86.怒られた
翌日、宿でくつろいでいると、酒場のオーナーに呼ばれたので早足に酒場に向かった。
「あなたたち…【太陽の月】について知りませんか?」
さっそくバレた。ああ…どうしよう…
(もともと言うつもりだったんだろ?言っちまっても問題ない。ただし言いふらさないように釘を刺しておけ。)
「うーん…分かった。現時点で分かっていることをお話しします。」
僕はムーンと共有して得られたことを話した。
「なるほど…組織化していて人里離れた場所でアジトを作っている奴隷商会か…」
「あと一ヵ所、場所を押さえています。本当は個人で潰すつもりだったんですが…もしかしてもう表面化しているんですか?」
「これは各地の酒場オーナーの内での極秘事項なんだ。救出した奴隷たちはどこに?」
救出した奴隷たちの居場所を言おうとすると、ムーンに遮られた。
(悪いな、あいつらは少しだけこっちで預からせてもらう。あいつらはまだ混乱してる、落ち着いたらそっちに行かせるからよ。)
「勝手なことをされては困ります。彼らは重要参考人なので。」
(あいつらは身も心も限界なんだ!だから今人間に会うのはあいつらを追い詰めることになるかもしれない。聞きたい事があるならあたいたちがあいつらから聞いて来てやる、それなら文句はないだろ?)
ムーンは捕まってた奴隷たちを酒場の関係者に会わせたくないらしい。僕は事件の解決のために酒場側に預けるのがいいと思うけど…確かに彼らを僕の知らない人間に預けるのは不安な所がある。どんなことをされるかも分からない。
なんにせよ捕まってた奴隷たちに直接面会させるのは難しいだろう。
「被害者の状態を鑑みてか…でしたらこちらからは医師を派遣しましょう。」
「医者?」
「ええ、ここの医療班は様々な病に立ち向かえるよう選び抜かれたチームです。彼らなら被害者と面会できるでしょう。」
確かに医療に携わる人なら被害者に接触するのも問題ないな。むしろ来て欲しかったくらいだから。
(…分かったよ。ただし接触は最小限で頼む。)
「承知の上ですよ。北門に向かわせますのでそちらで待たせます。準備が済んだらそちらに向かって下さい。」
さすがのムーンも折れた。まあ変な病気で死なれたら嫌だもんね。
僕らは少し寄り道してから目的地に向かった。
人間になったムーンと一緒に向かった北門には馬車と白衣を着た人たちが待っていた。すでに準備を済ませていていたらしい。
「遅いね、君がドラゴンで難攻不落のアジトを壊滅させたなんて信じられない。私は待つのが嫌いなんだ。」
「す、すいません。」
「ちょっとヒデヨさん!ごめんなさい、看護師のノガミです。ヒデヨさんは患者にしか興味がなくて…」
(はいはい。先導するから離れないようについてこいよ。)
「はい。」
医師ヒデヨと看護師ノガミ…ヒデヨさんは優秀な医師で、ノガミさんはヒデヨさんに振り回される苦労人なんだろう。
ありきたりな二人だけど普通の人とは違う何かを感じる…覚悟というか決意というか…それだけの修羅場を越えて来たんだろう。
二人のつよさを覗いてみると、それなりに強かった。医療は戦場とも言うし、体力や魔法防御力が高いのはうなづける。
ムーンが医療用具専用馬車の先導をしている間、僕は馬車の中でヒデヨさんと二人きりになった。
せっかくだし何か話がしたいけど何の話題を振ったらいいんだろう?医師の人に話すこと…症状?堅苦しいことしか思い浮かばないな。ドラマとかだと柔らかい雰囲気の人は色々話してたりするけど…現実でできる気がしない。
いや、今はゲームの世界だから上手くいくか?できなくはないだろうけど…やってみよう。
「ヒデヨさんはいつもどんなことをしてるの?」
「私にはその話題の必要性を感じない。もっとも、君がドラゴンであれば私に興味を抱くはずもない。ならば君が興味を抱く理由として挙げられるのは君が過去に傷が残るほどの大怪我をしたかあるいは私のような種族に興味があるかの二つだ。君があの町にいる時点で君が人間に興味があるのは明白だろう。」
一聞いたら百帰ってきた!さすが理系、頭の回転が早い!なんだかこちらの腹を探られてる気がする。でもここで引いたら詳しいことを聞けなくなるだろう。
「私が気になるのは君がドラゴンでいくつもケガがあるのは興味深い。それに人の姿がかなり人間の青年に近いのも面白いな、是非とも検体が欲しいな。」
「いいよ、ちょうど剥がれそうな鱗があるんだ。」
僕は鱗を一枚ヒデヨさんにあげた。
「ありがとう。ドラゴンの鱗を手に入るとは思わぬ収穫だ、今後の研究が捗りそうだ。」
「ドラゴンの鱗なんて何に使うのさ?」
「一部のドラゴンは高い再生力を持っている。それは内臓や外皮、剥がれた鱗も例外ではない。この再生力はこの世界にとって、とても有用なものだ。世に出回るドラゴンの素材の大半は武器や防具に使われるから、入手は困難なのだ。」
ドラゴンの鱗はそんなに貴重なんだ…まあ世界観によって貴重かどうかなんてマチマチだけど僕らはどこからでも命を狙われる危険があることを忘れないようにしないと。