冒険者試験
冒険者。
それは、戦う力と知識を持っていることを認められた者たちの総称であり、この世界においては誰もが憧れる職業だ。
魔物の駆除はもちろんとして、時には滞在している街の防衛を任せられたりすることから、資格を有するだけで様々な保障を受けやすいのがその理由である。
また、圧倒的な強さを手にした者が、名声を博することも人気の理由だ。
資格者が実際に冒険に出るのかはさておき、冒険の果てに強大な力を手にした者への憧れから、有資格者を一括りにして冒険者と呼ぶようになっていた。
当然ながら命の危険が伴う職業であるため、無駄な死者を出さないためにも、資格の取得難易度も高いものとなっている。
まず知識と性格検査のペーパーテストで合格する必要があり、それから現役の冒険者と模擬戦を行い、そこで高評価を叩き出す必要があるのだ。
ペーパーテストの結果発表を見て安堵の溜息をつくゴーグルをかけた少年レツも、そんな冒険者試験を受ける一人だった。
(ペーパーテストは合格した。模擬戦かぁ……現役冒険者に勝てるかな……)
模擬戦においては高評価を出せばいいため、必ずしも勝つ必要はない。
そのため、普通なら審査員に魅せるように戦うのが一般的だ。その試験に落ちたとしても、また次がある。
だがそれでも少年レツは勝とうとする。確実に冒険者になるために。すぐに冒険者になりたい理由が彼にはあった。
そしていよいよ模擬戦の時がやってくる。
レツは模擬戦用の木で作られた短剣を右手に闘技場にあがり、自分の相手となる男をゴーグル越しに見据えた。
その男は現役の冒険者というだけあって、立派な鎧を身に着けており、模擬戦用の木製の物とはいえ背中に背負った斧は非常に様になっていた。
布の服と木製の短剣にゴーグルという格好で、不審者と呼んだ方が似合うレツとは対照的である。
(これが僕の相手……強そうだ)
レツは相手の姿を見て、短剣をぎゅっと強く握りしめた。
男は、そんなレツの様子から準備が終わったと判断し、口を開く。
「俺が模擬戦の相手となるランク4冒険者のスタークだ。今日はよろしくな」
(ランク4となると中級冒険者と言ってもいい。やっぱり強敵だ!!)
ランクを聞いて相手の強さを理解するレツだが、それでも諦めることはない。
緊張を相手に感じさせることなく挨拶を返す。
「僕はレツです。こちらこそよろしくお願いします」
「フッ、調子は良さそうだな」
お互いに挨拶を終えたところで、スタークが一つ確認した。
「ところで模擬戦のルール、覚えているよな?」
「はい。制限時間は十分。一回でも武器を試験官に当てられれば僕の勝利……でしたよね?」
ちなみにルールは扱う攻撃手段によって変わることもある。例えば魔法をメインとした場合は、的に当てるまでだ。
「ああ、問題なしだ。それじゃあ始めるとしようか」
スタークはそう言うとニヤッと笑い、背負っていた木製の斧を両手で構えた。戦闘準備完了だ。
そしてそれを見た審査員の合図で模擬戦開始である。
「それでは冒険者試験実技部門、はじめ!!」
まず動き出したのはレツだった。
「うおおおおおおおおお!!」
スタークに向けて一直線に駆け出す。
もちろん好き勝手させるスタークではない。
「まずは何もせず突進してきて様子見といったところか……。さて、それじゃあこちらもやりますか。《ランド・アタック》!」
スタークは両手で握った斧を地面に叩きつける。
すると叩きつけられた位置を起点としてレツの方向に向かって次々と山が形成していくが、レツは横に跳びそれを回避。
それから左手をスタークの足元に向けた。
「それじゃあ僕も……。《トルネードショット》!」
左手から風の球が放たれる。
そんな見え見えの魔法攻撃、当然スタークは後ろに跳んで躱そうとする。
これがレツの狙いだった。
「……いや、これは失策だ。ずっとゴーグルをつけていた理由はそういうことだったのか!!」
後ろに跳んでからスタークはレツの狙いに気が付いた。
スタークはそれに思わず笑みをこぼす。現役冒険者としての余裕からではない。
(久々にマシなやつが来た気がするな! 最近は誰も勝とうとはしない玉無しばかり。アピール最優先だ。これは本気で俺に勝とうとしている戦い方……ワクワクしてきたぜ!!)
戦う意思を感じられる新人がやってきたことへの悦びからだった。
地面に命中した風の球はそこで弾け、周りの土を巻き込みながら竜巻となる。
そうすることによって砂埃が舞い、ゴーグルをかけたレツに有利な空間が作られる。
(ま、ゴーグルの本当の理由はそれだけじゃないけど、今は関係ないか)
レツはスタークの叫びに不平を思いながらも砂埃の中に突入し、攻撃を当てる隙を窺うが……。
「だがまだまだ甘い!! 《ワイド・ブラスト》!」
スタークは薙ぎ払うように宙で斧を切ると、そこから突風が発生。砂埃が払われる。
レツの策を一つ潰してやった。そう思うスタークだったが、どこにもレツの姿はなかった。
「まさか《ステルス》を習得してると言うのかよ!? マシどころじゃねぇ、評価を改めないとなこりゃ!!」
想像もしていなかった魔法の習得に驚きを見せるスタークだったが、まだまだ余裕を見せていた。
何せ高難度資格を習得し、それなりに経験を積んだ現役冒険者だ。このような場面は当然対処可能。
「音は聞こえるんだよ! そこだぁ!!」
振り返って斧を振るった。
「がっ!?」
それはレツに命中。レツのゴーグルを吹き飛ばしていた。
そして魔法によって姿を隠していたレツの姿だけではなく、素顔も露わになる。
露わになった素顔を見たスタークの動きが硬直した。
「嘘だろ!?」
どう見ても少女のそれだった。
ゴーグルはどう見ても男物だし、髪も肩にかからない程度の長さがあるとはいえあまり整えられていなかったし、男だと思っていた。
しかし、顔の全体像が見えると印象が大きく変わる。不思議と声も女性としては低いくらいに聞こえてくる。もう少女にしか見えない。
服装はお洒落さがあまり感じられない動きやすさ重視の布の服だが、女性冒険者でも動きやすさを重視してお洒落さを捨てている人は少なくない。胸についても同様の理由でさらしを巻く人もいるため、服の上からは分からなくてもおかしくはない。
(まさかこんな将来有望そうな新人が、こんな美少女だったなんて思いもしなかったよ!)
これこそがレツがゴーグルをかけていた本当の理由。そして冒険者になりたい最大の理由であった。
こんな自分の容姿を利用したチャンス、レツは望んでいない。
だが、試験に確実に合格するためのチャンスである。利用する他ない。
「《アクセル》!!」
加速魔法を使用し、硬直しているスタークとの間合いを一気に詰める。
「しまっ!?」
流石のスタークも意識をレツに戻した時には手遅れだった。
スタークの防具にレツの短剣が命中し、鈍い音が響いた。
「……僕の勝ちです」
こうして模擬戦に決着がついた。
「……はっ、この勝負、受験者の勝利! よってレツ様を冒険者と認定する!」
少し審査員の反応が遅れたのはレツの顔に見惚れていたからである。
経験上それに気が付いているレツは、飛ばされたゴーグルを拾い審査員はもちろんとして、素顔を見て隙を見せたスタークにも向けて言う。
「僕、男ですので」
「「は、はい」」
レツの素顔を見た二人は全く信じていないが、複雑な事情を抱えた冒険者も多いことを知っていたため、これ以上は何も言わなかった。
それからレツは闘技場を後にした。
冒険者の試験に合格したレツは試験場の受付に来ていた。
冒険者資格の認定証即ち冒険者カードを受け取るためだ。
「合格おめでとうございます。こちらが冒険者カードです。そちらのカードにあなたの魔力を注ぎ込んだら、手続き完了となります」
受付のお姉さんに言われるがまま、レツは受け取った冒険者カードに魔力を注いだ。
すると冒険者カードは輝き出し、レツの情報が刻まれていく。魂を読み取り、それらの情報を記載するのだ。
情報が刻まれていく中、受付のお姉さんが説明する。
「冒険者カードには身分証明書だけではなく、ある重要な役割があります。人の身体能力を数値化してくれるのです。それはステータスと呼ばれており、ステータスに見合った仕事を続けて、ステータスを上げていくことになります。謂わばランクの指標となるのですよ。尤も、指標なので実績次第では低ステータスながら高ランクとなった冒険者も中にはいますが」
説明を受け、レツは自分のカードに視点を向ける。
そして刻まれた自分のステータスに絶句した。
レツの様子を不審に思った受付のお姉さんは、レツの冒険者カードを覗き込む。
「こんなの……見たことないわ……」
沢山の新人冒険者を見てきたお姉さんをも驚愕させるレツのステータス。
それはこうだった。
なまえ:れつ
ぼうけんしゃらんく:1
すてーたす
たいりょく:200
まりょく:100
こうげき:23
ぼうぎょ:17
はやさ:42
かわいさ:MAX
まほう。
すてるす らんく4
かぜぞくせい らんく3
やがてレツは感情のままに叫ぶ。
「かわいさMAXって何!? つーかつーかつーかなんで全部かわいらしく表現されてんの!? これがかわいさMAXの効能!? あざといよ!! それにめちゃくちゃ読みづれーよ!! ふざけんな!!」
ともあれ、ステータスにも容姿を認められたレツの冒険者ライフは、こうして始まりを迎えたのであった。
冒険者は底辺職とする作品が多いですが、この作品では崇高なるものとして扱うことにしています。
本物の底辺はどうしているのかと言えば、冒険者の真似事をしているという設定です。(もちろん保証なんて一切ありません)
本編では未だ描けていない設定は多いので、いつか書けたらなと思っています。