41.煩いの思い
[勇者よ…]
「ん、どうしたヨクト?」
我は道すがら勇者に聞いてみることにした。
[何度か言っただろうが、我は幾つもの命を奪った。それなのに何故我を光指す道を歩ませようとするんだ?]
我にはそれがわからなかった。何度こういっただろうか、しかし勇者はいつもこう答えた。
「光の道を歩くのはいつでも遅くないよ。確かにそれを悪いっていうやつもいる。でも、それを受け入れてくれるやつもきっとこの世界にはいるから。 今の君にとっては今までの罪を償うことが光の道を歩むということだと僕は思う。」
と、はぐらかされるだけだった。しかしその日だけはいつもと違った。
「ねえねえ悪魔さんどうして悪魔さんはいつも勇者さんに難しい質問をするの?」
トルクが話しかけてきたんだ。我は驚いたいつもは姉のメントとしかしか話さないのにどうして我に話しかけたのか一瞬思考が停止した。
[我は悪魔ではないヨクトだ。聞かれると答えは難しいが、どうしても勇者の真意を知りたくてな。つい聞いてしまうんだ。 我ら終属は人間にもモンスターにもに妬み嫌われる存在だからな。]
「ふーん。むずかしいことは分かんないけど、僕は悪魔さんのことそんな悪い悪魔さんに見えないけどなー。」
[ははは、以前からお前は終属の威厳がないとよく言われたよ。いつもあるつもりなんだがなあ。]
我は苦い思い出を笑ってごまかした。
「ごっ、ごめんなさい!弟が余計なことを!」
メントに謝られてしまった。
[大丈夫だ、今は気にしていないからな。その心は…過去に捨てた。今は思いだしつつあるがな。むっ、トルクにはまだ難しかったか子どもに分かりやすく説明するのは難しいな。]
「ヨクトも、最初に会ったときより随分優しくなったよね。」
勇者は我らの様子を見て嬉しそうに笑った。だが、我には分からない言葉があった。
[『優しい』とは何だ?]
「えっ…」
その言葉で周囲の空気が一瞬止まった。何かまずいことを言ったか?
(こいつぁ重症だな。)
「うーん優しいって一つ取っても色々な意味があるから、あえて言えば思いやりってとこかな?」
[思いやりか…少し分かった気がする。思い出した理由もこのせいだったのか。我の世界では騙し騙され敗者は堕ち、勝者だけが生き残る。他者を蹴落とし、頂点にのしあがろうとする世界でまさに弱肉強食。終属の住む『終末世界』の天は唸り、地は叫び、海は荒れ狂う場所だった。それはきっと皆が『優しさ』を忘れてしまったからだろう。心というのは世界をも変えてしまうのか…恐ろしくも不思議なものだ。]
ただ…なぜあの世界で我だけが優しさを知っていたんだ?不思議だな…まあ、気にするほど大したことではないな。
その会話が終わって昼間になったのでしばらく昼食を兼ねた休息を取ることになった。
「ねえ悪魔さん、悪魔さんはご飯を食べないの?」
トルクが今度は我の背中に乗っかってきた。
[我はヨクトだ。我は周囲にある魔力を少しずつ分けてもらって生きている。だから『大丈夫』だ。ん?『大丈夫』?]
『大丈夫』か…この言葉は昔、誰かに言われた気がする。勇者も同じようなことを…
[なあ勇者、お前は…]
「なーにヨクト?」
[…いや、何でもない。少し思い込み過ぎた。]
単なる仮説でしかないし、『今の』勇者に言っても分からないだろう。だが、今よりも先の時間の勇者に聞けば分かるかもしれないな。ただの戯れ言だがな。
「ヨクト難しい顔してるー。何を考えてるの?」
[今のトルクには難しいかな。10年後になったら考えてもいいがな。]
「むーっ!けちんぼ!」
トルクは頬を膨らませて怒っていた。
「こらトルク!あんまりヨクトを困らせないの!」
[ははは、気にしてないからいいさ。メントはしっかりものだな。けど、頑張りすぎるなよ。]
メントは気恥ずかしそうに目を逸らした。
[最初は警戒していたのに。心を許すようになったんだな。]
「しゅ、終属のくせして優し過ぎるのよ!言っとくけど、認めた訳じゃないから!でも人見知りする弟があなたを認めたなら認めてもいいけど。」
うーむ…認めてくれているのか認められていないのかよく分からない。メントは気難しいな。
[うむ、善処しよう。我もお前たちの仲間だからな。気兼ねなく頼ってくれ。]
その後は何度かトルクの子守りを頼まれた。
その夜…睡眠を取らなくていい我は見張りを頼まれたのだが…
(よお、眠れないってのは暇だねえ。)
共に眠らなくとも良いムーンも起きていた。
(いつもは寝るんだけど、今日は眠れなくてな。近々嫌な予感がするんだ、【勇者の相棒】がビンビン反応してんだ。気が張り詰めちまってな。)
道中で見たがあの強さを持つムーンでさえ怖がるほどとはよっぽどのことなんだろう。
[お前と勇者なら大丈夫だ。どんな困難も乗り越えられる。無責任…だがな。しかし、何故か確信を持って言えるんだ。水と油ほど違う勇者とムーンだが、完璧なまでの連携して新たな進化の道を切り開いている。お前たちの進化は留まることがないだろう。]
(そいつは嬉しい評価だね。でも、あの終末化した状態でよく意識を保っていれたねえ。)
[ははは、昔から無理矢理終末化の結晶を使われていたからな。自然と制御する力が身についていたんだ。もっとも、喜ばしいことではないがな。我はこの力で沢山の命を…]
この力で、我は罪なきモンスターたちを倒してきた。終末化の状態では感情を失っていたが、ふと思い返せば取り返しのつかないことをしていた。
(あー…まあなんだ、誰かを殺してそれを後悔してるなら、それは悪いことじゃない。一ミリも後悔しないヤツが悪いんだ。だからくよくよすんじゃねえ。胸はって『我は生きてる』って言いな。罪があるからこそできることもある。)
[罪があるからこそできることか…少し分かった気がする。]
【話の途中で割って入ってすまないがヨクトよ、やっと剣の試作品ができたんだ。お前に合わせてサイズも調整した。もう一本トルクスにも渡すつもりだ。】
空中から突然魔方陣が現れて、剣が落ちてきた。柄を持つとちょうど手に収まった。長さも刀身の長さもぴったりだ。だが…
[片側にしか刃が付いていないのは何故だ?それに僅かな湾曲を描いているが…]
【勇者の記憶から作ったニホントウ?とか言うらしい。人間を斬るための武器らしい。】
人間を斬るための武器…扱いには気をつけよう。我は武器を鞘に納めた。
[我はこの拳で戦うのだが…一応貰っておこう。それと剣の使い方を教えて貰えるとありがたい。]
【うむ、我が取り次ごう。】
ーー
「罪があるからこそできることだと?こんな俺でもやれることがあるのか?…」