く、だいぶ酔っているようだ。しかし他に仲間が居る可能性もあるし、まだ確定的な情報は掴んでおらず、迂闊な行動はリスクを伴う。ということで『ブラック・バレット』の一行は怪しまれないように一度店を出ることにした。彼らに必要なのは『アヴァロン』に対抗できる強力なバックアップだ。
***
美しい『ログレス』の夜景を一望できる『キャメロット』の中庭は一年中専門の庭師により手入れされた色とりどりの花が咲き乱れている。そこでは『アヴァロン』の士官たちや外部の人間が紅茶や添えられた茶菓子を傍に会話に花を咲かせており、ランスロードとトリスもまたそこに居た。しかし彼らがここにいる理由は場合は上官や同僚と話をするためではなく、人探しのためだ。ランスロードの白い上着がはためき、金髪の髪が揺れる度に周囲の女性たちが色めき立ち、トリスのボブカットの黒髪とすらりとした肢体がライトの光で艷やかに光る度に男たちがごくりと生唾を飲むが、彼らは無視して「彼女」の姿を探す。
「モルガン、どこだーい?」
「居たら返事をしてください。お菓子をあげますので」
返事はない。しかしランスロードとトリスは根気よくモルガンを探す。話によると彼女は暇な時はよくここに居ると耳にしていた。中庭はとても広く、迷路のような作りになっていて長くここで生活をしている二人も迷ってしまうほどだ。
「どこに行ったのでしょう」
「わからない。ただ監視カメラで確認した映像だとここに居るのは間違いない」
かれこれ三〇分ほど歩き回っているが、モルガンの姿は見当たらない。もうどこかに行ってしまったのだろうか、とランスロードとトリスは諦めて引き返そうとするが、その時視界の端に映ったテラスの物陰にあの特徴的なボサボサの長い髪と黒い衣装の少女が隠れているのを見つけた。
「ここに居たのですねモルガン」
ゴソゴソと背中を向けたまま何かしているモルガンの元にランスロードとトリスはゆっくりと近づき、そっと呼びかけると彼女も振り返り、ふたりの顔を静かに見上げる。その赤い瞳はいつもと違って大人しげで、あの演習の時のような獰猛さはない。
「ずっと探していたんだ。キミについてよく知りたくて」
「どうして私のことを知りたがるの?」
「それは……君がとても苦しそうだからだ」
「私は兵器として人工的に作られた人間。それ以外に私の存在意義はない。だから苦しくても私は耐える。そしてたくさんの敵を倒す」
ランスロードの言葉が詰まる。
とても幼い少女だというのに彼女のその生き方はあまりにも悲惨だ。兵器として『アヴァロン』に作られたその少女は普通の人間とは根本的に異なるゆえに普通の生き方ができないし彼女自身もその生き方を知らない。ならば彼女に待っているのはきっと破滅だ。
ぎゅっと拳を握るランスロードと唇をわずかに噛むトリス。対するモルガンは再び彼に背中を向けてまた何かをし始めた。
後ろから覗き込むが、彼女は花を鑑賞しているようだ。
「花が好きなのですか?」
「花はとても綺麗。他の命を奪わず、ただそこに咲き続けてる。だから私は花が好き」
モルガンが小さな手でそっと触れた赤いバラはとても色鮮やかでまるで宝石のような美しさがある。
「私は争うのが嫌い。たくさんの命が消えてとても痛いから」
するとバラのトゲでモルガンの白い指に赤い血が滲む。彼女は不思議そうに指を伝う血の雫をじっと見つめ、おもむろに口元に指を近づけると舌で雫を舐めとり、その唇が薄く朱で染まる。
「君は……」
戦ってはダメだ、と言おうとしたがちょうど同じタイミングで放送があり、彼の声は遮られる。
『ランスロード少佐、トリス大尉、モルガン少尉、至急司令室へ』
「……どうやら出撃のようだね」
「大丈夫ですかモルガン?」
「うん」
ランスロードとトリスは夜空を仰ぐ。
きっとこれから激しい戦いがやってきてたくさんの人間がまた死ぬのだろう。そして自分もまたこの手を血で汚すことになるが、それはもう慣れてしまったし仕方ないと受け入れている。しかしこの幼い少女にその重荷を背負わせるのはあまりにも辛いことだ。
しかしモルガンはそんなふたりの憂いを知らないまま素直に司令室へ向かう。
「もうすぐ夜が来るよ——『ヴァルプルギス』」