第1章「勇者の目覚め」2
「着替え終わりました。見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ございません」
最初に着用していたコスチュームを身に着けた『マシンドール』が頭をぺこりと下げる。
「さて、お前は何者だ」
アルトは腰のホルダーに収納している拳銃をいつでも抜けるようにグリップを軽く握る。相手の『マシンドール』は丸腰であるが機械である以上体内に火器を仕込むといったことは可能だしそういった類のものが無くても人工筋肉のパワーを限界まで引き出せば人体などたやすく破壊できる。つまり油断はできない。
「わたくしはキャスパリーグ。『アヴァロン』が製造した戦闘用『マシンドール』です」
「『アヴァロン』だと……?」
その組織の名前を聞いた三人は一斉にキャスパリーグに対して警戒を強め、アルトは拳銃を突きつける。『マシンドール』の頑丈なボディであろうと容易く貫通する弾頭を発射できる強力なものだ。人間相手には自重するが命を持たない『マシンドール』であれば躊躇する必要はない。
「やっぱり俺たちを殺すために送り込まれた刺客か?」
アルトに続きロックも拳銃を静かに構える。
『アヴァロン』……それはこの『フロンティア』に君臨する治安維持組織の名前だがその実態は武力によって人々を支配する巨大武装集団だ。弱者を搾取し、敵対の意思を見せた者は徹底的に叩き潰す。それが彼らであり、それ故にアルトたち『ブラック・バレット』をはじめとした傭兵集団やジャンク屋など様々な業者が集まる自由な気風の『ギルド』は彼らと敵対していた。もちろん表立って戦争はしていないが、いつ大きな戦いが起きてもおかしくない状態だ。
「えっみんなちょっと……」
敵意を顕にするアルトとロックにあわあわラチェットは動揺する。しかしキャスはただ静かに両手を上げ、首を左右に振って敵意はないことをふたりに伝える。
「わたくしは決してあなた方の敵ではありません。その逆でクライアント……あなた方に依頼をするためにここに来ました。あの白い『AF』……『カリバーン』とともに」
「『カリバーン』……」
アルトは窓の外に鎮座する白い箱を見つめる。
あの中に眠っていた白い『AF』のことだろう。
「単刀直入に言います。あの『AF』を誰の手にも届かない宇宙へ運んでいただきたいのです」
***
「どういうことだ?」
わずかな沈黙ののち、アルトがキャスの依頼について問いただす。
「マスドライバー基地までわたくしとあの『AF』を運び、宇宙へ廃棄して欲しいのです。あれを彼らに使わせる訳にはいきません……より正確に言えばアレに組み込まれた『トランス・ドライブ』……『カリス』という代物なのですが」
「それは何だ?」
「『カリス』はマイクロブラックホールにより空間を歪曲させ、上位次元よりエネルギーを取り出す永久機関とも呼べる代物です。偶然に偶然が重なり、更に膨大なコストをかけて開発出来たのですが、言うまでもなくアレはまさしくこの世界のパワーバランスを崩壊させる代物です。しかし開発者は上層部によって口封じで殺され、データも彼らによって厳重に保管されていましたがそれも私が脱走時に抹消しました。つまり『カリス』はあの『カリバーン』にしか登載されていないということです」
「マウスドライバー基地、か」
『ブラック・バレット』の拠点からおよそ二万キロほど離れたところにマスドライバー基地は存在する。軌道エレベーターが広く普及したことで現在はあまり使用されなくなったが今でも宇宙コロニー建造用の資材などを打ち上げるのに使用されてはいる。確かにあれなら宇宙へ飛ばすことも容易だ。
「それだけ危険なブツということか。そして宇宙へ捨てるためマスドライバーまでお前とあの『AF』を送る運び屋として近所かつ腕利きの俺たちに依頼したと」
アルトの指摘にキャスパリーグはこくりと頷く。
「はい。彼らはアレを反体制派を一掃するために開発しました。アレはまさしく最強の『AF』と呼べるものであり、実戦に投入されれば間違いなく多くの人々の命が奪われるでしょう。それは民間人として例外ではありません」
「しかし何故『アヴァロン』に開発されたお前がそれを否定し、寝返る?」
「まさに最強の『AF』として『カリバーン』は完成しましたが『カリス』以外にもあらゆるスペックの限界を追求したアレは言うまでもなく人間では扱えない欠陥品。そのため、アレを駆る専用の『トランサー』およびアレの中枢制御ユニットとして私は作られました。しかし『AF』が失敗作であればその本体である私もまた失敗作……それ故に人を殺すという行為を恐れる人間としての情緒が芽生えてしまい、このような行動に出ました。ですがちょうど衛星軌道上に乗ろうとしたところで逃亡に使用したシャトルを撃墜されてしまい、中身の箱だけが偶然ここに落下しました。咄嗟に逆噴射で減衰しつつ人気のない場所に軌道を逸らしたことで大事故には至らず幸いでした」
なるほどな、とアルトは外のクレーターに目をやる。あれだけの質量のものが衛星軌道上から落下したらどれほどの被害が出ていたか見当もつかない。
「つまり心を持っているってことかい?」
「はい、信じられないと思いますがわたくしもびっくりです」
「その割にはあんまり表情が豊かじゃないけど」
「私は最近初起動したものでボディがまだ馴染んでいないのです。しかし何でしょう、あちこちに違和感が――」
ラチェットは慌ててキャスパリーグから目を逸らす。
「しかし口先だけでは信頼できない。奴らを裏切ったというのであれば奴らの不利益であり、こちらの利益になるブツなり情報なりを渡してもらわないとな」
「それはこちらに――『アヴァロン』幹部全員のパーソナルデータのリスト、現在開発中の新型『AF』の設計図および各スペックのデータ、本部内部の見取り図、そして……わたくしの生殺与奪の権を付与されたマスターキーデバイスです。これでいつでもどこでもあなたは自由に私の稼働の停止およびOSの削除……つまり命を奪えます」
キャスパリーグはテーブルの上に『アヴァロン』にとっては最重要機密ともいえるデータが入ったチップと己の命ともいえる小型のマスターキーデバイスを並べる。アルトは無言でマスターキーデバイスを拾い、色んな角度から眺める。薄い板状の小さな白い端末だ。
「一応スキャンしてみたけどウイルスとかは入ってないな。どれどれ……」
「うわっ何これ!? マジで『アヴァロン』のヤバいデータいっぱい詰まってるじゃない! 裏社会の人間全員が喉から手が出るほど欲しがるようなブツ……宝くじの一等なんて目じゃない、一体どれだけの価値があるか……!」
「やべぇ、寧ろこっちの命が狙われるやつだ! 取り敢えずプロテクト掛けまくってついでにコピーも確保しておかないと……絶対にオンラインに繋がった端末に保存するなよ!?」
「言われなくてもわかってるって! マスターデータは金庫に保管するし!」
チップの中身を携帯端末で確認していたロックとラチェットは大興奮している。この国家全体を支配しているといっても過言ではない『アヴァロン』の運命を左右しかねないブツを手に入れたのだから無理もないだろう。
「これで信用していただけたでしょうか」
「しかしだな――」
ぐいぐいと迫るキャスパリーグにアルトはわずかに後ずさる。少なくとも彼女が嘘をついているわけではなく、本気で依頼をしているのだということはわかった。しかしだからといって用心深いアルトは素直にはいそうですかと依頼を受ける気にはなれない。リターンはとても大きいが、それと同じくらいにリスクも大きい。一歩間違えば『アヴァロン』全体をまるごと敵に回すことにもなる。
「そういえば報酬っていくらぐらいなんだ? そこらへんもちゃんと確認しないと不安でさ」
「ざっとこれくらいですね。前払いでまず半分お支払いします」
「いちじゅうひゃく……はぁマジで!? うちの借金全部返済してもお釣りが出るじゃん! 受ける受ける!」
「ありがとうございます。つい先程市場に影響が出ない程度に未来予測システムを駆使して株で儲けたのが功を奏しました」
「おい人の話を聞けお前ら……!」
勝手に盛り上がって話を進めている仲間たちにストップを掛けるが彼らはこちらの言葉が耳に入ってないようだ。
「ん? なんか外が騒がしいな」
しかしちょうどそんな時、何やら遠くの方からバーニアを噴射する音がいくつも聞こえてきた。しかもその音はだんだんとこちらに近付いてきている。
アルトたちは急いで外に出るが、遠くの方にいくつか『AF』の機影が見えた。
「うわっ『アヴァロン』の新型量産機『クルセイダー』じゃん! しかも九機も居る!」
ラチェットはメカニックだけあって点のようなシルエットからでも相手の機体を特定することが出来る。『クルセイダー』というと大型スラスターによる機動力と新開発の複合装甲による防御力、大型ランスによる攻撃力を兼ね備えたバランス型の『AF』だ。新型だけあって各スペックは高水準であり、並大抵の『AF』では太刀打ちできない。
「おそらくわたくしを捕らえに来たものと思われます。まさかこんなにも早く追いつかれるとは……」
キャスパリーグは自分の命が狙われているというのにとても冷静でいまいち危機感が感じられない。
「おいおいやべぇなどうすんだよ?」
「このままじゃアタシたち殺されそうだけど……」
「すべてわたくしの責任です。あなた方に罪はありません。大人しくわたくしが投降すれば彼らも見逃してくれるでしょう」
動揺するロックとラチェットにキャスパリーグは頭を下げる。
「……」
アルトの脳裏に浮かぶのはかつて目の前で姿を消したひとりの女性の顔だ。彼女が浮かべていた悲しそうな笑顔と今のキャスパリーグの顔がどこか重なり、アルトは息苦しさを覚える。
このまま彼女を見捨てるべきなのか、と思う。
一応こちらは巻き込まれた側で、彼女から提供されたデータの存在も彼らにバレなければ攻撃されることはないだろう。それに彼女は『マシンドール』だ。人間とは異なり命を持たない。
しかしアルトはそれを素直に認められない。
だって心を持たない『マシンドール』があんな悲しそうな顔を浮かべられる筈がないのだから。
「アルトどうするのよ?」
「もう時間がないぞ……!」
ぎゅっと拳を握る。
きっと彼はどちらの選択をしても後悔するのだろう。
ならば自分にとって恥ずかしくない選択をしたい。
「クライアントからの依頼を承認した。ヤツらは排除するぞ」
「――オーケーだぜ!」
「そう来なくっちゃね!」
やるべきことは決まった。ロックとラチェットは急いで表に止めてある輸送トレーラーに向かい、アルトとキャスもそれに続く。『クルセイダー』の推力だとあと三分もあればこちらに到着するだろう。もう猶予は全く残されていない。
『こちら『ヘビィ・ベイビィ』、いつでもいけるわよ』
『『ナイトブル』も準備オーケーだ』
「なぁラチェット、俺の機体なんだが――」
『ああもう奥にあるグレーの『ソルジャー』にでも乗っちゃって! アンタが乗ってた『ソルジャー』のパーツ取りに使った機体だけど足りないところはジャンクでニコイチしたから一応乗れるよ! 性能はお察しだけど』
「無いよりはマシだ。助かる」
アルトはキャスパリーグを連れてドックの奥に向かい、ついさっき乗っていた赤ではなくグレーの『ソルジャー』に乗り込む。腕や足などは『ダガー』のものに変えられているが一応戦闘に支障はなさそうだ。
『隊長、ヤツらのアジトを確認しました。青い『AF』と黄色い『AF』が既に配置しています! 更に奥からもう一機、旧式の『ソルジャー』のようです』
『ふん、どいつもこいつもこの『クルセイダー』の敵ではないわ! やれ!』
『アヴァロン』の紋章がマーキングされた『クルセイダー』たちはランスの先端部からビーム弾を連射し、『ブラック・バレット』の三機を牽制する。着弾地点には爆発が次々に生じ、砂埃が舞うが、見た目の割に威力は高いようだ。
『まっアタシの『ヘビィ・ベイビィ』の硬さには敵わないけどね』
ラチェットは自機を前に出して他の二機の壁となる。分厚い装甲に何層にも渡ってビームコーティングを施した四枚のシールドはどんな攻撃も通さない。更にラチェットは肩部のキャノンを動かし、照準を敵部隊に合わせた。
『ファイヤー!!』
トリガーを引き、砲口から巨大なビーム弾が放たれる。
『か、回避ー!!』
『ぐわっ!』
光弾に腕を抉られ、姿勢制御できなくなった一機が落下し、固まっていた部隊が巻き込みを恐れて散開する。しかし相手は見るからに動揺していて致命的なほどに隙を晒しており、彼らがこれを見逃す筈がない。
『機体は高性能でもパイロットの腕がそんなもんじゃな!』
ロックの義眼と『ナイトブル』のセンサーがリンクし、上空の敵機の姿が克明に映る。更に義手と機体の腕の動きを直接繋げることで『ナイトブル』の射撃精度は大幅に上昇する。
『狙い撃つ!』
ナイトブルの構えたスナイパーライフルから細く絞られたビーム弾が放たれ、『クルセイダー』の頭部を撃ち抜く。そこには『AF』の運動制御を司るコンピューターが登載されており、それが破壊されてしまえば『AF』は動けなくなる。
更にもう一機ロックは『AF』のバックパックを撃ち抜き、飛行能力を潰した。
『くそっ落ちる……!』
『いくら高性能機でも俺のエイムからは逃れられないさ』
『ちっ……あの青と黄色の二機は後回しだ! あの『ソルジャー』を先に潰せ! 裏切り者の『マシンドール』もそこに居るはずだ!』
『了解!』
「アルト様、敵がこちらに向かってきます」
「応戦する!」
アルトの駆る『ソルジャー』は迫りくる『クルセイダー』たちにサブマシンガンを発射するが、シールドによって弾丸は次々に弾かれる。
「やはり効かないか……」
アルトは舌打ちし、フットペダルを深く踏み込む。すると『ソルジャー』のバックパックに搭載されたバーニアが火を吹き、機体を空高く飛ばす。凄まじいGが全身を襲うがアルトは涼しい顔でそれに耐え、一瞬のうちに『クルセイダー』との距離を詰めた。更にすぐ側に居た一機を横切る際に手にしていたビームダガーでランスを切断するとそのまま敵機を蹴り飛ばして地面に叩きつけた。その反動を利用して更にもう一機にダガーを振り下ろすがその攻撃はシールドによって阻まれる。
『な、なんだコイツ! 旧式のくせに早い!?』
『怖気づくな! 無茶な操縦をしているだけだ!』
アルトは咄嗟に距離を取るが、操縦桿やコンソールからはスパークが走り、『ソルジャー』の関節部からはフレームが軋む音とともに火花が散る。
「クソ、やはり反応が……!」
「『AF』の関節部の負荷が甚大ですね。下手をすると自壊しかねません」
「わかっている!」
スラスターを吹かし、『クルセイダー』の射撃を次々に回避するが、じわじわと装甲にダメージが蓄積され、危険を知らせるアラームがコックピット内に響き渡る。
『まずい、援護しねぇと!』
『きゃっ!』
アルトのピンチに『ナイトブル』と『ヘビィベイビィ』も動くが、『クルセイダー』の牽制射撃で思うように援護できない。
「アルト様、後ろからも……!」
後方を確認すると『ソルジャー』のがら空きの背中に向かってランスを構えて突進する『クルセイダー』の姿が見えた。このままでは回避が間に合いそうにない。
「脱出する!」
咄嗟にアルトはコックピットハッチを開放し、キャスパリーグの身体を抱きかかえるとそのまま空中に身を投げる。直後、胴体部をランスに貫かれた『ソルジャー』が爆発し、その衝撃でアルトは吹き飛ばされるが、彼は空中で身を捻り、落下地点に生えていた木の太い枝を掴んでうまく衝撃を殺すとそのまま転がるようにして地面に着地した。流石に一〇〇メートル近い高所から落下するのは無茶だったが、なんとか生き残ることはできた。
「アルト様――」
「大人しくしろ……」
こちらを心配するようにじっと顔を見上げるキャスパリーグをお姫様抱っこしながらアルトは荒野を疾走する。
『『AF』、生身を問わない人外離れした反応速度と動き……まさか『サイボーグ』か?』
『しかし『AF』も無い状態で何が出来る!』
上空の『クルセイダー』はアルトとキャスパリーグを嬲るようにランスのマシンガンを乱射する。目標が小さいので照準は結構ズレているがこれほどの弾幕を回避し続けるのは不可能だ。アルトはすぐ近くにあった例の「白い箱」の中に逃げ込む。
『んもー! こいつらしつこい!』
『クソッ、連戦続きでもうエネルギーが足りないぜ!』
(まずい……このままでは……)
次々に上空の『クルセイダー』が着地し、「白い箱」に近づく音が聞こえる。このままではやられるのは時間の問題だ。残りの『クルセイダー』は五機で、うち三機は『ナイトブル』と『ヘビィ・ベイビィ』が引きつけているが、『トランサー』は中々の手練のようで、二機とも苦戦している。最悪全滅の可能性すらある。しかしアルトには今乗れる『AF』が……
「アルト様、こちらの『カリバーン』に乗ってください」