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3.シトロニエの祝福

 



「旦那様、一大事ですよ!」


 またしてもノックの返事も待たず、ネリーは執務室のドアを盛大に開け放った。そして、ぐいぐいとカロリナを執務室に押し込む。

 いきなりのことに執務の手を止めて目をまんまるにしている父――リシャール・シトロニエの顔を認めると、カロリナはばつが悪そうに目線を落とした。


「何事だネリー。……カロリナ?」


「はい……お父様」


「ああ、良かった。昨日の夜会から帰ってきてから部屋にこもったきり、誰にも会わないと聞いたから、心配したよ」


 執務机から離れてカロリナのもとに近付いたリシャールは、優しく彼女の腰を抱いて側のソファーを勧める。

 ゆっくりと腰を下ろしたカロリナは、向かいにリシャールが座っても、まだ顔を上げられなかった。


「それで、ネリー。カロリナに関わる一大事とはなにかな?」


「ええ、旦那様。ええ、それはもう、カロリナお嬢様の一大事です!」


 ネリーがすっと息を吸うのが分かる。カロリナは耳を塞ぎたくて仕方なかった。


「お嬢様が、殿方を押し倒したのですよ!」


 ああ、父に知られてしまった。

 優しい父でも、きっとこのことに関してはなにもしないわけにはいかない。軽率さをとがめられるだけなら良い方で、場合によっては家にいてもらっては困ると修道院行きかもしれない。

 断罪を待つ心地でカロリナが項垂うなだれていると、リシャールがああ、と絶望を乗せたため息をついた。


「カロリナが……押し倒した? カロリナが? そんな……」


 カロリナが涙をたたえて無理に顔を上げれば、彼女と同じ白金の金髪に指をうずめて、リシャールが深く苦悶しているのが見える。

 もうだめだ、見ていられない。自分の行いの代償にカロリナは心が引き裂かれそうだった。


「お父様! 申しわけ、ありま……」


「まあ、旦那様! カロリナお嬢様はもう十八ですよ。嫁ぐには少し遅れているくらいです!」


「そうはいっても、目に入れても痛くない愛娘が嫁ぐだなんて、考えたくなかった!」


「当主たるもの、もっとどんと構えませんか!」


 悲壮な声で謝罪したカロリナの言葉は、誰も聞いていないようだ。

 そして、何故か自分が嫁ぐ話が出ている。どういう意味かと少し悩んで、カロリナは一つの答えにたどり着いた。

 きっと厄介払いだ。どこかの、嫁も貰えないような偏屈な者のところに送られるのだ、と。


「分かりました、お父様。私、お父様の指示に従ってどこへでも嫁ぎますので」


「なにを言っているんだ、カロリナ。好きな相手と結婚して良いと普段から言っているだろう。それに、相手は決まってしまったのだろう?」


「……え?」


 話がどうも噛み合わない。カロリナも、リシャールも、首を傾げる。

 ネリーが呆れたように、頰に手を当てた。


「旦那様。カロリナお嬢様に説明されていませんよ」


「ああそうか、しまった」


 ソファーに座り直したリシャールは、少し言いづらそうに、それでいて真剣な面持ちで、カロリナに向かう。


「いいかい、カロリナ。これから伝えることは、シトロニエ家だけの秘密だ」


 秘密、と唇だけで言葉をなぞって、カロリナはこくりと息を呑む。


「我がシトロニエ家には、祝福がある。一生に一度、生涯の伴侶に、意思とは関係なしになんらかの愛情表現が出てしまう、シトロニエの祝福だ」


「……なんらかの、愛情表現?」


「そう、それは例えば告白することだったり、抱きしめることだったり、キスすることだったり、押し倒すことかまたそれ以上……いやまあ、カロリナの場合は、その愛情表現が『押し倒す』ことだったんだ」


 カロリナはぽかんとして、父の顔を見つめた。


「……そんな話、初めて聞きました」


「それはそうさ、初めて言ったからね」


 その言葉を聞いて、カロリナの心の底にふつふつと怒りが湧いて来る。


「そんな、先に言ってくださればよかったのに! そしたら」


「悩まなかった? でもカロリナ、きっと先に言ったところで、信じなかっただろう。経験したからこそ、この荒唐無稽な呪いじみた祝福が理解できる」


 カロリナは出かかった言葉をぐっと呑み込んだ。

 全く、リシャールの言う通りだった。あの自分でも驚く意識外の押し倒しがあったからこそ、今告げられたむちゃくちゃな祝福があるのかもしれないと思えた。

 経験してなければ、生涯の伴侶にいきなり押し倒すなんて話は、一笑に付したに違いない。

 そう、生涯の伴侶なんてそんな運命的な。


「……待って、お父様。シトロニエの祝福は、生涯の伴侶に愛情表現をする、と言いました?」


「そうだね」


「それで、その、私の愛情表現は押し倒すことで。ということはあの、まさか」


「カロリナが押し倒した相手が生涯の伴侶だね。だから相手が決まってしまったのだと、言っただろう」


 カロリナは悲鳴をあげた。



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