50.人間たち
2日もすれば教会は人間たちの手伝いもあって完璧に復元した。あんなにボロボロだったのに復元できたとは感慨深いな。
みんな優しいし、やっぱりどんな世界でも人間は協力し合えるんだな。
そういえば色々あって大切なことを忘れてたな。という訳で本日のお客さんはレングスさんです。
(で、口を割る気にはなったのかい?そろそろあんたを厄介払いする時間が迫ってるんだけど?)
早速ムーンがレングスを木に叩きつけた、強引だなあ…
「………………」
レングスはうつむいたまま何も喋らなかった。月の光と静かな風が辺りを包んでいた。その静寂の中で最初に口を開いたのはレングスだった。
「これは独り言だ、誰も聞いていないつもりで話す。ここより東にある鬼山、牙の岩を北に進んだ所に洞窟がある。そこに我らがアジトがある。奴隷が複数人、必ず駐屯している。それが目印だ。俺から言えるのはそれだけだ。後はお前たちの好きにしろ。俺はアレから足を洗う。」
(で、これからどうするんだい?)
「…あの子たちとここに残る。それで許されるとは思わないが、できることからやってみよう。」
月明かりに照らされたレングスの背中はほんの少しだけ希望が灯ったように見えた。
「人は誰かになれるか…その通りかもな。」
エデンの戦士たちはこの言葉を胸に万物の王にして天地を束ねる者を倒したと言われている。この時代は努力すれば誰でも勇者になれた。レングスもいつかそんな風になれたらいいな。
(そう言えば、あんたはずっと偽名だったんだろ?本当はどんな名前なんだ?)
「…実のところ偽名ではない。あれはお前たちを欺く為の嘘だ。乗せられたか?」
(あれは乗るしか無かったろ。)
うん、あれは乗せられるしかなかったよ。まあ見事に乗せられた、ムーンも悔しさが顔に出ている。
(そろそろ寝よう、今後のことも一緒に考えるよ。)
「うん、分かった。」
ムーンは少し怒り気味で教会の壁を通り抜けて先に部屋に行った。
「ギャァァァーーーー!!!!ムーン脅かさないでよーーー!!!!」
(うるせーー!!夜中に騒ぐんじゃねーー!!)
…窓越しにアクアが驚いていることが分かった。そりゃ壁をすり抜けたら驚いちゃうよ。
「…あなたたちっていつもこんなのだったのね。うらやましいわ。今日はみんなで寝る?」
アイスは全然驚いてないな、肝が座ってるのかクールなだけなのか…自分ももっとクールになれたらな…
(いいや、今日は相棒と作戦会議だ。今後の行き先を決めないといけないからな。)
「もう行っちゃうの?寂しくなるなあ…」
(今生の別れって訳でもねえし、明日か明後日くらいには出るよ。心構えくらいしとけよアクア。)
「…うん。」
アクア、何故か寂しそうだ。何かあったんだろうか?何とかしてあげたいけど…
(…やっぱ今日は夜更かししてやる!ちゃんと起きとけよ!今夜は長くなるよ!)
ムーンが少し凍ってしまった空気を変えようとしたみたいだ。大丈夫そうだし今日は早く寝よう。
と考えていたらムーンが壁を抜けて僕の部屋に戻って来た。明日以降のことで話があるとのこと。
(どうするんだ相棒。属性竜探しにいくか、奴隷商のアジトを潰しにいくか。)
悩むところだ、どちらにしても確証がないからだ。レングスを信用していない訳じゃないけどそれを確証にする信憑性がないんだ。仕方ないけどこればっかりはどうしようもない。
まあ、僕は信じるけどね。奴隷商の根城となればそれだけ周囲も強固な魔物がいるかもしれない。
「まずは奴隷商のアジトだね。近場みたいだし、擬似的に人にもなれるから、属性竜に関する情報も収集しておこう。」
(それがいいね、アジトに乗り込めば戦闘は避けられない。町で買い物もできるならしっかり準備しなよ。特に回復系のどうぐを揃えろ。あって困ることはないからな。)
ついに自分も町に入れるのか、長い道のりだったなあ。色々と遠回りしたけどやっとか…
(感慨深いのはいいけど、あたいもこの後に用事があるんだ。作戦会議はこのぐらいで良いよな?)
「うん、じゃあまた明日ね。おやすみ。」
自分はベッドの上で丸くなると自然と瞼が落ちた。
次の日の朝、朝日が見え始めたので起きて外で身体を伸ばしていると、アクアが教会からこっそりと出てきた。
「おはようアクア、今日は早いね。ん?」
よくよく見るとアクアは沢山の荷物を背負っていた。
「あっ勇者様!?これは、えっと、その…私、二人とは別に旅に出ることにしたの。私もこのままじゃいつまで経っても呪文を強くできない。強くなっていく魔物に対応し切れなくなる。だから勇者様とは別動隊として世界を回ろうと思うの。強くなりたいの、私も勇者様みたいに。」
そっか、アクアも悩んでたんだ。いつもと違うと思ったのに気づけなかったなんて、勇者失格だな。
「分かった、僕も止めないよ。また必ず、この世界のどこかで会おう。僕と君の時間が再び交差するそのときまで。」
「…ええ、もちろんよ!また会いましょう勇者様。私の命は貴方と共にあり。」
アクアはそう言うと町に向かった。大丈夫かと思ったけど、意外と有名らしいし大丈夫だろう。
(行ったか。長い間連れ添った仲間だし、別れも惜しいだろうけど、泣くなよ。今生の別れじゃねえんだからよ。)
いつの間にかムーンが横に居た。
「いつから聞いてたの?」
(全然。朝メシだから呼ぼうと思ったんだけど、机にアクアの手紙があって急いで出たらあんたがボーッと突っ立ってたから、大体察しただけだ。ウダウダ考えるより、さっさとメシ食って行くよ。)
そうか、生きていれば会えるから心配するなってことか。ムーンもアクアの強さを認めていたらしい。
「ムーンも自分以外のヤツも信じるようになったんだね。」
(仲間として信用してるってだけだ。さっさと行かねえとメシが冷めちまうよ?)
ムーン、ずっとメシのこと言ってる。
(腹が減ってはなんとやらって言うだろ?最低限の栄養が無けりゃ体も回らねえし、頭も回らねえだろ。だからメシは食え。)
体が勝手に動いた。いつの間にかのりうつられてたみたいだ。