序章「鋼と硝煙」
「うっ……う、ぐ……!」
真夜中。
炎に包まれた教会の中で誰かのうめき声が聞こえる。
声の主は銀髪の少年で、彼は崩壊した礼拝堂の中心で倒れ伏していた。彼のすぐ隣には親友である金髪の少年が気を失って同じくうつ伏せで倒れている。
全身の痛みと息苦しさ、熱さでまともに体を動かすことはできず、ただただ喘ぐしかできない。どうしてこんなことになってしまったんだろう、と考えるが原因など何一つわからない。ただこの地獄を作り出したのは頭上で少年を無情に見下ろす鋼鉄の巨人だ。突如あの巨人が少年の住む街を襲撃し、たくさんの人々が殺された。少年は怒りにぎゅっと拳を握り締めるが、ただの子供である彼はあまりにも無力過ぎた。
すると視界の端に誰かが立っていることに気がついた。
長い艶やかな金髪にゆったりとしたセーターの上からでもわかる丸みを帯びた女性らしい体、そして透き通るような碧眼。それが誰かなど一目でわかった。
「お、姉……ちゃん……?」
「アルト……!」
少年よりいくらか年上の少女が彼の名前を呼ぶ。しかし少女は周囲を取り囲む強面の男たちに捕まり、どこかへ連れて行かれてしまう。少年はどうにか立ち上がり、彼女の腕を握ろうとするがやはり体は言うことを聞かず、指先しかまともに動かない。
「行かないで……お姉ちゃん……!」
「ごめんなさい、アルト……どうかあなたは生きていて……」
少女は涙を流しながら少年に微笑みかけ、少年に背中を向けるとそのままゆっくりと炎の向こうに広がる闇へと歩いていく。しかし少年はその後ろ姿をただ見送ることしかできない。少年は本能的に悟る。これでもう彼女には会えないと。
「お姉ちゃぁぁああああああああああああああああん!!」
少年は涙を溢れさせながら精一杯叫ぶ。
しかしその声は無慈悲にも教会の崩落の轟音に巻き込まれて掻き消された。
***
昼下がりのアメリカ大陸。旧時代の大戦により荒廃したその広大な大地には『フロンティア』という再開発都市群が築かれ、そこで人々は自由と闘争の日常を送っていた。
そんな『フロンティア』のだだっ広い荒野に三つの影がある。
細身のシルエットと普通のシルエット、太いシルエットだ。しかしそれは人間ではなく、鋼鉄の巨人だ。全長10メートルをゆうに超える有人人型兵器……『AF』が荒野のあちこちに散らばって戦いの準備をしている。どうやらそこはかつて栄えていた大都市のようだが、舗装されたアスファルトの道路はひび割れ、バイパスや高架は崩落し、高層ビルはあちこち倒壊している。そして『AF』たちはそれぞれの持ち場に着き、静かに敵が現れるのを待っていた。
「~♪」
「ちょっとロックうるさいんだけどー」
外套を思わせる上半身を覆う四枚のシールドと長大なスナイパーライフルが目を引く『AF・ナイトブル』の『トランサー』に対し、黄色いカラーリングと二門の重砲が目を引く太めの『AF・ヘビィ・ベイビィ』に乗る少女……ラチェット・ガジェットがネイルをしながら文句を言う。
「少しくらいいいだろー? 戦う前はリラックスしないと動きが悪くなるんだよ」
『ナイトブル』の『トランサー』であるロック・マークスマンはラチェットの文句を無視してラジオの聴取を続ける。彼が今聴いているのはアダルト系のチャンネルで、スピーカー越しに大音量で猥談を聴かされるのだからラチェットとしてはたまったものではない。彼女は苛立たしげにネイルセットをアームレイカーのそばに備え付けられたダッシュボードにしまう。
「このスケベ。そんなこと言って油断してやられたら元も子も無いじゃない、アンタが傷つけた機体は誰が修理すると思ってんのよ」
「あーハイハイわかったわかったよ、ったく……」
ため息をつきながらロックはラジオを切る。自分の愛機のメンテナンスをしてもらっている彼女には流石に頭が上がらず、怒らせるわけにはいかない。以前喧嘩をした時なんかは下品なマーキングや塗装を施されたり操縦桿にガムを詰められたりシートを座り心地の悪いものに変えられたりと散々な目にあった。
「おいお前たち、仲がいいのは結構だが敵だ」
すると先頭に立つ赤い量産型の『AF・ソルジャー』を操る銀髪の『トランサー』……アルト・アーヴァンがモニタをタッチして遥か先の敵影をクローズアップする。
「えっ嘘どこどこ?」
「あー、あそこか。距離は三〇〇〇。かなり遠いぞ」
首を左右に動かす『ヘビィ・ベイビィ』を尻目に『ナイトブル』はライフルのスコープを覗いてアルトと同じく敵影を捉えた。
「こっちのレーダーには写ってなーい、もしかしてジャマー?」
「かもしれん。こっちのデータを送る」
ラチェットのためにアルトは慣れた手つきでリアルタイムで取得している観測データを『ヘビィ・ベイビィ』に転送した。
「サンキュアルト!」
ラチェットが受け取ったデータを確認すると確かに八機ほどの敵機がいることを確認できた。
「敵はみんな軽量型にカスタムした『ダガー』だね。肩のマーキングはターゲットと一致! あの角付きが多分リーダー機だと思う」
ラチェットは即座に解析を進め、リーダー機にピンを差して仲間たちと情報を共有する。
「で、撃てるか? こっちは射程が若干心もとない」
「アタシは無理ー最近この子の機嫌悪いみたいで射撃精度良くないー」
「オレならいけるぜ。狙撃は得意だ」
「なら適当な敵を潰してくれ。相手の隊列が崩れた隙を突いてこちらも攻撃に出る」
「あいよー」
早速ロックは慣れた手つきでアームレイカーを動かし、表示された仮想サイトのカーソルを遥か遠い敵機に合わせる。そしてカーソルの中心に敵機がぴたりと重なると同時に彼はトリガーを引いた。すると『ナイトブル』が構えたライフルの銃口から細く収束したビームが高速で放たれ、ターゲットの頭部を撃ち抜いた。突然の攻撃に敵部隊の動きが一瞬止まり、索敵を開始する。しかしロックにとっては絶好の攻撃のチャンスでしかなく、即座に二機目も足を吹き飛ばしてダウンさせた。
「よしっビンゴ。二機落としたぜ!」
「よくやった」
ロックが狙撃で敵の注意を引き付けている隙に先行していたアルトの『ソルジャー』が敵部隊の前に姿を現す。すぐそばの下っ端『ダガー』が慌ててアルトの機体にモノアイを向けるが反応は呆れてしまうほどに遅く、『ソルジャー』は腰にマウントしているビームナイフを抜き放つと『ダガー』の顔面に投擲してカメラを潰し、そのまま機体を蹴り飛ばして適当に地面に転がした。コクピットを盛大に揺らされて『トランサー』は気を失ったのか、地面に仰向けに倒れた『ダガー』はぴくりとも動かない。
『な、なんだテメェら! 俺たち『スカルヘッド』に楯つく気か!?』
『角付き』の命令に従い、一斉に『ダガー』が手に持っているサブマシンガンの銃口を赤い『ソルジャー』に向ける。しかしアルトは怖気づくことなく『角付き』にビームハンドガンを突きつけた。
「心当たりはあるだろう『骸骨頭』。薄汚いテロリストめ……『AF』を使った略奪、罪の無い民間人を大勢巻き込んだ無差別テロ、その他薬物や兵器の取引……『ギルド』からの依頼に従いお前たちは俺たち『ブラック・バレット』が排除する」
アルトが名乗った『ブラック・バレット』の組織名を聞いた『スカルヘッド』のテロリストたちは見るからに動揺している。その名前は表の世界、裏の世界関係なく広く知られている。戦力はたった三機の『AF』で、『トランサー』もかなり若いのだが全員卓越した操縦技術を持っており、数多のテログループを撃破してきた傭兵組織だ。治安維持組織である『アヴァロン』からもマークされているほどで、特に目の前の赤い『ソルジャー』を操縦する『トランサー』の強さは計り知れない。
『ぶっ……『ブラック・バレット』だと!? クソ、やっちまえお前ら!!』
しかしメンツを何よりも重んじる『スカルヘッド』は引き退る選択を良しとせず、無謀にも『ソルジャー』に立ち向かう。しかしアルトは左右から挟み込むように攻撃してきた二機が振るうヒートサーベルをわずかな動きで回避しつつ、一方の『ダガー』の腕を掴む。さらに『ソルジャー』は捕まえたダガーをもう一方のダガーに投げつけ、二機まとめてノックダウンさせてしまった。
『つ、強ぇえ……!?』
『どうしやすお頭!? ヤツらバケモンですぜ!?』
『うるせぇ! 数はこっちの方が上なんだ! 囲んで袋叩きにすれば……!』
しかし複数の『ダガー』から放たれるマシンガンの弾幕をアルトの『ソルジャー』は機敏かつ繊細な動きで回避し、どんどん相手との距離を縮めていく。
『この……舐めてんじゃねぇぞ糞がぁぁぁああああああああああああああああああ!!』
激昂した一機の『ダガー』が背後から『ソルジャー』に攻撃を仕掛けるが、突き出したヒートサーベルが届くよりも先に横から大口径の光弾が飛来し、すぐそばを掠めただけで突き出された右腕を肩から吹き飛ばした。更にすぐ近くでサブマシンガンを乱射していた別の『ダガー』も光弾から飛び散る微粒子だけで装甲を穴ぼこにされ、その上背中のコンデンサが誘爆してうつ伏せに倒れる。
「やった命中!」
同時に二機撃墜したラチェットが笑顔でガッツポーズをする。
「……さて、これで残ったのはお前だけだな」
後ずさる角付きにゆっくりとアルトの『ソルジャー』が近づく。
『くっ……畜生ッ!!』
リーダーの男はなおも抵抗を続け、物々しいガトリングガンを『ソルジャー』のコクピットに突きつけた。しかし引き金が引かれるより先に『ソルジャー』は角付きの背後に一瞬で回り込み、目にも留まらぬ速さでビームサーベルを抜き放ち、ガトリングガンを握る右腕を肘から切り飛ばした。
『この……クソがぁぁあああああああああああああああああああああ!!』
「終わりだ」
咆哮するリーダーの男を意に介さず、アルトは最後に角付きの頭部を刎ねた。そして静かにビームサーベルを腰のハードポイントに戻すと同時に空高く飛んだ頭部パーツは地面に落下し、それが合図のように首を失った『ダガー』は力尽きたように膝を着いた。こうして敵勢力の全滅を確認し、『ナイトブル』と『ヘビィ・ベイビィ』も武器を下ろす。
「流石うちのエースだなぁ。惚れ惚れする動きだぜ」
「ちょっとー少しは手加減してよー、こんなにボロボロにしたんじゃ売るどころかパーツ取りにも支障が出るじゃない!」
「す、すまん……」
文句を言うメカニック担当のラチェットにアルトはおとなしく謝罪する。もちろん彼もやや納得はしていないが、彼女にはいつも負担を強いている以上反論することは許されない。できるだけ機体に損傷を与えず、命も奪わず敵を無力化する、それが『ブラック・バレット』の方針だ。
すると彼の操縦する『ソルジャー』の関節が突如スパークと火花を散らし、背部のコンデンサがポン、と火を噴いた。
「ぁあああああああああああああああああああああ!? 『ソルジャー』がぁぁああああああああああああああああああ!?」
ラチェットが盛大に悲鳴をあげる。
「わお、またアルトの機体がオシャカになっちまった」
「おい壊れたぞ」
「壊れたぞ、じゃないわよ! 他人事かアンタ! ちょっとどうしてくれんのよ! ウチで唯一の現行モデルでアンタの無茶な操縦にも耐えられるようにお高いパーツいくつも組み込んでたのにー!」
『ヘビィ・ベイビィ』が肩を落とすが、心なしか両肩のキャノン砲もへたれているように見える。
「まぁまぁ……『AF』なら関節部の規格は共通なんだからニコイチすればいいじゃねぇか。そこらにパーツはあるんだし」
「あのねぇ……互換性があるって言ってもマッチングテストとか重量バランスの調整とか色々必要な作業があるのよ? ウチは人手が足りないから最速でも実戦に出せるようになるまで三日は掛かるんだから!」
ウチの男どもは戦闘しか役に立たないし、というラチェットの愚痴にふたりは言い返せない。
「……まぁ仕方無いかー、取り敢えずさっさとこの肩パッドどもは『ギルド』に突き出して処分任せましょ」
ただすぐに機嫌を直してくれるのがラチェットのいいところである。
そうして三人はコックピットから引きずり出した『スカルヘッド』の男たちが屈強なギルドの職員たちに連行されていくのを見送りつつ、残された『スカルヘッド』の『AF』をコンテナに放り込んで回収した。これで本日の仕事は終わりだ。