84.月は怪盗
よし、ここら辺にいたヤツは粗方片付いたな。奴隷も脱出もさせたし、敵は眠らせた。あとはイロアスだけ…
…心配することもないな。あたいが鍛えた相棒だ、そう易々とやられるワケがない。
しっかりしろムーン!大事な相棒を信じなくてどうする!あいつは奴隷を全員救出して一番下の階層で待ってるはずだ、連絡は無かったけど先に行っておくか。
人気のない通路が下っていくと妙に大きい気配がしてあたいはとっさに身を潜めた。そこを覗くと無機質な扉があるだけで他は何もなかった。けど確実に言えるのはその気配が人のものじゃないってことだ。魔物か終族かあるいは…とにかく連絡しよう。
ーー
『相棒』にコールします。
…………応答がありません。
ーー
(セレクト、どういうことだ?)
【我にも分からん。まさか尋問中に何らかの事故に?】
(…あんたはフューチャーをなんとかしろ。)
【お前はどうする?】
(中の敵を叩く。)
【了解した。】
あまり時間はかけられない。だったらさっさと大元を叩いて相棒と合流した方が合理的だ。ソッコーで片付ける!
…いや落ち着け、まだ敵には見つかってない。誘き出すなり、盗み聞きするなりできるじゃないか。情報を得るためにも今は泳がせるか。
扉に近づくと男の声が聞こえた。
「お前が最後だ、さっさと入れ。」
「グウゥゥゥ…」
魔物…いや、ドラゴンの唸り声だ。ドラゴンも売り捌いているのか!?こいつはただ事じゃねえな…調査終了!ブッこむぞおらぁっ!
扉をすり抜けて中に入ると人間とドラゴンが青い渦に入る直前だった。
(はいどうも!悪い組織破壊業者でーす!クソ野郎ぶっ飛ばしに来ました!神妙にお縄につきやがれ!)
「なっ!ゴースト!?やれドラゴン!」
「グッ!グォォオォオ!!」
ドラゴンの首輪が怪しく光って襲いかかってきた。
厄介だな、なんとか無力化させないと。人間をここで逃がしたら折角の情報源を逃すことになるからそれだけは避けたい。
「俺が逃げるまで時間を稼げ!」
ドラゴンを囮にするのか。ドラゴンのほうが価値があるってのによ。あたいは向かってくるドラゴンの目を光で眩ませて人間に向かって吹き飛ばした。案の定人間はドラゴンと一緒に壁まで吹き飛ばされた。
さてと、じっくり話を聞こうかね?呪文を唱えた前足を人間に当てるとおとなしく話す気になったらしい。
(さてと、尋問といこうか…てめえら何者だ?ただの奴隷商人じゃねえんだろ、言え。)
「言う!言うよ!俺たちは組織だ!名前は『月の太陽』それ以上は知らない!俺は奴隷を搬出してただけなんだ!どうか命だけはお見逃しを~!!!」
月の太陽…なーんかキナ臭くなってきたな。もっと情報が欲しいけどこれ以上は聞き出せそうにないな。
(このドラゴンの首輪を外せ。そうすれば見逃してやる。)
「お、俺にはできない!もっと強い権限を持った上層部の人間じゃないと外せないんだ!」
(チッ、なら後でじっくり絞り出させてもらう。)
脱出呪文を唱えてそいつを外に放り出そうとしたら青い渦から魔法が飛んで来て人間を貫いた。
(おい!しっかりしろ!)
「あ、あ、あの子に…スターチスに…伝えてくれ…ダメな父親で…すまなかったと…ぐふっ!」
何度か呼びかけたが生き絶えていた…
もう手遅れだった…
(………………)
【ムーン…死とはこれほどまでに虚しいのだな…】
(そうだよ…渦は?)
【向こう側から閉じられてしまった。これ以上の追跡は不可能だ。】
(じゃあ、フューチャーを待つか。この魂の相手をしながらな。)
あたいは死んだ人間の魂を手に取って【ソウルハント】を発動した。
ーー
PERFECT HIT!
100%!
ーー
意識が遠くなって今度はどこかの部屋が見えてきた。誰かが寝ていてしばらくするとさっきの男が入って来た。
「スターチス!薬だ!やっと手に入ったんだ!」
「父さん、僕ってもう長くないんでしょ?」
「っ!?違う!お前はまだ生きられる!薬を飲んでいればお前にも未来がある!」
「僕、分かってるよ?父さんが悪い仕事でお金を稼いでるって。もうそんなことしなくていいから僕と一緒にいてよ…」
「…ダメだ!お父さんはお前といたいんだ!だから…生きてくれ…」
病気の子どものために危ない橋を渡ってたのか。大事なモノを守るために死んだなんて皮肉だねえ。
「俺は守らなくちゃならない!あの子の将来を…今を変えなければならないんだ!」
(そいつは本当にスターチスが望んだことなのか?)
「当然だ!」
(ならどうしてスターチスは悲しい目をしていたんだ?)
「それは…」
やっぱりそうか…
(はあー…もう一度スターチスと話をしてみる気はあるかい?)
「だが…俺はもう死んだ。もう謝ろうにも…」
(あたいが連れてってやる。なら文句ないだろ?)
「…その選択をしなかったら?」
(…あんたは未練を残したまま消える。)
そいつは黙って考えて諦めた表情でこっちを見た。
「選択の余地はないか…なら仕方ないな。」
(あんたの魂、確かにいただいた。)
そいつの魂を手に取ると意識が戻った。