開闢
「これは一体どういうことなのかしら……?」
思わずそう口を開いたのはクウだ。あの時確かに撃たれて意識を手放したはずなのだが、なぜかソファに座らされており、丁重にもてなされていた。
見るからに家具や絨毯は高級品、目の前に出されている紅茶も今まで飲んできたものと明らかに香りが違う。正直手を付けていいか分からない。
「ふむ、美味いね」
……横に座らされていたミシェルは、当たり前のように飲んでいるが。
それはそれとしてだ。もてなされる理由が全く見当たらない。相手からしたら自分たちは攻め込んできた敵である。全くその意図が読めない。戸惑い続けるクウを見かねてか、ようやくミシェルが声をかけた。
「ミストルは全部分かっていた。客人としてもてなされているのはそういうことだよ」
「……え?」
しかし、クウにとっては謎が増えただけである。全部分かっていたとして、これだけの戦闘を行う必要はあったのだろうか?
「何、簡単なことだよ。おかしいと思わないかい? こちらに回された集団に高ランクの者がいなかったり、巨大な機械一体だけだったり、最後にランク10が一人だけ来た状況を。守りたい情報があるような国ならば、ランク9が一斉に襲ってくるような状況になってもおかしくはない。ランク9とランク10の間には絶対的な壁があるとはいえ、その間にクウ。きみ一人くらいなら捕らえられたかもしれないね。そうさせる気はもちろんないけど」
「あ……」
言われてみればということだった。この状況が指すこと、それはミストルが自分を守ったということである。低ランクの集団や機械の相手をさせることで、時間を稼ぎつつミシェルの実力を見せつけ、自分達の判断で動こうとするランク9を止め、ランク10が早期に登場したといった感じだろう。
「理解したといった感じだね。尤も、ぼくもこうもてなされるまでは分からなかったけどね」
確かに彼の演技力は凄かったとクウは思う。完全に敵視されてると思い込んでしまい、ミシェルに言われるまでこの状況に気が付かなかった。……最後に撃つ前のあの笑みが分からないが。
ミシェルは続ける。
「ただ、勝つこと前提で挑んできていたというのが少し悔しいけどね」
そう苦笑したところで扉が開き、街の仲なら似合いそうであるが、この場には場違い感が溢れる好青年が部屋に入ってきた。そして言いながら向かい側のソファに向かう。
「道具がなけりゃ俺に勝ち目なかったし、そう悔しがる必要はないぜ」
「いやいや、最後の一撃道具なしで思いっきり回避してくれたじゃないか。きみ自身も充分に実力は備えているんじゃないか?」
「ん?」
クウはミシェルと話す青年を思わず二度見する。話の内容や声や口調からするに、彼は間違いなくランク10の【開闢】のミストルさんその人だ。しかし、明らかに最初見た時と雰囲気が違う。ボサボサな髪とか髭とか隈とかどうした!? ただの好青年にしか見えない。
クウの視線に気が付いたミストルは、微笑み返して説明する。
「普段は研究に忙しすぎてあんな格好してるけど、ちゃんと然るべき場所では然るべき格好をするさ」
それからミストルは、本人と証明する為か冒険者カードを二人に提示した。
「そうだ。折角だし俺のステータスを二人ともに見せてやるよ」
名前:ミストル
冒険者ランク:10
ステータス
体力:442
魔力:397
攻撃:421
防御:456
速さ:571
魔法
土属性魔法・上級 ランク4
風属性魔法・中級 ランク8
武器魔法 ランク10
視力強化 ランク10
思考加速 ランク10
そのステータスは反対の意味で驚くべきものだった。数値だけ見ればランク8前後である。とてもミシェルを打ち倒した男とは思えない。
自分のステータスを自嘲するかのようにミストルは笑う。
「ははっ、よく偽装を疑われるけど正真正銘本物のステータスだぜ。数値としては俺にはあっという間に限界が来ちまったのさ」
ステータスはあくまで参考、ミストルはその極例であった。
「ただ、一つだけ生まれ持った強力な力があってね、それが思考加速さ」
「思考加速?」
自分を倒した男の能力に興味があるのか、復唱するミシェルにああと解説していく。
「世界が遅く見えるようなるのさ。だから他人にとっての一瞬の間にすべてを計算することができる。だから魔法紙とかを何十枚扱っても平気なのさ」
「……動きは読めてるのに身体が追い付いていない……そんな不可解な動きはそういうことか。何にせよ、ずる一歩手前だなそんな能力」
「まあそんな能力を持っていても、ステータスに限界を迎えてしまい、ランク8で止まりかけたんだけどな。でも、アイツと出会ってから世界が変わったよ」
どこか遠くを見るようなミストルの姿から、アイツと呼ばれた人物への強い憧れを感じられた。そこでクウは思い出す。最後に《ジ・エンド》を放った時の『アイツの技じゃねぇかよ』という彼の言葉を。
「もしかしてアイツというのは……」
クウの言葉にミストルは頷く。
「ああ、ランク10の間では【混沌】と呼ばれているランク10、ユリトさんだよ。光と闇の相反する二つの力を同時に使ってみたりと、人と違う道を突き進む彼に今の道を提案されたんだ。おかげで稀代の発明家なんて言われるようにもなったよ。もともとこっちの道が向いていたっぽいのもあるけどね」
ランク10になるまでの話もそのまま詳しく聞きたいところだが、それ以上にある衝撃をクウは受けた。
「ユリト先生、本当にランク10だったんだ……」
ミシェルは【混沌】という呼び名しか知らなかったようだが、本名がここで分かった。ミストルからの説明で、自分に魔法を教えてくれた師がランク10であることが晴れて確定したのである。
驚いている様子のクウにミストルはニヤニヤと笑う。
「今知ったって感じだな。しかし、そうなるとランク10の中の二人に教えてもらっていたわけか! 若いしまだまだ場数を踏んでいないように見えるけど、多分新人だろ? 誰よりも早く強くなりそうだな! 実際中ランクとは同等に渡り合えそうだ」
強者同士、この先を担うであろう冒険者の話には花を咲かせたくなるものである。そこにミシェルが言った。
「もう一人、期待の新人がいるよ」
「ほう?」
「レツって子だよ。その子は自身で魔法を開発したり、誰よりも速い速度で魔法を習得してみせた。非常に魔法技術に優れた子だよ。彼の成長が非常に楽しみだね」
「それは興味深いな。いずれこの目で見てみたいものだな」
「だったら半年後だ。国で一番のギルドを決めようって大会がある。その時には会えるはずだよ。まさか忙しい、なんて言わないだろうね? こうしてもてなしている以上、ぼくたちがここにきた目的、きみならすでに分かっているだろう?」
「やれやれ、鋭いねぇ。その通りだよ。……それじゃあ本題に入ってくれ」
ミストルは悔しそうに笑ってから、表情を険しいものに一変させた。それだけで深刻なものと理解していることが分かる。
その顔を見てミシェルは頷き、説明を始めるのだった。
「――というわけだ」
「なるほどね。《ジ・エンド》を使えるその子を連れてきていたことから、ランク10集結を考えていたのは分かったし、魔族の妙な動きはこちらも実のところこちらも掴んでいたが、魔王までは想定外だったな」
「……重要性は理解できたはずだ。ぼくたちに協力してもらえるかな?」
魔王と呼ばれるだけの魔族を放置しておくことなんて、できるはずがなかった。ミストルは即答する。
「当然だ。魔族対策を最優先に行動すると決めたからこそ俺はここにいる」
こうしてランク10の一人、ミストルと合流を果たしたのである。




