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18.ほら、あそこに

 



 舞踏会当日は朝から慌ただしかった。

 ララがとんでもない気合いの入りようで、前日夜から磨き上げられたカロリナは、朝もしっかり頭のてっぺんから足の爪の先まで磨かれた。じっくりと丁寧に、かつ複雑に結われはじめた白金に輝く髪は、夕方前にようやく形が決まる。そこから急いでドレスと装飾品を身にまとう。なんとか間に合い、すっかり用意して馬車で待っていたデジレの前に現れると、彼は笑顔で装いを褒めてくれた。

 会場に着くと、デジレの手を取り、さっと腕を取る。歩調を合わせて、高鳴る胸のまま、カロリナはホールに足を進めた。

 煌びやかなホールには、既に多くの招待客が集まっていた。二人して入ると、一気に視線が突き刺さる。カロリナは慣れているが、デジレは嫌がるだろうと顔を上げて見てみれば、彼は嫌だとは顔におくびにも出さず、王太子の側近時と同じように落ち着き払っていた。

 安心してきょろきょろと会場を見渡せば、背丈の高い赤い髪の人物はすぐに見つかった。嬉しくて、カロリナはデジレの腕を引く。


「見て、デジレ。ほら、あそこに。ノワゼット侯爵よ。ふふ、ほら、相変わらず眉間にしわ寄せて目を細めていらっしゃるわ。あれは睨んでいるわけではなくて、見えないだけなのよ」


「ええ、姉上」


 デジレはとても優しく、綺麗に微笑んだ。周りからは黄色い悲鳴が上がる。


「あら、そんな微笑みは意中の令嬢に向けるべきじゃないの?」


「姉上こそ、そんな幸せそうな顔は意中の男性に見せるべきですよ」


 音楽が奏でられ始める。デジレはカロリナの手を取ってホールの中心に誘う。


「では、さっと踊ってから、ノワゼット侯爵に会いに行きましょう」


 姉弟は顔を合わせて、笑った。






 曲が終わるとすぐに、カロリナは首を巡らす。そして踊る前と変わらない場所にいるフェルナンにほっと息をはいた。

 誰とも話していないタイミングを見計らい、カロリナはデジレを引っ張る勢いでフェルナンに近付く。


「ごきげんよう、ノワゼット侯爵」


 声を掛けると、碧の目がカロリナに向く。眼鏡をかけていない、と心の中で興奮すると、ぎゅっと眉根を寄せてフェルナンは目をすがめた。

 真剣に見ようとするとここまで目を細めるのかと、カロリナは新たな発見に胸を躍らせる。


「ああ、カロリナ嬢か」


 目付きの悪さとは違い、柔らかい低い声がする。

 その視線がカロリナの隣に移り、更に眉間の皺を深くするものだから、カロリナは笑ってしまった。


「紹介しますわ、侯爵様。こちらは弟のデジレです」


「お初にお目にかかります、フェルナン・ノワゼット侯爵。デジレ・シトロニエと申します。いつも姉がお世話になっております」


「君が。丁寧な挨拶痛み入る、フェルナン・ノワゼットだ。こちらこそ世話になっている」


 きっちりとした礼をするデジレと、それに返事をするフェルナンを見ながら、カロリナはにやにやした。

 今日のフェルナンの装いは、もちろんいつもと違い、正装である。黒と臙脂の中間色のような落ち着いた色合いのコートが、長身にぴたりと合い、赤髪がよく映えている。


「侯爵様、本日はいつもと雰囲気が違って、とても素敵です」


「それはどうも。私より君の方が」


 フェルナンは眉間の皺をなくし、目を細めず、微笑んでカロリナを見つめた。


「美しいな。白金に見紛う金髪と、翠玉に勝る瞳。そして今日のその鮮やかなグリーンのドレスを纏うと、さながら鈴蘭の精のようだ」


 カロリナは、ぼっと顔を赤らめた。

 大きな嬉しさと、恥ずかしさがないまぜになって、慌てて扇を取り出す。

 フェルナンに、褒めて欲しかった。だから、ララと遅くまで考えて、鈴蘭の二つ名に合うようなドレスと装飾品を選んだ。そしてちょっとの不安と期待でやってきたのだ。


「……ありがとう、ございます。で、でも、見えてないのでは?」


「はっきりとは見えない。だけど、君の美しさは常々見ているから覚えている。それに、ぼんやりしているが、その分なにもかも輝いて見えるのでね。今日はことに君が輝いて見える」


 もう限界で、カロリナは扇で真っ赤な顔を隠した。

 美辞麗句なんて聞き慣れたものだったのに、フェルナンの言葉は聞き慣れない。心の揺れに耐えきれず、変な声が漏れそうだ。


「あ、知り合いを見つけましたので、私はここで。ノワゼット侯爵、申し訳ないですが、姉をよろしくお願いいたします」


「承知した」


 え、とカロリナがデジレを見れば、彼は軽く手を振って遠ざかっていく。留める言葉など、もはや届かなかった。

 一人取り残された途端、カロリナはおろおろとし始めた。心臓が高鳴り、動きが固くなる。フェルナンをちらりちらりと見ながら、どうしようと頭でぐるぐると考える。

 ちっとも回らない頭で、カロリナは声を絞り出した。


「あの、侯爵様は、夜会ではいつも介添えの方がいるという話でしたけれど……」


「確かに、いつもは介添えがいるのだが」


 フェルナンは困ったように頭を掻いた。


「図られたように、介添え役を頼む使用人の都合がことごとく悪くてね。一人でここに来ざるを得なかった」


「そんな、見えないのに?」


「そう、困ったことに」


 そこで、と彼は一つ咳払いする。


「弟君に君を頼まれた私が頼むのもおかしな話だが……カロリナ嬢、私の介添えをお願いできないだろうか?」




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