71.特訓最終日
コマンドとの話し合いが終わって数日が経った。
あれからも僕は欠かさず特訓を続けたんだ。
そして今日も…
「ムーン、これっていつまで続けるのさ。」
(さあね。けど、この全力の中でも余裕ができるようになったのか。)
「それでもやっとだけどね。」
(ボーダーラインギリギリだけど合格だ。今日はここで終わりにして明日に備えるか。)
「何をするのさ。」
(この特訓も大詰めって訳だ。しっかり食ってぐっすり寝ろよ。)
ムーンはそのまま森の奥に姿を消した。
何も言わなかったけど、何かを準備するのとちょっと緊張していることは分かった。
大詰め…明日で特訓最終日ってことか。何をするんだろう?
「…考えても分からないからしっかり休もう。」
何もしないことに内心そわそわしながらも僕は身体を休めた。
次の日の早朝…
(お……起…ろ……棒。)
「うーん…」
(やっと起きたか。さっさと始めるよ。)
空を見ると日はまだ昇っていなくて薄暗かった。
けど、何かあるんだろうと思ってついていった。
(それじゃあ…最後の特訓を始めようか。)
ムーンは僕の足下に敷いていた魔法陣を起動させると僕の身体に激痛が走った。
「ム、ー、ン、?、何、を、…」
(最後はあんたの心を鍛える。そのためにあんたには自分自身の心に入ってもらう。)
抵抗しようにも力が入らず、身体と魂が離れたような感覚になった。
「………うう………」
目を覚ますといつもの世界とは違うまがまがしい世界だった。
「これは夢?それとも現実?」
(どちらかと言えば夢だね。明晰夢っていう感覚がある夢だ。ここで死んだら現実でも死ぬから気をつけて進めよ。ここはエフエメラル。一瞬の世界だ。)
どこからともなく聞こえた声は僕の疑問に答えた。
多分ムーンだけど。
エフエメラル、一瞬の世界か…
そう考えていると背後から気配がしたので爪で引き裂いた。
「一瞬でも気を抜くと死ぬぞってことね。状況把握。」
僕は走ってその場を後にした。
エフエメラルは迷宮のような場所であっちこっちを行ったり来たりして階段を降りて次に進める典型的なダンジョンだった。
でも出てくる敵は強敵で今までの旅路で出会って来た敵にそっくりだった。
ドラゴンであったり魔物だったり…どこを見ても出会ったことのある敵しかいなかった。
やっぱりここは僕の夢なんだと改めて思った。
しばらく進むと大きな扉があった。
この先には強敵の予感がする…慎重に進もう。
扉の先には見覚えのある黒いモヤがあった。
「君は敵?それとも味方?」
『敵じゃないかしら?【火球呪文】。』
「【火炎の息】!」
出会い頭に呪文を撃って来たのでブレス攻撃で跳ね返した。
「敵意しかないってことか?」
『そう言うことよ勇者様。』
しゃべり方から想像するにアクアの認知か。
ーー
〖アクア・認知〗があらわれた!
【コマンド?】
▽たたかう
ーー
アクアは戦うときに杖が光ってた。
あれがヒントかもしれない。
杖を狙えば何か分かるかもしれない。
まずは距離は取らずに接近しよう。
アクアの呪文は近距離には不向きだったはず。
上昇してから急降下して一気に距離を詰めよう。
『【重力呪文】。』
「うわあっ!」
突然重力が強くなって落ちてしまった。
【重力呪文】…厄介だな、これじゃあうかつに飛べない。
「僕対策はバッチリって感じか。」
『当たり前でしょ?私はあなたの記憶なんだから。どう対処すれば良いか、どう攻撃されたら弱いのか。全部わかってるんだから。』
なるほどね、記憶ならではの戦い方ってことねか。
「確かに、それならこうなるのも納得できる。じゃあ僕が知らない攻撃ができるのは何でかな?」
(あたいがいじってるからだ。新鮮味がないと面白くないだろ?)
「…【超進化】!」
おのれムーン!ゆるさん!
貴様はまたしても僕の心を破壊しようと言うのか!
くっそー、弱点を攻められるのはつらい…
けど何でだろう?久しぶりに燃えてきた!
ここで選ぶドラゴンは…
『…姿も増えたのね勇者様。』
「負けられないからね。」
僕が選んだのはランドドラゴンだ。
翼がない代わりにどっしりとした足で地面を踏みしめることができる。
飛べない状況では有利に立ち回れるはず!
『【氷結呪文】!【火球呪文】!【真空呪文】!』
「ぬうっ!」
身体に力を込めてアクアの呪文の氷のつぶても火の玉も風の刃も一身に受け止めた。
多少は痛むが辛いほどじゃない。
今のうちにどう対応するか考えないと。
アクアは多種多様な呪文を使える。
けど対応することが多くなればその分一つの身体じゃ対応できなくなるはず。
フィールドをいじれば何か変わるかも。
まだランドドラゴンの力は使えないから…
「【大地呪文】!」
『きあゃっ!』
天井を支えていた柱を一本壊した。
アクアは大きな音に驚いて飛び退いたときによろめいた。
効果あり!隙ができた。
「【大大地呪文】そおれっ!【ストーンクライム】【マイティアタック】合体!【地面挟み撃ち】!」
僕は飛び上がって力強い尻尾の一撃をアクアが埋もれている瓦礫に向かって放った。
『なかなかね?まだまだできるハズよ?』
「あれを避けてたの!?流石だね。」
やっぱり一筋縄じゃいけないか。
僕はもう一度気を引き締めた。