32.FIRE ALL ELEMENTS!
うう…自分ってきぜつしてばっかりだな…
【身体に合わないとくぎやじゅもんを使いすぎだ。】
コマンド…きぜつしてからどれくらい経った?
【3時間22分18秒だな。あのドラゴンと別れてついさっきまでムーンがお前の身体を動かしていた。聞かれる前に言っておくが、生存者は3名、猫系獣人の兄妹と奴隷商人の男。意識不明の重体だった5名は搬送先の平原で死亡が確認された。容疑者の奴隷商人の男は身柄を拘束している。回復を待って取り調べをするつもりだ。】
最後の方はほぼニュース速報だけど、目の前でそんなにたくさんの命が…
自分は起き上がって周りを見渡した。
茂みの向こうでムーンたちが慌ただしくしている。
「ムーン、アクア、ブレス…」
自分は茂みを抜けてみんなに顔を出した。
(おお、起きたか相棒。)
「勇者様!もう無茶しすぎ!」
「勇者くん、ありがとー。あのドラゴンを止めてくれてー。」
みんな、自分のことを心配してくれてたみたいだ。ちょっとうれしい。
でも、その近くにはすごく苦しそうな表情の人間たちが伏せっていた。
自分の青ざめた表情を見た自分たちにしばらく沈黙が流れた。
「勇者様、私たちもできる限りの手を尽くしたわ。魔術計算式も使ったし、いいやくそうも使ったわ。でも…手遅れだった。」
自分のせいで…自分のせいで…ちくしょう!
(勇者サン、自分を責めるな。あたいたちはできることは全てやったんだ。)
それでも命が失われたのは事実…
「ごめん、しばらく一人にして。コマンドも含めて。」
どうしても心の整理がつかない。何かが外れてしまうと暴れ出しそうだった。
【…分かった。しばらくはアクアのところに居よう。必要とあらばいつでも駆けつける。】
ありがとう。
自分はその場を離れた。
自己嫌悪になるのは前世でもよくあった。でも、ここまで自分が嫌になったのは初めてだ。人の命の重さは十分分かってるつもりだったけど、つもりでしか無かった。仕方ないじゃ済まない。助けられなかったという事実があるんだ。自分の力不足だ。自分のせいなんだ。もう自分なんて…自分なんて…
消えてしまえばいいのに!
ーーーー
状態変化『逆鱗』になった。
ーーーー
自分の中で何かが壊れた。
ーー
(逆鱗の気配だ。)
あっちは勇者サンが行った方向か?
【勇者からの通信が途絶えた。これらは何かの関連性があるな。襲われたか、あるいは…】
相手が誰であろうとぶっ飛ばすだけだ!
「ムーン?どうしたの?」
(わりい、ちょっと行ってくる。すぐ戻るからよ。)
アクアの引き止める声が聞こえたけど無視した。
(コマンド、居るかい?)
【居るぞムーン。】
(ヤベえ予感がする、気を引き締めろ。)
【勇者の相棒】がヤバいって言ってる。ある程度強くなった相棒だけど、それでもヤバいのか。一刻を争う事態みたいだ。【竜飛翔】全開で気配の方向へ向かう。
途中、遠くで空に向かって炎が勢いよく立ち上った。事態は深刻みたいだな。フルスロットルで行くよ!
炎が上がったところ近づくと相棒がいた。
【無事の様だな。】
(無事…というよりか、ぶっ飛ばさないとダメみたいだけどね。)
勇者サンの目は赤に染まっていた。
(おい勇者サン!大丈夫かい?)
話しかけると【火炎の息】を吐いてきた。炎はゴーストのあたいに当たるはずもなく透過する。これで決まりだな、逆鱗になってるのは勇者サンだ。
(さて、やってやろうじゃねえか。なあ!相棒!)
あたいは実体を出して勇者サンに向かい合うように着地した。
(あたい、参上!)
その瞬間に勇者サンが炎を吐いた。周りを見るとあたいと勇者サンを囲むように炎が揺らめいていた。
(あたいたちだけで戦おうってか?クライマックスにはちょうどいい舞台だね!来い!今のあたいは負ける気がしねえ!)
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逆鱗の勇者があらわれた!
【コマンド?】
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▽たたかう
勇者サンは飛び上がった。上から攻めるつもりか?やっぱ勇者サンじゃねえな。
あたいは【竜飛翔】を使って勇者サンより高く飛んで尻尾で地面に叩きつけた。あれはドラゴンとしての本能で動いてるだけだ。つまり、いつも通りにぶっ飛ばせばいいと思うんだけど…さっきの炎の舞台を作ったのはどうにも本能だけとは思えない。それに…あいつがどうして逆鱗になったか原因が分からない。どうしてなんだ…
【…ムーン。実のところ勇者はあの奴隷たちを助けられなかったことをかなり後悔していたのだ。勇者という名があいつには重荷になっている。つまり勇者は背負いすぎなんだ。その糸をほぐすことができれば、勇者の逆鱗を沈めることができるはず。】
なるほど、つまりあの行動は…繋がった。ぶっ飛ばすのは止めた。取っ捕まえてやる!
【必殺仕事人】を使って間合いを詰めた。でも、それが分かっていたように爪を構えられたので飛んでよけた。
さすがに見破られるか。なら!こいつならどうだい?コマンド、力を貸せ。【エレメントチャージ】!
【分かった。全ての属性をその一撃に込めよう。】
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FIRE ALL ELEMENTS!
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炎、氷、風、土、光、闇!全部撃ち込んでやらあ!半分くらいの威力で。
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EREMENT CHERGE
300% ALL CHERGE!
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「くらいやがれ!〖タメた一撃〗!」
勇者サンに一発腹パンしてやった。倒れ込むよにうずくまった。逆鱗も解除されたし、うまくいったみたいだ。
【ネーミングセンスは皆無だったか。】
うるせえ、とたん場でこれしか思い付かなかったんだ。
あたいは勇者サンの首を掴んだ。目は焦点は合っていなくて、死んだ魚のような目をしている。
(なあ相棒、聞こえるかい?聞かなくても言うけどな。…いいな相棒。あんたの過去に何があったかとか、今何を考えてるとかどうでもいいけどよ、これだけは言っておく。あんたの背負ってるもんあたいたちにも背負わせろよ、何のための仲間なんだよ。何のための相棒なんだよ。ほんの一瞬でもいいから立ち止まってくれよ。あたいたちがあんたに追い付けねえじゃねえか。)
相棒の意識が戻ったみたいだ。虚ろな目をしてるけど、さっきよりは普通の目だ。
(死んじまうのは仕方ないじゃ済まされない。だからこそ守りたい奴のために、あがいて、もがいて、あがき続けるんだ。泥まみれになっても、傷だらけになってもかまわない。ただ、この前足が届くなら伸ばせるとこまで伸ばせ。綺麗事だけど、これくらいが勇者にはお似合いだね。)
「ムーン…ありがとう。自分、思い詰め過ぎてたみたいだ。」
ようやくいつも通りの目だね。いや、少し成長した目かな?
「自分が『イロアスの卵』から生まれた勇者だからって頑張り過ぎてた。」
ん?『イロアスの卵』?
(イロアスってのは神サンが付けた名前で『彩りある明日をこの世界に』っていう意味だぞ?別に勇者だからとかそう言う理由で付けた名前じゃねえよ。)
「えーっ!自分てっきりある言葉で『英雄』って意味かと…」
【風評被害というものだな。いや、勇者の勘違いとも言う。】
あの勇者の拍子抜けの顔…思わず笑っちまったよ。あたいたちはそこでしばらく笑ってたよ。
あれがずっと続いてたらよかったのにねえ相棒…